人より認められる

「あれがアンボルト討伐に貢献したという銀月の王座ムーンライトスローンの……」

「ただの少女ではないか」

「伝承通りだな。まさか、生きているうちにこの城の中で純血の吸血鬼の末裔を見ることになろうとは」

「陛下も一体何をお考えなのか。あんな恐ろしい魔族を城に招き入れるだなんて……」

「しかし、ガウェイン殿曰く彼女らがいなければ、竜王討伐はなしえなかったと」

「あんな少女でしかなく、強く握れば折れてしまいそうな細腕でできるとは思えんがな」



「……帰りたい」


 謁見の間に通されて、ここに来る途中に口頭で説明された簡易的な礼儀作法で膝を突いて待っている間、周りに集まっている貴族たちのひそひそと話している会話が聞こえてきていた。

 メイドな王女様、名前をリリアーナは、魔族のことを恐れている貴族は一定数いるが、完全に排斥する過激な思想の貴族は今時少ないと言っていた。

 確かに聞こえてくる会話からも、ヨミ、シエル、ヘカテーのことをあからさまに拒絶しているような発言をしているのは、同じ声の男性やその周りに集まっている取り巻きだ。

 他の貴族は、まだどこか怖がっているように感じるがガウェインが信じていること、アンボルト討滅戦に参加していたこと、それに止めを刺したことなどで排斥しようとはしていない。


「見た目だけが全てだと思って中身を見ようとしないバカな連中だな」


 クロムにも会話が聞こえているようで、聞こえないように小さく舌打ちをしてからボソッと零す。

 こんなにたくさん貴族が集まっている場所で、人間には聞こえないくらいの小さな声とはいえ、よくそんな発言ができるなとドキドキしてしまう。

 一体いつになったら国王陛下が来るんだと、変に注目を浴びているせいで帰りたい欲が強くなっていると、前触れもなくいきなり王座の方に魔法陣が現れて、それが弾けたと思うとそこに豪奢な王様のような服……ではなく、豪奢ではあるがどこかくたびれた感じのローブを身にまとった、20代くらいの非常に若い男性がそこにいた。

 顔を上げろと言われていないので一瞬しか見えなかったが、ここに来る途中の廊下に飾られていた写真に写っていた国王の姿とまるきり一緒なので、彼がアンブロジアズ魔導王国現国王なのだろう。


「あぁ、そんな堅苦しくしなくていいよ、君たち。何もできない、魔術の腕だけがあって戦いにも出られない僕なんかに、君たちのような大英雄が頭を下げる必要はないからさ」


 さて、ここは王様らしく「面を上げよ」とか言うのだろうかとちょっと期待していたが、想像以上に軽い声でものすごく軽い口調で言われて困惑する。

 横一列に並んでいるメンバーたちとも困惑するように顔を合わせてから、顔を上げる。

 王座に現れた若い王様は、やはりどう見ても20代の若さにしか見えない。

 いつの間にかまさにプリンセスというべき綺麗なドレスに身を包んだリリアーナの方を見て、一体どういうことなんだと首をかしげる。


「あはは、君がヨミだね? 今君が考えていることが手に取るように分かるよ。本当にリリがボクの娘なのかってちょっと疑ってるでしょ?」

「え!? あ、いえ、そういうわけじゃ……」

「いや、いいんだ。知らない人が見れば確かに変に思うだろうからね。でもリリは紛れもない僕の娘だよ。こんな見た目だけど、僕というよりもアンブロジアズ王家が特殊でね。普通の人間より寿命が長いんだ。こんな見た目でも国王になってからはもう80年は経っているし、僕自身ももうそろそろ120歳になるかな」


 120歳で見た目20代。一体どうなっているのだろうかと開いた口が塞がらない。


「あ、リリはまだ十代後半でね。いい加減世継ぎを作れってうるさいから結婚したらすぐに子宝に恵まれちゃってね。今はここにいないけど、他にも二十人いるよ。今はみんなに世の中を経験させるために、この国の二十の街に勉強させに行かせているんだ」

「お父様、そろそろ語るのは」

「おっと、そうだね。すまないね、話し始めるとついつい長くなってしまう」


 リリアーナに促されて語るのを止めた国王は、こほんと咳払いをしてから佇まいを直す。

 一瞬にして穏やかな青年から、威厳のある国王の顔になる。


「銀月の王座の諸君、此度はガウェイン第十五魔導騎士大隊隊長と彼の仲間と共に、よくぞ黄竜王アンボルトを討伐してくれた。この国を治める王として、その偉業を心より称え、そして魂より感謝を」

「あ、ありがたき幸せ……です」


 ギルドを代表してヨミが王の謝礼を受け取る羽目になっているので、合っているのか分からない言葉を述べる。


「諸君らがいなければ、きっとガウェインたちは生きて帰ってくることはなかっただろう。彼らは今世紀最大の蛮勇で愚かな騎士となることなく、竜の時代が始まって以降最高の英雄となって帰ってきてくれた。……もちろん、諸君ら銀月の王座だけの功績ではない。まさか連れて来てくれるとは思わなかったが、そこの最高位鍛冶師マスタースミスのクロムウェルがいたことも、勝利の要因の一つだろう」


 ここにきていきなり分からない単語が飛び出てきて、どう返せばいいのか分からなくなる。

 クロムウェル。間違いなく、クロムのことであるだろう。しかし最高位鍛冶師というのには全く聞き覚えがない。

 近くにいるガウェインを見ると、信じられないといった表情を浮かべて、クロムのことを見ている。


「ハンッ。お前のオヤジから与えられたその称号は、一回目のボルトリント討伐に失敗してからすぐに返却しただろう。ワシはそう呼ばれる資格なんざないぞ、マルジン」

「おっと、ここではマーリン五世と呼んでくれたまえクロムウェル」

「ならワシのこともクロムと呼べ。昔っからお前は生意気なクソガキだな」


 何言ってんだこの爺さん!? とヨミ含めたギルメンは心の中で絶叫した。


「貴様! 国王陛下に向かってなんと無礼な口を利く!?」


 魔族が三人も来るからとマルジンと呼ばれたマーリン五世国王陛下の側に控えていた騎士が、腰に下げた剣に手をかけながら前に踏み出そうとした。

 しかしマーリン五世がその騎士を制止する。


「いいんだ、行かなくていい」

「しかしっ」

「私がいいと、言っているのが聞こえないのか?」


 声音は変わっていないのに、温度が下がったような錯覚を感じた。

 騎士もびくっと体を震わせて、おずおずと元居た位置に戻っていった。


「驚かせてしまったようだな。彼はクロムウェル。200年前、当時の国王だった私の父よりも前の時代からこの国に尽くしてくれた人物だ。森妖精族エルフの系列で土と鉄と鍛冶の能力に優れた土妖精族ドワーフでな、少なくとも竜の時代が始まった少し後かほぼ同じ時代から生きている、いわば生ける伝説だ」

「ケッ。生ける伝説なんて下らん称号も、ここまで老いぼれて戦いにも行けなくなりゃただの案山子だ」

「その様子じゃ、あの時の口癖だった『もう先の短い老人』はまだ言っているみたいだな。元気そうで何より」


 くくっ、と笑いながら言うマーリン五世。

 とんでもない長生きをしている種族であると知って驚くが、同時に合点も行った。

 フリーデンに行ったばかりの頃はまだ信用されていなかったため、本気で鍛冶をすることはなかったが、時間をかけて信用を得てからは本気で取り組んで特上の武器を作るようになってくれた。そのおかげでノエルとヘカテーに、攻撃力の高い装備を渡すことができた。

 そして何より、加工できるものがほぼいないとされる竜王の素材を、クロムは一日足らずで斬赫爪という武器に仕上げた。

 あまりにも卓越しすぎている技術。年齢に応じた膨大な経験からくるものだと思っていたが、その年齢が人間の寿命ではなく長命種の長い寿命からくるものだったようだ。


 ユニーク装備という、運営という名の神が作った武器には届かないが、技術でそれに迫るようなものを作る鍛冶能力。

 なるほど、そんなものを作れるくらいなのだから、最高位鍛冶師という称号を持っていたのにも納得できる。


「どうだクロム。また、この国に最高位鍛冶師として仕えるつもりはないか?」

「ないな。ワシはもう、ワシが今いる町に骨を埋めるつもりでいるんだ。下らん見栄えだの保身だの名誉だので常に他人を蹴落とし続けているような連中がいる場所になんざ、いたくないね」

「ははは、耳が痛い。それはそうと、そろそろ話し方を改めてはくれないか? ヨミ殿たちがいい加減吐きそうな顔をしている」

「今更無理だね」

「言うと思った。……はあ、僕も国王としての仮面をかぶるのだって、楽じゃないんだけど?」


 ふぅ、と息を吐いて背もたれに背を預けたマーリン五世が、威厳ある国王からただの青年のものに戻る。


「似合わんな」

「言わないでくれ。僕が一番それを分かってる。こんなところで政なんかやってないで、研究室に籠って魔術の研究をしてた方が性に合ってるよ」

「マーリンの小僧と同じことを言ってやがるな。そう言っている間は、お前はいい国王でいられるだろうな」

「そう言ってもらえると助かるよ。さて、ごちゃごちゃしちゃったけど、君たちにも何か褒美を上げよう。何か欲しいものとかあるかな? あ、ノーザンフロストみたいに、流石に冒険者を王族の仲間入りさせる、なんてことはできないからそこんとこはよろしく」


 なんてすさまじいキラーパスなのだろうか。

 真っ先に欲しいものはお金だと言えるが、そういう金策をするのもゲームの醍醐味だ。もちろん素材集めも同様だ。

 うーんと小さく唸りながらも、とりあえず一つだけ絞り出すように口にする。


「で、では、素材を一つお願いしたいです」

「おや、それだけでいいのかい?」

「今、ボク……わたしは、クロムさんに頼んで、アンボルトの素材を使ってわたし専用の武器を作ってもらっている最中です。その最後の仕上げに必要な素材はその武器の性能を高めるもので、質がよければその分だけ性能が向上すると聞かされたので」

「端的に言えば魔法石だな。手元に一つあるが、お前んとこにある高品質のものがあれば、嬢ちゃんに頼まれたワシの最高傑作のロマン武器が完成する」

「魔法石か。分かった。あとで宝物庫に連れて行くから、そこから自分たちで選んでくれ。他の四人は?」


 とりあえずヨミが言うべきことは言えたので、ほっと一息を吐く。

 ヘカテーはがちがちに緊張していて、装備品が欲しいと若干噛みながらお願いし、ノエルは予備となる武器を、シエルは銃器が、ジンはシールダーなので物理と魔術両方の防御性能の高い盾お願いして、全て聞き入れられた。

 そういうのは全部宝物庫にぶっこんであるそうなので、この謁見が終わったらマーリン五世が自ら案内すると言った。


「さあ、ここに集まってくれた諸君! 今回の黄竜王アンボルト討伐の最大の立役者たちに敬意を払い、盛大な拍手を送ってあげようじゃないか! 強大な敵を前に、人間も魔族も関係ないからね!」


 ヨミ、ヘカテー、シエルが欲しいものを要求すると、よく思っていないらしい一部の貴族がひそひそと陰口を言っているのが聞こえたが、マーリン五世が声を高らかにそう言ったことで、渋々と言った様子で他の歓迎するように拍手をする貴族たちに紛れるように拍手をした。

 よっぽど魔族が嫌いなんだなと呆れつつも、拍手の雨を大人しく浴び続けた。



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Q.これが本当にオタク?


A.やる時はきちんとやるタイプのオタク。それはそうと趣味は優先したいタイプ

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