掴んだ一つ目の平和

 アルベルトの家に着いたヨミは、家のドアをノックして帰って来たと声を出した。

 そのすぐ後に勢いよくドアが開かれて、中から小さな影が飛び出してお腹辺りに飛び込んで来た。

 言うまでもなく、ヨミの声を聞いて限界を超えてダッシュしてきたアリアである。

 想像以上の速度でのタックルだった上にみぞおちに頭がクリティカルヒットしたため、踏ん張ることができずにそのまま押し倒されてしまった。


 わんわんと無事に帰ってきたことを喜びながら泣くアリアの頭をそっと撫でつつ起き上がり、抱っこしながら家の中に入った。

 アルベルトとアルマ、セラも昨日一日町に帰ってこないでいたことを心配していたようで、何事もなかったかのように姿を見せたので呆れられつつも安心していた。


「………………マジか」


 険しい表情で長い沈黙を、絞り出すように言葉を出したアルベルトが破る。

 セラは途中で思考放棄したようでぼーっとしており、アルマは「マジかこいつ」みたいな顔をしている。


 隠しているわけにはいかないとアルベルトたちにもアンボルトを討伐したことを報告し、言葉だけじゃ信じてもらえなさそうだったので鱗と牙と爪を一個ずつ出して見せることで証明した。

 今なおヨミの膝の上に座って、興味津々に鱗を両手で抱えているアリア以外、竜王の素材が出て来た時点で戦慄していた。


「バーンロットを撃退した功績があるとはいえ、倒すのは無理だと思っていたんだがな……」

「ヨミ姉ちゃんが来る前から、かなりの数の冒険者が徒党を組んで挑んでも全部返り討ちにされたってずっと言われてたし、そもそもこの900年一度も倒されたことがないから、事実上あいつらは倒せないって言われてたのにな」

「ヨミちゃんはすごく強いのねー」

「セラ、気持ちは分かるが思考放棄しないでくれ」


 遠くを見つめているセラを正気に戻そうと、アルベルトが優しく肩をゆすっている。

 しかし彼らの反応は妥当なものだと分かっているので、少し苦笑を浮かべるだけのヨミ。アリアはまだ幼いので、その辺の理解はまだまだなようだが。


「まさかとは思うが、これ、クロムのところに持って行ったか?」

「……持ッテッテナイデス」

「持って行ったな。クロムのことだ、自分の寿命を縮めてでも最高傑作を作り上げようとするぞ。特に問題はないだろうが」


 はぁー、と長く息を吐くアルベルト。彼の言う通り、あの笑い声を聞く限り無茶をしそうだ。

 ヨミの想像が本当に合っているのなら、ロマンたっぷりなヨミの専用装備を作ってくれるだろうし、それを今日明日で仕上げて明後日渡してくれると言うのだから、無茶をしないわけがない。

 今からでもあのお店に戻って、一週間かかってもいいからゆっくりやってくれと言ったほうがいいのかもしれない。


「君の幼馴染たちには既に、クロムが手いっぱいになるのは伝えたか?」

「はい、本人からも言われたのでここに来る前に伝えておきました」

「なら追加で、クロムに竜王の素材を使った武器の作成の依頼は、一週間は控えてくれと伝えてくれ。そうでなければ、それこそ本当に倒れかねない」


 そんな馬鹿なと否定できる要素が見当たらないので、素直に頷いて再度メッセージを送る。

 真っ先にノエルが了解と返事を送ってきて、少し遅れてシエルも了承の返事を送って来た。

 ジンはただ既読が付いただけで、ヘカテーはまだ既読が付かない。あの戦いでは貴重な火力枠の一人だったが、彼女はまだ小学生。あの激戦は中々に響いているらしい。


「二、三日は戦いは控えておきます。流石にボクも昨日のは結構疲れたので」

「そうしたほうがいい。ロットヴルムが新しく赫竜王に作られて復活したようだが、森荒らしはまだ先の話になるだろうからな。近くにあれがいるが、しっかりと休息を取りなさい」


 とはいえ、今週中にギルド対抗戦が始まるので、完全にゆったりするわけにはいかない。

 昨日の大激戦でメインステータスに魔術スキルのレベル、武器の熟練度が跳ねあがっており、中にはもう少しでカンストするところまで来ているものがある。

 格上相手に挑むと上りやすいと言う仕様な上に、初心者に対する救済措置としてブーストでもかかっているのか、異常にレベルなどが上がりやすい。

 影魔術シャドウアーク血魔術ブラッドアークがもうじき熟練度100に行きそうなので、暇潰しついでに木こり生活に勤しんで、両方の魔術で武器が作れるのでひたすら使いまくってスキルレベルを上げることにする。


 大鎌の火力もかなり高いので、こちらはまだカンストとは行かないが使える戦技の数を増やしておきたい。しかし、斧のように木こり生活をするだけで熟練度が上がる武器と違って、戦い特化の武器はやはり戦った方が上がりやすい。

 素振りとか鍛錬することでも上がるが、一番効率がいいのは戦うことだ。なので大鎌の熟練度を上げるには戦闘が一番だが、アルベルトたちに戦いは控えると言った手前、早速赫き腐敗の森に突撃するわけにはいかない。

 ここは大人しく、効率が悪くても素振りで地道にこつこつ上げていくかと、ゆるゆると息を吐く。


「お姉ちゃん、お休み?」

「そうだねー」

「じゃあ、いっぱい遊べるね!」


 ───ん゛っ、ぎゃわいい!!


 口から飛び出そうになった言葉をギリギリ押しとどめて、無言で後ろからぎゅっと抱きしめる。

 あんな眩しい純粋で無邪気な笑顔を向けられたら、断ることなんてできるわけがない。熟練度上げとかスキルレベル上げとか後回しだ、最優先はアリアとの癒しのひと時だ。

 後になって夜遅くまで素振りなどをして熟練度上げする羽目になるが、ヨミは決して後悔などしない。



 アリアにねだられて夕方になるまでひたすら遊び倒していたヨミ。子供の体力は無限なのではと思うほどはしゃぎまわっていたアリアは、遊び終わったらバッテリーの切れた人形のように眠ってしまい、ヨミにおんぶされている。

 貴重な一日がアリアとの遊びで消し飛んだが、非常に清々しい気分だ。肉体的には疲れているが、精神的には潤っている。やはり可愛いは最強の兵器かつ、最高の栄養なのかもしれない。


「何考えてんだか……」


 やっぱり疲れているのかもしれない。思考が自分の中身を考慮すると結構ヤバい方に傾いている。

 アリアは可愛い。それは間違いない。無類の可愛いもの好きのノエルも、可愛いと言って暇な時は構い倒しているくらいだ。

 だがヨミの言うアリアへの可愛いは、どちらかというと甘えて来てくれる素直な妹という方だ。リアルの妹が自分を妹扱いする上に着せ替え人形にしようとしてくるから、アリアのような素直な妹がその反動で愛おしく感じているのかもしれない。

 だからって可愛いは栄養とか、流石に考えちゃいけないだろうと自責する。


 疲れて寝てしまったアリアを家まで送り届けて、その足でもらったヨミの家に向かって行った。


「あぁ、ヨミ殿。ここにいたのか」

「んお? ガウェインさん?」


 その途中で、ガウェインと鉢合わせる。

 今頃もうこの国の王都に向かって、そこであれこれしていると思っていたので、ここにいることは少々予想外だ。

 しかもどうやら、向こうはこちらのことを探していた様子だ。


「何かあったんですか?」

「あったにはあった、というべきか。アンボルトを倒したと報告しに行って、嘘だと言われないために首を差し出したら大騒ぎになってしまってな。そこでつい、銀月の王座ムーンライトスローンの諸君のことを漏らしてしまってな。連れてきてほしいと、国王陛下から言われているのだ」

「……わっつ?」


 聞き間違いでなければ、国王陛下がお呼びらしい。

 どういう経緯でそうなったのかを少し詳しく聞くと、蛮勇だと完全に思われていて帰ってくるわけがないと期待せずにいたのに、帰還してくるどころか有言実行してその証拠となるアンボルトの首を見せつけることで、七体の竜王のうち一つを王座から引きずり下ろすことができたことが証明された。

 もちろん偽物かと疑われたそうだが、王宮お抱えの鑑定士に鑑定させたら現存するどの物質にも当てはまらないし、存在しているどのドラゴンの素材とも一致しないということ。そして目が潰れてボロボロになってはいるが顔の形が王城図書室の中にわずかに残されている資料に記されている特徴と一致していたため、紛れもない本物とお墨付きをもらった。


 その結果、本当に倒してきてしまった英雄として祭り上げられそうになったが、ガウェインは速攻でそれを否定。

 その流れで、ヨミたち銀月の王座のことを話してしまい、特にヨミとシエルとヘカテーは魔族フリークスでありながら人間族ヒューマンと友好的だと言うことで国王が興味を持ち、本当の竜王の討伐者を連れてきてほしいと言われたそうだ。

 命令ではないのだが、そのお願いをしてきたのが国王ということもあってそれはもはや命令のようなものであるため、ガウェインも拒絶することもできずに了承したとのこと。もとより王城に連れて行くつもりだったらしいが。


「それと、ヨミ殿やノエル殿の武器を作ったというクロム殿も連れてきてほしいとも言われたのだが」

「多分無理だと思いますよ。あの人、今ボクの装備作ってて二日は動かないつもりみたいですし」

「早速作っているのか。しかし、まあ、あんなものを手に入れた以上それを素材とした武器が欲しくなるのも仕方がないだろう」


 ガウェインも本音を言えば、竜王素材の武器を早く一流の職人に作ってほしいそうだが、あいにく竜王の素材を扱った職人というのは今のところ、ヨミの斬赫爪を作ったクロム以外に存在しない。

 クロムの方が落ち着いてから、自分から正式な依頼として頼もうかと今は思っているらしい。


「それで、ボクはいつそのお城に行けばいいんですか?」

「可能なら早く来てほしい。我ら人間と友好的な吸血鬼というのに陛下は興味を示しているし、それ以上に竜王の討伐者だ。速く連れてこなければ、」

「来なければ?」

「陛下が自らここフリーデンに足を運んで、直接まみえるかもしれない」

「フットワーク軽すぎません?」


 王様なのにそんな軽いフットワークで、近くに赫竜王すらいるここに来ていいのだろうか。

 そういえば初代国王が歴代最強の魔術師とガウェインが言っていたし、国王ということはその直系だろうから、きっと魔術の腕も相当なのだろうと勝手に決めておく。


「陛下は魔術師で研究者でもあるからな。興味あることには自ら手を出すきらいがある」

「なるほどぉ……。まあとりあえず分かりました。今日はもう時間も時間なので、明日行きますね。ノエルたちにも連絡しておきます」

「頼む。明日はクインディアの門の前まで来てくれれば、そこからは我々が車で案内する」

「ありがとうございます。あ、服とかどうしましょう」

「気にする必要はない。連れてくると言ったら、陛下がすぐに使用人に命じてドレスやスーツを用意していたからな。そのままでいい」


 ドレス。それを聞いた瞬間体がピシッと硬直する。

 中身は今でもしっかりと男だが、見た目は見事な美少女だ。なら当然、そういう正式な場で身にまとうのもドレスだ。

 ものすごく嫌だが、もう行くと言ってしまったため断れない。

 嫌だなと一瞬思ったが、今着ているのがゴシック調のものなので大差はないなと言い聞かせることで、嫌だなと思った気持ちを抑え込む。


 伝えることを伝えたガウェインは、少しこの町を見て回ると言って別れた。

 ヨミはこのまま家の庭で素振りでもしようかと思ったが、時間を見たらそろそろ夕飯の支度をする時間だったので、一度ログアウトして夕飯を取ってからもう一度ログインすることにした。



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Q.アンブロジアズ魔導王国の王様ってどんな人?


A.オタク

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