王との戦いを終えて

 アンボルトを討伐した翌日。

 FDOで初めて竜王が討伐されたこと、それが全世界に配信されていたこと、そしてそんな偉業を始めて一か月経っていない新人がNPC200人ありとはいえどやってのけたこと。

 これらのことが重なった結果、詩乃のチャンネルが人気が大爆発。始めたばかりの時は増え方が指数関数的だったが、アンボルトに挑むまでの一週間はその勢いも落ち着いて一日数百人から千人程度だったのだが、あの一件で一晩で二十万人以上増えた。

 何だったら今現在もリアルタイム更新されている登録者数がぐんぐん増えており、もうそろそろ六十万人が見えてくる。


 自分の目を疑っても誰も責めないレベルの増え方に恐怖して思考放棄し、トーストの上に塩で軽く味付けした目玉焼きを乗せた朝食を食べてから、ヨミは洗面所に向かって歯を磨こうとした。


「……んあ?」


 洗面所に行く途中でふらりと体がふらついた。

 頭が痛いとか体調が悪いとかではなく、急に力が抜けるような感じだった。


「まあ寝不足だよね。あの後騎士の人たちと遅くまでお祭り騒ぎだったし、消えないアンボルトの死体からひたすら戦利品剥ぎ取りまくってたし」


 竜王という存在は唯一の存在。そのためかHPを削り切って倒しても、その体は残り続ける。

 大丈夫なのだろうか、この場所を見つけたプレイヤーがハイエナの如く勝手にあさったりしないだろうかと危惧したが、剥ぎ取る時にこの戦いに参加したプレイヤー以外は素材の剥ぎ取りは不可能というウィンドウが表示されたので、ほっと安堵した。

 流石にNPCはプレイヤーではなく、エネミーと同様にあの世界の中で生きている住人なので、プレイヤーのようにブロックが機能するなんてことはない。

 なので当面は、剥ぎ取れるものがなくなるまではあの場に騎士が何人か残って監視することになった。


 ちなみにガウェインだが、自分が竜王殺しの大英雄となったことよりも、初代国王の悲願だった竜王殺しを達成して今のこの竜の時代に一石投じたことの方が嬉しかったようだ。

 ヨミが落とした三つ首の内の右のものを、討伐した証として一度アンブロジアズの王都に持って行って、そこで大々的に竜王を倒したのだと宣言すると言っていた。


 そういうパフォーマンスが終わったらその顔から、潰されているが眼球や鱗、牙などを剥ぎ取って全て渡すと約束してくれた。

 全てでなくていいと断ったのだが、この首を落としたのはヨミだから所有権は全てヨミにあると言ってゴリ押されてしまった。


 シエル、ノエル、ヘカテー、ジンは、あの激戦が終わりお祭り騒ぎも収まった後、流石に疲れたと言っていち早くログアウトしている。剥ぎ取りは起きてからやると言っていたし、時間的にそろそろ起きてインしている頃だろう。

 詩乃も、まだ疲れが残っているようだがしっかりと睡眠を取れたので、一度大きな欠伸をしてから歯を磨くために洗面所に向かった。



 案の定というか、ログインしてアンボルトの死体の近くに建ててあったテントで目を覚まして外に出たら、一生懸命鱗を剥ぎ取っているノエルとシエルがいた。

 ヘカテーは小学生ということと昨日の激戦で疲れ果てているようで、まだログインしていない。一応交換しているメッセージアプリの方にも起きているかどうか送ってみたが、既読すら付かない。

 ジンは一応既読が付いたが、ヨミが東雲姉弟と一緒に剥ぎ取り作業をして終えるまでの一時間は返事が来ず、戦利品を確保しに来た共に戦った騎士たちと一緒に休憩をしている時に、ログインは夜になりそうと返事が返って来た。


 その後も引き続き剥ぎ取りを続け、デカすぎるがゆえに剥ぎ取れるものが多すぎて飽きてきたので今日はもうやめにして、昨日の決戦の最大の立役者と言っても過言ではないクロムの下へと向かった。

 シエルとノエルはもっと剥ぎ取ると、少しヤバ気な目をしていたのは見なかったことにした。


「……ったく、お前さんはよう。元から分かっちゃいたが、純血の吸血鬼の癖に優しい娘っ子だし、お人好しで困ってる奴を見逃せないたちなのも分かっていたし、どんな怪物でも倒せるくらい強いのも分かっていたけどよ。まさか、こんなもんまでぶっ倒してくるたあな」

「えっ……と、ごめんなさい?」


 いつものように作業室で、真っ赤になるまで熱した鉄を金槌で打って鍛えていたクロムに、まずはお礼を言ってからインベントリ内の素材アイテムを出せるだけ出す。

 最初はものすごく驚いた顔をして食い入るようにそれを見つめていたが、牙やら爪やら鱗や骨とかを次々と出していくうちにだんだんと呆れられてしまった。


「謝る必要なんざない。確かに呆れちゃいるが、感謝してんだ。むしろ、謝りたいのはこっちだしな。実際の年齢はどうなのかは知らねえけど、見た目通りなのだとしたらお前さんやお前さんの幼馴染のような子供が、怖くて挑めなくなっちまった大人の代わりにあんなのと戦って倒してきてくれたんだからよ。ワシは武器を作るしか能のない、先の短い老いぼれだ。強い武器を作れるのに自分でそれを持って戦いに行かずにいて、すまなかった。そして、ワシが作った武器で、竜王を倒してくれてありがとう。感謝する」


 手に持っていた大きな鱗を作業台の上に置き、深く頭を下げるクロム。


「……はい。どういたしまして。それと、ボクの方こそありがとうございます」


 どう返したらいいだろうかと少し困惑するが、謝罪と感謝の両方をしっかりと受け止めてから、ヨミも深々と頭を下げる。

 奥の手の『血濡れの殺人姫』や種族固有スキルの『月下血鬼ブラッドナイト』、一緒に戦った仲間たちの存在も非常に大きいが、その中にはもちろんクロムが作ってくれた武器もある。

 フリーデンという小さな町の中にいる唯一の鍛冶師だが、この二週間の間色んな人の武器や他の街の武具屋を見て回っても、クロムが作った武器の方が圧倒的に性能がよかった。


 奥の手を開放し、夜空の星剣の固有戦技のバフと自己強化などでオーバーフローした筋力が大きかったが、それ以上に高性能すぎるクロムの武器がなければ倒せなかっただろう。


「クロムさんは戦場に来ることができなかったって言いましたけど、ボクはそうは思いません。鍛冶師にとって自分で作った武器というのは、自分の魂を込めて作った片割れみたいなもの。だから、最後の最後にボクは斬赫爪を使ってアンボルトを倒した。斬赫爪はクロムさんが作った武器だから、体はそこになくても、クロムさんの魂は間違いなくあの場所に来ていましたよ」

「……そうか。……そう、だな。そう言ってくれると助かる。いいこと言うじゃねえか」

「ちょっと臭いかなって今思いましたけどね」


 少し自分らしくない発言だったなと、頬にほんのりと朱を咲かせて照れる。


「嬉しいことを言ってくれた礼だ。竜王という最高の素材がここにあって、ワシという最高の鍛冶師がここにいる。今からお前さん専用の武器を作ってやるよ」

「え、いいんですか?」

「いいんだよ。それに、世界を救う第一歩を踏んだ未来の英雄様だ。ここで一つ、恩を売っとかないと後悔しちまう」

「……ぷっ、ふふっ。そうですね。じゃあお願いします」


 クロムもまた少し照れているのだと気付いて、小さく笑う。

 気付かれたと少し不貞腐れたようにそっぽを向くが、不機嫌にはなっていないようだ。


「それで、どんな武器にしようか。……そういや、お前さんは色んな武器を使いこなしているな?」

「そう、ですね。大鎌はまだ使い慣れていませんけど、片手剣と斧、ナイフ、大剣も少しは使えるし槍もちょっと齧った程度なら」

「主に使うのは確か、片手剣に斧、ナイフの三つだったな。最近銃もちまちま使い始めたって言ってたし、大鎌もまだ慣れていないだけで結構使いこなしているって木こりのブラウンの若造も言ってたから、……よし、ならいっちょ面白いのを作ってやろう」


 にかっと笑みを浮かべるクロム。


「お前さんはアル坊でも理解できなかった最高のロマンを、よく理解してくれるからな」

「……まさか、まさか!?」


 どんなものを作ろうとしているのかが分かり、目を輝かせる。


「おうとも、そのまさかさ。これだけの素材が揃っているんだ、ワシの人生の中で過去最高の一品に仕上がるだろうよ。時間がかかるだろうから、そうだなあ……明日か明後日くらいにまたここに来い。あぁ、そうだ。アル坊んとこのクソガキとちみっこが、昨日一日お前さんが帰ってこないって心配していたぞ。特にちみっこは、お前さんがいないからって泣いていた。顔くらい見せに行ってやれ。店の前で泣かれちゃうるさくて敵わん」

「あらら、アリアちゃん泣いちゃってたんですね。分かりました、じゃあ早速行ってきます。クロムさん、お願いします」

「おう! 期待してくれて構わんからな! そうだ、この二日間はお前さんの武器作りに集中するから、お前さんの幼馴染とお仲間にあらかじめ伝えておいてくれ」

「分かりました」


 それでは、と頭を下げてから作業場を出る。直後にテンションがぶち上ったのか、ガハハと笑い声が聞こえて来た。

 先の短い老いぼれと自分で言っているが、ああしてはしゃいで元気でいてくれているのだから大丈夫だろうと、妙な安心感がある。


 今日明日はクロムが手を離せないのをギルドメッセージを使って送信して、返信が返ってくる前にウィンドウを閉じる。

 アリアが昨日泣いていた。これは紛れもない一大事だ。すぐにでもあの子の側に行って安心させてあげなければならない。

 と、リアルの妹には最近発揮していないシスコンぶりをこちらの世界で発揮させて、駆け足でアルベルトの家に向かって走り出す。



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今日はいつの間に始まった『勝手にQ&A』はなし。数話に一回はやる

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