原色の王座、二つの神座、零れ落ちるは雷鳴の琥珀

活動報告にも書きましたが、タイトルを変更しました


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 辺り一面が雪で覆われ、冷え切ったことで澄んだ空気の北の国。

 南方のアンブロジアズ魔導王国と同程度の規模の北方の王国、ノーザンフロスト王国。その国の最大の山である霊峰クリスタルホワイトの山頂にて。

 青いクリスタルやサファイアのように美しい光沢を放つ鱗に身を覆われた、完成され切った彫刻のような造形美と、平伏して畏怖し、そして恐怖を叩き込まれる巨体と威圧感を放つ存在、三原色の竜王が一体、蒼竜王ウォータイスが己のねぐらで伏して眠っていた。


 ただそこに存在し、呼吸をしているだけで周辺が凍り付いていき、ウォータイスの周りには草木一つ生えていない。まさに、絶対零度の地獄。

 そんな大紅蓮地獄を作り上げている蒼き竜王が、ピクリと何かに反応して目をゆっくりと開く。


「……あぁ、そうか。奴が、琥珀が、砕けてしまったか」


 美しい女性のような、しかし魂すら凍てつかせそうな恐ろしい死神のような声で、ぽつりと呟く。


「奴は決して、私と緑、そして私たちの兄たる赫には届かず、四つの弟たちの中でも二番目に弱かったが……決して人に殺されるほど落ちぶれてはいなかった。そうか、遂に、人が王を殺す時代がやって来たのか」


 思い返すのは、定期的に数百人の大軍勢を引き連れてくる、どの人間よりも強く女神の気配をその身から発し、背中から純白の翼を生やすあの金髪の男との戦い。

 何度も挑み、何度も全滅させている。しかし女神によって祝福を受けている彼らは決して死なず、構成はその都度変化するがほぼ決まった顔ぶれで挑んでくる。

 つい先日も300人ほどを引き連れて挑んできたため、全力をもって応戦し、己の命に刃がかかる感覚を味わいながらも全てを凍てつかせて全滅させた。


 その時からすでに、そう遠くないうちに人が竜王を王座より引きずりおろす時代が来ると感じていた。

 赫の兄からも、緑の弟からも、そんな時代など来るはずがないと笑われた。赫は一人の吸血鬼が、己の強さを半分以下まで抑え込む人形態だったとはいえど腕を落とし、そのものを強者と認めると話していたがそれだけだ。

 他の四色の弟たちもあり得ないと笑っていたが、ウォータイスが危惧した通りのことが起きた。


「これからは、人が竜王を殺しうる時代。私たちの神は殺せはしないだろうが、今の私たちによる支配はそう遠くないうちに、終焉を迎えるだろう」


 美しく恐ろしいその巨体をゆっくりと起こし、ねぐらから出る。

 シンと冷え切った心地のいい空気に目をすっと細め、空を見上げる。


「いつまでも傲慢で赫と私たちの神の言葉以外はろくに聞こうとしなかった、なまいきで仕方のない若造だったが、それでも私の弟。ならせめて私は見送ろう。お前の魂が、尊き主の下に還るのを」


 そっと目を閉じ、二対の巨大な翼を大きく広げる。

 きっとここに人がいれば、思わず膝を突いて祈りを捧げてしまうであろう程神々しく、死を覚悟するほど恐怖しただろう。

 水と氷の竜王は、砕け散った雷が還るのをただただ見守った。



 周囲を海で囲まれて、独自の文化を築き上げた東の島国。太陽が昇る国として名を、ヒノイズル皇国。

 その国の中央にある深緑の大森林を己の縄張りとして、野生の動物以外の全てを拒絶しているその場所にて、一つの小さな山が震えて隆起する。

 それは全身を硬い岩と樹木の鱗で覆い、大部分に緑を携えている。

 その竜は、三原色の竜王が一体、緑竜王グランリーフだ。


「黄色の小僧が破れたか。さしずめ、人相手に負けるわけがないと驕っておったか」


 地に響くような声で零す。

 敗れてしまった弱者などには興味がないように、消えてしまったアンボルトがいる方向を一瞥して、興味をなくしたように視線を外す。


「フン。蒼の姉上がのたまっていたことが、まさか実現するとはな。下から数えたほうが早い程度に黄色の小僧は弱かったが、あんなでも王の端くれ。驕った程度で負けるほどは弱くはなかったが、その驕りで蛮勇極まりない人間の強さを見誤ってその命を落としたか。情けない話だ」


 グランリーフも、赫より一人の冒険者の話を聞いている。

 力が大幅に抑え込まれるが、気まぐれで人の姿をしている時に突然己の縄張りの中に飛んできた、銀色の吸血鬼。

 銀の髪に血のように赤い瞳は、その種族における真祖の末裔。今はもはや存在すらしていないであろう程、希少な存在。

 そんな真祖の小娘が、全身を赤く染め上げて斧で左腕を落としたという。本気を出せないとはいえ、それでも最強の竜王。その鱗を破壊できるだなんて、とても信じられなかった。


 だが、遠く遠く、海を渡らねば決して来ることはできないこの島国にいながらも、バーンロット本体から離れた場所に、集中しなければ感じ取れないほど小さくはあるが、バーンロットと同じ気配を放つ何かを感じる。それがきっと、落とされた腕なのだろう。

 王の腕を落とす。それだけの強さを持っているというのなら、確かにアンボルトを倒せる可能性はあるだろう。


「それにしたって、人間に負けるとはなあ。……いや、これは本当に蒼の姉上の言う通りか。最近の人間、特に女神の加護を受けた冒険者は厄介だ」


 思い返すのは、もう100回は繰り返し挑み続けている黒髪の小娘。

 ヒノイズル皇国の伝統的な衣服である着物を身にまとい、雷を己に従えて攻撃を仕掛けてくるあの少女は、そこいらの人間とは比べ物にならない強さを持っている。

 全ての竜の弱点である逆鱗があることを把握し、どれだけ素早く動き回っていてもその攻撃は怖気がするほど精確で、操る草木と大地で捕らえ圧殺しようとしてもすり抜けてくる。

 グランリーフはその少女を強者だと認めている。それ故に彼女と戦う時は最初から本気を出し、彼女が引き連れてくる数百人規模の軍勢を押し返している。


「はてさて。こんな大層な大口を叩いておきながら次に倒されるのが儂だったら、先に竜神様の下に還った黄色の小僧に笑われてしまうな」


 フン、と鼻を鳴らしてから地面を操り、その巨体を沈めていく。

 もうじきまたあの雷の少女が挑んでくる頃だ。決して負けることがないように力を蓄えようと、全身を火薬優しく包んで地面の中で目を閉じる。



 アンブロジアズ魔導王国、十五番目の都市、クインディア。その付近と言っても徒歩で一時間ほどかかるところにある静穏郷フリーデン。

 そこから更に進んだ場所にある大深緑の森を抜けた先にある、土も木も何もかもが腐敗している赫森。常人なら触れるだけで一瞬で腐敗する、赫き腐敗の森。その最奥部にて、一対の巨大な翼を持つ深紅の鱗に持を包んだ竜が低い唸り声を上げた。


「蒼の、警告通りか。琥珀は……そうか、我の腕を使った武器で殺されたか」


 蒼は赫の次に竜神に作り出された妹のような存在だ。バーンロットは自分の後に生まれた王たちのことを、弟や妹とは微塵も思わず、あくまで同胞と認識している。

 そのため、王座が一つ欠けてしまってもなんとも思わない。むしろ、戦った相手に自分の腕を素材にした武器を持ったあの吸血鬼がいるとはいえど、吸血鬼の真祖程度が脅威になることなどないので、負けたことに対して怒りすら覚えている。


 アンボルトはバーンロットから見れば雑魚だ。その鱗も半端に硬く、牙も、爪も、半端に鋭い程度だ。人間を含めた弱小な種族からの攻撃は弾けるし、容易く噛み砕いて斬り裂くことはできるだろうが、自分には効かない。

 しかしそれでも、紛いなりにも王だった。その鱗と牙、爪、骨、そして竜王の血を奴らが得た以上、もしかしたら脅威となる武器を作ってしまうかもしれない。

 人の姿だったとはいえ落とされた腕を、大鎌に加工して己の眷属の赫竜の首を落とし、今回アンボルトに止めを刺したような武器が、人の手によって作り出されるかもしれない。


「あれからあの真祖の小娘は、我のところには来ない。強者とは認めたが、奴は己の身の程を弁えていると思っていたのだがな。まさか、我ではなく琥珀の方に向かい屠るとはな」


 上げていた低い唸り声を止めて、無気力になったように地面に伏せて体を丸め、瞼を閉じる。

 せっかくならもう一度自分のところに来てくれれば、誰も来ないこの場所にい続けるのも退屈なのでいい暇潰しになるかもしれないのになと思いながら。



 白は泣いていた。

 愛しい我が子が殺されたことに。


 黒は嘆いていた。

 愚かな我が子が敗れたことに。


 白は言った。

 我が子を失う辛さはもう味わいたくないから、己の下に還って来た琥珀の魂はそのまま自分の内に残すと。


 黒は言った。

 我が子が愚かにも人に二度敗れる様を見たくないから、還って来た琥珀の魂は白と半分に分け己の中に残すと。


 白は目を伏せた。

 二度とこの世に生を受けないなら、己の中にあるとただ哀しいだけだと。


 黒は言った。

 ならば、人に負けるほど弱いその魂は、捨ててしまおうと。


 白は笑った。

 そうしてしまおう。そうすればその内存在を忘れ、悲しむことすらなくなるだろうと。


 黒は笑った。

 そうしてしまえ。負けるほど弱い魂など、やはり己の中にないほうがいいと。


 そうして白と黒は、己の下に還って来た琥珀の魂を体の外に追い出した。

 器がなければ存在することができないその琥珀の魂は、ゆらゆらと揺らめいた。


 ───おかあさま、おとうさま。がんばりましたよ。どうか、どうか、あいしてください


 縋りつくように近付いたが、白と黒はそれを拒絶した。白は悲しみを忘れるために。黒は弱者を捨てるために。


 やがて、琥珀の魂が小さくなっていく。愛しい主から拒絶され、悲しみに暮れながら、小さくなっていく。


 ───さようなら、おかあさま、おとうさま。うんでくれて、ありがとうございました


 最後にもう一度縋るように近付き、伝わるかもわからないその思いを伝えて、琥珀の魂は遂に消滅した。


 こうして、900年間あり続けた七つの王座は、琥珀が零れ落ちて六つとなった。

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