墜ちる不敗の王座

 ゴーン、ゴーン、と大鐘楼のような音が、FDOの中に響き渡る。

 なんだなんだとプレイヤーたちは、どこからか聞こえてくるその鐘の音の出どころを探そうと辺りを見渡す。


 サービス開始から一年。今まで聞いたことのない謎の鐘の音はなんだと思っていると、全てのプレイヤーの眼前にウィンドウが表示される。

 全てウィンドウには、一言一句違わず全く同じ文字が書かれていた。


『WORLD ANNOUNCEMENT:グランドエネミー黄竜王アンボルトが討伐されました』

『WORLD ANNOUNCEMENT:グランドエネミー討伐に伴い、グランドクエストEX【かつて夢見た空想の運命ファンタシアデスティニー】が進行します』


「はあああああああああああああああああ!?」

「え!? は!? グランドエネミー討伐!?」

「誰だ!? 誰が倒したんだ!?」

「つーか黄竜王アンボルトなんて聞いたことねえぞ!? まさかの未確認グランド!?」


 現時点で判明しているグランドエネミーは、蒼竜王ウォータイス、緑竜王グランリーフ、金竜王ゴルドフレイ、灰竜王シンダースデス、そして先週やっと判明した、五体目となる赫竜王バーンロット。

 これらを始めとするグランドエネミーはそれぞれ一体ずつしか存在せず、一度倒されれば二度とリポップしない唯一のエネミー。

 倒してしまえばたった一度きりとなり、このゲームそのものの根幹をなすような存在であるため、その強さは絶大。最強ギルドが戦闘員を総動員しても、倒し切ることができない正真正銘の化け物だ。

 事実上倒すのは無理なのではないかと言われていたそれが、今日、遂に何者かに倒された。


「おい! 急いでアワーチューブ開け!」


 一体誰が、どれだけの数で、どのようにして倒したのか。大勢がざわついている中で、一人のプレイヤーが声を上げる。


「アワーチューブ? なんでだよ」

「いいから早く! その黄竜王を倒したってプレイヤーが、竜王戦を最初から最後まで生配信してたんだよ!」

「いぃ!? マジで!?」


 流石にそれは嘘だろうと大勢が思ったが、一人がアワーチューブを開いて確認し、それが真実であることが伝えられる。

 最強ギルドの『グローリア・ブレイズ』も、同じく最強ギルドの一角の『夢想の雷霆』も、今まで竜王との戦いは何回か配信を行っている。

 なので特別珍しいというわけではない。どれだけ情報が集まっていようが、竜王という存在、特に三原色はその情報を知っていてもなお圧倒的強さでねじ伏せてくる。


 毎回どのギルドも、あと少しというところで敗北する。手負いの獣となった竜王は、今までの長い戦いがお遊びのように感じるほどの強さを発揮する。

 そんな竜王を、三原色ではなく四色の方とはいえど倒した。ということは、火力や密度が跳ねあがる最後の最後も突破して、倒し切ったということだ。


「待て、この子赫竜王見つけた子じゃん!?」

「マジじゃん。え、赫竜王見つけるだけに飽き足らず、黄竜王に挑んで勝っちゃったの!?」

「ヨミちゃん、だっけ? FDO始めたのって二週間くらい前じゃなかった?」

「いくら運営からの救済措置があるとはいえ、たった二週間で竜王倒せるようになるとかおかしくない?」

「とにかくヨミってプレイヤーとコンタクト取るぞ! あの竜王を倒すようなプレイヤーだ、絶対に俺たちのギルドに引き込むぞ!」

「確かヨミちゃん、自分のギルド建ててたはずだぞ。プロゲーマーの幼馴染も入ってるって話だし、下手な零細ギルドなんかよりも断然強いだろ」



「……あはっ」


 アンブロジアズ魔導王国十一番目の都市、アンディファス。

 そこの一等地に建てられている大きなギルドハウスで、ふかふかのソファーに身を沈めながら一人の白衣を着た女性、考察系ギルド『アーカーシャ』ギルドマスターのシンカーが笑みをこぼす。

 一番上に表示されているウィンドウには、蜂の巣を突っつくどころか金属バットで叩き落したかのような騒ぎになっているギルドハウス内にいるメンバーの前に表示されているのと同じように、黄竜王アンボルトが討伐されたと書かれている。

 シンカーはそのウィンドウを消すと、その下に表示されている別のウィンドウを見て目を細める。


 彼女が開いているものは、ヨミが現在もなお続けている生配信。竜王に挑む、それも初見での挑戦で、FDOを大いに賑わせている新人銀髪ロリっ子であること、そんな彼女が竜王相手に何時間も戦い続けていたこと。

 様々なことが重なった結果同接数は時間経過でうなぎのぼりとなり、現時点で百万人近い視聴者がヨミの配信を見ていた。

 そして皆一様に、ヨミたちが最初のグランドエネミーの討伐者となったことに驚愕し、とても信じられないと己の目を疑う人や、そのまま素直に勝利を祝福するコメントで満ち溢れている。


「元からすごい子だとは思ってたけど、ここまであたくしの予想を飛び越えていくとはね」


 考察ギルド『アーカーシャ』は、FDOワールドの各地に散らばって情報を収集しており、まだ十分に集めきっておらず考察するに足りないものを含めると、二体の竜神を除いた七体全ての竜王に関する情報を持っている。

 七体全ての情報がある、と言ってもヨミによって判明するまでは不明だった赫竜王を含め、紫竜王と黄竜王はどの歴史書を見ても露骨に名前が伏せられており、この三体がどのような被害を人類にもたらしたのか、程度の情報しか手に入れることができていなかった。


 その歴史書によれば黄竜王は、オープニングムービーの時点で雷を使っていることまでは分かっていたので驚きはしなかったが、竜王としての強さで言うと下から二番目と最弱格でありながら、滅ぼした国の数は七体中三番目に多いと言うことには度肝を抜かされた。

 あまりの強さ、あまりの恐ろしさに滅ぼされて行った周辺の国では黄竜王の名前を出すことすら禁忌とされ、記録を残すことも禁忌となり、先達が残してくれた僅かな情報も焚書されてしまっていた。それは他の国でも同様で、名前を知るだけで相当苦労した。

 それでもごくごく一部の、いつか竜の支配を終わらせてくれることを信じていた人が、暗号を使って記録を残してくれており、そのおかげでアーカーシャは全ての竜王の名前を把握した。


 アーカーシャ内で名前だけ判明していたアンボルトという名の竜王。それは一体どんなグランドエネミーなのだろうか。ほんの僅かに得ている情報から、あれこれ推測しながら毎日のように議論していた。

 今日も今日とてアンボルトとは何ぞや議論が大白熱していたのだが、不意打ちで右ストレートでも決められたかのような衝撃だ。


「蒼と緑の三原色の竜王とは言え、最強ギルドが総動員しても倒せないほど強いのを、NPC200人込みで倒し切る。犠牲になってしまったNPCは少なからずいるけど、強さを考えると被害は恐ろしく少ない。初見であそこまで対応できる柔軟すぎる対応力と判断力。まさに逸材ね。……どうにかして、彼女たちとコンタクトを取らないと。きっとこの世界の謎を解き明かすためのものも討伐報酬でもらっているでしょうし、他のギルドに先を越される前に接触しないと」


 まだ続く配信内で、この世界の住人たるNPCたちの喜びが大爆発しすぎてオーバーフローし、銀月の王座の五人が騎士たちに囲まれてもみくちゃにされているのを見て、くすりと笑みをこぼした。



「ふ……っざけんなあああああああああああああああああああ!?」


 アンブロジアズ魔導王国第七の街セプタルイン。

 その外にある森の中にひっそりと建っているやや朽ちている建物の中で、一人の男がウィンドウを開いてFDOと連携しているアワーチューブの配信と、グランドエネミー討伐を報告するワールドアナウンスを見て、顔を真っ赤に染め上げて激情を発露させて正面にあった机を蹴り飛ばして破壊した。


 そこに映っているのは、長らく倒すことは事実上不可能だとまで言われていた理不尽な強さをしたグランドエネミーの一体、黄竜王アンボルトを200人のNPC込みとはいえ、たった五人のプレイヤーで倒されて喜びに打ち震えている少年少女たちだった。


「くそ! くそくそくそくそぉ!!!!!! なんでこいつらは、尽く俺がやろうとしたことを先にやるんだよ!?」


 PKギルド『黒の凶刃ブラックナイフ』ギルドマスター、ゼルは、自分以外誰もいない自室の中で手当たり次第にものに当たりながら絶叫する。

 グランドへの正式な挑戦権の獲得と、強力な竜特効付きユニーク武器の確保が可能となる、黄竜ボルトリントも。

 たった一人のプレイヤーが転送トラップを踏んだことで偶然飛ばされて、強力なエネミーがたくさんいるとされていた赫き腐敗の森の発見も。

 五体目となるグランドエネミー、赫竜王バーンロットとの初めてのエンカウントと初の戦闘も。

 そして今回の、前人未到の竜王討伐という大偉業も。

 何もかも自分がやりたかったことだったのに、何もかもが先に他人に達成されてしまった。


「ちくしょう……! ちくしょおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」


 もはや幼子おさなごの癇癪だ。

 獣のように声を上げ、無様にものに八つ当たりしまくって破壊していき、どれだけの金をかけて作ったのか分からないほど派手だったゼルの自室は、見るも無残なほどぼろぼろに変わり果ててしまった。


「ちょっとゼル。いくら腹立たしいからって、部下が命かけて稼いできたお金とアイテムを巻き上げて作ったあんたの自室を、そんな風にめちゃくちゃにしないでくれる?」

「黙れッッッ!」

「わぁお」


 ポケットの中にいつも突っ込んである、呪文をストックしておくことで詠唱なしで即座に魔術が使えるようになる魔封の宝玉を、部屋に入って来た女性に向かって投げつける。

 木製のドアに当たった宝玉が砕けて、そこを起点に炎の槍が発生して女性に襲い掛かるが、さっと埃でも払うような動作一つで対魔術『ディスペル』を発動させて、炎の槍を消す。


「あんたさ、いい加減全部自分の思い通りに行かないと気に食わないっていうその性格、少しは治したらどう? そんなだからリアルで彼女作っても、一週間も持たずに逃げられるのよ」

「黙れ黙れ黙れぇ!」

「こーれは酷い。もう二十一歳にもなる大人だろうに、地団駄踏んで駄々こねるとかガキかよっての。あれをするつもりだった、これをするつもりだった。全部『するつもりだった』止まりで行動に移さないくせに、いざ他の人が先にやったらブチ切れすとかみっともなさすぎて泣けてくるよ。ま、今回のグランドはあんたが自分から動いたとしても、絶対に勝てないから結局先を越されただろうけどさ」


 ゼルに向かってこんこんと説教するように話す女性、ゼーレは、説教しながらもこんなやつがギルドマスターとかいよいよ見切りをつけるべきだろうかと、割と本気で思い始めた。

 ゼーレとゼルは、リアルで兄妹だ。ゼルが兄で、ゼーレは年子の妹。お世辞にも、仲のいい兄妹とは言えないほど犬猿の仲だ。

 それでもこうして同じギルドに入っているのは、兄であるくせにそこいらの子供みたいに癇癪をすぐに起こすゼルのお目付け役としてだったのだが、ここまで来るといい加減嫌になって来た。


 最近黒の凶刃のメンバーも、ゼルの横柄で横暴な態度に嫌気がさして、この一週間の間に十人近くが脱退している。

 メンバーにばかりもはや最強格にまで急成長したヨミたちを襲撃して、彼女たちが持つユニーク装備を掻っ攫って来いと言う無茶な命令。最初こそ始めたばかりのニュービーだから平気だろうと思っていたのだが、蓋を開けてみたらステータス差を簡単に埋めるどころか自分たちを追い詰めるほどの、化け物染みたプレイヤースキル。

 一回の戦いで勝てるような相手じゃないと察して諦めようと言ったのだが、ゼルは頑なにヨミとシエルからユニークを奪ってこいの一点張り。ヨミ本人から授かった伝言を伝えられても、自分は安全圏で椅子に座ってふんぞり返るだけだった。


「ちくしょう……! こうなったら、メンバー全員に招集をかけて奴らの持つグランドエネミーの素材やドロップアイテムを奪うしか……!」


 挙句の果てには、あの化け物を倒した奴らに喧嘩を売ろうかと考えだす始末だ。

 戦闘終了直後だったらあり得たかもしれないが、数日時間が空けばもう不可能だろう。


「はぁ……。元からここにいるメリットなかったけど、もうここにいる必要もなくなったなあ。せっかくだし、ちっちゃくて可愛い女の子なヨミちゃんがマスターしてるギルドにでも移動しようかしら」


 ぶつぶつと何かを呟いているゼルに聞こえないほどの小さな声で、ため息をついてから言うゼーレ。

 こんな酷い癇癪持ちの兄なんかより、アホほど強いがちっちゃくて可愛いヨミのところに行って、ロリっ子ギルマスを愛でまくっていた方がずっと有意義に過ごせそうだと、再度深い深いため息を吐いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る