雷鳴に奉げる憎悪の花束 12

SFジャンル日間1位になりました!

まじで感謝しかありません! ありがとうございます!



===


 あと少し。もう少し頑張れば、竜王のHPを削り切って、プレイヤーとしてヨミたちが最初の竜王討伐者になる。

 ガウェインたちNPCたちは、この世界で初めて竜王を討伐した英雄たちになる。そのはずだった。

 首を一つ落とし、もう一つの首にクリティカルを叩き込んで活動を停止させて、残りの首はあと一本になった。

 本当のあともう少し。逆鱗に重い攻撃を二、三回当てることができれば倒し切れるくらいあと少しだったのに、ここにきて頭で勝利を確信してしまい、それが原因で手負いの獣となったアンボルトのあがきの攻撃を食らってしまった。


「……っ、魔術師隊!! 全域回復!! 急いで!!」


 頭がくらくらする。眩暈もする。だが、今はそれを言い訳に何もしないわけにはいかない。

 唇を噛んでから魔術師たちに指示を飛ばす。犠牲者が出てしまったが、それ以上にガウェインを失ってはいけない。

 彼の持つあの剣の固有戦技『聖剣浄域サンクチュアリ』は防御性能が非常に高く、いるのといないのとでは楽さが違う。

 タンクの騎士が何人かアンボルトに殺されてしまった今、ここからはこれ以上一人でも防御能力を持つNPCを失うわけにはいかない。


 ヨミの指示を受け取った意識のある魔術師たちは、途切れ途切れながらも呪文を唱えて、広域回復魔術を使って負傷者の治療を行う。

 シエルも固有戦技を解除して、回復弾ヒールという魔術弾を装填して、疾走しながら連射して回っている。

 ノエルは手持ちの回復薬を呷って飲み干し、ヘカテーは消費した血を回復させるついでにHPをそのまま回復する。

 ジンはタンクスキルに強力な自己回復スキルがあるようで、体にエフェクトをまとわせながら急速にHPが回復していっている。


「被害状況!」

「が、ガウェイン隊長は意識不明ですが、息はあります! 後方に連れて行った後、覚醒の魔術で起こします! ただ……奴の落雷で、およそ20人ほどが……」


 20人。その数を聞いてくらりと眩暈が酷くなるが、むしろそれだけで済んだのだと無理やり気持ちを切り替える。

 相手は竜王。ここまで犠牲者なしで、一番厄介な手負いの獣となった今の状態の攻撃を受けて、それだけで済んだのだと言い聞かせる。


「……は?」


 残り二本半。それを短期間で削り切ってやるぞと顔をアンボルトに向けると、残った左の頭がだらりと項垂れた真ん中の首に食らいついてゴリゴリと音を立てて捕食する。

 何の行動なのだろうとみていると、ぐじゅぐじゅと気持ちの悪い音を立てて肉が潰れて千切れ、そして再生していく。

 何をするつもりなのだと警戒していると、三つの首が一つに統合されて、やや歪ではあるが頭が一つになる。

 無理やり結合したような気味の悪さと歪さがあるが、それはいい。ここにきて形態が変化し、三つあった首が一つになった。


 もし、もしもだ。能力が首が三つあることでそれぞれに分散していたのだとしたら、一つになったことで攻撃の威力が上がっているかもしれない。

 これはあくまで推測に過ぎない。当たっているとも思えないが、もし本当にそうなのだとしたら、数は減っても脅威は変わらない。


『……よもや、我が首を二つも屠り、決死の落雷を食らってもなおこれだけ生き残るとは。羽虫が如き人間も侮れないものだ』


 人を見下している竜王が、人の言葉を発した。バーンロットと同じく、挑戦者を強者だと認めた証。


『そこの銀の吸血鬼には驚かされたぞ。我らが神が最初に生み出した赫、その一部を使って作られた武器を有しているとは。貴様が、赫の話していた力を認めたという吸血鬼か』


 どうやらヨミの存在は竜王サイドに伝わっているらしい。

 今後竜王に挑む際、斬赫爪という竜王素材の武器を隠し持っているというアドバンテージは通用しないだろう。


『我の命はもはやあと僅か。貴様が逆鱗に一撃当てれば、我は息絶えるだろう。見事なり。しかし、このままおめおめと殺されるほど、我が命は軽くはないぞ!』


 激しく降っていた雨がぴたりと止み、代わりにアンボルトが体から強烈な雷を走らせる。

 体に走る雷が次第に胸の辺りに収束していくのが見えた。


『貴様ら人間を強者と認め、挑戦者と認めよう。ならば、我が究極が貴様らを屠るが先か、貴様らの刃が我が命を奪うが先か。勝負と行こうではないか』


 その宣言と同時にウィンドウが開き、『05:00』という数字が表示されて、カウントダウンが開始される。

 時間制限付きで、胸に向かって収束していく雷。


「DPSチェック……!」


 最後の最後にとんでもないものを用意してくれたなと歯軋りする。


『征くぞ!』


 衝撃波でも発生しているのかと思うほどの特大の咆哮を上げるアンボルト。

 ドラゴンの咆哮を受けると、レジストができなければ問答無用の硬直を食らう。耳栓なんてものを付けていないし、レジストも間に合わなかったので全員体が石のように硬直してしまう。

 そんなこちらのことなんな構いもせず、アンボルトが爆走してくる。もはや暴走している特大のダンプカーだ。


「『フォートレスシールド』、『ギガントフォートレスシールド』、『シールドエンハンス』、『フォートレスウォーリア』、『センチネル』、『エレメントディスパーション』!」


 ジンが『クイックドライブ』でヨミの傍まで瞬間移動して来て、次々と防御を前方に張る。

 巨大なエネルギーシールド二枚にそれを強化するスキル、被弾ダメージをカットするスキルを二つ重ねて75%遮断し、アンボルトのまとう雷を無効化させる。


『邪魔だ!』


 ここまで防御をがちがちに重ねたというのに、右前脚を叩き付けるだけで強化されている『フォートレスシールド』と『ギガントフォートレスシールド』が一撃で粉微塵にされ、属性カットのシールドさえも紙を斬り裂くように壊れてしまう。

 防御が防御を成していないと目を瞠ると、アンボルトが右前脚をもう一度振りかざす。


「ごぁ!?」


 防御スキルが全て破壊されるが、咄嗟にジンは雷竜の鱗盾を差し込んで振るわれた前足の攻撃を防ぐ。

 しかしその巨体の一撃をその場に残って防ぐことはできずに、そのまま弾き飛ばされて地面をバウンドして琥珀に衝突してようやく止まる。

 物理ダメージを75%カット、更に雷竜の鱗盾がドラゴンからの物理攻撃を80%カットと本来ならダメージを受けないで済んだはずなのに、その効果を無視しているかのように全回復していたHPを一撃でレッドゾーンまで減らしていた。


 これはまずいと砕けていた『ブラッディアーマー』をまとい直し、『ブラッドエンハンス』で強化する。

 小さい満月はまだそこにあるのでバフはとりあえずこれで大丈夫として、斬赫爪を構える。

 するとヨミが立っている場所にAoEが出現し、確認した瞬間に地面を蹴って離れる。直後に雷鳴。雷が剣のように地面に落ちる。

 AoE発生から攻撃までがあまりにも速すぎる。まだここに落ちると言う予告があるから回避できているが、もし何もなければ何を食らったのか理解できずに即死だろう。


「セェエエエエエエエエエイ!!」


 持ち前のトーク力とコミュ力でNPCたちとそれなりに親しくしていたノエルが、怒った表情で爆速で突進していき、胴体にメイスを叩き付ける。

 車でも衝突したのかと思うほどの衝撃音が響き渡るが、少しだけ体を揺らす程度で怯みもしない。

 小さい満月によって竜特効が付与されているためダメージは通っているのだが、怯ませるには至らないらしい。


「ガアァ!?」


 邪魔だと言わんばかりに尻尾でノエルを弾き飛ばし、一撃で瀕死にされて追撃を仕掛けられそうになるが、シエルの放った『滅竜魔弾』が顔に着弾して弾く。

 どれほど硬い鱗の防御を持っていようと顔は弱点で、その顔の鱗も長い戦いの中で砕けひび割れ剥がれ落ちている。

 シエルの射撃は精密で、ほんの僅かな傷に針穴に糸を通すような精密さで弾丸を撃ち込んで、HPを残り二本にまで減らす。


 ぎろりとシエルの方を鋭く睨み付けると、視線が自分から離れている今のうちに接近しようと低い姿勢で疾走していったヨミに向かって、チャージなしで最大火力のブレスを撃ってきた。

 範囲が広すぎるので足元にできた自分の影の中に落ちることで回避して、少し離れた場所にある琥珀の影から飛び出ると、どこに逃げるのか分かっていたかのようにブレスを放ったまま顔を動かし、フィールド全体を薙ぎ払うように攻撃してくる。


 もう一度影の中に潜ろうとしたが止めて、ぐっとしゃがんで力を溜めてから全力で跳躍してブレスを回避する。

 下をブレスが通過していき、生き残っているタンクと魔術師が協力し合って防御を張ってギリギリで防ぎ、大ダメージを与えたシエルは迷わずにブレスに向かって走っていき、直撃する前にスライディングをして紙一重で回避をする。

 ヘカテーは自分で作った血の剣に掴まって上に飛んで回避しており、ノエルは攻撃を受けて地面にたたきつけられた状態のまま動かずにいたおかげで、残り僅かなHPを失わずに済んだ。

 ジンは足をやられたようで動けずにいたが、タンクが一人駆け寄ってどうにかして守ってくれたようで、彼も辛うじて生き残った。


 ブレスがヨミの下を通過していった直後に、『クルーエルチェーン』を伸ばして頭の角に巻き付けて、巻き取りながら接近する。

 当然直線行動で隙が大きいのを見逃すはずもなく、体からものすごい密度の雷を放出して攻撃を仕掛けてくる。

 ギリッと歯を食いしばりながら全力で頭を回転させて、卓越した動体視力と反応速度、後は直感で体重移動で軌道をずらしながら回避したり、鎖を一旦消して落下してもう一度鎖を巻き付けて、落下する時に生まれた運動エネルギーを使ってスイングしながら巻取り接近する。

 時には血を消費して剣をいくつも生成してそれを足場代わりにして、先読みと直感でアクロバティックの雷を回避する。


 アンボルトとの距離が二十メートルほどになったところで、自分の顔の大きさほどの血の塊を自分の血を消費することで生成して、BB弾くらいの大きさまでぎゅっと圧縮させる。

 その間も雷は放たれ続けており、進んでいるのはヨミだけ。シエルもノエルもヘカテーも、防御力の高いジンでさえ近付くことができない。

 援護しようと魔術を放った魔術師も、その魔術が雷によって叩き落される。


 大量の雷が放たれ続け、大音量の雷鳴が轟き続け、聴力がおかしくなり始める。

 キーン、という酷い耳鳴りが続き、頭痛がする。それでもヨミはより頭の回転を速め、先読みに先読みを重ね、直感に従ってギリギリのところで回避をしながら少しずつ進んでいく。

 次第に、視界が色あせていく。音が遠のき、耳鳴りの音も鈍くなっていく。集中の極致、ゾーンに入った証だ。


 感覚が引き延ばされる。時間が引き延ばされる。それでもなお、一瞬でも反応が遅れたら即死する雷が飛んでくる。

 思考速度と反応速度だけが加速し、体がそれに追い付かない。それが非常に腹立たしい。

 雷だけがすさまじい速度で迫ってくる、時間が遅くなっているこの世界で、思い通りに体を動かすことができたらどれだけ戦いやすいか。

 雷が左腕に直撃し、HPが六割消滅するのを見てますますそう感じてしまう。


 アンボルトとの距離が十メートルを切る。残りの時間も、二分を切る。遅々として進まず、時間だけが悪戯にすぎていくことに焦燥を感じる。

 できればもっと近づきたかったが、ほんの僅かに隙間を見つけたので顔の横で小さく圧縮している血の塊を開放する。


「『ジェノサイドピアッサー』!」


 血壊魔術スローターアーク熟練度40で習得する魔術、『ジェノサイドピアッサー』。血を消費して自分の指先、あるいは周囲に浮遊させている血塊から圧縮した血を直線状に放出することができる、攻撃に特化している魔術だ。

 最大の射程距離は約二十メートルだが、最大の火力を出せるのは七メートルほどとかなり近い。

 雷の飽和攻撃を躱しながら進んでいるためまだ八から九メートルと最大火力を出すには少し遠いが、今この瞬間を逃しては次がいつ来るか分からないため、圧縮された血を放出する。


 ビシュゥッ! という独特の射出音を立てて超速で放たれた血の槍が、真っすぐ雷の中を通過していき、アンボルトの左目に突き刺さり抉り飛ばす。

 ダメージを受けたことで雷が止み、感覚が引き伸ばされたヨミの世界の中で間延びしていた雷鳴が止まる。

 残りのアンボルトのHPは、一本と七割。

 残りの時間は一分四十秒。ここまで来たらあとは一気に片を付けるだけだ。


「『ブラッドレッドレイク』、『シャドウクラッドアーマメント』、『ブラッドメタルクラッド』! ……すぅ、悲鳴が奏でる協奏曲。飾り付けるのは真紅の鮮血。白いドレスを赤く染め、血海けっかいの中で笑いましょう……!」


 体から大量に血を放出して地面に血の池を作り上げ、影をまとわせて斬赫爪を拡大し、残った血を使って斬赫爪を強化、補強する。

 素早くインベントリから血液パック取り出して、握り潰しながら一気に飲み干す。

 新鮮なものではないからか味は少し落ちているのか、苦みがやや強い血液パックの血。それを十秒かからずに飲み干して失った分の血液を回復させて、消費したMPを回復させていき筋力バフを上書きする。

 そして、呪文を唱えて解放される、ヨミの持つ手札の中の最高火力。


「『血濡れの殺人姫ブラッディマーダー』!」


 銀色の髪が真っ赤な血の色に変色し、着ている服の上に重なるように血のドレスが生成される。

 筋力がオーバーフローし、すさまじい力が沸き上がってくる。

 制限時間は50秒。残されている時間は1分。ヨミの奥の手が消えてしまうまでに、残り一本と七割のアンボルトのHPを削り切る。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る