雷鳴に奉げる憎悪の花束 11

 首が一つ落ちて、七本あったHPが急速に減っていき五本目に突入し、そのご本目も六割ほど削れた。

 まさかのクリティカル表示がされたのだが、即死するというわけではないらしい。

 では何のクリティカルなのだろうかと思ったが、もしかして首を一つ落とすと残りのHPの三分の一が消し飛ぶのではないだろうかと推測する。

 もしそうなのだとしたら首をひたすら狙う価値もあるが、今の間合いと威力拡大の月光戦技でゲージを半分ほど使い切ってしまったので、もう一本落とすのは難しいだろう。

 残り時間は二分半。ゲージは残り少しになるまで温存しつつ火力を出す方にシフトして、影に潜って墜落を免れて飛び出してから真ん中の首に向かって走っていく。


「魔術師隊! 炎魔術で首を焼け!」

「……ん!?」


 なんか聞き慣れた声が近くに聞こえるなと思い振り向くと、そこには兜を被ったガウェインがいた。

 ずっと後方で指揮官として支持を出しており、前線に出てこようとするのを周りが引き留めていたはずだが、どうしてここにいるのだろうか。

 そんなことを考えていると、後方に控えている数十人の魔術師が一斉に炎魔術を放ち、落とされた右の首の傷口を焼き潰した。

 傷という弱点に炎をぶつけられたため、HPがじりじりと削れて行く。


「なんでここにいるんですか!?」

「自分たちよりも若い少年少女や私を信じて戦っている仲間だけに前で戦わせて、私一人だけ安全な後方から指示を出しているわけにはいかない! 私は、誰かに守られるほど弱くはないしそれに甘んじる臆病者でもない! 私は、アンブロジアズ王国魔導軍所属、第十五魔導騎士大隊隊長、ガウェイン・ソールエクスだ!」


 その声には怯えも恐怖も一切なく、ただ戦場を駆け回り命を懸ける勇敢な騎士の声だった。

 ここまで覚悟を見せられたら邪魔はできないなと笑みを浮かべる。


「ノエル! ガウェインさんのサポートをお願い! シエル! 強化弾撃てる!?」

「りょ!」

「ちょっと待ってろ! ……術式装填セット強化弾エンハンス!」


 少し離れた場所にいたノエルがダッシュで駆けよってきて並走し、シエルは一度銃を元の鈍い銀色に戻してから術式を装填してガウェインに向かって撃った。

 その後でもう一度固有戦技を発動させて黒く変色させていたので、一部の術式を除いて併用はできないらしい。


「感謝する!」

「いえ! それより、炎で焼くように指示を出した理由は!?」

「この世界にはヒュドラというドラゴンがいる! そのドラゴンは首を落とした後に傷を炎で焼くことで、再生を阻害することができる! アンボルトが再生能力を持っているとは限らないが、やらないよりやった方がマシだと思ってな!」


 ヒュドラまでいるのかと頬が引き攣りそうになる。

 ギリシャ神話で有名なヒュドラ。強力な毒は全身を焼くような激しい痛みを与えて、その末に息絶えると言う。

 首を落とされても再生するほどの生命力があることでも知られており、ドラゴンが主な世界でそう言うのがいてもおかしくはないだろう。

 最終的にはヘラクレスに首を引き千切られて、その傷口を炎で焼き潰されて再生できなくなり、倒されたという伝説がある。

 倒し方が知られているということはヒュドラは一体だけではなく複数存在していて、ヘラクレスに該当する何者かがその倒し方を見つけたのだろう。


 アンボルトも首が複数本あるのでもしかしたら再生能力があるかもしれないと思ったため、炎の大魔術で首の切り傷を焼いたようだ。

 流石にゲームで首が再生するわけないだろうと言いたかったが、左腕を落としたひと形態のバーンロットはすぐに再生していたので何とも言えない。

 ともあれ、再生する可能性があったのだし焼き潰して阻害できたし、傷という弱点に強力な魔術を浴びせたのでダメージも与えられた。

 首を一つ失って二本だけになり、大きなダメージを受けた黄竜王がブレスを放つが、一本減るだけで非常に楽だ。


「ガウェインさんは無茶だけはしないように! できるだけノエルか、ジンの近くにいてください!」

「む、私は守られるほど弱くは……」

「分かっていますけど! 誰にも死んでほしくないんです! ノエルも、危なくなったらガウェインさん担いで離れて!」

「分かったー! ヨミちゃんも気を付けてね!」

「分かってる!」


 左の拳を突き出すと、ノエルは一瞬だけぽかんと呆けてからにっと笑みを浮かべて、右の拳を合わせてくれる。

 満足気に頷いてから二人を置き去りにする速度で駆け出していき、もう一本落とせないかチャレンジするために真ん中の首に向かっていく。


 首を一つ失いHPを大幅に失ったアンボルトが、タンクや魔術師たちがヘイトを取ろうと使ったスキルを全無視して、ヨミだけに集中する。

 どうやらここにいる誰よりも脅威だと認識されたようで、よほどのことでもない限りヨミからヘイトが剥がれないだろう。

 近くにガウェインとノエルがいるので二人から離れて、人がいない場所に移動して動きを遅くすることで攻撃を誘発させる。

 狙い通りに二つの首が同時にブレスを放ってきたので、影に潜って回避するのではなく真っ向から突っ走って行って、ブレスを見切りながら前進する。


 ヨミが近付いたからか、あるいはヨミの持っている斬赫爪が近付いたからか、悲鳴のように遠吠えのような咆哮を上げる。それはボルトリントもやっていた、天候支配の咆哮だ。

 瞬く間に暗雲が立ち込めていき、再びフィールドに雨が降り始める。

 激しい雨に視界が悪くなるが、魔術師たちが光の精霊を呼び出して周囲を明るく照らしてくれているのと、アンボルトが体に雷をまとわせているため位置と距離は把握している。


 近寄らせまいと、フィールド全域にAoEが発生する。発動直前まで強烈なホーミングされるが、それを見た瞬間にノエルがカウントを開始してくれて、難なく回避することができる。

 逃げようと翼を羽ばたかせようとするが、させまいと魔術師たちがMPを振り絞って大火力を叩き込み、僅かに怯ませる。

 シエルが銃声を轟かせて、巨大な翼に命中させる。飛行不可能になるほどの穴をあけることはできなかったが、飛ぼうとするモーションをキャンセルさせる。

 その隙にヨミが急接近して、何度も攻撃を叩き込まれてボロボロになった右前脚に斬赫爪を叩き込む。防御40%無視を添えて。


 ザシュゥ! という気持ちよくなりそうな音を立てて大鎌が右前足を斬り裂き、咄嗟に斬られた足を上にあげて追撃を回避しつつ踏み潰そうとするが、追い付いたノエルが左前脚を全力で殴りつけ、ヘカテーが斧を叩きつけて鱗を破壊し、ピンポイントにシエルが弾丸を撃ち込み、空いた風穴にガウェインが剣を突き刺した。

 痛烈な連撃が左前脚に叩きこまれ、バランスを崩す。追い打ちをかけるように、アンボルトの頭上に巨大な岩石が生成されて、それがすさまじい速度で落下して強かに頭を打ち据える。


 地面に伏せられてしまったアンボルトはすぐに起き上がろうとするが、魔術師が一斉に拘束魔術を使い、ほんの一瞬だけその場に縫い留めた。

 その間にヨミは影に潜り、高速移動して顔によって地面にできた影から姿を見せる。


「ばぁ」


 大きく大鎌を振りかぶりながら影から姿を見せて、左の首が大きく目を見開く。

 しかしヨミが狙っているのは左の首ではなく、真ん中の首だ。何故なら、この首の逆鱗は破壊されており、その下にある弱点中の弱点がさらけ出されているからだ。

 左の首もそれを分かっているのだろう。これ以上首を失ってたまるかとブレスを至近距離で放とうとするが、ノールックで『ブリードハンマー』を頭上に作ってぶん殴り、チャージをキャンセルさせる。


「ギャアアアアアアアアアアア!?」


 そしてそこに情け容赦なく、竜特効が付いているシエルの『滅竜魔弾』が放たれて、むき出しの臓器である左目に突き刺さって特大ダメージを与える。

 臓器という最大の弱点、しかも脳のすぐ近くにあるそれに、超火力の弾丸が撃ち込まれた。惜しくもクリティカルとはならずだったが、十分やってくれた。


 残りの月光ゲージを全て消費して、大鎌の刃を大きく拡張して攻撃力を増加させる。

 『ブラッディアーマー』と併用している強化とエンハンスからイグナイトに切り替えて火力を底上げし、ぐっと歯を食いしばりながら全身の発条を使って振るう。


「お……りゃあああああああああああああああああ!!」


 ゴゥ! という音を立てて振るわれた斬赫爪は、的確に逆鱗の剥がれた弱点を穿った。

 奥の方で硬い何かを断ち切るような確かな手応えがあり、笑みを浮かべる。

 そのまま引き切ってしまおうかと思ったが、腐敗しているとはいえまだ侵蝕の進んでいない場所なので肉が硬かったので、大人しく引き抜いた。


 アンボルトのHPががくっと減り、残りは二本半となる。

 これは勝てる。このまま攻め込めば、確実にこのドラゴンを倒せる。

 そう確信した。そう、確信してしまった。頭で己の勝利を、確信してしまった。


 直後に思い知る。どうしてアンボルトを含め七体の竜王が、FDOサービス開始から一年経っているにも関わらず、未だに一体も討伐されていないのかを。


「がっ!?」


 足元にAoEが発生したのを確認した瞬間、回避行動すら許さない速度で雷が落ちて来た。他にも落ちてきたようで、幾重にも重なった雷鳴が轟いた。

 雨に濡れ、脳天からの強烈な落雷を受けたヨミは体中を焼かれる痛みを味わい、クリティカル判定が下されて一撃でHPを全損。

 地面に倒れてすぐに蘇生して、離れようと影に潜る。


 少し離れた場所にある琥珀にできている影から出てきて、周囲を確認する。

 まさに、地獄だった。


「そん、な……」


 ここまで順調だった。誰一人として欠けることなく、残り二本半まで削ることができた。

 このまま倒せる。200人全員生存して、この世界に住む彼らは蛮勇な愚か者から、竜王を倒した英雄になる。……はずだった。


 首が残り一つになったからだろう。一度に落とせる雷の数が減っているのか、威力が落ちているのか、あるいは奇跡的に防御やバフをガン積みしていたからか。

 ヨミはクリティカルを受けて即死してしまったが、ノエル、シエル、ヘカテーは一割から一割未満を残して生存。ジンはタンクスキルを発動させていたためか、三割を残して生存。

 ガウェインは地面に倒れて動かないが、HPはミリで残っている。他にも見渡せば、膝を突いて動けなくなっているだけの人や地面に倒れている人が見受けられる。


 しかし、あちこちに、見えていたはずのHPバーを確認できなくなっているNPCが何人も倒れている。体から煙を上げて、力なく地面に倒れている。

 ヨミの視界に入っているだけでも10人。全体を見れば、もっと多くいるだろう。


 戦闘開始から三時間以上が過ぎた。ここにきて、遂に、





 死者が、出た。

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