雷鳴に奉げる憎悪の花束 10
「すごい、これがユニーク武器……!」
フィールド上に現れた小さな満月。本物と比べると当然ながら圧倒的に小さいのだが、そこから降り注ぐ光はとても力強くて優しい。
ヘカテーはヨミよりも少し前にFDOを始めて、その素晴らしいクオリティに感動していた。
エネミーと戦ってスキルレベルや熟練度、ステータスを上げて行って、より強い武器を作ってより強いエネミーと戦った。
エネミーのクオリティもリアルすぎて少し怖くなってしまい、ヨミのギルドに入るまではバトレイドで対人戦がメインになってしまっていたが、それもとても楽しかった。
ただ自分がやりたいことをやりたいようにやって、ひたすらに全力で楽しむ。まだ小学生でトッププレイヤーのように、魔術同士の相性だの属性値やらその他の武器に着いている特性など、一切考えずにやりたいように遊ぶ。それだけでよかった。
そんなヘカテーでも、流石に希少性の高いユニーク武器というのには一定の憧れがある。
名前の通り、その一つしかない唯一の装備。手に入れて、プレイヤーにキルされて落として奪われてしまわない限り、自分だけの特別な武器。
そういう特別なものに、ヘカテーも他の人と同じように惹かれていた。その内、誰かと一緒に取りに行こうと思うくらいには。
そんなユニーク武器を、銀月の王座は二人も持っている。
ノエルの双子の弟で、プロゲーマーとして活躍してつい先日のFPSの世界大会でも優勝を勝ち取ったシエル。持つユニークは魔銃アオステルベン。
ノエルとシエルの幼馴染で、ギルドマスターのヨミ。持つユニークは白と黒の夫婦剣の夜空の星剣と暁の煌剣。
二人も持っていてうらやましい。ヨミに至っては二本もあってズルい、という感情は少なからずある。ただ、二人とも卓越しすぎているほどのプレイヤースキルで、その強力なユニーク武器を十全に使いこなしている。
この月だって、強力なバフを味方にかけてくれる。それだけでなく、偽物の月なのにその月灯りは紛れもない本物だからか、ヘカテーが持っている種族固有スキルの『
これだけの効果、きっと使うだけですさまじい魔力を消費するに違いない。シエルと言い合っていたし、本当はもっと使うタイミングを考えていたはずだ。
それをここで使ってくれた。なら、ヨミの期待にこたえられるように頑張らなければいけない。
自分で倒し切るとは思えない。ならせめて、自分の出し切れる全力でヨミの手助けをする。
その一心で両手斧戦技を発動させる。
「『サイクロンアバランシュ』!」
戦技特有のエフェクトをまとわせて、嵐のように激しくその両手斧をアンボルトに叩き付ける。
その時、ヨミが自分の上を飛び越えて行ってあの太い首を狙いに行くのが見えた。
♢
無茶なことだとは分かっている。だが、どうしたってあの首を落とさないといつまで経っても負担が大きい。
あちこちに飛び出ている巨大な琥珀はいまだ健在だが、いくつかはもう隠れられるほどの大きさをしていない。
雷をエネルギーとして出力してバレーボール程度の大きさに圧縮し、それを地面に着弾させてから少し後に炸裂させるあの技。考えるに、三つの首でチャージをしているからあの威力をしているのか、あるいは三つの首がないとチャージそのものができない。
フィールド全体攻撃のブレスは二回仕掛けてきており、もしこれが交互に繰り返されるものなのだとしたら、次はあの炸裂エネルギー弾だ。
仮説があっているとは思えないし、もし外れていたらストックを一つ消費することになるか、あるいは誰かが咄嗟に助けに飛び出してくるかもしれない。
それでも、もし仮説が外れているとしてもあの首を一つ落としておかないと、タンクの負担が大きすぎる。
「とはいえ、こいつの首バカ硬いんだよな……!?」
全力で跳躍し、血の武器も使って投石器のようにヨミを打ち出して距離を稼いで、首に鎖を巻き付け引き付けながら思い切り斬り付ける。
受けているバフの欄がすさまじいことになっているにも関わらず、鱗を深く傷つけるだけだ。
竜特効のバフがかかっているためダメージ自体はやや大きいが、残っている数から考えるとまだ微々たるものだ。
当然張り付いているヨミをそのままにしておいてくれるはずもなく、振り落とそうと右の首がぶんぶんと暴れる。
しっかりと鎖を巻き付けて掴んでいるので落とされることはないが、このままでは攻撃に出ることもできない。
「ヨミ! 少し上にずれろ!」
シエルがそう叫んだ。何故とは一言も聞かずに鎖を消しながら首を蹴って、後ろ斜め上に跳躍する。
直後に銃声が轟き、ヨミがいた場所に銃弾が着弾して大きなひびを入れる。
ひびではどうしようもないと思ったが、もう一発銃声が響いて同じ場所に着弾して、その衝撃と威力に耐えきれずに鱗が砕けてその下の肉があらわになる。
それを見た瞬間鎖を伸ばして巻き付けて、一気に巻き取りながら急接近する。
弓を引くようにぐっと深く構え、『ヴォーパルブラスト』でぐんと加速して痛烈な突きを叩き込んだ。
「ギャアアアアアアアアアアア!!」
両目を潰されている右の首が悲鳴を上げる。見えなくなってしまった敵を振り落とそうと激しく暴れるが、深く剣を突き刺したためそう簡単に離れることはない。
「『シャドウクラッドアーマメント・デスサイズ』!」
上手くいくかは分からないが少しでもダメージを稼ぐ。そのために、剣を刺した状態のまま夜空の星剣に影をまとわせて大鎌に作り替える。
なかったはずの刃が横に伸びて内側からダメージを与え、防ぐものが何もないためHPがぐっと減る。
離れろと言うように激しく暴れ、真ん中の首が見つけたヨミを食らおうとするがシエルが妨害し、ヘカテーと連携したノエルがメイスでぶん殴って、ジンがヘイトを取った。
そのままヨミは大鎌化した剣を引き抜こうとしたが、びくともしなかった。
剣に戻そうかと考えたが、ぱっと柄から手を離してその場に放置して鎖を首の棘に向かって飛ばして、巻き取りながら移動する。
首の上に立ったヨミは左手の暁の煌剣を鞘にしまってインベントリに放り込み、代わりに大型の武器を取り出す。
それは、アンボルトと同じ竜王の素材より作り出された、唯一の竜王由来の武器、斬赫爪。
「ギィアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
「ゴアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
「ガルルァアアアアアアアアアアアアアア!!」
ヨミが斬赫爪を取り出した瞬間、何かに怯えるように咆哮を上げる三つの首。
まるで、そこに本来いないはずの何かに、赫竜王に怯えるかのような声。
「そうかそうか。お前はこれが怖いんだな。いいことを知ったぁ」
ニタァ、と笑みを浮かべる。
「この武器にはねぇ、腐敗の能力が付いているんだよねぇ。果たして竜王に通じるのかどうかは分からないけどぉ、試させてもらうよ!」
振り落とされないように自分の足を首の棘に鎖で固定し、ぐぐっと大鎌を振りかざす。
ここからではシエルが入れてくれた傷に斬赫爪は届かないが、今はいい。とにかく今は、ラッシュを叩き込んで少しでもダメージを入れつつ右の首を叩き落すことに集中するだけだ。
「おんりゃあああああああああああああああああああああああ!!!!!」
気合を入れながら繰り返し大鎌を振るう。
数回は硬い鱗に防がれるが、十回ほど叩きつけていると鱗が脆くなっていき、二十回を過ぎる頃には鱗をズタズタに破壊してその下の肉にまで到達していた。
「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!?」
繰り返し突き立てられる
鎖が千切れそうになるとその都度新しく巻き直し、真ん中と左の首が代わりに落とそうとすると尽く妨害が入る。
「『ソウル……ディバイダー』!」
大鎌熟練度50で習得する戦技、『ソウルディバイダー』。防御力を40%無視してダメージを与えることができるその戦技は、真下に向かって薙ぎ払われる。
防御無視の一撃が深々と首に突き刺さり、しかしクリティカルの表示は起きない。まだ足りないか、あるいは首が三つあるからクリティカル判定が下されないのだろう。
「そういえば、前にもこんなことあったっけなあ!!」
初めての超大型のドラゴンとの戦いとなったロットヴルム。その止めを刺す時にもこうして首に乗って、斬赫爪をめちゃくちゃに突き立てていたなと思い出す。
あの時は同じ腐敗の力を持っていたし、ロットヴルム自体が赫竜王から生まれたものであったため腐敗せずに首をただ落としたが、こいつはどうなのだろうか。
「お前の首が落ちるか腐敗の状態異常になるかボクが振り落とされるか。どっちが先かなあ!?」
引き抜いた大鎌をそのまま振りかざすと、意図したわけではなかったがそのまま『ソウルディバイダー』が発動する。
驚いて目を見開くがこれは都合がいいとそのまま振り下ろす。再度防御無視の一撃が叩き込まれて、太い首から血が噴き出る。
こいつの血の味はどんなだろうか、雷の竜王だからすごく刺激的なのだろうかと少しだけ気になるが、ロットヴルムで酷い目に遭っているのでやめておく。
『月光ゲージ、チャージ完了』
流石にもう一度戦技がそのまま起動することはなく、若干の硬直の後にもう一度戦技を発動させて叩き込むを繰り返していると、邪魔にならない程度の場所にウィンドウが開く。
それを確認した瞬間速攻で月夜状態になり、五分の制限時間と共に強力なバフを獲得。五分間だけ、血の消費なしで手持ちのものの中でトップクラスのバフを得て、力が沸き上がってくるのが感じる。
「オラオラオラオラオラァ!! さっさとそのなんも見えなくなった役立たずになった首を落としなよ!」
火力の増した大鎌ラッシュに、右の首が悲鳴を上げて他の首に助けを求める。
当然それに応えようとするが、シエルが真ん中の首の逆鱗を、ヘカテーが左の首の逆鱗を攻撃することでヘイトを無理やり自分に向けさせて、ヨミはそのまま落とすことに集中する。
「ヨミちゃん! 腐敗かかった!」
「よっしゃー!」
どうやら竜王でも、何十回百何十回も腐敗属性武器を叩き込まれると、腐敗状態になるらしい。
じわじわと傷口から赤い腐敗がゆっくりと侵蝕していくのが見える。
「もしかしてぇ、腐敗した場所って脆くなってたりするぅ?」
現実でも腐ったものは脆くなる。
バカみたいに作り込まれているこのゲームならば再現されているはずだと、試しに血の剣を作ってそこに撃ち込んでみる。
すると予想通り、少しだけではあるが腐敗し始めている場所に剣が深く突き刺さって、大きくダメージを与える。
それを確認したヨミは、にまーっといい笑顔を浮かべる。
「ヘカテーちゃーん!」
「は、はい! なんですか!?」
「さっき君でっかい血の剣作ってたでしょー!? あれもう一回できるー!?」
「で、できますけど、どうしてですか!?」
「今こいつ腐敗状態なんだけどー! 腐った部分が少し脆くなってるみたいなんだよねー!」
「『スカーレットセイバー』!」
腐った部分が脆くなっていると説明した瞬間、残り少なくなっているであろう血液パックと自分の血を使い、先ほどと同じ二十メートル以上のい超特大の大剣を作る。
巻き込まれないようにしようと後ろの方に鎖を伸ばしてそっちに移動して首の根元くらいまで移動すると、百メートルほど上空に飛ばした血の超特大剣をギロチンのように真っすぐ落としてきた。
本来なら硬い鱗に守らていて微々たるダメージしか入らないが、今はその鱗はヨミのラッシュで砕けている。
更には腐敗状態になって傷口は腐り脆くなっているし、ヘカテーの血の剣にはいまだにフィールドにある小さな満月のおかげで竜特効が付いている。
そしてあの速度。流石に竜王であろうと、ひとたまりもないだろう。
さてどうなるだろうかと動向を見守っていると、血の剣が墜落するようにヨミが付けた大きな傷に叩きつけられる。
悲痛な叫びをあげる右の首。助けに行こうとするほかの首は、変わらずシエルたちによって妨害される。
「う……あぁあああああああああああああああああああああ!!!」
裂帛の気合を上げて、血の剣を操っているであろう右手を思い切り振り下ろす。
びしりと剣全体に亀裂が入り、半分近く食らいついたところで砕け散ってしまう。
「っ、ごめん、なさい……!」
「大丈夫、上出来だよ」
影に潜って傷口付近まで移動し、月光ゲージを消費して月光戦技を発動させる。
戦技と言ってもシンプルなものだ。消費した分だけ切れ味と間合いを大きく拡張した月明りの刃を形成するだけのものだ。
首の幅を目測で計算して必要分のゲージを消費。斬赫爪に『シャドウクラッドアーマメント』で影をまとわせて拡大して間合いを伸ばし、そこに月光の刃を形成する。
「まずは、その首一つ!」
とんっ、と軽い調子で首から飛びながら体を回転させて勢いをつけ、斬赫爪を振るう。
強烈な抵抗感を筋力で無理やり押し返し、そして───月光の刃が砕けることなく振り抜かれた。
右の首が静かになる。真ん中と左の首も、地面に落下していくヨミなど見向きもせずに、右の首を凝視する。
ずるり、と。何かがずれる音がした。何の音だ、という問いの答えはすぐに全ての者の視界に映り込んだ。
ずしん、と。何かが落ちる音がした。何が落ちた、という問いの答えはすぐそこに転がっている。
落ちたもの、それは確かに、紛れもなく、200人以上に苦戦を強いらせている黄竜王アンボルトの、目を潰された右の首だった。
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