雷鳴に奉げる憎悪の花束 9

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 ヨミがNPCを明確に、守るべきこの世界の住人から共に戦う頼りになる仲間だと思うようになってから、二時間半が過ぎた。

 第三フェーズに移行したアンボルトは、飛行しながらの攻撃を頻繁に仕掛けてくるようになった。

 飛んだまま雷ブレスを三つの首から同時に吐いて縦横無尽に走らせたり、50メートルという巨体故に叩き付けるだけでも必殺なので、翼を羽ばたかせるのをやめてボディプレスを仕掛けてきたり、その巨体を武器に超低空飛行をして体当たりをしてきたりしてきた。


 飛んでいる時間が多く、近接特化の剣士たちは自分の攻撃が中々届かずに苛立ちを募らせて、魔術師たちやシエルがその間火力を出していた。

 ヨミとヘカテーも自分の血で作った武器を飛ばして攻撃していたが、それらには竜特効は付いていないし魔力値で威力が上昇するとはいえ、純粋な魔術師たちの魔術攻撃と比べると些か見劣りしていた。

 途中でノエルと血の武器を使ってアンボルトの上に飛ばし、そこから彼女の怪力で地面に叩き落す作戦を思いついたが、竜王がその程度で落ちるわけがないだろうと背中に乗ったノエルと振り落としていた。


 やはり逆鱗狙いで行くか、一か所に攻撃をひたすら集中させて鱗を砕き脆くなった部分に強烈な一撃をぶち込んで弱点を作り、そこに攻撃を集中させてダメージを稼ぐしかなかった。

 そこでもシエルの『滅竜魔弾ドラゴンスレイヤー』は大活躍で、ノエルとの阿吽の呼吸の連携で三つの首の鱗に大きな亀裂を入れて、後方の魔術師たちや無理やり飛び上がったヨミとヘカテーがその砕けた鱗を削ぎ落した。


 ダメージを入れられる箇所が一つ増えるだけでアンボルトのHPの削りは早くなり、右の首の逆鱗を見つけたこともあって堅実に立ち回りながらも着実に減らして行けた。

 そして一時間半が経った現在、飛行することや最初に二本削った時に仕掛けてきたフィールド全体を覆う超特大ブレスによる遅延があったが、アンボルトの十八本あったHPは残り八つまで減っていた。


 ついに半分を切った。そのことにヨミたちはより勝利に近付いたと感じ、より激しく攻勢に出た。

 ただ、ここにきて大きな問題が発生し始めた。


「ぐっ……!? す、すまない、もう魔力が……」

「も、もう……動け、ない……」


 二時間以上はぶっ通しで戦っており、ガウェインたちが色んな街でHP・MPの回復ポーションを買い漁り、調合師という薬品を作る人に頼んで同じものを作ってもらい、かなりの数の回復薬を持っていたのだが、全員火力を出したり全力で防御をするために魔力を大量消費していたため、瞬く間にリソースが尽きかけてしまった。

 まだなくなったわけではないが、今のペースで使い続けるとアンボルトを倒し切る前にアイテムが尽きてしまう。

 それを防ぐために、アイテムが残りが半分を切ったあたりから前線に多大な負担がかかってしまうが、魔力がなくなった者やスタミナがなくなった者は後ろに下がって、自然回復することになった。


 魔力と体力が尽きて後ろに下がった人たちには自衛手段がなくなってしまうので、何人かのタンクが防衛に付くことになるので、ヘイトを買ったり防御の要になる残ったタンクへの負担が増えることになるが、致し方ないことだ。

 それに、アンボルトの体には度重なる大魔術の衝突や、ノエル、ヨミ、シエル、ヘカテーの火力組の猛攻のおかげで鱗が砕けて剥がれ落ちて、弱点ができている。

 最初程火力は必要なくなったし、四人はアンボルトの攻撃を受けないように走って回避ができるので、防御支援は最低限で十分だ。


「シエル! 合わせて! ヘカテーちゃんは足止めお願い!」

「分かってるよ!」

「わ、分かりました!」


 大きな翼を羽ばたかせて空を飛び、百メートルほどの高さから三つの首から同時に雷ブレスを撃ってくるアンボルト。

 それを武器を納めることで疾走スキルを発動させて、トップスピードを維持したまますさまじい速度で駆けまわり潜り抜けていくヨミ。

 三つ同時に撃たれているのでその軌道は複雑で、ジグザグに広い範囲を攻撃して来れば真っすぐ狙い撃ちしてくるし、全体を薙ぎ払うようにも撃ってくる。

 そんな同時ブレスを、ヨミは卓越した動体視力と反応速度、予測能力を駆使して僅かな隙間を縫うようにして体をねじ込んで回避し、アンボルトの足元辺りまで移動する。


 それに合わせてシエルがアオステルベンの引き金を引いて、咆哮のような銃声を轟かせて、胴体にできている大きな傷に着弾させて大きなダメージを与えて怯ませて、血液パック四個と自分の血を消費してアンボルトの半分ほどの大きさの血の超特大剣を作り出したヘカテーが、真上から叩き込んで強引に地面に落とそうとする。

 だがその程度で落ちてたまるかとアンボルトも抵抗し、辛そうな表情で右腕を前に伸ばしているヘカテーに向かって、左の首がチャージをしてブレスを放つ。


「『フォートレスシールド』!」


 味方の元へ瞬間移動するタンクスキル『クイックドライブ』でヘカテーの前に現れたジンが、どっしりと盾を構えて盾戦技を発動。チャージ時間が短かったからか、盾熟練度40で習得する『フォートレスシールド』で防ぎきる。

 もう一度咆哮のような銃声が轟いて再度アンボルトが怯み、ノエルがヨミの方に走ってきてアイコンタクト一つでやることを察して、『シャドウアーマメント』で両手斧を作る。

 同時に『ブラッドイグナイト』を使って、エンハンスよりも高い強化を施してから体を捻りながら斧を構えると、ノエルがヨミの後ろから跳躍して飛び越えていき、タイミングを合わせて斧を振る。

 斧の腹に足を付けてぐっとしゃがみこむように力を溜めるのを見て、全身を使って思い切り振り抜く。


 振り抜かれるのに合わせてノエルは跳躍し、一気にアンボルトに接近するどころか飛び越えて行って背後に回る。

 シエルが狙わせないようにと銃声を轟かせ、ジンがヘイトを向けさせる『タウント』で自分にヘイトを向かせることでノエルから意識が剥がれる。

 ノエルを飛ばすのに合わせて飛ばした血の剣を操作して、彼女はその剣の腹を足場にしてぐっと力を溜める。


「今!」


 合図とともに全力で振り抜き、同時にノエルが下に向かって跳躍。メイスを上に大きく振りかぶって戦技を発動させる。


「『フォールンスター』!」


 隕石の如き勢いで落下しながら、隕石が着弾するかのごとき一撃をヘカテーが血の剣を叩きつけた背中にぶち当てる。


「ノエルお姉ちゃん! 離れて!」


 ぐらりと体が傾ぐのを確認するとヘカテーが離れるように指示を出し、ヨミが剣を飛ばしてノエルがそれを掴んで離脱。

 そこに二十メートル級の血の超特大剣が、アンボルトの百メートル以上上から勢いよく落下して来て、衝撃波を発生させながら衝突してアンボルトがついに地面に落下する。

 地面にたたきつけられたアンボルトが起き上がろうとするが、血の片手剣を周囲に数本作ったヨミが、的確に右の首の無事だった右目に突き刺さり視界を完全に奪う。


「ギャアアアアアアアアアアア!?」

「グルッ、ガアァ!」


 視界を潰された右の首がのたうち回るように暴れ回り、それを落ち着かせようと真ん中の首が太い首に噛み付いて動きを封じる。

 左の首は、ジンがもう一度『タウント』を使って注意を引き付けたため、後方で大魔術を待機させていることに気付かなかった。


「ガウェインさん、今です!」

「了解! 魔術師隊、ありったけの魔術を撃ち込め!」


 怒号のように指示を出すと、一斉に放たれる大魔術。

 地水火風の四大元素に加えて、それらから派生した鉄、氷。情け容赦なく動けないアンボルトに降り注ぎ、水圧レーザーのようなもので鱗が削れ、水浸しになったところを氷漬けにされ、炎の大魔術で大爆発が起き、巨大な岩に殴り付けられる。


 冷やしてからの炎のコンボはその鱗の耐久を著しく低下させ、より多くのダメージを与えた。

 脆くなったところに岩が叩きつけられて鱗が砕け、むき出しになったところにシエルが『滅竜魔弾』を打ち込んで大ダメージを与え、怯んだところに印がつけられている右の首の逆鱗をヨミが狙ってHPごりっと削る。

 弱点に攻撃を入れたことで全ての首のヘイトがヨミに向いて、同時にブレスを吐いたり雷を体から発生させて排除しようとするが、その攻撃を一度止ませるためにあえて被弾する。


 強烈な衝撃が体を襲って弾け飛び意識が一瞬だけ遠のき、HPが急速に減って0になる。

 と、同時にストックを一つ消費して即時蘇生して、影に潜って離脱。消耗している血液残量を回復させつつHPの回復のために、パックを一つ取り出して飲み干す。


「残りのストックは四つ。思っているよりも温存はできているけど……まだあと七本もあるんだよなあ。せめて、あの首を一つ落とすことができれば、もっと楽になるんだけど」


 HPとMPが急速に回復していき、吸血後の筋力バフの効果時間が最大までリセットされる。

 やはり一番厄介なのは、一体の竜王であると言うのに首が三つあるため複数戦が強制されていることだ。

 あれが二本であれば片方をタンクが全力で押さえて、もう片方に集中攻撃を仕掛けつつダメージを与えるということもできる。


 なので間違いなくあの首を落としたほうがいいのだが、落とすにしても首が太すぎる。

 ヘカテーがやったように、血を大量に消費して巨大な剣を作ればできるだろうが、それをするにもあの硬すぎる鱗をどうにかしないといけない。

 残りは七本。もうここまで来たら出し惜しみとか言っていられないと、用意していた切り札を解禁する。


「『ウェポンアウェイク』───『月の揺り籠ムーンクレイドル』!」


 夜空の星剣の固有戦技『月の揺り籠』。それは自分が立っているフィールド上に、小さな満月を作ってその月光を浴びている友好NPCや味方プレイヤーに、様々なバフをかけると言うもの。

 HPは使用者含めて継続的に回復し、MPは使用者を除いて継続的に回復する。筋力にもバフがかかる上に、魔術の威力にも補正が入る。

 更に、ロットヴルムの素材を使って竜特効が付与されており、この月光が出ている間は全ての武器に竜特効が付与される。


 と、このようにユニーク装備らしいぶっ壊れレベルの支援能力を持っているが、ヨミはそのためにそれを使ったわけではない。

 『月の揺り籠』を使った最大の理由は、ヨミ自身が成長したことで新しく発現した三つ目の固有種族スキル『月下血鬼ブラッドナイト』の効果を発揮するためだ。


 このスキルは月光ゲージという特殊なゲージを埋める必要があるため月が出ている間にしか使えない上に、一番効果を発揮するのは満月の時とえげつないくらいピーキーだ。

 今は確かに夜の時間帯だが、夜空に浮かぶ月は満月ではなく繊月。月の光もかなり弱いため、戦いが始まって結構立っているにもかかわらずスキルが発動していない。

 なので本来なら使用をあきらめるところなのだが、そこで夜空の星剣の固有戦技の出番だ。


 これは月自体は剣が作り出した紛い物だが、紛い物でもその月灯りは本物。

 天然の満月と比較すれば光量は三分の二程度だが、それだけあれば多少時間をかければ十分効果が発揮できる。

 そしてその月光ゲージを満タンまで貯めれば月夜ムーンナイト状態になって強力なバフを獲得し、月光ゲージを消費して月光戦技という特殊な戦技が使えるようになる。

 その威力は、瞬間的に『血濡れの殺人姫』並みの火力を叩き出すことができる。


 これを使えば最初から大ダメージを狙えるのだから使えと言われるかもしれないが、固有戦技の発動に半端ない程MPを持っていかれる上に、『月下血鬼』は一日に一回しか使えず、効果時間も五分程度と短いしゲージを使って発動する月光戦技を使えばもっと短くなる。

 そのためラスト一本か二本になった時に、『血濡れの殺人姫』と『月下血鬼』を併用して大火力を叩き出して終わらせようとしていたのだが、あまりちまちましているとこちらのリソースが尽きてしまいそうなので併用での火力は諦めた。

 ちなみに月灯りを浴びている判定なので、種族固有の自己回復能力の『月夜の死なずの君ノーライフキング』の方も効果が上昇するおまけ付きだ。


「ヨミなんじゃそりゃ!?」

「ボクのユニーク武器の固有戦技! 色んなバフが入るし、全ての攻撃に竜特効が付く!」

「ぶっ壊れじゃん!? もっと早く使え!?」

「一回使うとMP八割消し飛ぶんだよ!」


 かなり強力な能力だと知ったシエルが抗議の声を上げるが、それに反論するようにヨミが言い返す。

 回復用のアイテムがあるし、MPの自然回復量が増加するスキルもあるのでたくさん使えばいいのだろうけれども、途中でガス欠MP切れを起こして撤退を余儀なくされたり、頻繁に使っていたら大量にあるとはいえアイテムが早々に尽きてしまう。

 それを考えて使用を控えていたのにそう言われてしまうと、事前に説明するのを怠っていたことが悪いとはいえど、ちょっとだけ心外だ。あとでしっかりと謝りはするが。


「とにかく! あの月が出ている間はみんなの攻撃に竜特効が付くから、ガンガン攻撃しまくって! 魔術にもそれが付くから、さっきよりもダメージが入るはず! 残りは七本なんだ、一気に片を付けよう!」


 そう声高に叫び、色んなバフが重なってすさまじいことになっている身体能力を上手く制御して、アンボルトに向かって駆け出していく。

 月光ゲージはまだ四分の一といったところだ。溜まり切るまであと十分ほどかかるが、堪り切ったらアンボルトのHPの残り問わずに月夜状態に移行して、月光戦技をとにかく叩き込みまくる。

 できるならそれで倒れてくれて欲しいと願いながら、飛び立つ気配のない黄竜王のひび割れた鱗に痛烈な一撃を叩き込んだ。

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