雷鳴に奉げる憎悪の花束 8
気味が悪いくらいに雨が止んだ。
間違いなくHPを大量に削られたアンボルトの、次の超広範囲攻撃の合図だろう。
ガウェインも先ほどの超特大雷ブレスが来るのではと考えたのか、戦場に散らばっている騎士たちに指示を出して一か所に集まらせる。
ヨミも全力で走っていき、ノエルはヘカテーを抱きかかえながら追随して、シエルは倍速になったような動きと速度で走っていった。
さっきも見たが、あの倍速になっているような奇妙な動きは何なのだろうか。何らかのスキルであるのは間違いないが、それにしても奇妙だ。
「ヨミ殿!」
「奴の体力を大きく削りました! 大体三分の一くらいです!」
「助かります! ……しかし、王相手にここまで戦えるとは」
「ぶっちゃけボクも結構驚いてますけど、慢心は絶対にしないように。手負いの獣ほど、恐ろしいことはありませんから」
「ですね。……っ!?」
雨はぴたりと止み、フィールドの状況としてはぬかるみが酷いのでお世辞にもいいとは言えないが、ひとまず一時的かこのままなのかは分からないが、当面はぬかるみが悪化することはないだろう。
なぜ雨を止ませたのだろうか。その答えは奴が教えてくれるだろうと顔を向けると、すぐにその答えが返って来た。
どんどん雲が一か所に集まって圧縮されて行き、見たことのないような色に変色してからレーザーのようにアンボルトに向かって雷が落下した。
地面が濡れているので、その落雷が濡れた地面を伝って一瞬だけ雷耐性の低い人たちが麻痺するが、即座に魔術師たちが解除してくれる。
一体なんだと目を細めながら見ると、フィールドのあちこちに巨大な琥珀のオブジェが現れているのが見えた。
ここにいる200人が一か所に固まることはできないが、二つか三つに分散すれば十分隠れられるくらいの大きさをしている。
フィールドへの全体攻撃ではなく、第三フェーズに移行しただけなのだろうかと思ったが、極太レーザーのような雷が止んでアンボルトが見えた瞬間にその考えを捨てる。
体中からすさまじい雷をほとばしらせており、それがじわじわと三つの首の方に向かっていき、三角形を作る様に首を並べてそこに雷の弾を生成している。
それは時間経過でどんどん大きくなっていき、それに比例してアンボルトの足元から赤いAoEがフィールドに広がっていく。
またタンクや魔術師たちに多大な負担をかけることになるのかと指示を出そうとするが、そのAoEが巨大な琥珀のところだけ発生しておらず安置になっているのが見えた。
「全員、三つに分かれてすぐにあの琥珀の裏に隠れて! 恐らく、スキルや戦技での防御不可の即死攻撃です!」
確証はない。もしこれでヨミの考えが外れていたら、ストックを保持している自分以外が文字通り跡形もなく消滅するだろう。
ノエル、シエル、ヘカテー、ジンはリスポーンがあるため、琥珀の谷の外にある野営地で復活するだろうが、ガウェインたち200人のNPCはそうもいかない。
この戦いが完全な初見。事前の情報など一切ない。正しくは、曖昧に表現されている過去の伝承があり、そこからほんの少しだけ情報を読み取ることができるが、それは微々たるものだ。
頼むからあの琥珀の陰にできている安置が見た目通りのものであってくれと祈りながら走り、自分たちについてきたNPCたちを手招きする。
「しっかり隠れて! はみ出したりでもしていたらただじゃ済みませんよ! ほら、もっとくっついて!」
「ちょ、ちょっと待ってください……!?」
一人の騎士がややいづらそうにしていたので、手を掴んでぐいっと引っ張ると困ったような声を上げる。
兜を被っていて顔は見えないが、かなり若そうな男性の声だったので、自分に引っ張られるのがこの状況でも恥ずかしいのだろう。
だがそんなラブコメをしている余裕などこちらには一切ないし、中身は男なので男にそんな反応されても困るだけだ。
仕方がないので一瞬だけ影に潜って後ろに回り、背中を押して他の騎士に近付かせて、ヨミはその背中に自分の背中を合わせて密着する。
「こっちは全員琥珀の陰に隠れた!」
「こっちもできたよー! ヨミちゃん、これ本当に大丈夫なんだよね!?」
「大丈夫だと信じたい! 判定がしっかりとここは安置だって示してたから、それを信じよう!」
「ちょ、ちょっと怖いです……」
わざわざこんなものを用意してくれるということは、きっとえげつない攻撃を仕掛けてくるということだろう。
恐らくはあんなふうに一か所に固まって様子を見るとかではなく、全体に散らばっているプレイヤーが、この琥珀が出てきたタイミングで一斉にその陰に隠れて、ギリギリのタイミングでやばい攻撃がされるという流れなのだろう。
あと、今回は200人が三つに分かれてあちこちに出現した琥珀の陰に隠れたが、もしもっと数が多かったら何人か隠れられないプレイヤーもいたのだろうか。
などと考えていたら、チャージを終えたらしいアンボルトが巨大化していたはずの雷の弾をぎゅっとバスケットボール程度まで圧縮してから、力強く羽ばたいて飛んだ。
三百メートルほどの高さまで飛ぶと、口の前で保持していた圧縮雷弾をポロリと落とす。
そっと陰から顔を出してそれを見ると、不気味なくらい綺麗な球体だった。真っ白で周りに雷が走っているわけでもなく、ただただ真っ白な球体。
それが重力に従って真っすぐ地面に向かっていき、着弾する。
「な、なんだ、何も起き───」
顔を引っ込める。
ヨミたちの隠れている場所にいる誰かが、小馬鹿にするような声音で何かを言ったが、その声が途中で聞こえなくなった。
「あ、うあぁ!?」
強烈な閃光に目が焼かれ、両手で両目を抑えて地面にうずくまる。目を刺すような痛みと、殴られたような頭痛を感じる。『VISIBILITY LOST』のウィンドウ。一時視界が完全に封じられてしまったようだ。
一瞬だけ聞こえた、強烈な大轟音。雷なんか生易しい程の、破滅の音。それが聞こえた直後、眼前に『SOUND LOST』のウィンドウが表示される。文字通り、音が一切聞こえなくなるバッドステータスだろう。
キィィィィィン……、という酷い耳鳴りが聞こえる。目はまだ白く焼かれており、何も見えない。
分かるのは、うずくまって目を両手で覆っているヨミの体を、誰かがゆすっているということだけだ。
「……ミ……! ヨミ……の! し……りして……い!」
だんだんと聴力が戻ってきて、誰かが必死に声をかけながら体をゆすっているのが分かった。
視界も少しずつ回復して来て、ほとんど白んでいるが前に誰かがいる。兜を被っているように見えるし、他の名前も知らないNPCが付けている普通の兜っぽいので、ガウェインではなさそうだ。
「ヨミ殿! 大丈夫ですか!? ヨミ殿!?」
聴力が急速に回復していく。まだフィルターがかかっているように聞こえるが、大声を聞き取る程度は問題ない。
「大、丈夫です……。目と耳を同時にやられただけですから……」
最初に受けた爆発によって起きた閃光で目が焼かれ、視界が六割ほど回復するがまだチカチカするし頭が痛い。こういう痛みはポーションを飲んだら回復するのだろうか。
左手側を見ると、あの琥珀はまだそこに存在している。一撃で消し飛ぶような代物ではないらしい。
咄嗟に身を隠すことができるものができてラッキーと思う反面、これが壊れずに残ると言うことはあれに近しいものがこの後にも控えているということなのだろう。
三つの首からの同時ブレスをこの琥珀で防げるのかは分からないが、圧縮した雷弾を地面に落として炸裂させるあの技は確実に琥珀で防げる。
しかし、どんなものにでも耐久値というのは存在する。一回二回は防げても、三回目四回目はどうなるかは分からない。
もし度重なるアンボルトの超高火力で琥珀が耐えきれずに破壊されてしまったら? あの圧縮雷弾はタンクスキルや盾戦技、防御魔術で防ぎきれるのだろうか? もし、防ぐことができなかったら?
ちらりと心配そうにこちらを見ているNPCたちを見て、背筋を震わせる。誰一人として死なせないと大口叩いたのだ。絶対に一人も欠けさせない覚悟でいるが、これだけの強さだ。万が一ということもある。
次の行動を決めあぐねていると、三百メートルほどでホバリングしていたアンボルトが滑空して来て、地面に降りることなく翼を大きく羽ばたかせながら途中で止まる。
そのまま降りずに三つの口から雷を漏らすのを見て、ここからは飛びながらの攻撃も仕掛けてくるようになるのかと、苦虫を嚙み潰したような顔をする。
「タンク隊、可能な限り三つの首の敵意を取るんだ! 魔術師隊はタンクの援護! 剣士隊は奴が降りてくるまでは待機!」
どうしようと思考の渦に陥りかけていると、ガウェインが大きな声で指示を出した。
その指示を聞いてすぐに騎士たちは動き、一列に並んで前方に『ギガントフォートレスシールド』や『シールドオヴアイアス』を展開して、放たれたブレスを防ぐ。
死んだらそれっきりの彼らがここまで必死に戦って、下手したら死ぬことを覚悟してそこに立っているのに、どうしてやり直しができる自分はこんなに消極的なんだと自責する。
誰も死なせたくないという思いが強すぎて、そのために全員をどうにかして守らないといけないと考えていたようだ。
必死の形相ではあるが、竜王のブレスを魔術師の援護を受けて防いでいる。ただのブレスではなく、フィールド全体を埋め尽くす超特大の強力なブレスだって、彼らは防いで生き残った。
プレイヤーというNPCよりも強い存在に守られるほど、彼らは弱くなどない。それを目の当たりにして、気負い過ぎていた肩から力が少し落ちた。
「……あなたたちのことは、あなたたちに任せます。ここからは、ボクらはボクらで自由に動きます」
ぽつりと呟くように言う。
一緒に琥珀の裏に隠れていた騎士たちが少しだけ呆けてから、力強く頷いた。
NPCだから自分が守らねばと、いつの間にか自分が強者側にいると思い込んで驕っていた。なんと恥ずかしいことか。
ぺちり、と両頬を手で叩いて気合を入れ、真っすぐな目で彼らを見てから立ち上がり琥珀から飛び出す。
ここからは、全ての力を奴にぶつけるだけだ。
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