雷鳴に奉げる憎悪の花束 7

「おいコラヨミぃ!? お前自分だけ逃げんな!?」


 影に潜って逃げたヨミに抗議するように声を荒げるシエル。

 あとで掴みかかって来るか、ノエルに言ってリアルの方で茹でだこ確定になる抱き枕の刑か、次の日の夜に肌色成分100%になるお風呂に連行からの洗いっ子の刑を受けることになるだろう。

 でもそんなこと知るかとさっさと影の中を素早く移動してシエルから離れ、大きく落ちているアンボルトの影から飛び出る。


 鱗の剥がれた箇所に攻撃を入れたら、勢いと体重が乗って威力が上がっているとはいえ一回で二割ほど減った。

 逆鱗集中攻撃が一番手っ取り早い手段だが、首が長くその頂点である頭は激しく動き回っていて、そう簡単に狙うことはできない。

 なら逆鱗攻撃はシエルに完全に一任して、ヨミは鱗を一枚でもいいから剥がして少しでもダメージを入れることに集中する。


「とはいえ、その鱗がバカみたいに硬いんだよなあ」


 『血濡れの殺人姫』を使えば、今の血魔術熟練度と魔力値のおかげでものすごい強化、それこそ最大数値の100を超えて筋力が超強化されて、やすやすとあの鱗を破壊するか剥がすことができるだろう。

 時間いっぱいまで使うと血液残量が1まで減ってしまうデメリットがあるが、インベントリには血液パックがたくさんあるのでそこの回復は問題ない。


 ただ、全ての基礎ステータスが軒並み1に下がってしまい、重ね着アバターでゴシック調の衣服のままだが、それに隠れている本来の装備は高い筋力値を要求される重いものなので、奥の手の効果が切れたらそのまま地面に倒れて動けなくなってしまう。

 HPとMPは1まで下がっても自動回復ですぐに回復するので、弱体化が解除される三十分を待たずに全回復できるが、ヨミの攻撃力の要の筋力や魔力値はそうもいかない。


 反動の弱体化デメリットは、キルされたからと言って戻るわけでもないので、無駄に残機を一つ減らしたくはない。

 なら奥の手の解放は、夜空の星剣の固有戦技の解放をする時に使ったほうがいいだろう。


「『ブラッドメタルクラッド』、『スカーレットアーマメント』!」


 血の残量をそこまで気にしなくてもよくなったのは本当に大きいなと、両手の片手剣に血をまとわせて、ついでに自分の周りに血の武器を複数個生成しながら思う。

 ヘカテーと会っていなければ、献血してくれる優しいプレイヤーやPKなどの赤ネームから奪った血を販売している『赤血の盃』という、血を販売しているプレイヤーたちと会うことがなく、使い時を考えて血魔術を温存し続けていただろう。

 本当にいい買い物をしたと教えてくれたヘカテーに感謝しながら、血武器を引き連れながらアンボルトに接近する。


 ヨミの一撃で鱗に少し傷が入ると言うことならば、同じ個所に連続して攻撃を叩き込めばその部分の鱗を破壊することができるのではと考え、血武器の攻撃動作を『ヨミが攻撃した場所に攻撃する』と設定してから夫婦剣を叩き込む。

 AI制御になっている血武器が、ヨミの邪魔にならないように一斉に動いて、攻撃した場所と全く同じところに攻撃を仕掛けてくれる。


「み゛ゃあああああああああああああああ!?」


 邪魔な虫を振り払うように左脚が振るわれたのでそれを紙一重で回避し、その巨大さゆえに発生した風にやや煽られながらも、回避する時間も無駄にしてはいけないと攻撃を叩き込む。

 するとそこに、みっともない悲鳴を上げながらノエルが全力で走って来た。

 なんだと顔を向けると、アンボルトの右脚が地面に触れさせたままブルドーザーのように地面を抉りながら薙ぎ払われていた。


「なんでこっちくんの!?」

「逃げ場がこっちしかないんだってぇ!」


 さっと顔を青くしてダッシュでノエルに近付き、ぎゅっと抱き寄せてから思い切り跳躍して回避。

 すかさず近くにいた左の首が二人まとめて食べようと大きく口を開けるが、ヨミ自身が出している血の剣に鎖を巻き付けてそれを操作することで、疑似的な飛行を行って回避する。

 ゲームなのにこんな自由なことができるなんてと感動するところだが、真後ろからバグンッ! という口が勢いよく閉じる音と、食べることができなかったと抗議するような声が聞こえてそれどころじゃない。


「あ、あっはははは!? すごいすごい、私たち飛んでるよー!?」

「そんなこと言ってる場合じゃないから!? しっかりあいつらを見てどんな攻撃しようとしているのか教えて!?」

「右の首がブレスを吐こうとしてる!」

「そんな頻繁に使ってくるもんじゃないだろそれぇ!?」


 威力や規模を考えれば、軽いジャブ感覚で撃ってきてほしくはない代物だ。

 剣を急降下させてから地面すれすれでアンボルトの方に方向転換し、一気に加速して急接近する。

 おかげでブレスが吐かれるがすぐに届かないと判断されて中断され、ほっと一息つく。


 ふわりとゆっくりと着地してから抱き寄せていたノエルから腕を離すが、どういうわけかノエルは未だにヨミに抱き着いたままだった。

 少しだけ呆けた顔でこちらを見ていて、ほんのりと頬が赤くなっているように見える。


「ノエル、どうかした?」

「へっ!? う、ううん、何でもない!」


 慌ててヨミから離れるノエルだが、体の陰に二人が隠れているのを見つけられてしまったようで、右の前脚が振り上げられたので咄嗟に腕を掴んで引き寄せて、もう一度抱き着く形になって攻撃範囲から離れる。


「あまり離れすぎるとだめだね。ノエル、ここからはボクと一緒にいよう。ヘカテーちゃんも、できればこっちに来てくれると助かる」

「俺は放置なんだな」

「お前が来ると、お前に向いたヘイトでボクらも巻き込まれるからね。大人しくベイトにでもなってろ外道ガンナー」

「聞いたか姉さん。姉さんがここんとこずっと猫可愛がりしてるヨミの本性だぞ」

「そんなヨミちゃんも可愛い」

「ダメだこりゃ」


 こんな状況なのにぎゅっと抱き着くノエル。

 雨は未だに激しく降っており、当然ノエルもずぶ濡れだ。しかし、雨も滴るいい女とある様に、髪が雨で濡れて顔に張り付き、スカートも濡れて太ももに張り付いてしっかりとラインが浮き出ているのを見て、かなりの色気を感じてしまい絶賛戦闘中なのにドキリとしてしまう。


「とにかくシエルは逆鱗狙って。その銃で印付けられるなら付けてほしいけど、できそう?」

「できなくはないけど、逆鱗撃ったら親の仇かってレベルで攻撃撒き散らしてくるからなあ。『ヘイトスクレイプ』を使ったら、オレの一番近くにいる人にヘイトが飛ぶからなあ」

「……分かった、後でボクが引き付ければいいんでしょ」

「頼むよマスター」


 離れている場所にいるので顔は見えないが、声だけでもにやにやしているのがよく分かる。

 確かシエルが辛いのがダメなので、女の子になってしまってからは一度も言っていないが、それまではよくノエルと行っていたヨミ一押しの激辛ラーメン店にでも連れて行くことにする。


 いい加減体の陰に隠れていないで出て来いと言わんばかりに咆哮を上げて、めちゃくちゃに地面を引っ掻いて抉り始めたので、大人しく外に飛び出して並んで走る。


「それで、どうする? あいつの鱗めちゃくちゃ硬いから私の攻撃あまり通らないけど」

「ダメージ自体は通ってるんだよね?」

「うん。クロムお爺ちゃんにボルトリントの素材を使ってメイスを作ってもらったからね。特効は付いていないけど、攻撃力超高いしドラゴン素材だからドラゴンにはちょっとダメージが通りやすいみたい」

「ならOK。じゃあ、とにかくめちゃくちゃに殴り回って。できれば同じ場所を攻撃してひびでも入れてくれれば嬉しい」

「りょーかい! じゃあボルトリントにやったように、ヘカテーちゃんとの共同作業で人力パイルバンカー行っとく?」

「可能ならやってみて。よし、それじゃあ行くよ!」


 走りながら話し合い、とりあえずやることが決まった。

 ヘカテーも合流するためにこちらに向かって走ってくるが、右の首のヘイトが彼女に向いているようで妨害される。

 まだヘカテーの火力が必要という場面ではないが、いなくなられると後々酷い目を見そうなので、自分に突っ込むように顔を突撃させたところで周囲に浮かばせている血の剣を飛ばす。


「ギャア!?」


 真っすぐ飛んで行った血の剣は、目の付近に突き刺すつもりだったのだが、ヘカテーが力任せに斧で殴りつけたことで顔が弾き上げられ、完璧な偶然だがヨミの血の剣が右の首の左目に刺さり大ダメージを与える。

 悲鳴を上げて顔を上げて、真ん中の首にぶつかって一度ヘイトが全てのプレイヤーから剝がれ、ぶつかってきた右の首に怒る様に大きく顎を開けて首に噛み付いた。

 左目に剣が刺さっていて痛いからか、振り落とそうと必死になって頭を振り回そうとしているが、真ん中の首がそれを強い力で抑え込んでいる。


 その隙を逃すはずもなく、後方から魔術師隊が魔術を次々と打ち込んでじりじりとダメージを与えていき、その派手な爆発や煙幕に紛れて接近したシエルが真ん中の首の顎下まで走っていき、そこでしっかりと構えて引き金を引く。

 轟く銃声。放たれる竜特効の魔弾。

 アンボルトに限らず全ての竜の弱点である逆鱗に『滅竜魔弾』が命中し、HPが一気に減る。

 一回目に逆鱗に当てた時よりも減りが多いので、恐らく一発目でひびが入って、今の二発目で破壊したかより大きなひびでも入ったのかもしれない。


「マーク入れた!」


 手のつけようがない程大暴れを始めたため、シエルが『ヘイトスクレイプ』で自分のヘイトを削ぎ落してその場に残し、その場から離脱しながら短く伝える。

 そのマークはパーティーメンバーにしか視認できないようになっている、『印弾マーキング』という特殊な弾丸で付けられたものだ。

 他の術式との併用もできるのかと知り、どうしてやらないんだと思ったが『滅竜魔弾』単体でも一発撃つたびにすさまじい魔力を消費するとのことなので、消費量が更に増える複合は可能な限りしたくないのだろう。


 見上げると確かにしっかりとマークがされており、雨で視界が悪くはっきりとは見えないが一部が剥がれているのが分かった。

 それを確認した瞬間、ヨミとノエルが同時に全力で走り出す。


 気付いた左の首が行かせまいと短いチャージからの威力が低めのブレスを何度も撃ってきて牽制するが、お互いに庇い合いながら進んでいく。


「『クルーエルチェーン』!」


 影の鎖を作ってヨミとノエルの体に巻き付ける。少し怖いが、ノエルは鎧を着ているし、ヨミだって見た目だけゴスロリだがしっかりと防御力の高い防具を着こんでいるので大丈夫だろう。

 ノエルも少し不安そうな顔をしていたが、大丈夫だと少し不格好な笑みを浮かべると覚悟を決めたようで、こくりと頷く。


 やがて真ん中の首付近までやってくると、「せーの」で一緒に思い切りジャンプして少しでも距離を稼ぎ、勢いがなくなる少し手前でノエルに靴の裏を思い切り殴って打ち出してもらう。

 ぐんと加速する感覚と、体に巻き付けた鎖が食い込む痛みと不快感に顔を歪める。流石にノーダメージとは行かないようで自傷ダメージが入るが、この程度は無視していい範疇だ。

 そのままか逆鱗がある場所まで向かっていくが、空中で打ち出してもらったので力が入り切っていなかったようで、急速に減速する。


 するとそこにヘカテーから血の剣が飛んできたので、左手の暁の煌剣を鞘にしまってから柄を掴み、そのまま操作してもらって上まで飛ぶ。

 勢いが乗ったところでぱっと手を離し、左手で鎖をぐっと掴んでおく。


「ガアアアアアアアアアアアアアアアア!?」


 ヘカテーの血の剣が逆鱗に突き刺さり、大ダメージが入る。それを確認するよりも早く、かなり無茶な姿勢ではあったが鎖に繋がれているノエルを全力で投げ飛ばす。

 当時に鎖を解除することで彼女を引き留めるものをなくし、戦技の初動を取った彼女の邪魔をしないようにする。


「『フォールンスター』!」


 本来なら真下に向かってメイスを振り抜く戦技を、タイミングを合わせて振りかぶったため的確に血の剣の柄頭にぶち当てる。

 逆鱗に突き立てられている血の剣がその一撃で刃の根元まで減り込んでいき、特大のダメージを与える。


 ヨミも負けてはいられないと着地の瞬間に影に潜って素早く移動し、体の途中にある影から飛び出て影の鎖を伸ばして巻き付け、巻き取りながら途中で自分の血の剣に引っかけることでそこを作用点にぐんと上にスイングして方向を転換。

 一度鎖を消してもう一度真ん中の首に巻き付けて、暴れ回っているためめちゃくちゃに振り回されても必死に耐えて、少し落ち着いた瞬間に一気に巻き取って急接近する。


「『ヴォーパルブラスト』!」


 ぐっと弓を引くように片手剣を構える。だがそれは初期戦技のものではない。

 竜特効の付いている武器が片手剣だけだったこともあり、それをひたすら鍛えた結果習得した、習得した突進系戦技の最上位技だ。

 システムのアシストが働き、空中にいるにもかかわらずスラスターによって推進力を得ているかのように加速し、ノエルとヘカテーの人力パイルバンカーで完全に砕けた逆鱗があったであろう、露出しているその肉のところに夜空の星剣を突き立てる。

 四連続での逆鱗への攻撃。それはもうすさまじいダメージとなり、十六本あったHPがゴリゴリと一気に削れて行って残りが十二本になる。


 ───このダメージ、逆鱗をいじめ抜けば倒せる!


 そう確信して突き刺さっている夜空の星剣を一度インベントリに放り込むことで無理やり引き抜き、再度装備して抜剣する。


 その瞬間、気味が悪いくらいに雨がぴたりと止んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る