雷鳴に奉げる憎悪の花束 6

 戦いが始まってからおよそ四十分が経過した。

 ガウェインの鼓舞と、ヨミたちの猛攻で黄竜王のHPが減っていっているという事実に心を持ち直し戦意を回復させた騎士たちが次々と復帰して来て、始まってからに十分程度で200人全員が戦線復帰した。


 タンクが可能な限り三つの首のヘイトを集め、後方の魔術師たちが味方を巻き込まない程度の規模の魔術で火力を出し、剣士たちが接近して魔術師から援護を受けつつ斬りかかる。

 一人一人の攻撃はそこまでダメージを与えられないが、それが200人ともなれば小さなダメージも積み重なっていく。


 シエルが偶然ではあるが、竜特効付きユニーク武器の固有戦技『滅竜魔弾』を逆鱗にぶち当てたことで一本目を大きく削り、五分と経たずに一本目を削り切った。

 ボルトリントの経験から、一つ削り切ったら広範囲攻撃が来ると思っていたがそれはなく、最初の一回以外で落雷攻撃もしてこなかった。

 何かしらの条件を満たすことでそういう攻撃をしてくるのだろうと警戒しておきつつ、変わらずにタンク諸君にヘイトを買ってもらいつつとにかく火力を出し続けた。

 その甲斐あってか、三十分以上かかったが二本目のHPも削り切ることができた。

 かなり時間はかかるが行けると、まだまだ先の勝利に少し近付いたと思った時だった。


「「「ガァアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」」」


 お腹に響くようなすさまじい咆哮を上げて、バトルフィールドにいる全員の動きを硬直させる。

 ドラゴンエネミーなので、魔術師たちに咆哮軽減の支援魔術をかけてもらっていたのだが、それを容易く貫通してきた。


 一体何をするつもりだと耳を塞ぎながら鋭く睨み付けると、背中の巨大な翼を大きく広げてから力強く羽ばたかせる。

 そのまま空を飛び始めて、ヨミたちの前から去って行ってしまった。


「撤退……なわけないよな」

「……ボク、なんとなく見覚えがある」

「は? お前これ初見だろ」

「うん、そうだけどさ。2018年に販売された大人気ハンティングゲームのDLCのラスボス的モンスターにさ、HPをある程度削ると次の段階に移行すると同時に、ああやって飛んでいくっていう演出があるんだよね」


 VRゲームではなく、テレビやモニターに接続するコンシューマーゲーム機が主だった時代で、全世界数千万本を突破した超大人気狩猟ゲーム。

 ヨミもそのゲーム機とゲームを持っており、何度もプレイしたことがある。

 その中で、伝説と呼ばれているヤバいモンスターと戦っている時に、HPをある一定まで削ると取ってきた行動に、アンボルトの行動が似ている。


「……」

「そいつはさ、ああやって飛び上がった後にその場でホバリングしながら、フィールド全体を埋め尽くす超特大ブレスを放ってくるんだよね」

「ちなみに、ダメージは?」

「最初はスリップだけど、その後に威力が増して即死」

「……あれ、どう思う?」

「多分、確実にあれを意識はしているだろうね。ロットヴルムも同じような攻撃してきたし」

「「……」」


 これは非常にまずいと思い始めた頃、雷がアンボルトに向かって落ちてそれを吸収し始めて、フィールド全体を埋め尽くす真っ赤なAoEが発生する。

 ロットヴルムは足元に逃げればどうにかなったが、無慈悲にも逃げ場などない。


「全員、後ろに退避して一か所に固まれえええええええええええええええええええええ!!!!!!!」


 防ぐしか生き残る手段がないと察し、大声で叫ぶ。

 パーティーチャットは繋いだままで、ノエルとヘカテー、ジンにその声はしっかりと届いており、ヨミのその必死な声から察して同じように下がって一か所に固まる様に指示を出す。

 タンクには全員『クイックドライブ』で後方部隊のところまで下がってもらい、魔術師たちに筋力強化の魔術を全体にかけてもらって速度を上昇。

 とにかく全員全速力で、命がけでダッシュして一か所に集まっていく。


 見落としはないかを確認してからヨミも影に潜ってノエルの後ろの影から飛び出る。

 そこからとにかく全MPを使い尽くす勢いで前方に防御を張ってもらう。

 幾重にも重なった盾戦技の『フォートレスシールド』と上位互換の『ギガントフォートレスシールド』。遠距離攻撃防御特化の『シールドオヴアイアス』に、次々とエンチャントされて行くタンクスキル『エレメントディスパーション』と、魔術師の属性防御魔術。

 リキャストが発生しないタイプの防御がある場合、とにかくそれも連打するようにと指示を出したところで、アンボルトが破滅の雷を解き放つ。


 三つの首から同時に雷ブレスが放たれて、それが地面にぶつかる。

 それが着弾した個所から扇状に広がっていき、一瞬で琥珀の谷の王の間を隙間なく埋め尽くす。

 眩い雷光で真っ白に塗り潰される視界と、鼓膜が破れそうなほどの轟音。

 瞬く間にブレスが固めている防御に衝突し、拮抗する。


「こ、の、くらいなら……!」


 誰かが苦しそうな声で言う。しかし、それはあくまで前座に過ぎないと知る。

 一度ブレスが途切れた後、目に見えてあれは危険だと分かるほど強烈にチャージを始めるアンボルト。

 タンクの張ったエネルギーシールド群だけでは防ぎきれないと判断し、ヨミとガウェインが同時に魔術師に何でもいいから前方に魔術を使って防御を張るように指示をする。


 土が隆起して盾となり、氷の壁が張られ、土から派生した鉄の魔術で盾を張り、さらに前方に複数の魔術師が協力して岩の城壁を作り上げる。

 結界魔術も使えるものをとにかく全て張ってもらう。


「『ウェポンアウェイク』───『聖剣浄域サンクチュアリ』!」


 最後に、ガウェインが持っている派手な剣を地面に突き立てて武器の固有戦技を開放する。

 名前的に吸血鬼なヨミにダメージが入りそうだが、そんなことはなかった。

 こういう場所でしか見ることがないであろう、過剰なまでな防御。それがすべて張られ終えた直後に、再び破滅の雷が解き放たれる。


 先ほどと同じように地面に着弾し、そこから扇状に広がっていく雷ブレス。違うのは、その規模が先ほどよりもうんと増えていることだ。

 威力も跳ね上がっているようで、次々と防御が破壊されて行く。

 習得熟練度の低い初期の結界や防御は一瞬の拮抗すらなく砕け散り、幾重にも重ねられている盾戦技も二、三秒防いだら粉粉に砕け散る。

 ジンの雷竜の鱗盾の固有戦技と武器そのものの特性のおかげである程度の雷は無効化できており、ジンの防御は七秒ほど耐えてから砕け、最後の砦のガウェインの『聖剣浄域サンクチュアリ』に大きな亀裂を入れてギリギリ防ぎきった。


「はぁ……はぁ……!」

「なん、だよ、今の……」

「た、隊長がいなかったら死んでた……」


 どうにか防ぎきることができて安心した空気が流れるが、ヨミはむしろ戦慄していた。

 今の攻撃は、十八本あるうちの二本を削った後で放たれた攻撃。つまり、第二形態か第二ステージに移行したという証だ。

 自分たちの攻撃が通じている証拠でもあるが、二本削ってこれなのだから、ああいう攻撃がこの一回で終わるはずがない。

 HPの本数的に、二本ずつだと仮定したらあと七回あれが待ち構えているかもしれない。どうか一回やるごとに、あの攻撃をする条件が三本削ったら、四本削ったらと増えて行ってほしいと願うばかりだ。


「「「オオオオオオオオオオオオオアアアアアアアアアアアア!!!!!」」」


 ブレスを吐き終えたアンボルトが、巨大な翼を羽ばたかせ突風を発生させながら地面に着陸し、三つの首が同時に咆哮を上げる。

 またそれで体が硬直して、すぐにまだ奴の攻撃は終わっていないのだという現実を突きつけられる。


 フィールド全体にAoEがぽつぽつと発生する。ヨミはそれに見覚えがある。

 ボルトリントの天候支配されている空からの、鬼ホーミング落雷攻撃だ。

 この攻撃に関しては、眷属が使ってきていたのでもしかしたら王もあり得るかもしれないと進言して想定していたため、全員すぐに行動を始める。

 タンクや足の遅い魔術師は防御を固め、素早く動ける剣士たちとヨミたち銀月の王座は走り回り、四秒後に発生した雷を回避、あるいは防御する。


「警戒! 前と後ろの脚と翼、三つの頭にある角に雷をまとった! 予想通り強化形態だ! ここからは雷も使ってくるぞ!」


 シエルが声を張り上げて周囲にいる騎士たちに伝え、その騎士たちが伝言ゲームのようにガウェインたちの方に伝えていく。

 途中で変な報告になったりしないだろうなと不安になるが、伝言を受け取ったらしいガウェインが魔術師に指示を出してタンクや前衛中衛に属性耐性上昇の魔術を勝てさせていたので、正しく伝わったようだ。


 バチバチと雷が体から発生して、誰が狙われているのだろうかとアンボルトの顔を見て、シエルではなくなぜか自分が狙われていることに気付く。

 ここも一緒なのかどうかは分からないが、もし影の中に潜って他の人にヘイトが飛んでしまうと大惨事なので、すぐに攻撃に移れるよう武器を持ったまま全力疾走する。


 ヨミを迎撃するように、ボルトリントとは比べ物にならない密度の雷が放たれてくる。

 回避を一回でもミスしたら大ダメージ、最悪そこから麻痺を起こして動けなくなって追撃で即死だ。


「だからってっ、密度っ、おかしすぎだろっ!?」


 一秒間に何回落ちているのか。間延びしているように聞こえるほど連続して雷が降り注いでいて、もはや雷の檻の中に閉じ込められているような気分だ。

 まだ小柄なヨミがすり抜けられるだけの余裕があるので、高い筋力を活かしたハイスピードのおかげでどうにかなっているが、こんなの先読みと観察、あとは生き残るための直感がないと全回避は無理だ。


 あまりにも激しく雷が鳴り続けているため耳がおかしくなってきて、音が聞こえづらくなってくる。

 こういうのは状態異常に含まれるのだろうかと確認したいが、そんなことしたらその隙に落雷をしこたまぶち込まれてお陀仏だ。

 気合と根性と直感で意地の全弾回避して、アンボルトとの距離が十メートルほどになったところで落雷がぴたりとやむ。

 ボルトリントと同じように、本体からの雷攻撃は本体に近付くか直撃するまで永遠に続くようだ。


「んげぇ!?」


 地面を強く蹴りながら片手剣突進系戦技で間合いを一気に詰めて、足かどこかに攻撃でも叩き込んでちまちまダメージを入れてやろうとした時、三つの首が同時にブレスのチャージをしており強烈な雷を口から漏らしている。

 あんなもの食らったら間違いなく即死して消し炭だと冷や汗を流し、影の中に潜ろうとするが、ヨミの考えを察した右の首がすっとヨミから狙いを外して後方に顔を向ける。


 なるほど、自分の安全を取って他を犠牲にするか、仲間の安全を取って自ら地獄に足を踏み入れるかの二択しかないのかと苦笑を浮かべ、だったら自分から地獄に踏み込んでやろうじゃないかと加速する。

 ヨミから狙いを外していた右の首が再びヨミを捕捉して、チャージが完了して三つから同時にブレスが放たれる。


 左からのブレスを体を回転させながら右にずれて回避し、右の首からのブレスを地を這うほど前のめりになることで頭上ギリギリを通過させ、真ん中のブレスを左に跳んで回避する。

 腕の力だけで起き上がってブレスが来ないであろう足元まで移動して攻撃を叩き込もうとするが、先に脚が振り上げられて音速を突破して振り下ろされる。


 咄嗟に影の中に潜って、五秒の間に影の中を高速移動して首の途中にある影から飛び出て棘を掴み、左手で影の鎖を飛ばして引っかけ、巻き戻しながら真ん中の頭の上に立つ。

 ここに立つとすぐに振り落とそうと暴れるので、着地する直前に戦技の初動を検知させて、『ヴァーチカルフォール』を食らわせる。

 剣に影をまとわせて斧にして威力の上昇をしていないため、先ほどやった寄りダメージの通りはよくないが、こういうのは塵も積もればだ。諦めずに何度でも叩き込み続けることが重要だ。


「おにゃあ!?」


 そろそろ振り落とそうと暴れる頃かと思っていたら、右の首が直接攻撃してきた。

 思っても見なかった行動に奇怪な声を上げて飛び降りて、真ん中の太い首に鎖を飛ばして巻き付けて、宙ぶらりんになる。


「まさか、振り落とすとかじゃなくてボクにヘイトが向いて、他の首が落としに来るなんてねえええええええええええええええええええええ!?」


 右の首から攻撃を受けた真ん中の首が、喧嘩するように右の首に攻撃をし始めて、それに吊られてヨミがぶんぶんと振り回される。

 今手を放そうにも勢いが付き過ぎているので、勢い良く地面に叩きつけられて地面のシミになってしまう。

 なら必死に食い下がってタイミングを見て体に張り付いて、そこにできている影に潜って離脱しようと企む。


「あ」


 だが現実は非情だ。

 ぐんと上に振り上げられたところで鎖が消えてしまい、そのままぽーんと上に放り投げられてしまう。

 幸い左の首はジンがヘイトを買い、真ん中は右の首に喧嘩を売っているのでこっちに気付いていない。

 周りに200人の騎士がいて、その中に逆鱗に攻撃をぶち込んだシエルがいるのに随分と余裕だなと呆れつつ、丁度落下する場所に真ん中の首が来たので、夜空の星剣に影をまとわせて両手斧に変える。


 戦技は使わず、落下の勢いと体重を存分に乗せた一撃を、ある一点に向かって振り下ろす。

 その場所は、先ほどヨミが偶然ではあるが、鱗を一枚剥がしてその内側の比較的脆い部分が見えているところだ。


「オ……ラアアアアアアアアアアアアアアアア!!」


 裂帛の気合と共に振り下ろされた影の両手斧は、的確に鱗が剥がれている場所に直撃する。


「グルァ!?」


 その一撃に驚いた真ん中の首が短く声を上げて、上に着地したヨミを首を激しく振ることで振り落とす。

 今度は自分から蹴って地面に落下して、ぶつかる直前に影に潜って落下ダメージを防ぐ。


「ヨミ、お前今何をした?」


 『滅竜魔弾』の強烈な反動を使ってヨミのところまで転がって来たシエルが、興味深そうに聞いてくる。


「さっき頭の鱗を一枚剥がしたんだ。剥がれた場所は当然比較的脆いだろうから、そこに斧を叩きつけたんだよ。思った通り、結構デカいダメージが入ったみたいだね」

「二割くらいは一気に減ってたな。やっぱりそうやって無理やりにでも弱点を作ってそこに攻撃を入れるか、逆鱗を集中狙いするしかないみたいだな。ところで、今お前の言った鱗がどこにも見当たらないんだが、心当たりはないか?」

「ボクハナニモ知ラナイヨ」

「そうかそうか。終わったら姉さんに頼んでこってりと絞ってもらうか。何なら、リアルで姉さんにゴスロリ着せ替えショーでも開いてもらおうか」

「何そのものすごく嫌なショー!? 分かったよ、言えばいいんでしょ!? 剥がした鱗はインベントリに入ってます! だからノエルに着せ替えショーを開かせないで!」


 こんな状況でそんなこと言っている場合じゃないのは重々承知だが、シエルはやると言ったら本当にやる男なので、何が何でもゴスロリショーを回避しなければいけない。

 その一心で自白すると、にまーっと非常に意地の悪い笑みを浮かべるシエル。


「ほほーう。そうか、インベントリに入っているのか。よくもまあこっそりと回収したもんだ」

「い、一応自分で剥がしたものだから……」

「ヨミちゃあん? 後で詳しく聞かせてねえ?」

「ぴぇ」


 パーティーチャットのままになっているのを失念していた。

 声は優しいのに底冷えするような何かを感じ、顔を青くする。


「これはヨミさんが悪いです」


 ヘカテーからも追撃をもらい、リアルでゴスロリファッションショーの開催がほぼ決定してしまう。

 自業自得でほぼ自爆したようなものなので、終わったら素直にノエルからのお叱りを受け入れて着せ替え人形化することにする。

 しかしそれはリアルでのことなので、今はそのことを頭の奥の方に封印して、ヘイトがこっちに向いたアンボルトの攻撃から逃れるように影の中に潜り、シエルをその場所に置き去りにした。

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