雷鳴に奉げる憎悪の花束 5

 ガウェインたちが復活した。それだけでかなり楽になる。

 見た限り全体の三か四割程度しか立ち直れていないようだが、それだけでも十分すぎるくらいだ。

 立ち直った人数の中での割合としては、防御特化のタンク職NPCが四割、魔術師が五割、剣での攻撃が主になる剣士が一割となっている。

 かなり偏ってしまっているのは仕方がないが、とりあえずジン一人にタンクを任せる必要がなくなったのでまずは良しとする。


「ヨミ殿、隊長より伝言です」


 後ろから走って来た剣士が、少し息を切らせながらガウェインからの伝言をヨミに伝える。


「無様な姿をお見せして申し訳ない。まだ多少時間はかかるが、必ず全員戦いに参加させる、とのことです」

「分かりました。できる限りあちらに攻撃が飛ばないように立ち回りますが、完全にとは行かないと思います。なのでタンクを何人か連れて戻ってください」

「しかし……」

「大丈夫です。物理攻撃は多分少し厳しいでしょうけど、雷の攻撃ならジンは完ぺきに防げますから。ボクたちを信じてください」

「……了解しました!」


 何かを言おうとしていたが騎士はぐっと堪えて、見事な敬礼をしてから近くにいたタンクを三人呼び寄せてから、未だ多くが竜王の恐怖に躓いている本隊の方に向かって走っていった。


「ヨミちゃん!」

「『シャドウダイブ』!」


 立ち止まっているところに左の首が真上からヨミを食らおうとしてくるが、直前にノエルが警告してくれたのと、すさまじい殺気のようなものを感じて影の中に潜ることで事なきを得る。

 よく配信内のコメントでも言われるが、五秒だけで移動するだけはあるがその間は相手の攻撃が一切届かないのは反則過ぎる。ヨミもそれを強く実感しており、その内ナーフを食らうのではないだろうか。

 せめてこういう戦いの最中に、リアルタイムでサイレント修正しないでくれと願いつつ影から飛び出して、片手剣熟練度10で習得する『シャープスラント』で暁の煌剣で袈裟懸けに斬り付ける。


 変わらずオレンジの火花が散り、ほんのちょっとだけ鱗に傷をつけるだけで終わる。きっとダメージもせいぜい1ドット減った程度だろう。

 あまりにも硬いが、シエルがペースを上げて『滅竜魔弾』をぶち込んでいるため一本目のHPはやっと三割削れた。やはり硬すぎる。竜特効装備を持ち込むのが前提らしい。


 今ヨミが使っているユニーク夫婦剣『夜空の星剣』と『暁の煌剣』。これにも固有戦技というのは付いており、MPをバカ食いするがその性能はユニーク武器なだけあってすさまじい。

 特に夜空の星剣に関しては、ヨミが成長したことで新しく出現した種族固有能力との相性がいい。折を見て使いたいが、消費MPが笑ってしまうくらいなので使うとしてもせめて一本目がもうじき削り切れるといった時だろう。


 とにかく今は攻撃を食らわないように立ち回りつつ、1ドットだけでもいいからHPを減らすことに集中する。

 顔面に攻撃を入れられれば大きくダメージを入れられるし、一つだけかあるいは三つの首全てにあるのか、逆鱗にぶち当てることができれば大ダメージを期待できる。

 というより、HPが十九本というバカすぎるHP量をしているので、どうにかして逆鱗を見つけてそこを集中攻撃して倒す、逆鱗攻略ゲーだ。


 激しく雨が降り注ぎ風もまあまあ強いので、それも相まって視界はあまりよくない。

 アンボルトがすさまじい巨体であるのと、魔術師たちが灯りの魔術で明るく照らしてくれているのもあって動きが見れないなんてことはないが、集中を少しでも欠いたらその瞬間食い殺されそうだ。

 いくら全部で十一個の命があるとはいえ、この超リアルグラフィックゲームで生き物に食い殺されるのはごめんだ。そんなことされたらトラウマになる。


「って思ってるのに、めちゃくちゃ食い殺そうとしてくるなお前ぇ!?」


 ヨミの考えていることを読み取っているのか、前脚の叩き付けや引っ掻きもあるが、かなりの頻度で噛み付き攻撃を仕掛けてくる。

 そう言うのは紙一重で回避するか、影に潜る、あるいは影の鎖を飛ばして角か首にある棘のような鱗に巻き付けて、巻き取る様に引っ張りながら上か横に跳んで回避している。


「『ヴァーチカルフォール』!」


 運よく首の上に立ったので、振り落とされるよりも先に戦技を発動。全身を使って夜空の星剣を真垂直に振り下ろして叩き付ける。

 刃が少しだけ食い込んで数ドットHPバーが、解放され切っておらず弱い竜特効の影響で減るが、それだけだ。

 クロムに頼んで竜特効を付けてはもらえたのだが、シエルのアオステルベンと同じように固有戦技を開放しないと、その能力を完全に引き出すことはできない。


 首に乗ったヨミを振り落とすために頭が激しく振られたので、自分から蹴って少しだけ離れるように跳ぶ。


「『クルーエルチェーン』!」


 すぐに太い首に向かって影の鎖を飛ばして巻き付けて、ぐんと引っ張りながら接近しつつ振り子のようにスイングする。

 激しく振る雨水が顔に当たって鬱陶しいが今は我慢して、勢いが一番乗るタイミングで鎖を消して放物線を描きながら宙を舞う。


「『シャドウクラッドアーマメント』!」


 頂点に達したとことで夜空の星剣を対象に影魔術を使用。

 黒い剣に影がまとわりついていき、片手剣を装備したままの状態でそれを特大武器の両手斧へと変貌させる。

 『シャドウクラッドアーマメント』は、影を武器にまとわせることで別の武器に切り替えるか、武器の間合いそのものを拡張することができる使い勝手のいい魔術だ。

 注意すべきは、使っている武器に影をまとわせて形を変えているだけなので、ヨミの場合は両手斧の重さと形をしている片手剣という扱いになる。


 重量のある両手斧に変貌し、その重さに引っ張られながらぐんぐん加速しながら落下していく。

 風で少しバランスを崩すがすぐに空中で立て直し、斧を片手で振り上げる。


「『ヴァーチカルフォール』!」


 全身を使った真垂直の振り下ろしが、ジンに向かってブレスを吐いていた真ん中の首の脳天に直撃する。

 爆発染みた大音量が響き、すぐに雨音にかき消される。

 今までの中で一番深く刃が食らい込み、HPがぐぐっと減少する。

 火力不足で何度も歯がゆい経験をしてきたが、今はもうそんな経験をせずに済むのだと笑みを浮かべる。


「あ、やべ」


 もういっちょぶち込んでやろうと持ち上げようとするが、変な角度で食い込んでしまっているため斧が抜けない。

 もちろんいつまでもヨミを頭の上に乗せているわけがなく、さっさと落ちろとぶんぶんと激しく頭が振り回される。


 この武器だけは手放してなるものかと、咄嗟に暁の煌剣を鞘に納めて両手で影の両手斧化している夜空の星剣を両手でしっかりと握って耐えていると、ズゴッ、という音を立てて鱗を一枚剥がしながらヨミが振り落とされる。


「おっしゃ鱗一枚ゲットぶげぇ!?」


 斧にくっついてきた鱗を見て、王の鱗を手に入れられたと喜ぶのも束の間、勢いよく振り落とされたので体を強かに地面に打ち付けてしまい、変な声を出してしまう。

 肺の中の空気も一緒に全部吐き出して、少し体を痙攣させて動きを止めてしまっていると、大きな左前脚が視界いっぱいに広がって、一度そこで踏み潰されてしまう。

 当然そんなのに耐えられるはずもなく、全身をかける痛みと共にHPが一瞬で全損してキルされてしまう。

 琥珀の谷の外に設置した簡易野営地でリスポーンする……のではなく、ヨミを踏み潰した腕がそこから離れると同時に即時HPを四割回復して蘇生する。

 踏み殺したはずのヨミがそこで蘇生したことに気付いたアンボルトは、もう一度踏み潰そうと前脚を振り上げる。


「『シャドウダイブ』っ!」


 すぐに影の中に潜って、一番近くにいたタンクNPCの影から飛び出す。


「うわぁ!?」

「ひゃあ!? ご、ごめんなさい、びっくりしました?」

「い、いきなり出てきたもので、少し……。……今踏み潰されてませんでした?」

「ボク吸血鬼ですので、いくつか命のストックがあるんです」

「え……」

「安心してください。極悪犯罪に手を染めた冒険者からしか摂取していませんから」

「そ、そうですか」


 しまった、どうやら少し怯えさせてしまったようだ。

 吸血鬼が血を吸いつくして命を保存するのは知られており、ストックがあると言うことは少なくとも一人はその方法で殺していることになる。

 決してNPC相手にその行為をすることはないが、人間と魔族には少なからず諍いがある。

 フリーデンではおとぎ話の吸血鬼とヨミという名の吸血鬼は別人と受け入れられているし、魔族であると知られたうえでヨミという女の子は優しい子認定をされているため、居心地はよかった。


 しかしそれはあくまであの町での話で、本来の人間族から魔族に対する反応というのは、このタンクNPCのものが正しい。

 分かってはいたが怯えられるのは少し嫌だなと苦笑して、HPポーションを一本飲んで八割ほどまで回復させ、残りは自動回復に任せる。


「っ、前方ブレス! 防御!」


 飛び出して接近しようとするが、奴はヨミのことを捕捉済みなようで、真ん中の首が雷を口から漏らしながらしっかりとこちらに狙いを定めていた。

 防御魔術やスキルを一つも持ち合わせていないので、タンク騎士に指示を出して前方に防御を張ってもらう。

 ついでにガウェインが魔術師に指示を出してくれたようで、属性防御魔術が追加される。


 そして放たれる、特大雷ブレス。

 雷鳴のような音を轟かせながら放たれて、張られた防御とぶつかる。


「ぐ、うぅうううううううううううううううううううううう!!!」


 苦悶の声を上げながらそれを防いでくれる騎士。

 しかしその頑張りをあざ笑うように、前方に張った盾戦技『ギガントフォートレスシールド』と、魔術師の張った属性防御魔術に亀裂が入る。

 このままだと突破されてヨミはもう一度ストックを消費し、今防御してくれているこのNPCは消滅し、後方にいるガウェインたちにも被害が出てしまう。


 影に潜って移動しようにも距離が離れているため、高速移動しても五秒では届かない。

 これはまずいと嫌な汗が流れるのを感じ、ひときわ大きな亀裂がエネルギーシールドに入る。


 何か案はないかと必死に頭をフル回転させていると、咆哮のような銃声。

 直後、ブレスを撃っていた真ん中の首が上に向かって弾き上げられて中断される。


「ギャアアアアアアアアアオオオオオオオオオオオオオオオオ!?」


 それだけではない。まだ七割あった一本目のHPが一気に削れて行き、二本目まで一割未満まで減った。

 今の一撃が逆鱗に当たったようだ。


「シエル!」


 真ん中の首が痛みに悶え、全てのヘイトが足元にいるシエルに向く。

 左右の首が同時にチャージを開始するのを見て、ジンが『タウント』を発動させるがヘイトを剥がせなかった。

 このままではブレスの餌食だと、タンクNPCの後ろから飛び出して影の両手斧を消して片手剣に戻し、背中の鞘に納めて武装解除してから疾走スキルを併用して一歩目からトップスピードに達して全力で駆ける。


 シエルはブレスから逃れようと胴体の下に潜り込もうとするが、それを防ぐように前脚での攻撃が激しく行われる。

 戦いが始まってそう時間は経っていないが、今までで一番長くチャージがされている。

 直撃したら、即死。一番のダメージ元が一時離脱するのは痛いと、転びそうなくらい前のめりになりながら走る。


「来なくていい! 大丈夫だ!」


 そんな時に届いたシエルのその一言。自信に満ちて落ち着いているその声を聞き、ヨミは冷静さを取り戻して夫婦剣を鞘から抜き放つ。

 狙われているシエルは落ち着いており、変な構えをしてから横に跳んでそこから早送りになっているような挙動で離脱していった。

 ずっと狙われていたのにアンボルトはシエルがいた場所を未だに見ており、そこに向かってブレスを放った。


 開幕の落雷ほどではないが、視界を真っ白にするほど眩い雷光と、劈く雷鳴。

 思わず足を止めてしまい、目を閉じて両耳を塞ぐ。


「自分に向けられているヘイトを全部切り離してその場に残す、『ヘイトスクレイプ』って言うスキルを使ったんだ。自分からほんの二、三秒だけヘイトを外して視線から外れることができるから便利だけど、こういうパーティー戦だとヘイトが次に高い人に飛ぶからそうそう使えない代物さ」

「そういうのがあるなら事前に言ってよね、もう」

「ごめん姉さん、忘れてた」


 つらつらと自分が行ったことを説明するシエルに、呆れたように言うノエル。

 ヘカテーも小さな声で「死んじゃったかと思いました」と言っていたし、ヨミだって来るなと言われるまではもう間に合わないと思っていた。

 そう言えば、連携の練習とかは色々したのに、スキル構成の話し合いは一度もしなかったことを思い出す。

 こんな重要な戦いがあると言うのにどうしてしなかったんだと、過去の自分と今の自分をめちゃくちゃに心の中で責めるが、そういう反省は戦いが終わってからだと気持ちを切り替える。


 ひとまず、シエルの離脱が防げたしそのシエルのおかげでHPをもうすぐ二本目に突入させることができそうになる。

 大ダメージが入ったのを確認したガウェインは後方で次々と素早く指示を出しており、ほんの少しだけだが「もしや倒せるのでは?」と思わせることができたためか、復活する騎士たちが次々と出てくる。

 このままあと少しすればNPC200人が完全に復活して、遅々として減らない奴のHPをがりがり削っていけるだろう。


 少しずつ増えてきた戦力に期待しつつ、踏み潰された時に砕け散った『ブラッディアーマー』をもう一度使い、バフも切れていたので血液パック(小)を一つ飲み干してから、アンボルトに向かって突撃していった。

 途中でヨミが剥がしたアンボルトの鱗をこっそりと回収して、インベントリにしまいながら。

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