雷鳴に奉げる憎悪の花束 4

 ヨミ、ノエル、ヘカテーの筋力値の高い三人が同時に走り出し、少し遅れてジンも走り出す。

 自分でかけた二つの強化とシエルから受けた強化、そして種族上かかっている補正。それらの要素からヨミが頭一つ抜けた速度を発揮して、どんどんノエルとヘカテーを置き去りにする。


 アンボルトの右の頭が口から雷を漏らすのが確認できたが、ヨミは足を止めなかった。

 チャージが完了し、口が大きく開かれて雷ブレスが放たれる。当然、ボルトリントのものとは比べ物にならない規模だ。

 直撃すれば即死は免れない。ストックがあるとはいえ、こんな序盤で一個使ってはいけない。

 それでも避けない。


「『シールドオヴアイアス』!」


 タンクスキル『クイックドライブ』を使いヨミの正面に瞬間移動してきたジンが、雷竜の鱗盾を地面に突き立てるように構え、両手でしっかりと持ちながら盾戦技を発動。

 前方に巨大な円形のシールドが展開されて、強力なブレスを防ぐ。


 盾熟練度を85まで上げることで習得できる、完全防御特化型盾戦技『シールドオヴアイアス』。

 投擲攻撃や遠距離攻撃のダメージを100%カットできるが代償として、その場から一歩も動くことができない代物だ。

 ダメージカット100%は非常に強力だが、無効化できるのにも限度がある。それは前方に張った円形シールドが破壊されるまでと決まっており、性能が高い代わりにその耐久値はそこまで高くはない。


 二秒、三秒と防ぎ続けているとビギッ、と音を立てて亀裂が入りそれがどんどん広がっていく。

 あまりにも強力な防御系戦技なためリキャストが設定されており、その時間は一分だ。つまり破壊されたらすぐに再使用する、ということはできない。


 六秒防ぎ続けると『シールドオヴアイアス』が破壊され、雷竜の鱗盾で直接雷ブレスを防ぐ。

 ボルトリントの素材で作られているため雷カット率は100%となっており、ジンにはダメージが全く通っていない。

 しかし、いくら防ぐための装備で耐久値がものすごく高いものだとしても、流石に竜王クラスのブレスを数秒間防ぎ続けるのはよくない。


 ヨミは即座に『シャドウダイブ』で影の中に潜り素早く移動して足元付近から飛び出して、夜空の星剣を思い切り右前脚に叩き付ける。

 鋼鉄でも殴り付けているのかと思うほど固い感触が返ってくるが、強化しまくった筋力と攻撃力の高いこの武器の相性はよく、斬り付けた鱗に傷をつけていた。

 シエルのように竜特効の固有戦技を発動させていないため、特効効果は弱くほんのちょっとしかダメージを入れられていないが、ダメージが入ると分かるだけで十分。


「『ブルータルランサー』!」


 邪魔だと言わんばかりに雑に振るわれた前脚を回避してそれを足場に駆け上がり、大きく跳躍して左の顔と同じ高さになったところで暁の煌剣を持ったまま拳を突き出し、魔術を使う。

 魔法陣が展開されて、そこから音速を超える速度で血の槍が大量に放出されて、アンボルトの顔面に衝突して目に見えるほどのダメージを与える。


 ヨミが使った魔術、攻撃魔術。それは血魔術の熟練度が80になった時にそこから熟練度を半分だけ共有して派生した、攻撃特化型の魔術スキル。血壊魔術スローターアーク

 『ブルータルランサー』はその血壊魔術の初期の魔術として登録されているが、習得条件が恐らく血魔術熟練度80なので、その威力は初期魔術とは思えないほど強力だ。


 顔に激しい攻撃を受けてダメージがやや大きく入り、左の頭が悲鳴を上げて暴れる。

 それを宥めるように真ん中の首が頭突いて落ち着かせ、左と真ん中の首がヨミの方を鋭く睨み付ける。

 そしてまずは攻撃を受けた左の頭が、怒りのままに食らい付こうとしてくる。


「『クルーエルチェーン』!


 食われてたまるかと右拳から影の鎖を射出して迫り来る左の頭の角に巻き付け、自分の右手首にも巻き付けてからぐんと引っ張り、ギリギリのところを掠めて通過していく。


「うわっ!?」


 そのまま首に着地して、ブレスチャージを始めている真ん中の首に向かって行こうとするが、鎖がそのままなので通過していった頭に引っ張られて体が宙に浮いてしまう。


「ノオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!?」


 せっかくいい場所取れそうだったのにと思うのと、宙ぶらりんになってしまい身動きがとるのが難しくなったこと、そして口から雷を漏らしている真ん中の首からもうすぐブレスが飛んでくることから、冷や汗が大量に流れる。

 ヘカテーが大剣のうち三本を射出して救出しようと試みてくれるが、運悪くヨミが左の頭の陰の方に隠れるような形となってしまい、血の大剣は首に浅く刺さって防がれてしまった。


 咄嗟に右手の鎖を消して落下して、今度は背中の棘のように発達して隆起している鱗に向かって鎖を伸ばして巻き付け、ターザンロープのようにスイングする。

 爽快感があってアトラクションとして受け取れるなら非常に楽しいのだが、スイングと同時に放たれた雷ブレスが後ろから迫っているので、楽しんでいる余裕なんてこれっぽっちもない。


 ジンに来てもらおうにも『クイックドライブ』は、書かれてはいないが隠されている制限として、地面に立っている味方の元にしか瞬間移動できないので防御を頼めない。

 ノエルの超火力で真ん中の頭をぶん殴ってもらおうにも、右の頭が行かせまいと激しく攻撃しながら前足攻撃や、雷ブレスを小分けにして連射して牽制している。

 ヘカテーの攻撃でもノエルと同じようにノックバックは可能かもしれないが、まだ人から直接血を吸って倒すこと忌避感を覚えているためか、ヘカテーには命のストックがなく無茶ができない。


 ならシエルにと声を上げようとした時に、竜の咆哮のような銃声が響いてブレスをヨミに向かって撃っていた真ん中の頭が大きくノックバックする。

 胴体にはそこまで効果はなかったが、顔にはダメージが大きく通るらしい。例え竜王という驚異的な存在でも、顔が弱点の一つなのには変わりないようだ。

 シエルのおかげでブレスは中断され、ヨミはそのままスイングして背中に降り立った。


 そこから長い首を駆け上がっていこうと思ったのだが止めて、『シャドウダイブ』を使って体にできる影から潜って頭の角の近くに落ちている影から飛び出ることで、移動中に落とされることを回避。

 同時に夜空の星剣を上に掲げて、初動を検知。


「『ヴァーチカルフォール』!」


 全身を使い真垂直に振り下ろす。

 相変わらず硬い手応えに顔を歪めるが、脳天に一撃撃ち込まれたことに驚いたのか、真ん中の首が急にぐんと動いてヨミが放り投げられる。

 左の頭が放物線を描いて飛んでいくヨミを待ち構えるように顎を開けていたが、ヘカテーが大剣を一本飛ばしてきてくれて、柄を掴んでそのまま操作してもらって離脱する。

 真後ろでバグンッ! という音が聞こえてゾッと背筋が震えた。


「ありがとうヘカテーちゃん、助かったよ」


 ヘカテーの近くに着陸してからお礼を言う。


「はい、ですが無茶はしないでください。このエネミー、攻撃がほとんど通りません。流石はFDOの九体いる最強のレイドボスの一つなだけはあります」

「竜特効付きの武器なら、超少ないけどダメージは入れられるっぽいね。今のところ一番ダメージ出してるのはシエルだね」


 三度目の咆哮のような銃声が鼓膜を叩き、ノエルをその場に縫い付けていた右の頭が大きく弾ける。

 三つある首のうち一つを落とすことさえできれば、一つはジンに引き付けてもらって残り一つに集中できる。

 だが落とすにしても首があまりにも太すぎるし、太いとかそんなの関係なく鱗が硬すぎて刃がほぼ通らない。

 奥の手の『血濡れの殺人姫』を使っても恐らくはその一分間で落とすことはできないだろう。それくらい、あの首は硬い。


「シエル! 逆鱗の目星は付いてる!?」


 四度目の銃声を轟かせて転がるシエルに聞く。


「まだ始まったばかりだから分かるわけがないだろ! 見つけてたらとっくに狙ってるよ!」

「だよねー。分かった、じゃあ前のボルトリントと同じようにボクが逆鱗を探しつつ、シエルが火力を出せるようにしてみる! ノエル! ヘカテーちゃんと連携して!」

「りょーかい!」


 真っすぐ食らい付こうとしてきた右の頭を、フルスイングしたメイスで殴り軌道を強引に逸らしてから、元気よく返事をしてこちらに合流する。

 彼女のメイスに血をまとわせ硬質化させて補強と強化を行い、こくりと頷いてから二つに分かれて行動する。


 ジンがタンクスキル『タウント』を行い、一度全ての頭のヘイトを一身に受ける。

 そこに真ん中の頭のヘイトだけを残して、右の頭からノエルとヘカテーがヘイトを取り、左の頭から目の近くを狙って攻撃を仕掛けたヨミがヘイトを取った。

 そうすることで一か所に三つの頭のヘイトが集中することを防ぎ、今のところ唯一判明しているアンボルトの属性攻撃であるブレスを分散させる。


 シエルは中衛メインでアオステルベンの固有戦技『滅竜魔弾ドラゴンスレイヤー』で火力を出す必要があるので、ノエルの脳筋超火力と吸血バフ+血の鎧強化+シエルの強化弾を受けたヘカテーの方はどうにかなるとはいえ、援護は必要だ。

 毎回ヨミの方だけを援護してくれるわけではないので、実質一人で一つの頭を抑えつつダメージを出す必要がある。


「一人だけ難易度鬼高いけど……だからこそ燃えてくるってものじゃないか」


 獰猛な笑みを浮かべてぐっと武器を強く握り直し、叩き潰さんと振り上げられた左前脚から逃れるように右に弾けるように駆け出す。

 音にして例えればズンッ、という音だ。実際に聞こえた音はもっとえげつないものだが、あいにくヨミには極大の腕が叩きつけられた音を表すオノマトペがない。

 踵でややぬかるんでいる地面を抉りながら急停止して、ため込んだ力を開放するように強く蹴って叩きつけられたばかりの足に向かって突進する。


 暁の煌剣をぐっと弓を引くように構えて戦技を発動させ、走っている速度とそれに乗ったシステムアシストの加速を合わせて、『スラストストライク』を放つ。

 バギィンッ! というものすごく不安になる音を立てて衝突し、鋼鉄なんかよりもずっと硬い鱗に防がれて、オレンジ色の火花を散らして防がれる。


「チッ」


 できれば今ので少しだけでいいから突き刺さってほしかったが、下手に刺さると抜けなくなるのでこれでよかったのかもしれない。

 とはいえ今の戦技で鱗にダメージが入って若干削れているので、もう少し広く攻撃を叩き込みつつ鱗を剥がして、その下にある肉に攻撃を叩き込めるようにしつこく、執拗に攻撃を同じ個所に叩き込むことにシフトする。


 回避行動すら取らない。それはまさしく、赫竜王もやって来たことだ。

 自分の鱗の防御力に絶対の自信を持っており、人程度の攻撃で砕かれるわけがないと確信しているからこその行動。

 あの時は『血濡れの殺人姫』と『ブラッドエンハンス』の強化と重量武器の両手斧、そして突進と落下の勢いと体重が乗った一撃でどうにか左腕を落としたが、あの時の筋力は今のヨミと同じ程度だろう。

 それでこれだけダメージが通らないということは、どれだけあの赫が本気じゃなかったのかがよく分かってきてしまう。


「なんか……急にムカついてきたあああああああああああああ!!!」


 感情が素直に、そして若干オーバーに出力され、額に青筋をピキッと浮かべて両手の黒と白の剣で乱舞を叩き込みまくる。


「強者と認めようとか言っていたけども! 半分も本気を出していなかったことが分かった奴にそう言われても! どう反応すればいいんだよあのアホ竜王!?」


 果たして本当に強者と認めているのかどうかすら怪しい。

 あの時調べるコマンドを使って出てきたテキストの内容を、思い出す。


『人の姿を取っているが、人と戦うのに竜の姿となる必要はなく、また創造主たる竜神達にしか見せるつもりがないからである』


 この文言だけで、どれだけ強さを隠しているのかがそれはそれはとてもよく伝わってくる。

 ますます腹が立ってきた。


「『ブリードハンマー』!」


 右腕を上に振り上げながら血壊魔術を発動。

 血を一割ほど消費して巨大な血のハンマーを頭の上に作り出し、勢いよく右腕を振り下ろす。

 それに合わせて豪速でハンマーが落とされて、左の頭を思い切り殴りつけるが、目に見えてHPが減るが表示されている一本目のHPバーの一割も減らない。


 血液パックをかなりの数インベントリ内に常備してあるとはいえ、それにだって限りというのはある。

 火力は高い。何しろMP以上に消費の激しい血液を消費しての攻撃だ。竜特効付きでなくとも、アンボルトにダメージを入れることが可能だ。

 それでもやはり、どれだけ血魔術の熟練度を上げても血液残量が一切増えないので、消費量が実数値ではなくパーセントであるのが救いだが、時間がかかるとはいえ自動回復するが、回復手段が血液摂取が主になってしまうのが非常にキツイ。


 ここぞという瞬間以外で強化系以外は使わないでおこうと、怒ったように突っ込んで来た左の首の攻撃を影に潜って回避して頭のメモに書いたところで、巨大な火の玉がアンボルトの胴体に着弾し、炸裂した。

 丁度そのタイミングで影から飛び出てきてしまい、危うく炸裂した炎に飲まれるところだったが、前方に光の障壁が張られて炎をレジストしてくれた。


 銀月の王座には、あんな魔術を使える魔術師はいない。

 では一体誰が。そんなの考えなくたって分かる。

 振り返り、確認する。そこには、一斉に杖を掲げて魔術の呪文を詠唱している魔術師たちと、前線に向かって全力で疾走するか『クイックドライブ』でジンやヨミの傍まで瞬間移動してくるタンク職たち、そして銀色の剣を抜き放ち指揮しているガウェインがいた。

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