雷鳴に奉げる憎悪の花束 3
キリのいいところまで進ませたかったのです
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ガウェインは、初めて見る竜王の姿に魂の奥底より恐怖していた。
竜の支配がはじまってから900年。まだ多くの国が立ち上がり挑んでいた時代に、三原色から外れた色の竜王でありながらも、それに匹敵する数の国を滅ぼしてきた雷鳴の支配者。
自分だけで勝てるとは一度も思ったことはない。竜王の眷属すら、一度も倒した経験がない。ガウェインが一人で倒せるのは、せいぜいがワイバーン程度だ。
それでも世界では、ワイバーンを一人で倒せるだけでも竜殺しの英雄と称えられる。
魔導王国軍に所属してすぐのころに行われた実地訓練でワイバーンに襲われ、教官が食い殺され指揮系統がめちゃくちゃになり、同僚たちが蜘蛛の子を散らすように逃げて行った。
そんな中で一人だけ剣を持って立ち上がり、習得している限りの魔術を魔力が切れるまで何度も使い続け、頑丈な兜を弾き落とされ誰からも美しいと評判だった顔に一生消えない深い傷をつけ、一晩中ワイバーンと戦い続けて勝利した。
その功績を称え、二十二歳という若さで第十五魔導騎士大隊の隊長という役職を与えられた。
無論その程度で竜王に敵うはずがないと理解していた。その程度で、竜の支配の時代に一石投じることができるはずがないと、理解していた。理解していた、つもりだった。
こうして己の目で目の当たりにして、全く理解できていないのだと現実を叩きつけられた。
竜王という存在は、矮小な人間如きが挑んでいい相手ではなかった。
足が、震える。
腕が、震える。
体が、震える。
動きたいのに、動けない。はっ、はっ、と短い呼吸を繰り返す。
これが、竜王。
これが、雷鳴の王。
これが、黄竜王アンボルト。
今まで挑み、帰ってきた者がいない七つの竜王のうちの一つ。
勝てない。勝てるはずがない。
銀髪の吸血鬼の少女が、自分たちの蛮勇と呼ばれるその行為を蛮勇などと呼ばせはしないと言った。
しかし、思い知った。身の程を知った。
自分が立てた黄竜王討伐作戦は、紛れもない蛮勇そのものだ。
力を貸すと言ってくれた五人だけのギルド、
彼ら彼女らだけを残して、自分含めた総勢200名は全滅する。誰一人として、家族の待つ場所に帰ることなく。誰一人として、その骨が拾われることなく無為に死んでいく。
せめて、最後まで反対していた己の父に、一言謝りたかった。
あなたが正しかったと、自分が間違っていたと、謝りたかった。
戦意を喪失しぶらりと両腕を脱力させ、来るであろう死を受け入れようとする。
その瞬間、視界の端で美しい銀色が地面を爆ぜさせながら、すさまじい速度で駆け出して行った。
来た道を帰るのではなく、真っすぐ、誰もが恐怖している王に向かって。
駆け出したのは、体の小さな、長い銀髪が特徴の美しい吸血鬼の少女。ヨミだった。
「ヨミ殿……!」
無茶だ、無謀だと叫ぼうとした。あの巨体にその小さな体で太刀打ちできるはずがない。
左手を動かしながら疾走していくあの小さな体に、アンボルトが気が付いた。最初の愚かな犠牲者にしてやろうと、右端の首が大きく顎を開けて丸呑みにしようと接近した。
あわや、飲み込まれて即死する。その光景を幻視した時、体を少しだけ捻りながら左の肩口に右手を回し、丁度そこに姿を見せた真っ黒な剣の柄を握って引き抜いた。
直後に、すさまじい衝突音を響かせてヨミを食らおうとした首が逸れていき、上段に構えられた夜空のように真っ黒な刀身に星が散りばめられているような美しい剣を、目で追えない速度で叩きつけた。
それが、たった五人のギルドの開戦の合図となった。
♢
ギリギリ夜空の星剣を抜いてどうにかパリィして突っ込んできた頭を逸らすことはできたが、無防備な巨木の如き首に一撃叩き込んでもダメージがほとんど通らなかった。
よくよく見れば1ドットだけ減った……ように見えるが、そんなの通っていないのと一緒だ。
正直な話、逃げたいと思っている。こんなのに勝てるわけがないと思っている。
全力攻撃ではないし今始まったばかりなのになぜそう思っているのか。それは、表示されているHPバーの下に、十七個という正気を疑う数のブロックがあるからだ。
それが示しているもの。それはすなわち、黄竜王アンボルトはHPバーが全部で十八本あると言うことだ。バカげている。こんなの勝たせるつもりがないだろう。
これだけガッチガチに硬い鱗に守られていながら、これだけ膨大なHPを有していればそりゃ確かに勝てるわけがない。
「というか冷静に思えば、どれだけ激甘に見積ってもバーンロットは半分の強さしか見せていなかったのか、あるいはあの人型の姿は王の力と意識がそのまま入っているロットヴルムみたいな眷属的なものなのか」
それでもあれ相手に生き残れたのだし、斬赫爪という強力な武器を手に入れることができたのだから、そのことは後回しだ。
右の腰に装備した暁の煌剣を左手で抜き放ち、真っ白な刀身をさらけ出す。
ヨミは今強化状態ではない。その状態でこれを装備しているということはすなわち、装備条件を満たしているということ。
ユニーク武器を、何の制限もなく自由に使うことができるということだ。
「さてさてさーて、これが初陣だよボクのユニークちゃんたち。クロムさんに竜特効をボルトリントとロットヴルムの素材で両方に付けてもらえたんだ。思う存分やってやろうじゃないか! 『ブラッディアーマー』!」
ニィっと三日月のような笑みを浮かべ、魔術を使う。
首と両手首、太ももから血が噴き出てまとわりつく。
首から出た血はブレストプレートに。両手首から出た血はガントレットに。両太ももから出た血はニーハイブーツに。
これこそこの一週間の間に新たに習得した
効果はシンプル。血を消費して体にまとって硬質化させ、自分の耐久値と筋力を大幅に上昇させる強化魔術だ。
次こそは攻撃系であってくれと願いながら来たのがこれだったため落胆したが、効果だけ見ればすさまじい。
しかもこれは『ブラッドエンハンス』と『ブラッドイグナイト』と併用できる強化魔術なので、ヨミの筋力はまだ上昇する。
イグナイトは常に燃焼によるスリップダメージと血を燃やして強化しているため、この魔術との相性はそこまで高くはない。
代わりにエンハンスは血を消費せず魔力だけを使うので、『ブラッディアーマー』との相性は抜群だ。
しかもこの日のためにわざわざ魔術師用のスキルまで取得し、育ち切っていないがMP自然回復量を増加させた。
その結果、『ブラッドエンハンス』の効果時間が爆発的に伸びた。その内消費よりも回復が勝るのではないだろうか。
とりあえずエンハンスを発動させ、鼓動が速くなり雨に打たれて冷えたからだが加速した血流によって温められていく。
集中するは、目の前の三つ首の化け物だ。
昔父親と一緒に見た怪獣映画に出てくる奴に似ているが、あっちの方がうんとデカいしあっちには前脚がなく腕と翼が一体化していた。
アンボルトは四足歩行タイプの体に非常に大きな背中の翼と、長い首を持つ三つの頭がある。映画の奴とに何となく似ているが、どっちが恐ろしいかと言えば当然目の前にいるこいつの方が恐ろしい。
ぶるりと体が震えるが、恐怖からくるものか、はたまた武者震いなのか、どっちなのかは分からない。
とにかく今は、何もかもを登場しただけでめちゃくちゃにしてくれやがったこの黄竜王を、自分の方に向けさせることが優先だ。
ぐっと姿勢を低くして走る。ざあざあと激しく雨が降り、ただ雷を落とすだけじゃないんだなと歯軋りする。
水に濡れると感電する。小学校でも習うことだ。今ここに雷を地面に落とされでもしたらそれだけでNPCたちの何割かが召されてしまいそうだ。
パリィで逸らされた首が元の場所に戻り、もう一度大きく口を開けて飲み込もうとしてくる。
ためらうことなくスライディングをして首が頭上を通過していき、ついでに暁の煌剣で斬り付けてみるがそこまでダメージは入らない。
竜特効が付いているので、ほんのちょっぴりだけダメージは入るがその程度ダメージですらない。
立ち上がって胴体を目指そうとすると、左端の首が斜め前方から食らい付こうとしてきたので跳躍して回避し、頭の上に着地してそのまま首の上を全力疾走する。
半分ほど進んだところで振り落とされてしまい、そこに真ん中の首が身動きの取れないヨミを丸呑みしようと口を大きく開けて待ち構える。
「てりゃああああああああああああああああ!!」
そこに爆速ですっ飛んできたノエルが大きく振りかぶったメイスでぶん殴り、巨大な頭が大きく弾かれる。
この大きな頭すら殴り飛ばすとかどんな怪力だよと頬が引き攣るが、今のヨミなら似たようなことができるので口には出さない。
「先走るなヨミ! いくらストックがあるからって、数はそこまで多くないんだから!」
地面に着地すると少し遅れてシエルがやってきて、彼のユニーク武器、魔銃アオステルベンに術式を展開して銃口をこちらに向けてくる。
二発の銃声が鳴り、ヨミとノエルに当たる。ダメージはなく、むしろさらに強化を施してくれる。
そこから立て続けに三発銃声を響かせて、ヘカテーとジンと自分自身に銃弾を撃ち込んで強化術式を終了させる。
「MPポーションバカほど買い込んだんだ。最初から全力で行くぞ! 『ウェポンアウェイク』───『
シエルもアオステルベンの固有戦技を開放。
今まで見たことのないどす黒い魔法陣が出現し、それが銃をスキャンしていく。
魔法陣スキャンが終わると、見た目は少し派手な大型の銀色のリボルバーは、真っ黒に変色していた。
銃身に魔法陣がいくつも刻まれており、近くに竜王がいるからかあるいはシエルが震えているのか、カタカタと震えている。
魔銃アオステルベンの持つ固有戦技『滅竜魔弾』は、ドラゴン系エネミーに対して2.5倍、竜王やそれに連なるドラゴンなら5倍のダメージ補正を得ることができると言うものだ。
すさまじく強力な能力でナーフ必至級だが、あくまでドラゴン系にしか効果を発揮しないので、対人戦になると何の意味もなくなってしまう。
そしてこの能力こそが、アオステルベンについている竜特効そのものだ。
ただし、強力な反面欠点も存在する。
固有戦技を発動したシエルが側面まで全力で走ったあと、そこで立ち止まって片膝立ちになって両手でしっかりと握って構える。
引き金を引いた瞬間、ドラゴンの咆哮のような銃声が響いて銃弾が発射され、その衝撃でシエルが吹っ飛んで地面を転がる。
放たれた弾丸は真っすぐアンボルトの胴体に突き刺さり、強烈な衝撃波を発生させてほんの少しだけ体を揺らす。
欠点とは見ての通り、一発一発があまりにも強力すぎるため走り回りながらの連射ができないということだ。
シエルのアオステルベンの固有戦技はドラゴンに対して通常の5倍ダメージを与えるため、この戦いでの貴重なダメージソースだ。あまり前線に出過ぎるとやられてしまう。
なので可能な限りジンか他のタンク職NPCの側にいる手筈になっていたのだが、登場するだけでNPCたちは恐慌状態に陥るか戦意を喪失してしまっている。
ガウェインが自分を鼓舞するように雄たけびを上げて気合を入れ、大声で指示を出し始めて少しずつ指揮系統が回復しつつあるため、その内全員が戦線に復帰するだろう。
「『カーネリアンアーマー』、『スカーレットセイバー』!」
ヘカテーが少し遅れて合流する。
血の鎧をまとい、十一個の血液パックを取り出して十個を代償に十本の血の大剣を自分の周りに生成する。
残った一袋は自分で飲み干して、MP回復のついでに筋力バフを獲得する。
ヨミも『ブラッディアーマー』で消費した分を回復しようと一つ取り出して、10秒チャージの飲料ゼリーのように一気に飲み干す。
「相手は竜王。ボクが知ってたやつは半分も実力を見せていなかったから、全力状態で戦うのはこれが初めて。ぶっちゃけこんなのに勝てるのかってくらいだけど、ここにいる以上やってやろうじゃないか!」
「戦闘狂の言うことは違うな」
「やかましい畜生ブレーン。お前だって楽しんでるだろこの状況」
「お前ほどじゃない」
「はいはい、こんな時にもいがみ合わない。HPが全部で十八本もあるとか正気の沙汰じゃないけど、ヨミちゃんの言う通りやるしかないよね」
「今日はマ……お母さんから許可をもらっていますから最後までお付き合いします!」
「ヘイト管理は任せてくれ。頭三つあるから、オレに全部向くとは限らないけど」
「一つでもそっち向いてくれれば助かるよ。三つ同時とか流石に自殺行為だしさ」
パーティーチャットを繋いで連携を取る。
いつも通りシエルが茶々入れてきたので言い返しておき、ジンに可能な限りヘイトを奪って一つだけでも釘付けにするよう頼む。
相手は竜王。天候すら支配する化け物で、50メートルほどはある怪物。
防御力は並大抵の攻撃をやすやすと弾き、ダメージなんてそうそう通らないだろう。
だが全く通らないわけじゃない。それだけヨミたちは強くなったし、そのために装備を揃えて来た。
今こそ決戦の時だ。
ヨミたちからすればまだ倒されたことのない竜王との戦いの始まりに過ぎないが、この世界の歴史を見れば900年の支配に一石を投じるかもしれない一戦だ。
最強のうちの一つに、自分たちが全力で挑む。ゲームとして考えれば、これほど心が弾み、血沸き肉躍ることはないだろう。
そんな状況でテンションがぶち上っているからだろう。三つの首が鋭い眼光でこちらを見下ろすと同時に、口にした。
「銀月の王座───戦闘開始」
黄竜王アンボルトと銀月の王座の戦いの火蓋は、その一言をもって切られた。
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