向けられる嫉妬心

 アンブロジアズ魔導王国第七の街セプタルイン。

 その外にある森の中にひっそりと建っているやや朽ちている建物の中で、一人の男がウィンドウを開いてFDOと連携しているアワーチューブの動画、いや、配信を見ていた。

 そこに映っているのは、素晴らしい連携によってたった四人で黄竜ボルトリントを追い詰めて、逆鱗を撃ち抜き地面に引きずり倒し、眼球から頭内部を破壊して討伐し、そのことに歓喜している三人の少女たちだ。


「ヨミ……!」


 男は決して、ヨミのファンではない。むしろ彼女のことは、かなり毛嫌いしている。

 男のプレイヤー名はゼル。PKギルド『黒の凶刃ブラックナイフ』のギルドマスターだ。


「あーらら、たった四人でレイド倒しちゃったよこのギルド。いやー、流石は現在話題沸騰中のヨミちゃんが率いるギルドだね。前衛アタッカー三人にスナイパー一人とかいう頭悪い構成なのに、破綻せずに成り立ってる」


 ゼルの近くにいたフードを被った女性が、青筋を浮かべている彼に向かってからかうように言う。

 女性はゼルがヨミのことを嫌っているのを知っているし、今回のこの戦いでスナイパーに徹しているシエルという現役学生のプロゲーマーが、少し前に物資を全て使いこんでやっと倒してクリアしたショートストーリークエストとキークエストの報酬であるユニーク武器を持っていて、そのことに怒っているのも知っている。

 知っていてあえてそのような発言をして、ウィンドウを食い入るように見ていたゼルを自分の方に向かせる。


「お前、俺のことをバカにしているのか」

「そうカリカリしないでよ。バカになんかしてないよ」

「俺がこいつらのことを嫌っていることくらい、お前も知っているだろう」

「まあねー。特に、こんなちっちゃくて可愛い女の子に、チキンなんて言われてかなり腹立ってるし」


 先日、自分の部下を使ってヨミたちをPKさせに向かわせたのだが、あっさりと返り討ちにされている。

 しかも、その時のPK部隊を壊滅させたのは目標であるヨミですらなく、バトレイドで一部のロリコンどもから人気を獲得している小学生プレイヤーのヘカテーだという。

 たかが小学生に何後れを取っているのだと言いたかったが、バトレイドでは公式が配信を行っていて、その日のベストバトルを動画として投稿している。

 その動画にヨミとヘカテーの戦いもあり、それを見て下手なプレイヤーでは手も足も出ないと理解して、かなり悔しい思いをしている。


 サービスが開始された一年前からこのゲームをやっており、トップ層のようにがちがちにやり込んでいるわけではないが、それでもそこそこいい装備を揃えているという自負がある。

 ステータスも理想的な数値になっていて、人数こそ三十人程度と小規模だが全員いい装備を持っているので、ボス戦で苦労することはそこまでない。


 何度も大型ボスやパーティー前提のボスと戦って連携訓練を行い、PKでひたすら金を稼いで赤ネームになっていないメンバーに回復薬やそのほかの物資を買い集めさせて、長い準備期間を経て竜王関連のクエストに臨んだ。

 ボスエネミー相手にレイドボス専門ギルドの作ったテンプレートではあるがいい動きもできたし、タンクもアタッカーもサポーターも揃っているし、きっとあっさりとクリアできるだろうと思っていた。

 しかしいざ蓋を開けてみると、黄竜王の眷属である黄竜ボルトリントは、この一年間の中で戦ってきたどのエネミーよりも強かった。


 天候支配からの落雷、強力なくせに連射可能な雷撃ブレス。体から放出される雷はターゲットにされている人が直撃するか本体に近付くまで永遠に行われ、AoEが発生する落雷は直前までホーミングしてくる。

 HPを苦労して一本削ったかと思うとフィールド全体にAoEが出現し、ついぞ回避方法など分からず、回復薬がぶ飲みでどうにかして耐えた。


 二時間以上かけて、メンバーが八割もポリゴンに変えられたところでようやくクリアした。その時の達成感と言ったら、もう二度と味わえないしそれを超えるものも早々出てこないだろう。

 そうやってめちゃくちゃ苦労して物資もほぼ使い切ってクリアしたのに、お目当てのユニーク装備は既に何者かに取られた後だった。その時の絶望感と言ったら、もう二度と味わいたくもない。


 自分たちが挑むよりも少し前にワールドアナウンスで倒されたと報告されていたが、きっと誤報か何かだと思っていた。

 自分たちこそが最初の討伐者なのだとウキウキで遺跡に足を運んだのに、そこにあるとされている竜特効付きのユニーク装備はなかった。

 そこで初めて、あの時のアナウンスが誤報でもなく本当のことだったのだと知り、一体誰がやったのだと血眼になってユニーク持ちを探したが、ついぞ見つかることはなかった。


 しかしつい先日、最近話題沸騰中の新人プレイヤーのヨミと行動を共にしていたという、軍服風の装備に身を包んだシエルというプロゲーマーの男プレイヤーが、自分たちが報酬で手に入れるはずだったユニーク装備を持っていたと部下から報告を受けた。

 信じられないことに、そのシエルというプレイヤーは死にゲーらしく何日も死に続けて行動や攻撃パターンを把握し、一週間かけてソロ討伐を成し遂げたという。

 レイドのソロ討伐は不可能じゃないのをトップ層が証明しているが、それは装備が揃っていればの話だ。

 曰く、ヨミたちよりも少し早い段階で遊んでいただけにすぎず、装備などろくなものが揃っていなかったと言う。そしてヨミ自身もまたソロでレイドボス討伐を成し遂げており、それらがなによりも認められなかった。


「ただ見た目が少しいいだけで調子に乗りやがって……!」

「見た目だけじゃないけどねー。うちは赤ネームになってないから街入れるし、何ならバトレイドであの子と一回戦ったけど、バカみたいに筋力ステ高いのにしっかりと制御できるだけの技量があった。あの子の強さの根底にあるのは、常人離れした技量にあると見たね」

「お前、いつの間に……」

「暇だからねー。うちは赤ネームになって街の中に入れなくなるなんてことになりたくないからPKは今まで一度もしてないし、どっちかっていうと情報収集メインだからね。いやー、ヨミちゃんちっちゃくて可愛いのに力めちゃくちゃ強くてギャップパなかったわ」


 PKして赤ネームになったら、街に入れなくなって何かと不便になるからと実行部隊に入れないようにしていたが、この女性は街に入ったら大体スイーツ巡りをしているのを知っている。

 そんなことならPK部隊に入れてしまおうかと思ったが、スイーツ巡りしつつもしっかりと情報を持って帰ってくるので、自由にさせている。


「他に何か分かったことはあるか」

「んー、奥の手の『血濡れの殺人姫』は配信内で使っているからこれは別として、確実に他にも何か隠し持ってるのは確か。でも可能ならそれは使いたくないって感じね。もうじきギルト対抗戦始まるし、それまでは温存するつもりなんでしょうね」

「なら、あいつが持っているという赫竜王の左腕はどうだ」

「それこそ知らないわよ。他人のインベントリの中身を覗けるわけじゃあるまいし。今あの子がいる場所ってフリーデンって言う小さめな町で、クインディアが最寄なんでしょ? あの辺まで行くとNPCでもプレイヤーとほぼ同じレベルの鍛冶スキル持ってるのいるし、今頃武器か何かに加工してんじゃない?」


 武器に加工されている可能性があると聞き、ゼルはギリッと歯軋りする。

 王由来の素材は、それぞれ一体しか存在していないので実質ユニーク素材だ。設定上でも実際にも最強格の存在であるため、それを素材にした武器や防具の性能は破格だ……と言われている。

 いかんせん王関連の情報はほとんどが秘匿されており、素材の名前すら分かっていないことの方が多いくらいだ。

 ただ、王由来なのだから弱いわけがないだろうと言われているのと、王の眷属のドラゴンを討伐した際に手に入れられるユニーク装備がかなり強力なので、かなり期待をされている。


 まだ加工されていないのであれば、素材を落とすか怖がって自分から差し出すまで繰り返しリスキルでもしてやろうと思っていたのだが、普段いる場所が場所なのでもう手元にない可能性が高い。

 まだステータスが育ち切っていない今のうちに奪ってしまいたいのだが、そもそものプレイヤースキルが高すぎるのと、ただでさえ強力な奥の手が他の血魔術による強化と併用ができるため、下手したらギルメン総出でも瞬殺される可能性がある。

 仮に奥の手を使ってこなくても、ヨミは吸血鬼だ。仲間を盾にしながら血を吸ってキルでもされれば、その分だけ命のストックを得て倒すのが難しくなる。


「くそっ……! どうすればいいんだ……!」


 真っ向勝負は負ける可能性が既に出つつある。搦手や奇襲も、本人の索敵能力が高いこともありあまり効果を成さない。

 レイドボスなどの大規模戦の後は気が緩みやすい傾向にあるので、それを狙っても無駄なのは既に実証済み。

 どう頑張っても、ステータスは自分たちの方が勝っているのに勝てるビジョンが浮かばず、ゼルは頭を抱える。

 そんなゼルの様子を、面白そうなものを見つけたような目で女性が見つめていた。

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