黄竜ボルトリント 1

「よし、メンバー紹介も終わったことだし、このまま挑みますか。シエル、作戦の要はお前だから頼んだよ」

「任せろ。だからヨミも、俺が確実にぶち抜けるように頼むぜ」

「任せて。もしかしたら、ボクが首を叩き落しちゃうかも」

「さっき吹っ飛ばされた奴が何を。まあ、そうなったらなったで別にいいさ。むしろ、首を狙って行かないお前はお前じゃないからな」


 軽口を叩き合って拳をぶつけてから、シエルは狙撃ポイントに向かっていき、ヨミは火力を出すために両手斧を生成してそれを血で覆う。


「ノエルとヘカテーちゃんも準備はいい?」

「ばっちりです!」

「新しい武器の強化もしたしね! いつでも!」


 斧を肩に担いで聞くと、元気に返事が返ってくる。

 それに満足気に頷いて、配信もしっかりと自分たちが映っているのを再度確認してから、三人で走っていく。


 森の中を二分ほど駆けていくと、次第に朽ちた遺跡などがちらほらと見え始める。

 一回目の挑戦の前に少し見て回ったが、特にこれと言ったアイテムはなかった。せいぜい村で買える武器を一回だけ強化できる素材アイテムを少々見つけた程度だ。


 そこから十数秒走ると大きく開けた場所に出て、視線の先には朽ち果てて苔などがびっしりと生えた大きな遺跡と、それを守護するように鎮座している黄色のドラゴンがいた。

 見た目はまんま、かつて戦ったロットヴルムの色違いではあるが、大きさはこちらの方がやや小さめだ。


「グゥルルル……」


 ヨミたちに気付いたボルトリントが起き上がり、低い唸り声を上げる。

 圧倒的強者という存在から放たれる威圧感。その巨体から感じる圧迫感。人間が挑んでいいものじゃないと、思えてしまう。

 しかしこいつは既に、シエルに一度、そして先日のPKクランにも一度倒されている。攻撃密度が高く一見すれば無理ゲーにも感じられるが、事実二度も倒されているので十分倒すことのできる強さだ。


”うお、すっげ”

”迫力半端ねえな”

”体デッカ!? 腕とかもはや丸太より太いじゃん”

”王道なドラゴンの見た目に背中の腕と翼が一体になってる翼脚とかかっこよすぎる”

”見るからに強そうで草枯れる”

”うーん、確実にレイドボスですねえ”

”マジでこれと同類にソロで勝ったん?”

”ぅゎょぅι゛ょっょぃ”


 コメント欄も初めて見る黄竜ボルトリントに盛り上がりを見せる。


『ENCOUNT GREAT ENEMY【AMBER DRAGON :BOLTLINT】』


『ENEMY NAME:黄竜ボルトリント


黄竜王アンボルトの血と鱗より生まれた、雷鳴の担い竜。かつて自分に挑んで来た愚か者が有していた兵器が、いずれ王に向くと危惧したためその生涯をその兵器の封印と監視に使うと決意している。酷く凶暴であり、王と神の言葉以外の全ては雑音と認識している


強さ:背を向けて逃げることすら不可能』


 初見の時にも見た情報を改めて調べるコマンドで目視する。

 ゲーム的に言えば、眷属の竜は何度でもリポップするタイプのエネミーなので、何度倒しても同じ場所にい続けるのは当たり前だ。

 しかしアホ程リアルに作り込んでいるこのゲームは、エネミーの行動基準など全てがリアルだ。


 物語的には倒されても王がいる以上、何度でも作られて復活するということになっている。

 その点で見ると、新しく生み出された個体はその前の記憶を受け継いでいようが受け継いでいまいが、必ず同じ場所に現れるのにはこのリアリティから考えると違和感を感じてしまう。

 だが所詮はゲーム。そんなリアルに考えすぎるのは少しばかばかしいと頭を振り、右手で胸を押さえてその行動をトリガーに魔術を起動する。


 すると一定間隔で微かに銃声が三発聞こえ、それがヨミたちの体に当たる。


「お? おぉ? これ、結構すごい強化じゃない?」

「でしょでしょ!? シエルってば、こんなにすごい強化魔術が使えるなんて思わなかった!」

強化弾エンハンスにはリキャストがありますけど、それはあくまでその場で術式を使った場合。前もって弾そのものに強化術式を込めておけば、リキャストを無視して連射できる。即席のマジックスクロールと同じですね」


 片手で斧を振って調子を確かめていると、完全に起き上がったボルトリントがお腹に響くほどの咆哮を上げる。

 体が僅かに硬直するが、ヨミはどうしても比較してしまう。

 咆哮も何もなしで、あそこまで恐怖と格の違いを叩きつけて来た、人の姿をしたあの赫い王と。


 『BATTLE START!』の文字が表示されると同時に、ヨミとヘカテーが一歩目からトップスピードを叩き出して急接近し、ノエルは少し遅れて走り出して二人を追い抜いていく。

 メイスを振りかぶったノエルを叩き潰そうと右の前足を、その後ろにいるヨミとヘカテーに攻撃をしようと背中の翼脚を振り上げてくる。


「……今!」

「とりゃああああああああああああ!!」


 ボルトリントの前足攻撃をしっかりと観察していたヨミが合図を送ると、それに合わせて振りかぶっていたメイスで殴りつける。

 その巨体故に弾き上げることはできなかったが、ノエルの圧倒的パワーで前足攻撃が逸らされる。

 予想外の受け流しに少しだけ目を大きく見開くが、その程度は些末なことだと翼脚をヨミとヘカテーに向かって落としてくるが、遠くから銃声が聞こえた刹那に一条の雷の槍が飛んできて衝突し、強烈な衝撃を発生させて翼脚を弾き上げる。


 シエルが持っている対物ライフルは、長大な射程と強力な破壊力を誇り、武器の特性としてリキャスト五分で二つの魔術を組み合わせる複合術式にすることができる。

 一度設定してから五分間は複合術式の変更はできないが、他の術式と併用できるため、超遠距離からちくちく嫌がらせをしつつヨミとヘカテーが攻撃に集中できるようにと最速の術式の『電磁加速弾レールバレット』と着弾の瞬間に衝撃を発生させる『衝撃弾インパルス』の二つを組み合わせた複合術式『電磁衝撃弾レールインパルス』で援護してくれる。


「『ブラッドランサー』!」

「『ルインスマッシュ』!」


 ヘカテーが左手から血の槍を放ち、ヨミがその槍の間を縫うように駆けながら接近して両手斧を振りかざし、強烈な攻撃を二度叩き付ける。

 先ほど戦って負けたとはいえ、格上との戦いのおかげで基本ステータスや武器・魔術の熟練度やスキルレベルが上昇している。

 そこにヨミは自前の強化に加え、三人の前衛アタッカーは後方からシエルの支援を受けて強化されているため、ヨミの斧の叩きつけで鱗が砕けて切り裂かれ、ヘカテーの血の槍が着弾した場所の鱗にひびを入れる。


「『インパクト』ぉ!」


 ヨミとスイッチしたノエルがメイス戦技の『インパクト』を使い、思い切り殴りつけてダメージを入れ、追撃も発生させてその部分の鱗を完全に砕いて剥がす。

 するとその瞬間に銃声が鳴り、ヨミとノエルの隙間を縫って飛来した雷の銃弾がその場所に着弾し、HPをぐっと減らす。

 相変わらずキモい狙撃精度をしているなと呆れつつ、影に潜ってボルトリントの体にできている影から飛び出して、背中を足場に跳躍する。


「『カラミティ』!」


 以前ヘカテーがエヴァーグリーン丘陵のボス相手に使っていた両手斧戦技『カラミティ』。

 それを発動させて斧を首に叩き付け、その先にある頭に向かって衝撃を発生させて追撃を食らわせる。


「───ォォォォオオオオオオオオオオオ!!」

「遠吠えみたいな咆哮! 天候支配、来るよ!」

「黙ることってできるかな、このクソトカゲ!」


 丁度まだ首辺りにいるので、跳躍して落下の勢いと体重を乗せた戦技でもないパワフルな一撃を脳天に叩き込む。

 硬い金属を殴っているような手応えに、そう簡単にはいかないかと舌打ちして『シャドウダイブ』で影に潜って安全に地面に降り立つ。


 空を見上げると、瞬く間に空が雷雲で覆われていき、ゴロゴロと嫌な音を鳴らし始める。ボルトリント自体も、頭にある角と翼脚、前足に雷をまとい始める。

 普通こういうのは、HPを半分削り切ってからとか、あともう少しで倒せそうというところで使ってくるようなものだが、こいつは最初の一本目のHPバーが少しでも減るといきなり使ってくる。

 この状態になると雷支配状態(シエル命名)となり、空からの落雷に加えて本体からの雷撃が始まる。

 もはやソロで勝たせるつもりないだろと運営のソロ狩り専に対する悪意をひしひしと感じるが、レイドボスなのでまあある意味で運営は正しいのだろう。やり方はえぐいが。


『口から微弱の雷が漏れているのが見えた! ブレス来るぞ!』


 繋げたパーティーチャットからシエルの警告が飛ばされてきて、まとめて消し飛ばされないようにとそれぞれ散開する。

 狙われていたのは、ヨミだった。


「ほらほらどうした黄色いデカいだけのクソトカゲ! お前のその雷は飾り物か!?」


 どうにもしっかりと人の言葉は理解しているっぽいので煽ると、明確に敵意を向けてヨミの方を鋭く睨み付けて、口から強烈な雷をほとばしらせる。


「『シャドウダイブ』!」


 一足先に影の中に潜ると、頭が影の中に入り切る寸前にブレスが放たれて、超ギリギリのところを掠めていく。

 リアルだったら髪の毛を持っていかれてブチギレているなと頭をさすり、影の中を高速移動して足元で押し出される。


「まずは足ぃ! その次も足ぃ!! 立たなくなるまで攻撃ぶち込んでひゃわあ!?」


 両手斧のラッシュを左前脚に叩きこんでいると、邪魔だと言わんばかりに内側に向かって引っ掻いてきた。

 みっともない声を上げて回避して直撃を免れるが、攻撃が当たりそうだったのと変な声をリスナーに聞かれたことのダブルパンチで、心臓が早鐘を打つ。使っている魔術のせいかもしれないが。


 引っ掻きを回避して少しだけ離れると、その口からは既に雷が漏れており、やはりあの威力のブレスを連射できるのはずるいと頬を引きつらせる。


「こっち向きなさい!」


 こういう超大型には緩急を付けた疾走はあまり効果がないので、とにかく武装状態のトップスピードを維持しながら全力で駆ける。

 それでもしっかりとヨミに照準を合わせているため、また影に潜ってやり過ごそうかとしていると、すさまじい勢いで飛んで行ったノエルがその勢いのまま顔面を殴り付けて照準を逸らし、明後日の咆哮にブレスが放たれて行った。


 筋力100でもあそこまで出ないはずだと思ったが、ノエルが飛んできた方角を見て納得する。

 ヘカテーが少しバランスを崩した状態で斧を振り抜いており、彼女が斧を振り抜くのに合わせて斧を足場に跳躍したのかと、曲芸染みたことをやってのけたのだなと苦笑する。

 速度や勢いによるダメージの加算があるため、高い筋力値のヘカテーとノエルならやればできるだろうが、ぶっつけ本番でやるようなことじゃないだろうと呆れてしまう。


「『スカーレットセイバー』───『ブレイドダンス』!」


 ヘカテーが素早くインベントリを操作して血液パックを五つ取り出し、血を操ってパックを破いて自分の周りに浮遊させてから、五つの大きな血の剣を作り上げる。

 昨日のダークガーディアンビーストの時と違って、深紅の長剣ではなく深紅の大剣だった。

 どんな大きさの剣にするのかは自由に決められるのかと、五本の血の剣と共に乱舞するヘカテーを見てますますあの魔術が欲しくなる。

 リアルに作り込まれているんだし、自分の魔術を弟子に伝授するシステムとかあってほしいなと思いながら、左手で銃の形を作って『シャドウバレット』で目を狙って牽制し、ヘカテーの連撃を叩き込ませる。


「ちぇすとおおおおおおおおおおおおお!!」


 現状一番ダメージを出しているヘカテーにヘイトが向き、口から雷を漏らしてブレスを放とうとするが、再びノエルが全力疾走してから跳躍して、その勢いで戦技『スマッシュメイス』を発動させて顔面を強打しようとする。

 しかしそれはフリだったようで、ぐりんとノエルの方を向いて顎を大きく開ける。


「え、ヤバ……!?」


 頬を引きつらせているのが見えて、助けに行こうにも時間が足りない。なら、ヨミは助けに行かずに真っすぐボルトリントに向かって走る。

 ヨミの後方から超速で一発の弾丸が追い抜いていき、ボルトリントの顔の左に着弾。爆発のような衝撃音を響かせて強制的に顔を動かせて、その衝撃に巻き込まれたノエルが吹っ飛び離れる。

 放たれたブレスから完全に逃れることはなく、左腕が雷ブレスに飲まれて消滅するが、ヨミが日々バトレイドで戦いベットされてきたアイテムの中にあった部位欠損修復アイテムをインベントリから取り出し、対象をノエルに指定して使用する。


「いぃ!?」


 手の平のアイテムが砕けてなくなったのを見届けると、顔を弾かれた黄竜がそのままブレスを放った状態で顔を振り払ってくる。

 いきなりの薙ぎ払いブレスに驚いてジャンプして躱すが、右足が飲まれて欠損する。

 これはまずいと血液パック(小)を取り出して一気に飲み、HPを回復させつつ種族固有の自己回復能力と、スキルの自己回復の重複でじわじわと足を再生させていく。


 とはいえ、吸血後の回復を行っても欠損の修復には時間がかかる。『血濡れの殺人姫』を使えば、十秒足らずで再生できるがあれは奥の手だ。

 一分以内に倒すことができなければ、その瞬間ヨミは三十分間はただの足手まといになってしまう。

 なのでここは最後の最後までそれを温存しておき、ここぞというタイミングで使うことにする。


「うげえ!?」


 ノエルが怒りの『スマッシュメイス』を顔面に叩き込み、血の大剣を引き連れたヘカテーがフィニッシュにその大剣を体に突き立てた瞬間、地面にAoEが発生する。

 支配している空からに落雷攻撃が来る証。発生してから四秒後というのは分かっているので、体内時計が正確なノエルにタイミングをお願いする。


「ヨミちゃん!」


 影の中に潜ってやり過ごそうとしたが、爆速でやってきたのえるに横抱きに抱え上げられる。

 小さくなったから仕方ないのだが、女の子にお姫様抱っこをされるとは思わず、思わずときめいてしまう。

 そのときめきも、幾重にも重なった雷鳴によってかき消されてしまったが。


「回復までどれくらいかかる!?」

「だ、大体一分くらい」

「ならその一分間、全力で私が抱えて走る!」

「む、無茶はしないでね?」

「へーきへーき! ヨミちゃん軽いし!」


 にぱっと笑みを浮かべながら言うノエル。

 ここは大人しく彼女のその厚意に甘え、欠損した足の自動再生に専念する。

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