来たる王への決戦へ

 シエルからの救援要請を受けたヨミは、アルマが一度フリーデンに戻ってくるというので彼を待つついでに、ワンスディアとフリーデン以外開放していないノエルと他の街は開放しているがクインディアまで行っていないヘカテーを呼んでおいた。

 二人がログインして一時間近く待ってからアルマが到着し、少し休憩させてからまたクインディアまで案内してもらった。

 街に着いているのだからワープポイントくらい開放しておけと言いたかったが、何でも街に入る前にクインディアに駐留している国軍に連れていかれてしまい、そこで色々と話をする羽目になってしまったため解放できていないそうだ。


「づ、づがれ゛だ……」

「お疲れアルマ。はいこれ」

「さんきゅー……」


 へとへとに疲れ切ったアルマに水筒を渡す。

 道中、エネミーに何度か襲われつつも全員無事にクインディアに到着した。

 ワンスディアという最初の街を含め、全部で二十の大きな主要都市を保有している大国、アンブロジアズ魔導王国。

 魔術によって発展したFDO内における最大級の国家で、北方にあるノーザンフロスト王国という同程度の規模の国とは同盟関係にある。

 クインディアはアンブロジアズ王国の十五番目の都市で、プレイヤーが解放している最前線のシクスティアルの一つ手前だ。


 ワンスディアとは比べ物にならないほど発展しており、かなりの大規模な街だ。見て回るだけでも余裕で一日が潰れるだろう。

 街並みは中世ヨーロッパのような感じだが、魔術によって発展したことや景色などが中世っぽいだけで技術は現代よりも進んでいるため、魔術メインに科学が上手いこと溶け込んでいる。

 映画でよく見るSFファンタジーのようなその光景に、思わず胸が高鳴ってしまう。

 ……前に、門をくぐる時に門兵に名前を確認されて、そのまま四人揃って車に押し込まれてしまっているので、自分の足で歩けていないのと正面に座っているごっつい鎧を着た騎士がいるせいで、車窓からの景色を楽しむことができないでいた。


「シエルの奴、一体何やらかしたんだよ……」

「赤ネームになっていないだけで、実はゲーム内で犯罪者になっちゃってたり……?」

「PKじゃないなら許します」

「ぴーけーってなんだよ、ヘカテー。シエル兄ちゃんは別に何かしたわけじゃないぞ?」

「軍に連れてかれた経緯を教えてほしい」

「俺もよく分かっちゃいないんだけどさ、門兵に兄ちゃんが持ってる拳銃見せたら急に物々しい雰囲気になってさ。あれよあれよという間に騎士が集まって来て、そのまま連れてかれた」

「あのリボルバー? 確か魔銃アオステルベンだっけ?」

「貴公はあの銃のことを御存じか」

「ぴぇ!?」


 何も言わずに無言でいたので耐えきれずにヨミからぽつりと零し、そこから四人で会話をしていたら騎士がそこに入り込んで来た。

 バリトンのダンディなボイスで声フェチの人なら昇天間違いなしなのだが、兜をかぶっているせいで表情を一切読み取ることができないし、声もあまり起伏がないのでどんな感情なのかもわからない。


「……すまない、驚かせようとしたつもりではないんだ」

「い、いえ、こっちが勝手に驚いただけですので」


 今の少しのやり取りで、シエルは何かとてつもないことをしでかしてそれに自分たちも巻き込まれたわけじゃないと知り、とりあえずは安心する。


「それで、あの少年の持つ魔銃のことを御存じなのか」

「知っているというか、シエルがキークエスト……えーっと、特別な依頼をこなした時に遺跡で見つけたって言ったのを聞いて、昨日それで戦っているのを見た程度しか」


 まず魔銃とは何ぞやというところから始まるくらい、ヨミは魔銃について知らない。


「魔銃アオステルベンは、今から二百年ほど前にこの国の当時の国王陛下が、竜に対する高い特効性を持つ武器を作るようにと銃職人に勅令を出して作らせたものだ。五年かけて研究と試行錯誤を重ねてようやく一丁だけ完成し、当時の一番の銃の使い手に託して黄竜の討伐に向かわせたのだが……銃共々その銃士が戻ってくることがなかったのだ」


 それを聞いて合点がいった。

 シエルは黄竜ボルトリントを倒した際、それが守っていたと思しき遺跡から魔銃アオステルベンを見つけたと言っていた。

 伝説上の竜には武器や金銀財宝を集めて巣に蓄えるという習性があるとあるが、これはそういう理由でその遺跡にあったわけじゃないだろう。


 魔導王国が長い時間をかけて開発した、竜特効の付いた銃器。それは自分に限らず、主たる王やその上の竜神にとって脅威となる可能性がある。

 いずれ自分たちを殺すかもしれない武器が再び人の手に渡るのを恐れた黄竜は、二度と人の元に行かないようにするために遺跡に封印し、そこを守護していたのだろう。


「つかぬことを聞くが、貴公はあの少年とはどういった関係で?」

「えーっと、ギルドメンバーで幼馴染です」

「ほう、ギルドですか。ギルド名をお伺いしても?」

銀月の王座ムーンライトスローンです。まだ建てたばかりで実績も何もありませんけど」

「ふむ……。あの少年は、君が赫竜ロットヴルムと戦って倒しただけでなく、かの赫竜王相手に戦って生還したと話していたが」

「何話してんだあの外道魔術師兼ど畜生ガンナーめぇ……!?」


 NPCからすれば竜王は決して敵わないレベルの大災害そのものなので、それとまみえて生還したなんて知られたら、とてつもない大騒ぎになる。

 フリーデンでその片鱗を感じ取り、そのことを知っているアルベルト、アルマ、アリア、セラ、クロムにはとにかく黙っていてもらうようにお願いしてある。

 可能な限りNPC相手には話さないようにしているのに、あのガンナーはあっさりとゲロッたらしい。これはきついお仕置きが必要かもしれない。


「かの竜王相手に生還できた冒険者は耳にしたことがない。もしその話が真なのであれば、ぜひとも協力していただきたい。無論、こちらからは最大限の援助をしよう」

「協力?」


 頭を下げて、協力をお願いしてくる騎士。

 てっきり自国の軍に抱え込もうとしているのではと思ったが、そういうわけでもないらしい。


「我々は現在、黄竜王討伐に向けて準備を進めている。貴公ら銀月の王座に、その討伐作戦に参加していただきたいのだ」



 軍が滞留している軍事施設に通されたヨミたち。

 建物に入ってすぐは余所者ということであまり歓迎されているような感じではなかったし、実際途中で余所者を招くなんてと食って掛かってくる兵士もいた。

 そういった人はシエルの仲間、特にヨミはシエルが所属しているギルドのマスターであることと、ロットヴルムを単騎討伐した実力者であることを明かすことで、渋々と言った様子だったが下がらせていた。


 そうして歩くこと数分。

 シエルが待っているという客室に通され、中に入ると呑気にお茶を飲んでいるシエルがいた。


「お、来たか。遅かったじゃないk」

「ちぇすとおおおおおおおおおおおおお!!」

「うおぉ!? あっぶねえ!?」


 こっちを振り向いた瞬間にヨミが全力で床を蹴って急加速し、にやにやとしたり顔で笑みを浮かべていた顔面目掛けて飛び蹴りを放つ。

 反射的に反応して回避されてしまい、舌打ちしながら着地する。

 そして一気に詰めよって掴みかかろうとするが防がれ、手四つの状態になる。


「いきなりなにすんだお前!?」

「なーにがいきなりなにをすんだ、だよ! お前、ボクがNPC相手にはあのこと隠してるの知ってるくせに何であっさりばらしたんだよお!?」

「俺が一人でボルトリント倒したってこと信じてもらえなかったからだよ! だったら彼らからすれば眉唾でも王相手に生きて帰ってこれた奴がマスターやってるギルドに所属しているって話をしたほうが、信じてもらえそうだったんだよ!」

「だからって勝手に言うな!?」

「いだだだだだだ!? ちょ、おま、これヤバい! 痛いって放せ!?」


 思い切り両手に力を込めると、痛みから逃れようともがくがヨミの方が筋力が高いので逃げられずその場にとどまる。


「うーん、これは流石にシエルが悪いわねえ」

「シエルお兄さん、これはちょっと擁護できないです」

「町でも父さんたちとクロム爺にも、絶対に他に言いふらすなって釘刺してたしなー。これは兄ちゃんが悪い」

「誰一人として擁護してくれる奴がいねぇ!? ちょ、マジで誰か助けて!? 手がっ、手が潰れるっ」


 誰もシエルのことを擁護しようとしないので、これはまずいと本格的に思ったのか聖属性魔術の呪文を唱え始めたので、脅しだと分かっていても握り潰そうとしていた手を開放する。


「おー、痛え……」

「次やったらPvP十本勝負で本気でぶちのめす」

「十本勝負のお前のやり口は知ってんだが」

「一本もお前に勝たせず十本全部勝つ」

「言ったな? 次やる関係なしにすぐにでもやってやろうか」

「はいはい、そこで変な闘争心燃やさない。いつまで経っても本題に行けないでしょ。騎士のおじさんも困ってるよ?」

「おじ……。こほん、失礼」


 被っている兜で顔は見えないが、ノエルの「おじさん」呼びにかなりショックを受けているように見えた。

 ああ見えて実はかなり若い人なのではないかと思うが、おじさんとは呼べない年齢でこのバリトンボイスは無理がある。

 とりあえず促されてソファに腰を掛ける。話の途中でヨミとシエルがまた変な対抗心を燃やさないように、ヨミの隣から順番にノエル、ヘカテー、アルマが座る。


「まずは、事情を話すのが大幅に遅れてしまい申し訳ない。そちらのシエル殿も、最初は気が気ではなかっただろう。後ほど、迷惑料を払おう」

「いえ、気にしないでいいですよ。ある程度はこいつのバックボーンを知っているつもりですから」

「ふむ、そうか。いや、しかし迷惑をかけたのは事実だ。個人的に支払おう。……っと、すまない。客人の前だというのに兜を被ったままなのはよくないな」

「というか、街中なのに兜被っているのもすごいと……」

「ヨミちゃん、しっ」

「うい」


 そんなやり取りをしているうちに、騎士が兜を外す。

 ずっと顔を隠していた兜の下に隠れていたのは、思わず舌打ちをしたくなってしまうほどの美形だった。

 鼻から左目尻あたりまで大きな傷跡があるが、不思議とそれすらもその美形を引き立たせるアクセサリーのように見えてしまう。


 真っ白い髪に青い瞳。すっと通った鼻筋。まさにイケメンだ。

 声がバリトンなのだがノエルにおじさんと言われて少しショックを受けていたことから、二十代後半かそこいらだろうと思っていたが、もっと若かった。

 二十代前半か、最悪十代後半とかそこいらだ。あまりにも若い。

 それと何となく、兜を外さずにいた理由が分かった。顔に傷があるとはいえどこれほどの美形だ。それはそれは、さぞ女性から黄色い声援をたくさん向けられるだろう。


「……いけ好かない感じのイケメンめ」

「シエルぅ?」

「なんでもないっす」


 ノエルににっこりを笑みを浮かべられて、頬を引きつらせながら顔を反らす。

 お前もリアルだと十分イケメンの部類に入るだろうが、と突っ込んでおく。ヨミのリアルは、男性時代ですら女顔と言われて女の子から何故か妹扱いすら受けたことがあるというのに。


「改めて、アンブロジアズ魔導王国軍所属、ガウェイン・ソールエクスと申します。以後お見知りおきを、銀月の王座の皆様方」

「よろしくお願いします、ガウェインさん。ボクら主にシエルのせいで時間を取らせてしまっていますし、本題に入りましょう」

「今何かすげー含みのあるいい方しなかったか?」

「キノセイダヨ」

「はいはい、一々突っかからないの。話が進まないじゃない」

「お二人は仲がよろしいようだ」


 ふっとその美顔に笑みを浮かべる。

 ただそれだけだというのに絵になるなと少し腹が立つが、ノエルの言う通り一々変な反応をしていては進むものも進まない。


「では早速お聞きしますが、魔導王国軍が黄竜王の討伐の準備を進めているという話は、本当ですか」


 プレイヤーによって判明している竜王は、ヨミのを含めて五体。三原色の三体と、金色、灰色の二体のみだ。

 シエルのみならず、ヨミたちのユニーク武器を狙ってPKを仕掛けてきたあのPKギルドは、黄竜王への挑戦権の獲得ができるキークエストをクリアしているため知られているものと思っていたが、グランド関連は基本秘匿される。

 理由としてはいくつかあるが、一番にあげられる理由は、グランドエネミーは一度討伐したらそれまでということだ。


 名称はグランドエネミーとなっているが、これを他のゲームで表す場合はユニークモンスターと呼ぶものの立場にあるそうだ。

 文字通りその世界に一体しか存在しない超希少なエネミー。それ故に強力で、それ故に討伐して得られる報酬も破格だ。

 グランドエネミーを倒したらどんな報酬が与えられるのか。それは未だに不明なままだが、一年間トップ層が全力で挑み続けてもなお倒せない化け物だ。もしこれで破格なものでなくしょぼいものだったら、確実に大荒れする。


「その通りだ。黄竜王、名をアンボルトという黄色の竜王の討伐は、この国最大の悲願だ。初代国王にして大陸随一の魔術師だったマーリン様が、生涯を賭してもなお叶わなかった竜王殺し。900年というあまりにも長すぎる竜による支配に一石投じるための第一歩を、我々の代で成し遂げたいのだ。……あまりにも長すぎる支配と、いくつもの国が奴らに滅ぼされ、遂には竜討伐に立ち上がる国すらなくなりつつある。この現状を打破する者がいなくなってしまえば、待っているのは確実な破滅だ。我々が繋ぎ続けてきた想いと歴史が、人ではないあの理不尽な獣共に滅ぼされてしまうのはごめんなのだ。だからこそ、敵うはずがないと笑われようが、私は剣を持ち、軍の最前に立ち、自ら死地に赴くのだ」


 最初の街は主にプレイヤーがいるため、暗い雰囲気はなくむしろ明るく活気的な場所だ。そこに住むNPCたちも、今が人の世ではないというのを忘れているかのように明るく過ごしている。

 フリーデンは近くに王が住んでいる。その一点においていつ滅んでもおかしくない状況ではあるが、滅びずに残り、いつ襲われるとも分からないのに故郷を捨てずに人が残っている。

 思わずそんなことなど忘れてしまうほどに、牧歌的で穏やかな町。静穏郷の名に恥じないほど静かで、美しい場所だ。


 そこは確かに、先人たちがそこに根を張って生活をし、そこから脈々と人と想いを繋げていった証だ。

 データ上の設定でしかないが、確かに歴史を築いてきた。それを、人ですらないものに奪われてしまうと想像してみよう。そんなもの、


「反吐が出ますね」

「ヨミ殿?」

「ボクは、人間ではありません。歴史を見ればむしろ、人間と敵対する魔族です。そんなボクでも、許せないものと言うのはあります」


 真っすぐガウェインの目を見る。


「ご先祖様たちが大切にしてきた想いという名の、決して褪せず朽ちずに残り続ける宝を、ワケもなく奪っていく理不尽です。それが純粋な自然災害ならまだ目を瞑れる。でも、それが意思のある生き物であるのなら、目なんか瞑っていられない。そんな奴がいるというなら、その首を掻き切ってやります」

「それは……恐ろしいな」

「ボクたちは、死んでも死ぬことはありません。体が腐り果てようが粉微塵にされようが、必ずベッドの上で復活します。でもあなたたちはそういうわけにも行かない。死んだらそこでおしまい。それなのに、死が恐ろしいと知っているのに死を恐れずに理不尽に立ち向かおうとしている。それは蛮勇と呼ばれると思いますが、ボクはあなたたちのその行動を誰一人にも蛮勇なんかと言わせません」


 隣を見る。

 ノエル、ヘカテー、シエル。全員ヨミが言おうとしていることを察して、ノエルは嬉しそうに、ヘカテーはふんす、と可愛らしく覚悟を決め、シエルはやれやれと肩を竦めつつも、その目には確かな意思を感じる。


「あなたたちアンブロジアズ魔導王国国軍主導の黄竜王アンボルト討伐作戦、是非ともボクたち銀月の王座も参加させてください」


 真っすぐ逸らさずに、ガウェインの目を見て言う。

 そもそも、配信をすることがメインとはいえヨミとてゲーマー。きちんとストーリーも進ませるつもりでいた。

 黄竜王討伐に向けて準備をしていると話を聞いた時点で、最初から断るつもりなど微塵もなかった。


「ありがとう、ヨミ殿。ありがとう、銀月の王座の皆様方」


 感極まったように、ガウェインは頭を下げ感謝を述べる。

 こうして、ヨミたちは黄竜王アンボルトの討伐作戦に参加することが決定した。


『グランドクエスト【雷鳴に奉げる憎悪の花束】が発生しました』

『グランドクエスト【雷鳴に奉げる憎悪の花束】が更新しました』

『曇天に轟く雷鳴の王は決戦の地にて挑戦者を待つ』


 四人のプレイヤーの眼前に、ウィンドウを表示しながら。



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