魔術師ガンナーの救援要請

 FDOにインしてすぐにギルドメンバーを確認すると、ノエルとヘカテーはまだいなかったが、シエルがログインしていた。

 なんだかんだで楽しんでいる様子だったし、世界大会でしばらくお預けを食らっていたこともあって、できなかった分を全力で楽しんでいるのだろう。


『シエル、今どこにいる?』


 とりあえずメッセージを送っておいた。

 何かに集中していない限りはすぐに返事が付くので、十秒経ってもないということは今頃なにかと戦っているのだろう。


「ヨミお姉ちゃん!」

「お゛っ!?」


 どこにいるのだろうかと、ロットヴルムの討伐後に融通してもらった空き家から外に出て体をほぐす様に伸びをしていると、後ろから何かにに飛びつかれる。

 それが丁度腰辺りで少し後ろに体を反らしている時だったので、今の姿で出していいものじゃない声が出てしまった。


「あ、アリアちゃん……。不意打ちで腰にタックルするのはやめてね……」

「? はーい」


 飛びついてきたものの正体、アリアはあまりよく分かっていなさそうな顔をしながら返事をする。

 セラのことを助けて以降それはもうものすごく懐かれていて、フリーデンの中にいる時はカルガモの如く後ろをちょこちょことついてくることが多い。

 鬱陶しいと感じることは微塵もなく、素直で可愛い妹ができたような気分にさせてくれるので、強く言うことはできないし強く言うこともない。


 腰から離れてくれたので振り返ると、にこにこと人懐こい笑みを浮かべているアリアがいた。

 ずっと思っていたが、幼いから可愛いが先に来るがアリアはかなりの美人顔だ。成長すればセラのようなものすごい美人になること間違いないだろう。

 それはそれとして今はとても可愛いので、彼女を見ているとのえると詩月、母の詩音がやたらと可愛い系の服を着させてこようとする気持ちが、なんとなく分かってしまう。


「なーに? 何か顔に付いてる?」

「ううん、何でもない。アリアちゃんは今日も可愛いなーって思ってただけ」

「えっへへー、ありがと! ヨミお姉ちゃんもいつもきれいだよ!」

「ありがとう」


 抱きしめたいという衝動をよく抑え込めたと自分でも思う。

 それを抑えるために返事が少しそっけなくなってしまったのは要反省だが、それくらい今のアリアは可愛かった。

 詩月もこれくらい素直でいてくれたらと思うが、あの子はあの子で自分の欲求に素直なので、一周回ってアリアと似ているか? とよくわからないことを考える。


「そうだ、アリアちゃん。昨日ボクが連れて来たシエルって言う男の子を探してるんだけど、どこにいるか知ってる?」


 ヨミが連れて来た人ということで無条件で即信用して懐いていたので、ヨミよりも先にログインしていたシエルの場所を知っているのではと聞いてみる。


「シエルお兄ちゃんなら、お兄ちゃんと一緒に街に行くって言ってたよ。シエルお兄ちゃんはクインディアまでの道知らないから、案内してほしいってお兄ちゃんにお願いしてた」

「そっか。教えてくれてありがとう、アリアちゃん」


 優しい手付きで柔らかな髪をそっと撫でる。

 とりあえずシエルが街までの道をアルマに案内してもらっていると知り、あいつなら大丈夫だろうと後は追わないようにする。


「さってと、それならボクは今日も色々とお手伝いして回ろうかな。そういえばまだ木こりのおじさんのお手伝いが残ってたんだっけ」


 お駄賃やお菓子、野菜などの報酬と好感度の上昇しかもらえない、いわばNPCからのお手伝いクエストがある。もはや好感度はこれ以上上らないのだが。

 魔族バレした後でもフリーデンの住人からの好感度は下がっておらず、むしろ自分から積極的に色々手伝って回ったりしていることと、ロットヴルム討伐も相まってかなり高い。というかカンストしている。

 更にその好感度が、ノエルたちを連れてくるまでは全てヨミ一人に集中して分散することもなかったため、町人全員から可愛がられている状態だ。


 ギルドを建ててPKに襲われた日も、帰ってきたらそれはもう盛大な宴まで開かれて、何が何だか分からなかったので驚いたものだ。

 セラを助けるためとはいえ、赫竜を討伐したため結果的にフリーデンそのものを一時的に救ったことになり、それを成し得たのがヨミ一人ということで好感度はカンスト状態。

 英雄だなんだと騒がれて、救世主ヨミのための宴だと言われた時は恥ずかしくて仕方なかった。

 酒が入った大人たちが酔った勢いでヨミの銅像を建てるとか言い出した時は、顔を真っ赤にして涙目になって必死に止めたのはもはやいい思い出だ。


 こんな風に町人からはすっかり受け入れられていて、もはや特に何もしなくてもいいレベルになっている。

 たった今も、アリアと少し戯れているところに近所のおばちゃんがリンゴをいくつか渡してくれた。

 若い人たちからは凄腕の冒険者という印象が強いらしいが、中年から高齢の町人からは娘か孫みたいな扱いを受けている。

 見た目的に仕方がないのだが、子供扱いされているためそれだけは非常に解せない。もっと身長をいじれるようにしてほしいと運営に抗議のメールを送り付けたいくらいだ。


 そんな冗談はさておいて、シエルが戻ってくるかのえるたちがログインするまで時間がかかるだろうから、ヨミはそれまであちこちお手伝いをして回ることにした。



 一時間後、ヨミは五十代半ばの男性NPCと一緒にエネミーに囲まれていた。

 エネミーが出て来た時点でNPCの男性は動けなくなってしまい、大きな斧を手に持っているのに戦力としては全く期待できない。

 そもそもこういう荒事とは無縁な生活を送っていただろうし、いきなり「斧持ってんだから自衛くらいしろ」と言われても無理だろう。


「まあいいや。丁度使ってみたいのがあったし。『シャドウアーマメント・デスサイス』」


 昨日の熟練度・スキル上げで作れるようになった新しい武器。

 それは読んで字の如く、大鎌。

 重心が先端に寄っているし刃が内側についているしでかなり癖が強く扱いにくい武器種だが、昨日これを作れるようになってからずっと使っていたこともあり、ある程度は使えるようになっている。

 そしてその熟練度は10を超えて、初期技を含めて二つの戦技を使うことができる。


 襲撃をしてきたのはアッシュコングという大きな灰色のゴリラだ。

 奥の方に一体大きな個体がいて、その前方にそれよりも小柄の灰色ゴリラが群れを成して守るようにしている。

 初めて見るエネミーなので、調べるコマンドで情報を取得してみることにする。


『ENEMY NAME:アッシュコング


群れを成して行動する大深緑の森に生息する中型のエネミー。オスではなくメスが群れのリーダーとなり、一匹のメスが大勢のオスを囲っている。オスの数が多ければその分だけ灰色ゴリラ界隈では力があるとされる。

人間に限らず様々な種族の男性からは酷く恐れられている。巣から救出された人間族の男性曰く、あそこで過ごした日々は決して思い出したくもない、記憶から消してしまいたいほどの悪夢とのこと。関連性は分からないが、下半身に触れられるのを極端に怖がるようになってしまうという』


「………………………………うん」


 倫理解除コードもあるし一部で十八禁コンテンツがあるとはいえ、それを除けば基本は全年齢だ。上手く言葉を使って隠しているが、奴らが一緒にいる木こりのおじさまを見る目と、そのおじさまの怯えようから察するに、そういうこと・・・・・・なのだろう。

 ヨミに対しては全くそういう目は向けられていないし、むしろとてつもない殺意の籠った目が四方から向けられてそっちの方がある意味怖いのだが、もし女体化せずにいて男性アバターでここにいたらと思うと、嫌な汗が止まらない。

 これは精神衛生的にもよろしくないので、さっさと駆除してしまおうとインベントリから血液パックを一つ取り出して半分ほど嚥下する。


「『ブラッドメタルクラッド』───『ブラッドイグナイト』」


 大鎌に血をまとわせて硬化させ、続けて自分の血を燃焼させて身体能力を大幅に向上させる。

 体が焼けるような熱さを発し、燃えて蒸発した血が赤い霧となって立ち上る。大鎌にも硬質化した赤黒い血がまとわりついており、その様はまさに血まみれの吸血鬼といった様相だ。


「先手必勝! 『ナハトクリンゲ』!」


 吸血バフと血の燃焼による強化、装備スキルの筋力強化と戦技のシステムアシストも合わさったヨミは、一歩目から最高速度に達する。

 こういう群れというのは真っ先に指揮系統を潰すことで、その後の動きと言うのがかなり悪くなる。

 調べるコマンドのおかげで、メス個体が大量のオスを従えており、群れの中にいる唯一のメスが自分の身を守るためにオスに指示を出している、と推測できる。

 あくまでオス個体が多ければ、灰色ゴリラ界隈という謎の界隈の中で力があるという表現から、そうなのではないかという推測でしかないのだが多分合っているはずだ。


 なので群れの間を縫うように真っすぐ、とはせずに近くにいるやつらから大きく弧を描いて横薙に振るった大鎌の餌食にする。

 普通の剣や槍のように振るうと柄に当たって斬ることはなく打撃になるが、戦技として行動しているためしっかりと刃で斬り付ける。


 単発の前方の広範囲を一気に薙ぎ払う戦技で複数体がまとめて両断され、ポリゴンとなって消失する。

 振り抜いたところで戦技が終了するが、そのまま振り抜いた勢いを使ってくるりと回転して、遠心力をたっぷりと乗せて今度は自力で薙ぎ払う。


 振り抜いた大鎌をぴたりと止めて右から左へ薙ぎ、左下から右上へ切り上げる。

 後ろから襲って来た灰色ゴリラを、ノールックで上半身を前に倒しながら右足を振り上げて顎を蹴り上げ、前から攻撃を仕掛けてきた灰色ゴリラの攻撃は影に潜って回避。

 すぐに飛び出して抜いた紅鱗刃でその首を狩り取り、ヨミを無視して木こりのおじさんに向かって行ったやばいやつは、『シャドウソーン』で縛ってスリップダメージを与えつつ頸椎に投げナイフを投擲して即死させる。


 こうして使って改めて思ったが、癖はめちゃくちゃ強いし正直かなり扱いにくい武器で、まだ振り回されているという自覚はあるが、自分の筋力値と魔力値が高いということもあって切り裂いたり引き裂く力がかなり強い。

 何より、横に振って攻撃して柄に当たって防げたとしても、そこから自分の方に引き寄せればギロチンのように首を落とすこともできる。

 初期装備として存在しているので対処法というのはある程度出回っているかもしれないが、今は使っていないが昨日覚えた新しい影魔術と併用すれば、回避はほぼ不可能なすさまじい初見殺しになるかもしれない。


 だがそれ以上に、


「やっぱこの武器楽しい……!」


 癖は強いし扱いづらいし振り回されているしでいいことはあまりない方なのだが、上手く振るえれば相手を次々と屠っていくというその快感と爽快感、そして大鎌という厨二でロマン武器。

 血魔術の補強も相まって切れ味はすさまじく、豆腐のようにとは行かずともスパスパとエネミーが両断されて行くその様は、一種の麻薬のように依存性を感じてしまう。


 雄たけびを上げて突撃して来て大きな拳で繰り出された突きを柄で受け止め、左足で踏み込みながら鋭い柄頭で側頭部を思い切り殴りつけてから、左足を軸にして回転して鎌のように振った鋭い回し蹴りを首に叩きこんで地面に捻じ伏せる。

 クリティカル判定にはならなかったがごっそりとHPが減り、起き上がろうとする前に背中に大鎌を突き立てて心臓を貫く。

 そのままその体を引き裂くようにしながら引き付けて、その場で宙返りしながら後ろから来たアッシュコングを股下から脳天まで両断し、その勢いのままその先にいるひときわ大きな体を持つアッシュコングに向かって全力で大鎌を投擲する。


 ブゥン! という音を立てて回転しながら大鎌が襲い掛かるが、近くにいたオス個体が盾となって大鎌を防ぎ、その凶刃は届くことはなかった。

 だが真の目的はそれでダメージを与えることではなく、一瞬だけでいいからヨミから意識を外すこと。

 目論見通り一瞬だけ大鎌に意識が向いたため、『シャドウダイブ』で影の中に潜り込んで五秒の間にボスゴリラの影まで高速移動した後、追い出されるように飛び出す。


「せー……のぉ!!」


 影から飛び出してきたヨミに反応が遅れたボスゴリラは、大きな手の平で小柄なヨミを捕まえようとするがそれをすり抜けるように回避し、それを足場にして顔まで跳躍する。

 そして強く握った右手を顔面に叩き込み、地面に倒れさせる。


「『シャドウアーマメント・デスサイス』!」


 すぐに右手に影の大鎌を生成し、落下しながら大きく振りかぶって体を空中で捻りながら弧を描いて振るう。

 落ちてくるヨミを迎撃するように腕が振るわれたがその一閃で無情にも縦に両断され、その勢いのままもう一度大鎌を振るう。

 二度目の一閃は首を的確に捉え、やや硬いものを斬るような感触と共に振り抜かれる。


 勢いを殺す様に転がって立ち上がり、周囲を確認する。

 群れのボスが首を落とされたことで、取り巻きのオスたちが見るからに狼狽えている。

 こうなってしまえば統率の取れた行動というのはできなくなるので、ここからはヨミの一方的なハントの時間だ。


 元々あまり統率が取れていなかったのが更にめちゃくちゃな動きになり、残党を全て狩り尽くすのに二分もかからなかった。

 数が数だったので大量の素材が手に入り、フレーバーに上質で肌触りのいい毛皮で、服として加工したがる服飾職人が大勢いるとあったが、このゴリラ共の生態を知った後だと嬉しくもなんともない。

 しかしお金にはなるとのことなので、後でワンスディアで売りさばいてしまおうと脳内リストに書き込む。


「いやー、ヨミ嬢ちゃんってマジで強いんだな。アルマ坊ちゃんがずっと強い強いって言ってたし、赫竜を倒したんだから疑っちゃいなかったけど、こうして目の当たりにすると凄いな」

「ありがとうございます、おじさん。怪我はないですか?」

「あぁ、嬢ちゃんのおかげでなんともないさ」

「それはよかったです。……ん?」


 途中で離れてしまったので、何ともなかっただろうかと心配したが杞憂に終わり安堵すると、ポンッと通知音が鳴って視界端に小さくウィンドウが開く。

 それはメッセージを送ったシエルからの返事だった。

 随分と返事が遅かったなと思いながら届いたメッセージを開くと、そこに書いてあった文字に思わず首をかしげてしまう。


『シエル:厄介なことになった、助けてくれ』

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