週一検査と情報収集

今日は3話連続更新します


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 ギルドメンバーを三人確保でき、ヘカテーがうつらうつらと舟を漕ぎ始めるまで熟練度・スキル上げに勤しんだ翌日。

 いつまでのノエルに頼っていられないからと、この間彼女と一緒に買ったパーカーを着てフードを深くかぶり、日傘をさして病院に向かった。

 フードのおかげで視線は四方八方からということはなかったが、やっぱり正面から来る人からは驚かれたような顔をされる。

 そのたびに体が少し強張りそうになるが弱気になるなと奮い立たせて、電車も使って頑張って病院まで一人で行った。


 男から完全に女性に変化してしまう突発性性転換現象。

 それは現代の医療科学からは考えられない現象で、この現象が始まった一年前から世界中で研究がおこなわれている。

 詩乃はその被害者の一人であり、いきなり女の子になったから体に異常がないかを調べるために、しばらくは週に一回は通院してほしいと言われていた。

 今日は前回病院に行った時から一週間以上経っているので、午前中を全て使って様々な検査を受けることになっていた。


「はい、血を抜くねー」

「ぅ……」


 採血は中学一年の頃に、迷走神経反射を起こして倒れて意識を失ったことがあるため、ベッドの上で横になりながら行うようにしている。

 もう流石に平気だろうと女体化後に椅子に座ったままやったが、またもや意識を飛ばしているのですっかり若干トラウマっぽくなっている。


 担当の女医さんに左腕に針を刺され、血が抜かれていくという感覚に顔を歪める。

 横になっていてこれなのだから、起きた状態でやったらまた倒れるだろうなと憂鬱になる。


「はい、お疲れ様。しばらくこのままでいてね」

「はい……」


 血を抜かれてなんだか頭がくらくらする。今日の昼は母親が家にいるので、ニラレバでも頼んでおこうかとぼんやりと考える。


「そうだ、一つ相談したいことが」

「相談? 何か悩み事?」


 詩乃が相談しようと思っていたこと。それは以前のえると一緒に出掛けた際、彼女の首やうなじを見た時に、髪の毛で隠れてしまうまで目が釘付けになってしまっていたこと。

 のえるは魅力的な女の子だし、幼馴染の贔屓目なしに見てもかなりの美少女だ。

 思春期男子にとってあの容姿とあのスタイルは猛毒であり、同時に独占したいという欲の対象になり、そこそこの数の男子から言い寄られていた。


 詩乃も心は男のままなので、あの時見えたのえるのうなじに目が釘付けになっただけと言えばそれまでなのだが、どうにもそれだけじゃないように感じた。

 もしただ目が離せなくなっていただけなら、あんなふうに鼓動が速くなることもないし、そこだけに集中しすぎて周りの音が聞こえなくなるなんてことも、指ですくい上げていた髪を下ろした時に残念だと思うこともないはず。

 これらのことを素直に自分の担当医に話すのは恥ずかしいが、何かを知ることができたらと恥を忍んで打ち明ける。


「なるほど……。一つ聞くけど、別にのろけってわけじゃないんだよね?」

「の、のろ……!?」

「君が元男の子なのを知っている身から言わせてもらうと、その相談て最早恋愛相談とかそれに近い類に感じるんだけど」

「れ、恋愛なんてそんな……!? そ、そりゃのえるは綺麗だし魅力的な女の子ですけど……。でも、決してそういう意図で話したわけじゃなくてですね!?」

「まあ確かに、女の子慣れしていないにしてもそれはちょっとおかしいね。その日以降は特にそういうのはないの?」

「えっと……昨日一緒にお風呂に入った時にありました」


 PK集団相手にメスガキムーブを行ってしまったため、昨日の夜はのえるがゲームを終えた直後にお泊りセットを持って家に直撃してきて、お風呂に連行されてそのままの流れで寝る時に抱き枕にされている。

 ロットヴルム討伐後のお風呂の時は特になかったのに昨日はのえるを見た時に、お出かけの時と同じようなことが起きて目が離せなくなり、そのおかげで寝る直前まで散々からかわれている。

 抱き枕にされている時も、お風呂上り後の火照った体に石鹸のいい匂いとのえる本人のほのかに甘い匂いに刺激されて、性欲とはまた別な何かが詩乃の小柄な体の中で暴れていた。

 これは流石に言えないので黙っておく。


「うーん、特に思い当たるものはないかなあ。何か心因的なものだとは思うけど」

「心因的……」


 思いつくことと言えば、のえるのスキンシップが詩乃が男時代の頃と比べると激しくなっていて、色々と柔らかいやらいい匂いやらを超至近距離で感じるようになったことくらいだ。

 異性として意識し始めてから距離を置いていた分を取り戻す様にスキンシップしてくるため、心だけ思春期男子にはかなりの劇物だ。


「まあ、目が離せなくなるだけで特にこれといった問題もないみたいだし、あまり深く考える必要はないんじゃない?」

「そんな適当でいいんですかね先生」

「心因性の場合だと私の専門外だから何とも言えないのよね。今さっき言ったように特に何か支障をきたすってわけでもないんでしょ?」

「それは、まあ」

「なら大丈夫だとは思うけどね。あ、でも何か体調に変化とか起きたらすぐに来て頂戴。突発性性転換現象は症例が少ないから、患者に何が起こるのか分からないことが多いから」

「わ、分かりました」


 未知に対する好奇心が隠しきれていないが、その好奇心がいずれこのTS現象の解明に繋がると信じて頷く。

 一通りの検査が終わり、最後の血液検査の結果はまた後日ということになり、詩乃は帰宅することになる。

 その帰り道で母親から昼は何がいいかというメッセージが来たので、血を抜かれたからニラレバがいいと答えておいた。



「ねえ、詩乃」

「んー?」


 帰宅した時に丁度出来上がった昼食にありついていた詩乃。

 少し濃いめの味付けに仕上がっているレバニラを白米と一緒に食べていると、お昼を食べ始めた辺りから何かを聞こうと口を開けては閉じるを繰り返していた母、詩音しおんが遠慮がちに名前を呼んだ。


「その、最近調子はどう?」

「んー、特にこれと言った不調はないかな。最初の数日はガチで凹んだけどさ」


 なにせ対岸の火事だと思っていたものに自分も巻き込まれたのだ。よりにもよってやっと身長があともう少しで百七十生きそうなところだったのに、一気に縮んでしまったことも結構堪えた。

 その後の不安定さは本当に酷くて、できればあまり触れてほしくはないくらいだ。


 今はどうにかして立ち直ることができて、それを除けばこれと言った不調はない。

 今月中には必ず一つ、強烈な痛みを伴うデカい体調不良が来るのが確定しているのは非常に憂鬱だが。


「そっか。それじゃあ、何かこう、ものすごく欲しいって感じるものとかはない?」

「欲しく感じるもの? うーん……?」


 何かあっただろうかと、白米を口に入れてもぐもぐと咀嚼しながら考えてみる。


「うーん……特にないけど、強いて言うなら、」

「言うなら?」

「甘いもの、かなあ。ゲームの中でパフェとかケーキとか甘いの食べてるけど、現実では食べてないなーって」


 電脳世界であるがゆえに、どれだけ高カロリーであろうと関係ない。

 マックのポテトを山ほど食べても、ピザを食べても、フライドチキン、フィッシュ&チップス、コーラ、ケーキ、和菓子、その他多数の美味しいもの。何をどれだけ食べても、太ることは決してない。

 甘いものが大好きで、買いに行けないなら家で作ってしまえばいいとお菓子作りを趣味にしていて、休みの日に毎回ガトーショコラやチーズケーキ各種、いちごケーキやシフォンケーキなんかをよく作っていた。

 最近はゲームの方にのめり込んでいてお菓子作りをしておらず、ゲームの中で甘味を思い切り味わっているが現実では食べていないなと、詩音の問いかけで思い出してから急に甘いものが欲しくなった。


「それだけ? もっとこう、他に何か強烈に欲しくなったりとかはない?」

「ボクのことなんだと思ってるのさ母さん。息子が娘になるとか意味分からんことが起きたとはいえ、そんな禁断症状が出るほど何かが欲しくなるようなことはないよ」

「そ、そう。ならよかった……」


 見るからに安堵した様子の詩音。

 これは何か隠しているなの確信するが、詩音はとぼけ方が上手いのでのらりくらり躱して教えてくれることはないだろう。

 しかしあの口ぶりから、その内詩乃が何かを強烈に欲するようになりそうなので、そうなった時にどういうことなのかと問いただすことにする。


 詩音は今日は詩乃のために仕事を休みにしたらしい。

 なんでも、部下に連絡した時に仕事はいいから娘ためにも今日は一日休めと怒られたとのこと。

 話の辻褄とか大丈夫なのかとツッコミを入れたが、詩乃と詩月は揃って一度も詩音の会社に行ったこともないし、詩音も自分の子供の話は生まれた直後の時にしかしたことがないそうなので騙す必要もなく楽だったそうだ。

 十五年間一度も自分たちの話をしたことがないのは流石にどうかと思ったが、家にいる時は子煩悩な親バカだが会社にいる時はバリバリの仕事人間で、仕事にひたすら集中し続けるタイプなのでそういう話をしないのだろうと自分で納得した。


 お昼を食べ終えた後、食後の紅茶を一杯飲んでしばらく詩音と何気ない母娘の会話をしてから部屋に戻る。

 まず行ったのは、NCDを起動してネットを開き、グランド関連について軽く調べることだった。


「現在判明しているのは、見つけた順に金竜王ゴルドフレイ、蒼竜王ウォータイス、緑竜王グランリーフ、灰竜王シンダーズデス、そしてボクが見つけた赫竜王バーンロットの計五つ。どれも未だに討伐報告は上がっておらず、FDOの世界の伝説通りの強さを誇っている、か」


 FDOの攻略サイトを開き、書かれている情報に目を通す。

 まず分かったのは、グランドクエストには必ずグランドキークエストと、そのキークエストを発生させるためのショートストーリークエストがあるということ。

 ショートストーリークエストはキークエストと密接にかかわっており、ストーリーを進めると必ずクエストが発生する。ただし、毎回その内容は変化する。


 NPCというゲームの中の電子データとはいえ、リアルに作られているため全く同じ問題が立て続けに起こることもない。

 詩乃がやったアルマとセラのショートストーリークエスト【赫に蝕まれる一人の母】も、セラの腐敗を取り除いたのでもう二度と発生することはない。

 その代わりに、ロットヴルムがリポップした後でフリーデンの別の町人にクエストが発生して、そこからキークエストまで進ませることができる。


 そして、キークエストがあるということはその比較的近くに王が存在しているということになる。

 最強ギルドと名高い北に居を構えている『グローリア・ブレイズ』と、同じく最強の一角に数えられる東エリアに構えている『夢想の雷霆』。この両ギルドが何度も挑んでいる竜王の近くに、挑戦権を獲得するためのキークエストを進ませる場所があるそうだ。


「となると、完全なランダムエンカの金竜王はどうなるんだろう。……お?」


 ゴルドフレイの欄に隠された項目があったのでそれを開いてみると、そういうことかと頷く。

 ランダムエンカウントで、FDOの中を歩き回っていると突発的に遭遇することになって、準備も何もなく王に蹂躙されることが多いそうだが、その際決まって近くに若い女性NPCがいるとのこと。


「つまりはその女性NPCがキークエストを発生させる存在で、王に遭遇する前に見つけることができればジェノサイドを回避できるってことか」


 それは是非とも見つけて、一度空を支配するという金竜王と相まみえてみたいなと笑みを浮かべる。

 あちこちを転々としているのでそう簡単に見つけることはないだろうが、何も行動をしないよりも見つからなくてもいいから行動したほうがずっといいと、ベッドの棚からヘッドギアを取って被り、NCDと接続して素晴らしき幻想世界に飛び込んだ。

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