合流

 ヘカテーとのPvP後、人目を避けるために個室付きの喫茶店に入った。

 何も注文しないわけにはいかないし、咄嗟に入ったこの喫茶店はケーキが美味しいと評判なので、せっかくだからガトーショコラとブレンドコーヒーを注文した。ヘカテーはいちごケーキとカフェオレを注文していた。


「対人戦、ありがとうございます。とてもいい経験になりました」

「こちらこそ、ありがとう。いやー、君強いね?」

「そんな、ヨミさんほどじゃないです。私はただ、二週間前からやっていて、その分のアドバンテージがあるだけですので」

「じゃあゲームじゃ君の方が先輩なんだね。……気になったんだけど、筋力いくつになってるの?」

「えっと……魔力メインで伸ばしているので、73ですね」

「たっか」


 今のヨミよりも十以上も差があるその筋力値に、ひくりと頬が引き攣りかける。それでいて魔力メインというのだから恐ろしい。

 むしろ二週間でそこまで持っていくことができるという辺り、後発組は先発組と比べて熟練度とスキルレベル上げはしやすいようになっているようだ。

 赫き腐敗の森ばけものぞろいのあそこは、運営が用意している後発組救済措置とは別物だろうので除外する。


「ヨミさんも結構高いですよね?」

「まだやっと40を超えたところだよ。……化け物ばっかと戦ってたって言うのもあるだろうけど、補正値がかなり高いからそれで補ってるって感じ」


 始めて約一週間にしては、普段いる場所が場所なので結構育っているという認識はある。

 メインステータスというのは格上と戦うと伸びやすくなっているのだし、二度とはいえあの怪物どもと戦ったのだ。魔力と筋力の伸びがすさまじい。

 初心者の中じゃ初心者と言ってはいけないステータスをしていて、バトレイドではステータスや装備の面での格上を何度も倒していたので少し慢心していたが、今回の戦いはいい意味で身と心が引き締まった。


「そうだ、ヘカテーちゃんさ、もしよければフレンド登録しない? ボク、まだこっちで全然フレンドできてなくてさ」


 思えば、しっかりとフレンド登録をしたのは初めての対人戦をしたジンというプレイヤーだけだ。

 その後のプレイヤーはヨミと戦うことが目的ではあったのだが、二戦目に引き当てたのがヤバ目な変態だったこともあり、結局その時はジン以外でフレ申請をしなかったし送られてきた申請の許可もしなかった。


「いいんですか? ぜひ!」


 ぱっと花を咲かせるように笑みを浮かべ、ウィンドウを操作してフレンド申請を飛ばしてくる。

 こういう素直で可愛い年下の女の子はいいなと、リアル妹の詩月の最近の暴走具合を比較してしまう。

 最近のえるの方に変な影響でも受けているのか、ネットでゴシックロリータ服を調べているのを発見して、それをヨミに着させようとしていると知った時は発狂しそうだった。


 届いた申請を許可すると、一人しかいなかったあまりにも寂しすぎるフレンドリストに新着の文字と一緒にヘカテーの名前が追加された。

 まだまだ二人だけと寂しすぎるが、まだましだ。


「……お?」


 丁度そこに注文したケーキと飲み物が届いたので、それを食べながらついでにこの子のことをギルドに誘えないだろうかと考えていると、ポン、と同期しているスマホにメッセージが届いたようで通知が届く。

 そこには『空』の文字が書かれており、届いたメッセージを開くとそこには非常に簡潔に『姉さんとインした。どこにいる?』とあった。

 ようやくログインしたかと嬉しそうに口元をほころばせるが、今はこのケーキの方を優先したい。しかしすでに既読が付いているので無視するわけにもいかず、仕方ないと現在地を教える。


「メッセージですか?」


 超幸せそうな表情でケーキを食べていたヘカテーが、こてんと首を傾げながら聞いてくる。


「うん。ボクの幼馴染二人がこのゲームを始めたんだ。まあ、うち一人は受験を推薦でさっさと終わらせてたから、一足先に遊んでたらしいけどね」


 人がひいひい言いながら頑張って勉強している中、一人だけ悠々とゲームを満喫していたと思うと少し腹立たしいが、受験生に向かってゲームをしようぜとかこのゲームおすすめだとか言ってこないだけいいだろう。

 しかしそれはそれとして、後で対人戦を一回やってぶちのめす。

 そう心に決めて、しっとりとしているガトーショコラにフォークを入れて、濃厚なその味に舌鼓を打った。



 喫茶店でのティータイムを満喫した後、空は久々のFDOに慣らすために、のえるは初めてのFDOなのでチュートリアルをするためにバラバラで行動したらしく、三十分後にワンスディアの広場で落ち合おうという話になった。

 ヘカテーはまだヨミにお願いしたいことがあるそうなので一緒についてきているが、そのお願いというのはまだ聞かされていない。

 もしそれがギルドに入れてほしいとかだったら嬉しいなと思っていると、遠目に一部のプレイヤー(主に男性)が一か所に向かって視線を向けるのが見えた。

 そんな現象は現実でもよく見たので、姿がまだ見えていなくてもいい目印だなと苦笑する。


 少しすると、前に予想した通り恰好がまんま女騎士のような初期装備に身をまとった一部が非常に大きな少女と、少女よりも頭一つ大きな軍服のような装備を身に着けている少年が広場に向かって歩いてきた。

 双子なのだがあまり似ていないので、姉弟で仲良く一緒に出掛けるとよくカップルと勘違いされる。

 ここでもしっかり勘違いされているようで、ひそひそと聞こえてくる男性プレイヤーの声にやや私怨や怨嗟、嫉妬、羨望が混じっている


「のえ……っ」


 声を上げて二人を呼ぼうとしたが、途中で声が詰まったように出なくなる。

 のえるはもうすでに知っているし、何なら空だってのえる経由でヨミが、詩乃が女の子になっているのを知っている。

 それでも彼の反応を直接見たわけではないので、長年男の親友としてバカ騒ぎしていた幼馴染がいつの間にかこんな女の子になっていたら、きっと今まで通りに接してくれるわけがない。

 そんな恐怖心が今になってこみあげてきてしまい、隣に立つヘカテーが不思議そうに顔を覗いてきても、喉が委縮して声が出せない。


「あ! うた……じゃない、ヨミちゃーん!」


 呼吸が浅くなってきて、逃げてしまおうかという考えが脳裏をよぎった直後、のえるがヨミを見つけてぱっと笑顔の花を咲かせる。

 隣に立つ少年、空はのえるが見つけた銀髪の少女を見つけてぎょっと驚いたような表情を浮かべるのを見て、心臓が強く跳ねる。

 ほぼ反射的に一歩下がろうとしたその時、二十メートルほど離れていたのえるがすさまじい速度でダッシュして来て、反応して回避行動を取る前に捕獲される。

 やはり最初に与えられる100ステータスポイントを、全て筋力に割り振ったガチ脳筋スタイルで来たようだ。悪意のなさも重なって、速すぎて咄嗟に反応できなかった。


「やーん! ゲーム内とはいえ直接見るとめちゃくちゃ可愛い!」

「むぐっ!?」


 身長差の問題で、ぎゅーっと抱き寄せられるとその豊かすぎる膨らみに顔をうずめることとなる。

 全てがリアルに再現されているこの世界。もちろん、女性の胸の柔らかさもしっかりと感じることができるため、少し前まで感じていた不安や恐怖心が一撃粉砕されて、恥ずかしさで顔を赤く染め上げる。


「姉さんやシズちゃんとメッセージでやり取りしてたから分かっていたつもりだけど……マジかお前」


 のえるに捕獲され、逃げようと必死にもがくが筋力100の脳筋女騎士から抜け出すことができずにいると、少し遅れて来た空が笑いをこらえるような声で言う。


「そ、それよりも空……! た、助け……!」

「無理。俺は姉さんみたいに脳筋じゃないから引き剥がせないから。大人しく猫吸いならぬヨミ吸いされてろ」

「なにそれぇ!?」

「はぁー、ヨミちゃん甘くていい匂いするー!」

「人目があるところで人の匂い嗅ぐなー!?」

「それと……君は?」

「ヘカテーと言います。さっきまでヨミさんと対人戦後のティータイムをしていました」

「ヘカテーちゃんね。俺はシエル。よろしく」


 ぎゃーぎゃーと騒いで注目を浴び、空は空でもみくちゃにされているヨミを無視してヘカテーと挨拶をする。

 空、ゲーム内ではシエルとは久々の再会でやっと合流できたというのに、非常に締まらない合流だったと、数分後に開放されたヨミは思った。

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