吸血鬼vs吸血鬼

 ヘカテーからPvPをしてほしいと言われてから三十分後。

 ヨミは彼女と共にバトレイドに再び赴き、申請マッチのバトルフィールドに立ち軽くストレッチをしていた。


「すみません、私の我がままを聞いてくれて」

「気にしないで。ちょっと不完全燃焼だったし、同族との戦いはこれが初めてだからさ」


 ぐーっと伸びをしていると、ヘカテーがぺこりと頭を下げる。

 律義な子だなーと微笑みを浮かべ、柔軟を終えたのでまずはヘカテーに合わせるように影の両手斧を作って肩に担ぐ。


「対戦形式はHP全損の完全決着でいいんだよね」

「はい。一撃決着のサドンデスはつまらないので」

「おおう……」


 それだけでもう既に結構な回数対人戦をこなしているのだなと、頬が少しだけ引き攣る。

 挑戦者ということでヘカテーから申請が届き、それを受理する。

 バトルフィールド中央上部に30の数字が表れ、カウントダウンが始まる。


 彼女は一体どんな戦い方をするのだろうかと、ヨミも意識を切り替えてしっかりと構える。

 ヘカテーは、ヨミの影響とはいえ人がたくさん集まってきたことに少し緊張しているようで、落ち着かなさそうに周りをきょろきょろと見回してから、残り十六秒で両手斧をしっかりと小さな手で握って構える。

 腰を低く落として構えられ、真っ向から鋭い眼差しで見つめてくる。それはまさに、獲物を狙う捕食者のような目。


 確実に年下だろうにすごいなと、こめかみから汗を一つたらす。

 そしてカウントがゼロになり、試合開始が告げられる。


 その瞬間、何かが爆ぜるような音が鼓膜を震わせたと思った時には、ヘカテーが既に間合いの内側に潜り込んできていた。


「はっ……!?」


 あまりにも速すぎる踏み込み。全身を突き抜ける悪寒に従って後ろに倒れるように回避すると、ビュゴオッ! というとんでもない風切り音を鳴らして両手斧が、ヨミの首があった場所を通過していく。

 そのまま重量武器の遠心力に振り回されるかと思いきや、ぴたりと不自然なまでに斧が止まって、振り抜かれた斧が袈裟懸けに振り下ろされてくる。

 理不尽なまでに速すぎる攻撃を過去に見たことがあったため、その袈裟懸けには反応できてジャストパリィで弾くことができた。


 これは様子見とかそんな甘いことを言っていられないと自分から攻めていくが、ヘカテーの方が筋力値が高いようで少しでも甘えた攻撃をすると、強烈な一撃でパリィでもないのに弾かれてしまう。


「『ランぺージ』!」


 ゲームでステータスがそのプレイヤーの強さを決めるとはいえ、この小柄な体のどこにこんな力があるんだとどうにか攻撃を凌いでいると、受け流した勢いで戦技の初動を取って攻撃してくる。


「『ブラッドエンハンス』!」


 ヨミも瞬時に魔術発動の動作を取り、血魔術で強化。

 強烈な踏み込みから放たれてきた斧の薙ぎ払いを、真上から振り下ろした斧で叩き落す。

 ヘカテーはそのままくるりと回転しながら、より勢いの増した薙ぎ払いを繰り出してきたのでバックステップで回避するが、追いかけて来た金髪がヨミの頭蓋を目がけて斧を振り下ろしてくる。


 真横から両手斧を叩き付けてギリギリで軌道をずらして反撃を試みるが、通過していった両手斧が地面にぶつかる前に、燕が身を翻すかのように即座に斬り返して来て、刃が頬を掠めていく。

 振り上げた斧の勢いのまま回転してまた遠心力を乗せ、下からの振り上げが繰り出される。

 これは防げないと判断して体を捻って回避した後、ヘカテーの体を後ろに押し飛ばす様にタックルをする。両手斧にずっとまとわりついていた淡いエフェクトが消え、戦技が中断される。

 少しだけ驚いたような表情を浮かべるが、すぐに楽しそうに笑みを浮かべて地面を強く踏みしめて、一歩目から最高速度で突っ込んでくる。


「君っ……もしかしなくてもめちゃくちゃ脳筋系だね……!?」


 『ブラッドエンハンス』でバフを受けたので強引に鍔迫り合いの形に持ち込み、冷や汗だらだらで彼女に言う。


「吸血鬼は筋力補正が高いですからね。それと、私は一度も脳筋吸血鬼とは言った覚えはないですよ! 『ブリードスパイク』!」

「うひぇあ!?」


 ヨミの足元から大量の真っ赤な棘が飛び出してきて、危うくそれに串刺しにされるところだった。

 みっともない声を上げて転がるように回避すると、そこにヘカテーが処刑人のように斧を振りかざして接近してくる。


「『シャドウダイブ』!」


 姿勢的に回避が難しいので、影の中に逃げて斧が振り下ろされたところで同じ場所から飛び出す。

 そのまま『スパインブレイク』を使って思い切り両手斧を振り、それを防いだヘカテーが弾き飛ばされる。


 このまま彼女が攻勢に出られないようにと踏み込んで、とにかく動きを観察する。

 速度も力も彼女の方が上。それでいてヨミが今はまだ使えない攻撃魔術を使ってくる。

 どのような攻撃魔術なのかは完全に未知なので、警戒しつつもヘカテーの行動の始まりを潰す様に先に動く。


「っ、『ブラッド───」

「使わせないよ!」

「くぅ……!」


 自分の知らない血魔術というのには興味があるし見てみたいのだが、ヘカテーほどの強さを持つプレイヤーと近距離戦をしながら初見の魔術まで完璧に対処できる自信がない。

 少し大人気ないとは思うが、目指すはノーダメージだ。


 ヨミの展開する斬撃の檻から抜け出そうと力で押し飛ばそうとしてくるが、それをするりと風に吹かれる木の葉のように受け流す。

 受け流された勢いのまま回転して、遠心力をたっぷりと乗せた振り下ろしをジャストパリィで防ぎ、がら空きになった小さな胴体に向かって体の発条を使って鋭く斧を振るう。

 ヘカテーはそれを体を後ろに大きく仰け反らせるという曲芸回避を披露して、そのままバク転しながら通過途中の腕を蹴ってヨミの腕を上に蹴り上げる。


 蹴り上げられた腕をびたりと途中で力で止めて、丁度振りかざす初動モーションに使えたので『ライオットインパクト』を使って大きく踏み込んで強烈な一線を振り下ろす。

 ヘカテーは自分の左手首から血を放出して前方にドーム状に展開し、硬質化させることで盾として利用する。

 けたたましい金属音が響いたので、本質的にはヨミの『ブラッドメタルクラッド』と似ているものだろう。


 首筋にチリっとした嫌な感覚があったので弾けるように後ろに下がると、その血の盾を自らぶち破りながら金色の吸血鬼が飛び出してきて、振り下ろされた両手斧が地面に強く殴り付ける。

 ぶわっと土煙が上がり姿が見えなくなるが、ヨミは敢えて自分からその中に突っ込んでいく。

 向こうも同じことを考えていたようで、シルエットが土煙越しに見える。


 そのシルエットからどんな攻撃を仕掛けてくるのかを予測して、真っ向から迎え撃つように袈裟懸けに斧を振り下ろす。

 お互いの両手斧が衝突し、びりびりとすさまじい衝撃が両手に伝わってくる。

 土煙が晴れると、ヘカテーは楽しそうに笑みを浮かべていた。

 

「筋力のステータスは私よりも低いのに、戦い方一つでこんなにやりづらいんですね!」

「そっちこそ! ボクの戦いのペースに飲まれないように、かなり上手に立ち回れているじゃないか!」


 一方的に行動に移させないという戦いは、常に相手の行動を予測し動き出しを狙って攻撃することで、相手の行動を全てキャンセルさせて防御を強制させるという最速のカウンターだ。

 以前のえると空にもやり方を教えたのだが、揃って「そんなことできるのは化け物染みた動体視力と反応速度持ってるお前だけだ」と言われた。


 幾度となく斧が交差する。

 衝突し、弾かれ、ギリギリを掠めていく。

 見切りの範囲がどんどん狭くなっていき、先読みと行動をほんの僅かにミスすれば直撃するほどまで最小の行動で避ける。

 最初は戦技を使う余裕があったが、動きが加速していく中で戦技を使ったら負けるという確信が芽生えたため、二人とも純粋な技術のみでぶつかり合う。

 二人の決闘が始まってすぐは、ヨミもヘカテーも目を引く美少女であったため可愛いという声が混じっている声援が聞こえていたが、戦技すら使う余裕がないほどまで加速し始めて絶え間なく武器の衝突音が鳴り響いている今は、その声が聞こえない。


 いつまでも続くと思われていた拮抗。それが崩されたのは、ヨミの斧にひびが入った瞬間だった。


「『シャドウアーマメント───」

「させないです! 『ブラッドランサー』!」


 咄嗟にロングソードを作ろうとするが、それを阻止するように前に伸ばされた左手から、血の槍が複数放たれる。

 小さく舌打ちをして魔術を中断し、軽業師のように回避しながら二本ほど斧で弾くと遂に限界が着て砕けてしまったので、紅鱗刃をホルスターから抜いて左手に持ち替え、『アーマーピアッサー』で一気に突進する。

 そんな見え透いた攻撃など喰らわないとパリィを狙ってくるが、直前で自ら戦技をキャンセルすることで体を硬直させて、ヘカテーの斧を空ぶらせる。


「『シャドウアーマメント・ロングソード』!」


 右手に影のロングソードを作り、斧の時にはできなかった速度による手数の多さで剣戟の檻を形成する。

 左手のナイフで喉を狙い、回避のために一歩下がったところをすかさず右手の剣で追いかけるように袈裟懸けに斬りかかる。

 血を消費して先ほどやったように硬質化させた血の盾で防ごうとするが、触れる直前に剣を引き付けて突きを繰り出す。

 半身になって回避されて斧を振るおうとしてくるが、ぐっと前に踏み込んで斧が上手く振るえないほどまで接近する。


 そこはヨミにとっては左手のナイフの間合いで、逆手に持ったそれを首目がけて振るうがかがむことで回避され、下から可愛らしい靴を履いた足を蹴り上げられるが、さっと避けて『サイドスラッシュ』を発動させる。

 頭に落とす様に放たれたそれをヘカテーは斧柄で受け止めるが、いくらヨミの筋力ステータスが彼女より劣っていようと、しっかりと体重を乗せた上からの一撃はそう簡単に弾けないらしい。


「くぅ……! お姉さん、容赦ないです……!?」

「ごめんとは思うけど、一応今は戦闘中だからね! 君相手に油断も手加減もできるほど、ボクはまだ強くないからさ! 『ブラッドイグナイト』!」


 『ブラッドエンハンス』が強制解除され、ヨミの血が燃やされてより高い強化を得る。

 両手の武器に燃焼が付与され、それを察したヘカテーは牽制に血魔術を放って距離を取る。

 やはり炎の属性でなくとも、燃焼は大きなダメージを受けるのだろう。大分警戒しているような眼差してこちらを見ている。


 昨日、PKから血を接種したとはいえ、あの後この魔術を使って消費しているので、そう長くは使えない。

 これを切ったからには短期決戦だとヨミから勝負を仕掛ける。


 先に振るったロングソードの袈裟斬りを迎撃するように振り上げた斧で防がれ、左手の紅鱗刃で細い首を目がけて突きを放つ。

 ギリギリ当たらない程度に後ろに下がられて、伸びきっている左腕を斬り落とそうと振り上げた斧を落としてくるが、逆袈裟にロングソードを振るうことで斬りかかりながら攻撃を受け流す。

 下手したら自分で自分を斬り付けかねないその行動に驚いたように目を見開かれるが、すぐに意識を切り替えたように真剣な表情に戻る。


 再び戦技を使う余裕がない程の打ち合いが繰り広げられ、何十合とお互いの得物がぶつかり続ける。


「う、このぉ……!」


 次第にヨミの方に戦況が優位に傾いていき、それに焦りを感じたヘカテーが両手斧戦技を発動させようとするが、その隙を見逃さずに前へ踏み出す。

 両手斧に淡いエフェクトが発生して今にも強力な戦技が発動されそうになるが、その直前に全力でロングソードを叩き込むことで初動検知位置から大きくずらし、キャンセルさせる。


「ば、戦技中断バトルアーツキャンセル!? きゃっ!?」


 バランスを崩して後ろに倒れそうになるヘカテーの細い腰に、ナイフを投げ捨ててフリーになった左手を回して抱き寄せて、右手のロングソードの刃を首にほんの僅かに触れさせる。

 誰がどう見ても、ここからの形勢逆転は不可能。彼女もそれを理解したのか、息を少し乱しながら目とぱちくりと瞬かせる。


「……ま、負けました」


 小さな声で降参を宣言するヘカテー。直後、フィールド上に『BATTLE FINISH!』の文字が表示される。

 一秒二秒と静寂が続いたが、二人の吸血鬼が繰り広げた戦いを称えるかのように、びりびりと響く大歓声が上がって揃ってびくりと体を跳ねさせる。


「び……っくりしたあ……」

「私も、びっくりしました。……あの、ヨミさん。その、そろそろ放してもらえると嬉しいのですが……」

「え? あ、あぁ! ごめん!」


 華奢な腰に回していた手をぱっと放して、ゲームとはいえ女の子の体に無遠慮に触れてしまったと頬を赤らめる。

 ヘカテーもヘカテーでうつむきがちになってもじもじとしており、ほんのりを頬に朱を咲かせている。案外まんざらでもなさそうな反応が一番困るのだが、嫌がってはいないようなのでそこだけは安心する。


 とりあえず試合が終わったのでお互いの戦いを称えてから一緒に闘技場エリアから出て、どこか落ち着いて話せる場所を探し回ることにした。



「あの銀髪の子、かなりやるみたいじゃないか」


 ヨミとヘカテーとの戦いが終わった後も熱狂冷めやらない闘技場エリア。

 その二階の手すりに手を付けながら、先ほどまですさまじい戦いが繰り広げられていたバトルフィールドを、一人の青年が見下ろして先の戦いを頭の中で反芻していた。


 ステータスだけで言うならば、金髪の吸血鬼ヘカテーの方が上なのは確実だ。彼女は二週間ほど前からFDOをプレイしており、その高い筋力を活かして両手斧を振り回すさまはバトレイドでは名物とされており、首を狙って攻撃してくるため『断頭姫』という異名で呼ばれている。

 決して弱いわけではない、むしろ強者の部類に入る方ではあるが、ヨミはその上を行く。

 ステータスでの不利を立ち回りや技量で補い、速度の不利は予測と観察で先に動くことで対応していた。

 なるほど、掲示板で話題になっている竜王とまともに戦えるようになることができるとされている『血濡れの殺人姫』と呼ばれる魔術ありきではなく、そのすさまじい技量が土台となっているから王相手に生還し、その眷属すら倒せたのだろう。


「お待たせー。買い物少し長引いちゃった。……兄さん、どうしたの?」


 もし彼女がギルドを作り対抗戦に参加するのなら、ぜひとも戦ってみたいものだと笑みを浮かべていると、金髪を緩くウェーブさせた少女がやってくる。


「いや、何でもないよ」

「何でもないわけないでしょ。兄さん、すっごく嬉しそうな顔をしてたもん」

「おっと、そうだったか。いや、一人面白いプレイヤーがいてね。機会があればぜひ戦ってみたいと思ったんだ」

「やっぱり。兄さんがその顔するのは、強そうな人を見つけて戦いたいって思ってる時だもん」


 呆れたように腰に手を当てて嘆息する少女。


「でも珍しいね。そうやって戦いが終わった後も、戦いがあった場所をじっと見つめるの。そんなにすごかったの?」

「あぁ。奥の手は使っていなかったが、素晴らしいプレイヤーだ。ステータスではまだ私たちには劣るが、対抗戦まで時間がある。それだけあればステータスも揃うだろうし、そうなると次の対抗戦では雷神美琴機神フレイヤに匹敵する脅威になるだろうな」

「うわぁ……。あれ二人に並ぶとかマジで言ってる? わたしやだよ、そんなやばいのと戦うの」

「安心しろ。イリヤとは戦わせない。彼女とは……ヨミとは、私が戦う」

「相変わらずの戦闘狂だねえ。流石はFDO最強ギルドの一角、『グローリア・ブレイズ』ギルドマスターのアーネスト・ノーザンフロストだね」


 イリヤと呼ばれた少女の言葉はアーネストと呼ばれた青年の耳には届かず、二週間後に迫っているギルド対抗戦を待ちわびるように、楽しみにしているような笑みを浮かべた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る