吸血鬼なら吸血鬼らしく

 まずは誰からにしようかと狙いを定め、すっと視線が吸い付いたナイフ使いを最初の獲物にする。

 目が合った瞬間びくりと体を震わせて一歩後ろに下がるのを見逃さなかった。


 ドンッ! と音を立てて地面を強く蹴り、一気に接近する。

 もちろんタンクがそれを黙って通すわけもなく盾戦技『チャージシールド』で突進してくるが、いくらか手前で跳躍してタンクの頭を足場にしてそこから跳躍。

 槍使いが間合いを活かして空中にいるヨミを突き刺そうとしてくるが、冷静にそれを右の剣でパリィして、邪魔されないようにと足を斬り落とし槍を掴んでいる右手を手首から刎ねて、左肩に左手の剣を突き刺して地面に倒し、そのまま縫い付けるように剣を押し込んで固定する。


「ヒッ、く、来るなあ!?」


 獰猛な笑みを浮かべながら向かって行っているからだろうか。涙目になって震えた声で叫び、『アーマーピアッサー』を使ってくる

 しっかりと見切ってパリィで上に弾き上げ、するりと絡みつくように背後に回って膝をかくんと折って地面に座らせる。

 あっさりと背後を取れてしまい、もしかしてこの人たち本当に弱いのではなかろうかという疑問が出てくるが、PKなのでどうでもいいだろうと頭からそれを追い出す。


「知っての通りボクは吸血鬼なんだけどさ。実はまだ試していない種族の固有能力があるんだよね」

「な、な、にを、」

「吸血して相手のHPを全損させると、命のストックを一つ獲得できるんだあ。せっかくだしさ、ここでボクのその種族能力の実験台になってよ」

「ひ、ひぃっ!? た、助けてリーダー!?」


 ヨミを振り払おうと暴れるが、しっかりと組み付いているため振りほどくことができず、涙声で助けを求めるナイフ使いの女性。

 ものすごくいけないことをしている気分になるが、まあ気にしないで行こうと白くて細い首に牙を立てて噛み付く。


「ぁ、ぅ……!? り、リーダー! 血、血が……血が吸われて……! HPがぁ……!」


 弱弱しい声で助けを求めるが、ヨミが女性を盾にするようにして吸血しているので、まともに動けるタンクとショートソードを持つリーダーは動けないでいる。

 ちらりと上目遣いで二人を見るが、苦い表情をして攻めあぐねている。そもそもこちらには拘束系の魔術が二つあり、それを解術する魔術師はもういない。

 助けるために攻め込んでも結局足止めを食らうだけなので、どうすればいいか分からないようだ。

 ならば遠慮なくと引き続き血を吸う。


 やはりというか、エネミーよりも人間の血の方が断然美味しい。

 アルマの血は非常にまろやかで甘く芳醇で、脳が蕩けそうなほどの絶品だった。

 最初に吸った人の血がそれだったので期待していたが、この女性の血も確かに甘くて美味しいのだが、なんだか雑味のようなものを感じる。

 プレイヤーや人ごとに血の味が変化するのだろうかと考えながらちゅうちゅうと吸い続けていると、抵抗していた女性がぱたりと動かなくなりぐったりとうなだれる。


「んむ?」


 噛み付いていた場所から血が出てこなくなり、これはもしやと思うと、ナイフ使いの女性の体がポリゴンとなって消える。

 そんなに長いこと吸っていたのだろうかと思ったが、それは追々確認することにする。


 吸血したことでHPとMPが急速に回復していき、STRに補正がかかる。そして、吸血行為で相手を倒したためHPバーの隣に『×1』と表示される。

 この数字が、ヨミが今ストックしている命の数なのだろう。

 このストックは銀、聖書、十字架で致命の一撃を食らった場合は無効となって即死するが、それ以外の攻撃で即死しても瞬時に蘇生することができる。

 どれくらいHPが回復するのかまでは書いていないのでこれも検証が必要だが、検証するにしてもそれはこのPKの連中ではない。


「こ、こいつ……」

「チッ。最悪だ。これで少なくとも、こいつは二回殺さなければ俺たちの勝ちにはならねえ」

「あれえ? まだボクに勝つつもりでいたんだ。思っていたよりも弱いくせに、口だけは達者なんだねえ?」

「こんのっ……クソメスガキが……!」


 戦い初めて数分で半分倒され、そのうち一人を吸血することで倒したことでストックを一つ得たため、一回までなら割と気軽に死ねる。

 痛覚軽減は初期設定のままなので痛みは結構感じるが、二日目のアマデウス戦で三回も激痛からの死亡を経験したため、痛みへはある程度の覚悟は決まっている。


 人一人分の血を吸いつくしたため血液残量は一気に満タンまで回復し、『ブラッドイグナイト』の持続時間はその分伸びた。

 HPは吸血後の急速回復のおかげで減る以上の速度で回復しているからか、じりじりとHPバーが震えてスリップダメージを受けているエフェクトが出ているのだが、全然減らない。

 MPも全回復したため、どんどん魔術を使ってもいいだろう。使える魔術は少ないが。


「ここは一旦引いたほうが……」

「えぇ!? 逃げるんだ!? そっちから自信満々にPK吹っ掛けて来たのに、負けそうになったら黒星が付く前に尻尾巻いて逃げるんだぁ!? うわー、うっわー、そういうの、みっともないって言うんだよ?」

「………………予定変更。何が何でもこのメスガキをここで分からせる」

「分からせるって言ったって、どうやって? あんたたち今んとこボクに攻撃一発も当てられてないけどぉ?」

「痛みってのは躾や調教するのに一番いいってよく言うよなあ。覚悟しとけよこのメスガキがあ!」


 相手を煽るだけ煽ってベストプレイを崩すことを知っていると言っていたが、流石にもう我慢ならないらしい。

 動けない槍使いも含めて三人全員青筋を浮かべて、リーダーの男とタンクの男が突進してくる。


 開いている左手にロングソードを作って握り、彼らが向かってくる以上の速度で向かって行く。

 軌道的にタンクの男とぶつかると思っていたようで、盾に淡いエフェクトをまとわせて間合いに入るのに合わせて『シールドバッシュ』を繰り出してくる。


「『シャドウダイブ』♪」


 それをおちょくる様に影の中に潜り、回避する。盾が空振りしていく。


「だあああああああああああああ!? その魔術くそうぜええええええええええええええええええ!?」


 影に潜っているため攻撃は届かないが、感情的になってヨミの潜った影をげしげしと蹴るタンクの男。

 その様子を影の中でくすりと笑い、素早く移動して槍使いの側に姿を見せる。


「いぃ!?」

「動けない奴から狙うなんて定石中の定石だよね!」


 剣で地面に縫い付けられて身動きが取れない槍使いの側に立ち、処刑人のように剣を振りかざして、首を狙う。


「させっかよ!」

「はーい、バカ一本釣り。『シャドウバインド』」

「うげぇ!?」


 これ以上仲間が倒されてたまるかと、突進系の戦技を使いながら間合いを付けてくるリーダーの男だったが、もうとっくに解術する手段がないため、剣がヨミのうなじにほんの少し触れる程度のところで拘束される。

 思っていたよりギリギリのタイミングになってしまって内心冷や汗だらだらになるが、悟られないようにポーカーフェイスを張り付けながら、リーダーの前で槍使いの首を刎ねる。


”うーん、これは一方的ですねえ”

”普通のプレイヤーが勝てるわけがない”

”レイドボス一人で倒せるんだから、レイド以下の人数で挑んだところでねえ”

”六対一じゃなくて、可能な限り一対一の状況を作ってやってるね”

”それよりもヨミちゃんに後ろから抱き着いてもらって吸血されたい”

”ヨミちゃん! ワイの命なんかいくらでもあげるから! 何回でもキルされてもいいから、ワイの血も吸ってくれぇ!”

”バカ野郎、美少女吸血鬼ならば女性相手に吸血してこそだろ。ヨミちゃん、有象無象の言葉なんか無視して俺のところに来なよ。好きなだけ血を吸わせてあげるから”

”後ろから抱き着いてもらいながら、耳元で「ざぁ~こ♡」とか「血を吸われて喜ぶなんて、キモーい♡」って囁いてほしい”


「少しは自分の欲望を隠してくれないかなあ!?」


 メスガキムーブをかましてしまった自業自得なのだが、流石にこの視聴者たちには恐怖を感じる。

 その後ろで、影に縛られているリーダーが歯をむき出しにして必死に逃れようとしているが、時間経過を除いて解術されない以上拘束系は自力で抜け出すことはできない。


「あんたは最後ね」


 ぽんっと肩に手を置いてから両足に剣を突き刺して歩行能力を奪っておく。


「お待たせ。今度こそあんたのその盾、ぶっ壊させてもらうから」

「へっ、やれるもんならやってみろってんだよ!」


 どしりと地面に叩き付けるように構えてから、猛スピードで突進してくる。

 またチャージシールドそれかと飽きたようにため息を吐き、影の両手斧ではなく赤刃の戦斧を取り出して、それに『ブラッドメタルクラッド』を使って攻撃力と強度を上げる。

 突進してくる男に対して『スパインブレイク』を発動させると、僅かに覗かせている顔に笑みが浮かぶのが見えた。

 先ほど弾かれて自分の方が早く立て直せたことから、次こそはヨミを捻じ伏せることができると思っているのだろう。


 だが彼は失念している。あの時は『ブラッドエンハンス』だけだったが、現在はそれよりも強力な『ブラッドイグナイト』に加え吸血後のバフを得ていることを。


「はあぁ!?」


 空を切る音を鳴らして振るわれた赤刃の戦斧が大盾にぶつかると、やはりどちらも弾かれてしまうが、今回は男の方が大きく弾かれた。

 男よりも小さく弾かれたヨミはすぐに体勢を立て直す……のではなく、弾かれた勢いをそのまま遠心力に利用して斧を投げ飛ばす。


「お、ぐぉ……!」


 投げ飛ばし回転しながら襲いかかった赤刃の戦斧が胴体に当たり、HPがぐっと減る。

 それはクリティカルになるほど深く刺さっていないのだが、それにしてもこの攻撃力の高い斧が刺さっているにしては減りが少ない。

 すぐにそれが、先ほど彼が使っていた『センチネル』というスキルによるものだと理解し、なら防御力を20%無視する『アーマーピアッサー』の方が有効だろうとナイフをホルスターから取ろうとする。


 だがそれは、森に響いた一発の銃声によって遮られ叶わなかった。


「い、ぎ……!」


 右の肩に感じる熱と痛みに体が強張り、表情を歪める。

 タンクの男は何もしていないので、必然的に残っているリーダーの男だけだと振り向くと、足に刺していたロングソードは引き抜かれていて、しっかりと二本の足で地面を踏みしめて、両手でしっかりとリボルバーを持っていた。

 そんな彼の足元には、空になった瓶が転がっていた。


 彼だって当然プレイヤーなんだから、回復ポーションを持っていたって不思議ではない。それを考慮していなかったヨミの方が圧倒的に悪い。

 思わず意識をそちらに向けてしまい、今度はタンクの男に盾の後ろに隠し持っていたのであろうショートソードで腹部を貫かれてしまう。


「そいつ抑えてろお! 術式装填セット───強撃弾ブースト!」


 肩越しに振り返りながらリーダーの男を見ていると、構えているリボルバーに魔法陣が浮かび上がって、銃身をスキャンするように通過していく。


「は!? おま、ふざけんな!?」


 するとタンクの男が狼狽え始める。

 この男がこのような反応をするということは、今リーダーが使った強撃弾はかなりの威力を持つ銃固有の戦技なのだろう。

 ストックがあるとはいえキルされるのはごめんなので、左手で素早く亜竜鱗のナイフを抜いて剣を持っている右手に突き刺して、反射的に手を放させる。


「え、ちょ、待っ……!?」


 タンクの男が離れる前に右手を掴み、グイっと強引に引き寄せて盾にする。

 直後、爆発音染みた銃声が響き、腹部に風穴が開いてすさまじい衝撃で吹っ飛ぶ。

 これはまずいと『ブラッドイグナイト』を解除してスリップダメージをなくしたことで、残りHP4で耐える。


「ち、くしょ……」


 盾にされたタンク男は、背中から撃ち抜かれたため防御することすらできず、フレンドリーファイアによってクリティカルを受けてポリゴンへと変わり果ててしまう。


「ふぅ、ふぅ……、っ……!」


 膝を突いて肩で呼吸をする。

 まだ吸血後のバフのおかげでHPが急速に回復しているが、あと数秒で効果が切れるだろう。

 その数秒で回復できるHP量はたかが知れているし、残りの一人となったリーダーの構えている銃撃の威力なら、胴体に一発当たるだけでも即死だ。


「ハハッ! どうよ!? 散々大人をおちょくっていたくせに、ピンチになった気分はよお!? いやあ、クソ生意気なメスガキを甚振るのは気分がいいなあ!?」


 距離にして約三十メートルほど。吸血後の筋力強化バフはまだ続くが、強化魔術を使おうにもその隙を見逃してくれるはずもないだろう。

 赤刃の戦斧は投擲して手元になく、残る武器は亜竜鱗のナイフと紅鱗刃のみ。

 一方で相手は引き金に指をかけており、一歩でも動けばその瞬間砲撃音を鳴らして銃弾が放たれ、再びHPをごっそり削って死亡するだろう。

 ストックがあるので即時蘇生されるが、蘇生したところを狙ってヘッドショットされればひとたまりもない。


 そんな不利な状況だというのに、それでもヨミはニィっと三日月のような笑みを浮かべる。

 狙ってくる場所が分からない? なら狙える場所を限定させればいい。

 弾速が速過ぎて回避できない? なら回避なんてしなければいい。


 チャンスは一度きり。失敗すればヨミの負け。

 背水の陣を取り、自分の命に手がかかるその感触にぞくりと背筋を震わせる。


 大きく息を吸って、ゆっくりと吐く。

 そして、前に倒れるようにして地面を蹴り、地を這うような姿勢で走る。


 走り出すと同時に、男が引き金にかけている指にぐっと力が入るのが見える。

 視線は、銃口は的確に、今のこの姿勢で一番狙いやすい顔に向いている。

 あとはタイミングだ。それさえ合えば、銃撃程度でヨミは死なない。


「まずは一回死ね!」


 引き金が引き切られる。撃鉄で雷管が叩かれ、爆撃音染みた銃声が鳴り響く。

 銃口から弾丸が放たれ、ほんの刹那の内にヨミとの間合いを食い潰す。もちろん反応などできるはずもないが、弾速に追い付こうとする必要もない。


 引き金が引き切られる瞬間に、亜竜鱗のナイフを立てて顔の前に置いた。逸れればそれまでだが、この男は確実にここを狙ってきてくれるはずだと信じる。

 そして見事その賭けは当たり、ぐっと左手が押し込まれるが自分からナイフを振るうことなく、弾丸自身がその速度でナイフによって両断されて、左右に分かれて通過していく。


「なあ!?」


 まさかの弾丸斬りをやってのけたことで反応が遅れた男は、慌てて二発目を撃とうとするが、先んじて右太もものホルスターから抜いた紅鱗刃を投擲戦技を使って投擲し、銃そのものを弾く。


「『シャドウアーマメント・ロングソード』───『スラストストライク』!」


 戦技を発動させてぐんとシステムに押し出され、間合いを食い潰す。

 突進突きを繰り出してその首に突き立てるが、本来ならタンクが取るのであろう即死攻撃を受けてもHPが1だけ残るスキルが発動して、1ドットだけ残して堪える。

 何が何でもここでヨミを倒すという視線を向けられるが、初期戦技ゆえに技後硬直が短くすぐに自由を取り戻し、左手に持つ亜竜鱗のナイフで胸を刺して削り切る。


「残念でしたぁ」

「こ、の……! クソガキがああああああああ───」


 怨嗟の声を上げて中指を立てるが、その途中で完全にポリゴンとなって消える。

 まさかここでPKに狙われるとは思わなかったが、おかげで彼らが抱え込んでいたであろうアイテムとお金をたんまりと手に入れることができた。


「おぉー! お金めっちゃ増えてるじゃん! これだけあれば、あのお店のスペシャルパフェをたくさん食べられる……!」


”お金の使い道wwwwwww”

”可愛いかよ”

”可愛いんだよ”

”今からパフェ食べに行ってくれません? もぐもぐしているところをスクショしまくりたいので”

”あのナイフ使いの女の人羨ましいなー。こんな美少女に首噛んでもらえるなんて”

”普通一人のプレイヤーが複数のPKに囲まれたらおしまいのはずなのに、ちょっとギリギリだったとはいえ生き残っちゃったよ”

”もはや誰もあの弾丸斬りに触れないのである”

”全く意味が分からんでごわす”

”チートは無理だからチートじゃないのは確かだけど、チートって言ってくれた方がまだ信じる”


 だんだんとあの弾丸斬りがどういうものなのかが気になるというコメントが増え始めてきたので、それもギルド結成の件を含めてまとめて話してしまおうと、街に戻ってから話すと言っておく。

 予想外の戦闘で痛い目を見たが生き残れたので、HPとMPの回復は自然回復に任せて、PK共が落としていってくれたアイテムや装備を回収してから、本来の目的である絶叫キノコマッシュルームマンドレイクの採取に取り掛かる。


 最初の一本で少しだけ特徴が分かったので、とりあえずやたらとデカいキノコを狙って引っこ抜いていく。

 二十個ほど回収した辺りで、そろそろ説明が欲しいという催促が増えてきたのでここら辺にしようとキノコ狩りを止めて、ワンスディアに戻っていった。

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