プレイヤーキラー
この
現時点でヨミ以外行けていない赫き腐敗の森は、そのつもりではないがヨミの独占状態。市場にも出回っていないためその素材は希少価値があり、売るだけでも今ならばかなりの高値が付くだろう。
だがそんなことよりも、彼らが狙っているものがある。
「お前が相手を怒らせてベストな動きを崩すのは知っている。その手には乗らん」
「あらら」
「要件は一つだ。赫竜王バーンロットの左腕を渡せ。お前のような新人が持っていていい代物じゃない」
やはりかと、あからさまな溜息を吐く。
「あのねえ、あれはボクがあの時使える全ての手段を用いてどうにかしてゲットしたものなんだよ? それを『初心者が持っていていいものじゃない』の理由だけで、分かりましたって渡せるわけないでしょ」
不釣り合いなのは自覚している。ああいうものはそれこそトッププレイヤーなどが持つようなもので、化け物どものと戦いのおかげで結構育ったとはいえ、初心者が持つようなものじゃない。
何より、それを持っているというだけで余計な視線を浴びるし、やっかみも受けるのも予想ができる。なので渡してしまうだけでそれがなくなるというのであれば喜んで渡すが、もう手遅れだ。
彼らが欲しくて欲しくてたまらない王の腕は、とっくに武器に加工されてインベントリの中に収められている。
もっとも、キルされるとランダムでアイテムを落とすことになるし、そうなると確率であのユニーク夫婦剣と斬赫爪を落としてしまう。ならば、落とす確率を下げるために取れる行動は一つだけだ。
「人様からものを欲しがるんだったらそれ相応の対価を払うべきだよ。それが、実質ユニークアイテムみたいなものでめちゃくちゃ価値が高いものならなおさらね」
左手で胸をぐっと押し、その動作をトリガーに『ブラッドエンハンス』を発動させる。
初めて使った時はこの激しい鼓動に苦しさを感じたのだが、慣れてくれば不思議と気分が高揚してくる。
「交渉は決裂か」
「交渉もくそもないだろ、PK。どうせ腕を渡した後でボクのことをキルして、余分に何かをドロップさせるつもりなのが見え見えなんだよ。『ブラッドメタルクラッド』」
影の両手斧に血をまとわせて、威力と強度を底上げする。
初心者の森にいるからと言って油断はしてはいけない。見るだけでそんな装備なのかは分からないが、エネミーと違ってプレイヤーという人間相手に勝負を挑むような連中だ。
何よりも、始めて四日目の自分よりもステータスは確実に上なので、装備を更新して生存力が上がったとはいえ油断は禁物だ。
どう攻めてくるのだろうかと出方を窺っていると、左斜め前方にいる茶髪にフードを被っている女性プレイヤーが、腰に下げているホルスターから何かを抜いてこちらに向ける。
それはこのファンタジーな世界では少し浮いているようにも見える、リボルバーだった。
リボルバーだと認識した時には既に姿勢を低くして駆け出しており、まずはその厄介な銃使いから潰そうとする。
「おっとお! させねえぜ!」
そこにタンクスキルなのであろう、名前は知らないが大きな盾を持っていて重そうな見た目の癖にかなりの速さで滑るように移動してきた男が割り込んできて、タイミングを合わせて盾戦技の『シールドバッシュ』を繰り出してくる。
かなり深く踏み込んで来たので、後ろに下がって回避することは想定済みなのだろう。ならば引かずに迎え撃つのみ。
「『スパインブレイク』!」
ぎりっと体を捻りながら強く踏み込み、全身の発条を使った強烈な薙ぎ払いを繰り出す。
ボウッ! という音を立てて振られた両手斧は男の大盾と衝突し、両者ともに獲物が弾かれる。
だがヨミの方が大きく弾かれてしまっており、相手の方が速く立て直す。しかし追撃をしてこない。
「『シャドウダイブ』」
影の中に落ちることで最長五秒間追撃を免れるが、影の中から見える彼らは特に慌てる様子はない。
ここは敢えて、一番警戒しているであろう銃使いの女性プレイヤーの影まで素早く移動して、きっかり五秒で追い出されるように影から飛び出る。
「かかった!」
後ろに伸びていた影から姿を見せると同時に、ぴたりと右手に持つ銃を額に押し付けてくる。
いい反応速度だと感心しながら、振り上げた左手で下から殴り付けて弾き上げ、そのまま肘を顔面に叩き込み、右手に持つ斧を遠心力たっぷりで振って斧柄で殴りつけて地面に叩き付ける。
「あぐっ!?」
地面を数度転がってから素早く膝立ちになるが、そこに左手に作った投げナイフを投げて、眉間に突き刺さって致命の一撃を受け、ポリゴンとなって消える。
装備やたくさんのアイテムが散らばり、所持していたのであろう20万リンがそのままヨミの所持金に移る。
「へぇ、これ結構いい装備なんじゃん。実力に釣り合っていなさそうだし、どうせこれもPKして手に入れたものなんだろうけど」
落ちたリボルバーを拾ってウィンドウを開くと、結構レア度の高いものだったことが判明した。
きっとウキウキでヨミ相手に使おうと思っていただろうに、一発も撃つことなくこうもあっさりやられるとは思わなかっただろうが、こういう多数対一では遠距離攻撃手段を持っている相手を最優先で排除するのは定石中の定石だ。
「おい、どうするよ。思っている以上に速いぞあいつ」
「あいつは油断しただけだ。このヨミっていうプレイヤーがBSOの黄泉送りという可能性があると散々話したのに、話半分に聞いていたのが悪い」
「随分お仲間に対して辛辣なコメントじゃん。それとも、実は仲間なんて思っていなくて、ただの手駒としか思っていないとか? うっわ、サイテー」
「……分かっちゃいるが、その顔と声でそう言われると死ぬほど腹が立つな」
「お褒めに預かり光栄です。それじゃあ次のPKさんを地獄に送らせてもらいますね。次にぶちのめされたい人は誰ですか?」
挑発するように左手をくいっと動かす。だがやはりそうやすやすと挑発には乗ってくれないようで、不愉快そうに顔をしかめるだけで突っ込んでこない。
やっぱりアマデウスは本当に御しやすいプレイヤーだったんだなと思いながら、来ないならこっちからと姿勢を低くして突っ込んでいく。
銃使いという遠距離攻撃持ちがいなくなったとはいえ、何もそれだけが遠距離攻撃手段ではない。
魔術を使ってくるかもしれないということを考慮して、真っすぐ突っ込んでいくのではなく不規則な動きをして狙いを定めさせないようにする。
幸いここは森の中で、大きな木もあるため激しい緩急をつけると姿を見失いやすくできる。
次に落とすべきなのは、やはりあの大盾持ちだろう。
筋力強化を得ている今のヨミの両手斧戦技を弾くだけの力を持ち、自分から真っ先に落としたあの女性プレイヤーを守るように飛び出してきた。
紛れもなくタンク職のプレイヤーで、このPK集団の要でもあるだろう。下手に長引かせると一人しかいないヨミの方が不利になるので、あのタンクを落とすにはクリティカル狙いのほうがいい。
だがあの盾はタワーシールドほどではないがかなり大きく、あれを正面に構えられている状態では首や心臓を狙えない。かといって『シャドウダイブ』で後ろに回り込んでも、出てくる際に音がするし、既に一度使っているため警戒されるだろう。
ならばどうすればいいか。その問いに対する答えはこうだった。
「『ブラッドイグナイト』」
新しく習得した血魔術。これもバフ系の魔術になるが、ただのバフではない。
自分の血液を燃焼し、HPが継続的にスリップダメージで減っていくというデメリットを受けるが、『ブラッドエンハンス』以上の強化が入りかつ攻撃全てに『燃焼』の状態異常が付与される。
ただこれは『ブラッドエンハンス』との併用は不可能であるため、『ブラッドイグナイト』が発動すると同時に先に使っていた方が強制終了される。
「うわ、結構減ってく。燃焼させるのは炎弱点に含まれるのかな」
発動させるとゴリゴリ減っていく血液量とHP。まさに短期決着用だなとカテゴライズして、木の間を縫うようにして大盾持ちに向かって飛び出す。
「出て来やがったなあ!? 『センチネル』!」
ヨミが飛び出してきたのを確認したタンクが、盾を前にどっしりと構えてスキルを発動させる。
『センチネル』がどのようなスキルなのかは分からないが、守衛や警護する人のことを示す単語なので、恐らく防御力を上げるかダメージをいくらかカットするものだと推測する。
少し面倒だなと思いつつも、だったらそれを上回るほどの重攻撃をぶち込み続ければいいという、極端すぎるほどの脳筋志向になる。
「『ルインスマッシュ』!」
両手斧スキルが20になった時に覚えた、初期技含めて三つ目の戦技を発動させる。
大きく振りかざした両手斧を前に突き出されている盾に叩き付け、強烈な衝突音が森の中に響く。
その一撃の重さに男が若干後ろに下がるが、流石はタンク職なだけあってしっかりと踏ん張った。だがこの戦技は重二連撃戦技だ。
「おりゃあ!!」
「ぐぅ……!」
盾に叩き付けられている両手斧をもう一度振りかざし、再び思い切り振り下ろす。
二度目に衝突音が響き、先ほどよりも押し込むがこれも防ぎきられてしまう。
「相手はこいつだけじゃねえぞ!」
「分かってるよ、『シャドウバインド』」
ショートソードを持った男が左から走ってくるが、拘束魔術で動きを封じる。
「『ディスペル』!」
しかし即座に対魔術と思しきものを飛ばされて解術されてしまい、すぐに自由を得た男が袈裟懸けに振り下ろしてくる。
小さく舌打ちをしてから後ろに下がるが、先ほど『ディスペル』を使ってきた魔術師が杖をヨミに向けながら呪文を唱えているのを見つける。
さっき見た時は杖ではなく別の武器を持っていたはずなので、隠していたようだ。
「『シャドウ───」
「させるかよお!」
投げナイフを作ってヘッドショットを狙おうとするが、タンクの男が盾ごと突進してきたので魔術をキャンセルして地面を強く蹴る。
「『フレイムスピア』!」
呪文を唱え切った魔術師が五本の炎の槍を形成し、それを一斉に放ってくる。
しっかりと弱点属性で火力を出してきており、服装からでしか判別できないが魔術に特化している純魔なのだろう。ならば、この炎の槍はヨミの炎耐性マイナス100であること、そして『ブラッドイグナイト』でスリップダメージを受けているのも相まって、直撃すれば一撃でHPが消し飛ぶだろう。
やはり遠距離持ちは面倒だと舌打ちして、ショートソードを持った男が回避できないように突っ込んできたので、斧で剣をパリィしてから横蹴りをみぞおちに叩きこんで一時的に行動不能にする。
「そりゃあ!!」
ギリギリと体を捻ってから両手斧を魔術師に向かって投擲してから、紅鱗刃と亜竜鱗のナイフを抜いて迫りくる炎の槍に自ら走っていく。
リーチが短いため、魔術パリィを成功してもダメージを受けてしまう。スリップダメージがある以上それは得策ではないので、ギリギリまで引き付けてから最小の動きで回避する。
「は、灰は灰に、塵は塵に! 『イグニッション』! すぅ……形状付与、弾丸、増加、弾幕、強化、射出───『ファイアバレット』!」
五本全てを回避された魔術師は素早く次の魔術を起動させる。
やはり弱点属性の炎を使ってきて、変わった呪文を唱えて先に起動させた発火魔術で作った炎を、別の形に作り替える。
拳大程度の大きさになった炎は全部で三十個以上の炎の弾丸となり、それらが一斉に射出される。
前方から炎の弾幕が迫りくるが、地を這うほど姿勢を低くしてぐんと加速する。
左右からナイフ使いの女性と槍使いの男が挟み込んでくるが、それを振り切って魔術師に一直線に駆けていく。
残り数メートルまで接近したところで左手の亜竜鱗のナイフを、弓を引き絞るように構えて初動を検知させ、戦技を使う。
「『アーマーピアッサー』!」
突進系の刺突戦技。走っている速度に加えてシステムアシストが乗っかり、更に加速。本来の間合い以上に前に進み、咄嗟に交差された腕にナイフが刺さる。
この戦技は相手の防御力を20%無視する追加効果があり、硬い敵が多い場所で戦っているヨミにとってまさにうってつけの戦技だ。
「い、づぅ……! こんの、クソガキ!」
防がれてしまったナイフを引き抜くと、右手に持っている杖を鈍器のように頭目がけて振り下ろしてくる。
ただやはり純魔のようで、どの打撃には腰が入っていない。
真上に振り上げた蹴りで杖を弾き、そのまま紅鱗刃を顔の左側に構える。
「『サイドスラッシュ』!」
ズンッ、と逃げられないように魔術師の足を踏んで至近距離で戦技を発動。
ヒッ、と短い悲鳴が聞こえたがお構いなしにその首にナイフを叩き込んで振り抜いた。
「は、はは! 残念だったな! 身代わりのブローチがあるから───」
確実にクリティカルだったが、どうやら使い切りの即死防止アイテムを持っていたようでHPが1残ったが、『ブラッドイグナイト』が発動中であるため相手に燃焼ダメージが入り、残ったHPを燃やしてポリゴンに変えてしまう。
「次」
さっとナイフをしまってから両手にロングソードを作り、残った四人に向き直る。
腹に横蹴りを食らった男はよろよろと立ち上がり、挟み込むように攻撃してきたが振り切られたナイフ使いと槍使いは、ヨミがいつ飛び出してきてもいいように構える。
そして最前にタンクの男がどっしりと大盾を持って構え、足止めをするつもり満々だ。
「体力は残り五割。うーん、ゴリゴリ減ってくなあ」
血液残量も心もとない。解除したほうが身のためだが、この魔術の強化幅というのは魅力的だ。
どうすればいいかと考えたが、そんなこと考えるまでもないかとニィっと笑みを浮かべる。
そう。減って行ってしまうなら、現地調達してしまえばいいではないか、と。
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