ぼっち・な・ぎるど

 アリアという特級可愛い兵器からどうにか離れることに成功したヨミは、ワープポイントからワンスディアに向かった。

 ギルドの設立にはお金がかかるそうだが、それは問題ない。十分すぎるくらいにはある。


「えぇっと、ギルド設立の受付は……あそこか」


 設立するための場所であるギルド会館を探してきょろきょろと見回して、街の案内図を見たりすることでようやく見つける。

 ヨミの右手には、途中で見つけた屋台で売っていたソーダ味のアイスキャンディが一本握られている。

 季節は現実とリンクしているので暑いわけではなくむしろ今日は少し涼しいくらいだが、吸血鬼を選んだ影響なのかどうなのかは知らないが、ヨミには少し暑く感じていた。

 なのでアイスキャンディを見つけた時はラッキーと思い、衝動買いしたのだ。十本ほど。残りはアルマやアリアへのお土産だと思えばいいだろうと、余分に買いすぎた自分に言い訳している。


 ソーダアイスを食べ切って、昔からの癖で棒を口に咥えたまま会館に足を踏み入れる。

 そこは少し豪華に飾られており、会館というよりもどこかの高級ホテルのような雰囲気を醸し出している。

 別に富裕層が来るような場所、というわけではないのにどこか変なところはないだろうかを身だしなみを気にして、咥えたままの棒をインベントリの中に放り込んで、ささっと手櫛で髪に指を通す。

 服装は初期装備のままなので、そろそろ性能のいいものに変えたほうがいいかもしれないと、受付カウンターの前に立ってぴしっと制服を着こなしている美人な女性NPCを見て思った。


「ようこそ、ギルド会館へ。ご用件をお伺いいたします」

「その、ギルドを設立したくて来ました。受け付けはここでいいんですよね?」

「ギルドの設立ですね、かしこまりました。でしたらこちらに記入をお願いいたします」


 そう言われて眼前にウィンドウが開く。

 そこにはギルド設立申請と書かれており、ギルドマスターの欄や主な活動場所、拠点などを入力する場所がある。

 それらにてきぱきと入力をしていきしっかりと入力欄を埋めていくと、最後に『ギルド名を入力してください』というのが出てくる。


「ギルド名、ギルド名かあ……」


 ネーミングセンスは人並み程度だと思っているので、そういうのを考えるのが上手かったのえるや空がいないのは痛いなと思いつつ、ギルマスが自分という吸血鬼、それも真祖なのだからそれにちなんだものにしようと頭を捻る。

 吸血鬼と言ったら月や血、夜。そして、夜の王とも呼ばれている。これら全てを入れるとごちゃごちゃした名前になってしまうので、入れるにしても二つだろう。

 どれがいいだろうと数分腕を組んで悩んだ末に、月と王座を組み込んだ名前にする。


「ギルド名は漢字で『銀月の王座』。読み方は……ムーンライトスローンにしよう」


 のえるが聞いたら呆れるだろうなと苦笑しながら、ギルド名を打ち込む。


「記入が終わりましたね? では、ヨミ様をマスターとしたギルド『銀月の王座ムーンライトスローン』で登録します」


 受付NPCがそう言うと、視界に『ギルド【銀月の王座】が結成しました』というメッセージウィンドウが開き、同時にメニューも勝手に開いて新しく追加されたギルド管理画面のチュートリアルウィンドウが表示される。

 その管理画面に映る、輝かしき『ギルドメンバー:1名』の文字。なんだか無性に寂しくなってきた。


「いいもん、どうせあと何日かしたらのえると空が来るんだし、その時に誘えばいいし」


 だから決してぼっちなギルドだから寂しくないと、自分をなだめるように言い聞かせる。

 こうして、何とも締まらない感じで自分のギルドを発足させた。


 ギルドを発足させた後、そろそろいい加減に初期装備から脱却するために装備屋に行き、そこで防具を一新する。

 プレイヤーが経営しているお店ということもあってその性能は高く、そのおかげで防御力の底上げやHP・MPの増加、少しだけ筋力への補正が加わった。

 その分お金は結構かかったが、クエストをこなしたりエネミーの素材を売り払えば問題ない。


 一式装備ではなく装備スキルの組み合わせを優先したため、最初は見事なデザインが壊滅的なキメラ装備だったが、それを見かねたプレイヤーが見た目だけ変える重ね着アバターをおすすめしてくれて、それも一緒に購入した。

 ヨミのことを掲示板や配信で知っており、まだ可愛い服の良し悪しがよく分かっていないのでお任せにしたら、のえると詩月と同じタイプの視線を感じた時は、自ら捕食者の前に飛び出した獲物の気分になった。

 その結果、元々着ていた服と似ているが、それよりも可愛らしさ四割増しのゴシック調のドレスに身を包んでいた。


 ボタン周りにフリルの付いたプリーツホルターネックのブラウスに、デタッチドスリーブとフィンガーレスグローブ、フリル付きの膝丈のミニスカート。

 リアルと同じで肉付きがいい太もものあるすらりと長い脚には黒のニーソックスと、踵が高いハイブーツを履いている。

 頭装備だったバラは装備更新と共になくなったが、お店のプレイヤーが怖いくらいテンションをぶち上げながらこれも付けてほしいと言われ、アクセサリーとして赤いバラの髪飾りを付けている。

 ちなみに両太もものガーターリングは残された。


 そうして、色白の日本人離れした美しい容姿をした美少女っぷりを引き立たせる可愛らしい格好へと進化して、そこにほとんど自分の意見がないことに凹む。

 初対面のはずなのに、スカートは嫌だからせめてショートパンツにさせてほしいと行った時、その瞳からハイライトが消失して有無を言わせない圧を感じたのか怖かった。


「さて、ギルドを作って装備更新したはいいけどこれですぐに戻るのも変な話だしなあ。あ、そうだ。アリアちゃんが新緑の森に薬効が高くてついでに美味しいキノコがあるって言ってたっけ。ついでに新緑の森の探索を進めてマップを埋めよう。ついでにボスエネミーなんかと遭遇してもよし」


 周りからざくざく突き刺さってくる視線に居心地の悪さを感じながら、そこから逃げるためにワンスディアに来る前にアリアが行っていたことを思い出す。

 キノコの癖にまるで肉のようにジューシーで、体の中に老廃物の排出を促し、たんぱく質が豊富で健康にもいいし体作りにもいいキノコが新緑の森にあるという。

 そのキノコの名前は『マッシュルームマンドレイク』と言うそうで、図鑑でしか見たことがないそうなので見た目と効果しか知らないらしい。

 なんだかとても叫びそうな名前だなと、真っ先に思ったのは秘密だ。


 とりあえず目的は決まったので、森に行くまでに数分はかかるのでその間に告知をしてから配信枠を作り、一瞬で待機人数が三桁を超えたのを見て恐怖を感じた。



 ポーションが底を尽きかけていたので、ワンスディアで色々と買い出しをしてから外に出て、アリアにお願いされたキノコを探すついでに森の中をうろうろしながらエリアボス的なものを探しているヨミ。

 初日に倒したブラックベアドラコのフレーバーから、この森には森の主と呼べるものがいるはずなのだが、中々遭遇しない。


「まあ、そんな簡単にボスと遭遇できるなら、この辺は初心者たちの阿鼻叫喚の地獄絵図になっているだろうしね」


 少しだけ離れた場所で、片手剣を持ってヴォーパルバニーと戦っている、初期装備のプレイヤーを見て呟く。


”いやあなたも初心者だからね?”

”確かにそうだなーって思ってたけど、始めて一週間経ってない初心者だったわこの子”

”可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い”

”なんか衣装がめっちゃ可愛いのに変わってて一瞬で惚れ直しました。どう責任取ってくれるんですか”

”あの森で普通にスキル上げや熟練度上げ出来て、バトレイドではあまでうすくんとの十本勝負での最初の三本を除いて未だ負けなしのつよつよプレイヤースキル。主に使うナイフも性能がめっちゃいいものだけど、当の本人は始めて四日目のガチ初心者なんよなー”

”こんなに強い初心者がいてたまるか”

”リアルで武術やってそうなトッププレイヤー共は最初から強いけど、ヨミちゃんはリアルで武術って言うよりもえぐい数の経験があるからそれが土台になってる感じがする”

”スキルの使い方と体の使い方が上手いんだろうな”


 ぽつりと零したヨミの発言にコメント欄が加速し、今はまだ装備できないインベントリの肥やしになっているユニーク夫婦剣と赤い大鎌を持っていることは、装備できるようになるまで本格的に黙っていようと口にチャックをする。


 とりあえず森に来たはいいが、どこにマッシュルームマンドレイクなるものが生えているのか分からない。

 ここに来る前にアリアが読んだという図鑑を見せてもらえばよかったと反省し、色々と採取とかもしておきたいから適当に探し回っていればそのうち見つかるだろうと、気持ちを切り替える。

 それに、森の中を彷徨うように歩き回りながらエネミーを片っ端から倒していったこともあり、影魔術の熟練度が1上って60になったことで新しい影魔術を習得した。

 プレイヤーの操作するウィンドウは個人情報なので、配信用のカメラには映ることはないので安心していじることができる。


「影魔術『シャドウソーン』。……これ結構よくない?」


 書かれている効果を読んで、これはメイン魔術の一つに入りそうだと感じた。

 解除されない限り十秒間相手を束縛できるし、その間どれくらいのダメージかは分からないがスリップダメージが入る。

 大型のモンスターには拘束系が効きにくいのは、それはもう身を以て知っているが、小型から中型、プレイヤーであればいい初見殺しになる。


「残念だけど、この魔術はそうそうお披露目しないよ。このゲームに限らずPKっていう迷惑な人たちは一定数いるから、今更だけどあまり手の内を晒したくない」


 どういう魔術なのか見せてほしいというコメントがたくさん打ち込まれてくるが、こうした拘束系は対処されると効果を発揮しづらくなってしまうので、その時が来るまでは隠しておく。


「……あ、キノコだ」


 もはや雑魚敵に成り下がってしまった新緑の森のエネミーをしばき倒しながら進んでいると、木の根元にキノコが生えているのを見つける。

 回復アイテムなどは基本ショップで買えるが、ショップで買う以外にも調合することで作成することができて、こうしたフィールドで採取した素材アイテムと調合する必要がある。

 インベントリの中に大量に放り込んである回復ポーションは、確かその効果を高めるにはキノコ系の素材アイテムが必要だったはずだ。


「こういうちょっとした寄り道も、ゲームの醍醐味だよねー」


 そう言って木の根元から生えているキノコをもぎ取る。残念ながら食用キノコだったが、これはこれで使いようがあるだろう。


「ってかここキノコの群生地じゃん。ラッキー」


 大量にキノコが生えているので、キノコ狩りをする。

 椎茸っぽいものや舞茸っぽいもの、中にはエリンギっぽいのもあってやっていて楽しい。


「きのこーのーこーのこげんきのこー」


 テレビで前に聞いたことのあるきのこの歌を口ずさみながら、色んな所に生えているキノコをもぎ取ってインベントリに突っ込む。

 ほとんどは食用で、毒キノコは速攻放棄し、こんなに食用が手に入るならキノコピザでも作ろうかと考える。

 なんだか本格的にピザを食べたくなってきたので、リアルの夕飯でもキノコピザを作ろうかと、ぼんやり考える。


”ぐはっ”

”かわいっ(昇天)”

”あっあっあっ、可愛すぎる”

”うろ覚えっぽくて途中で鼻歌入るの最高”

”ぎゃわいいいいいいいいいいい”

”妹と一緒にキノコ狩りに来ているお兄ちゃん気分を味わわせてくれるよこの吸血鬼ちゃん”

”これも切り抜き確定だな”

”こんなん鬼リピするしかねーだろ!”

”なんて可愛いんだ、いい加減にしろ! これ以上惚れたらどうするんだ!”


 なんかやけにコメント欄が大盛り上がりをしているが、ここは気にせずに次のキノコに狙いを定める。


「いただきますますきーのーk」

『ホギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!』

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?」


 一つやけに大きなキノコを見つけてラッキーと思い引っこ抜いたら、キノコと一緒に丸い茎に細い手足のようなものが生えた何かが引っこ抜けて、すさまじい音量で絶叫する。

 あんまりにも急な大絶叫でヨミも一緒に叫び、反射的にそれを近くの木の幹に叩きつけてしまう。


『ホゥッ』


 叩きつけられたキノコ(?)はその一回で大人しくなる。


「び、びっくりしたー……。なにこれ? キノコと……なに?」


 なんと言えばいいのかよく分からないので、雑に掴んで持ち上げて調べるコマンドをすると、『マッシュルームマンドレイク』という名前が表示される。


『【マッシュルームマンドレイク】


通称絶叫キノコ。食用兼薬用キノコ。肉のようにジューシーで焼いて食べるのがおすすめ。キノコの癖に生でも食べられるので、刺身のようにして食べるのもあり。マンドレイクの名が付いているが、引っこ抜いたら叫ぶという特徴が一致しているだけなので、マンドレイクではないので要注意』


「まさかこのタイミングでさらっと見つかるとは。……この人の顔みたいな茎はどうにかならないかな。っていうか絶叫キノコって公式が付けるんだ。……ん?」


 絶叫キノコのフレーバーテキストにまだ少し続きがあり、それをスクロールしてみる。


『新緑の森の主はこのキノコを好んで食べており、余所者がこれを引き抜くと取り返そうと全力でやってくる』


 そう書かれていた。

 これを好んでいて、他者が横取りするのを嫌っている。つまり、ここは既にフィールドボスの縄張り内ということで、ヨミの手には絶叫キノコ。


「グオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」


 絶叫キノコの絶叫を聞きつけたのか、全身灰色の鱗に包まれた爬虫類がすさまじい速度でこちらに向かって走って来た。

 そちらに顔を向けると『BATTLE START!』の文字が表示されて、予想外のタイミングでボス戦が始まる。


「いきなりボス戦!? もうちょっと心の準備くらいさせてくれないかなあ!?」


 とはいえ来てしまったものは仕方ないので、絶叫キノコをしまって紅鱗刃を右太もものガーターリングホルスターから抜いて逆手に持って構え、いきなり始まったボス戦に備えた。



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