可愛い、それはもっとも強力な兵器

 セラの命を救うことができ、あまりにも破格すぎる性能の剣を二本も報酬として受け取った翌日。

 早速試し振りをとアルベルトの家の庭を借りて装備しようとしたのだが、案の定要求されるステータスが足りておらず装備することができなかった。

 補正値分は加算されずに、育成で伸びる実数値の方のみが参照される。筋力の要求値が85なので、当面は無理だろう。ちなみに斬赫爪は筋力要求値が75だった。

 さらには、斬赫爪ではどうにか届いていた魔力値の要求値は、夜空の星剣と暁の煌剣の両方とも届いていなかった。

 『ブラッドエンハンス』と『血濡れの殺人姫』、そして吸血バフを込めればギリギリ要求値には届きそうだが、一分だけしか使えないとなるとそれこそ先日のロットヴルム戦のように、止めを刺す時くらいにしか使えない。


 今はまだ武器として装備することはできないが、観賞用として眺める程度はできるので鞘から抜いて、名前の通り星が散りばめられている夜空のように黒く美しい刀身と夜明けの名に相応しい白い刀身をじっくりと鑑賞した。

 これは当分使うことはできないだろうなと落胆のため息を吐いて、二本ともインベントリにしまう。

 斬赫爪は現在、クロムのところに預けられている。王の左腕を使った武器なのであれで壊れることはないが、まだ仕上げを完璧に終えているわけではなかったようなので、その仕上げ待ちだ。


「あ、そうだ。ステータス確認しよう」


 あの激戦を経てどれほどステータスが育ったのかを確認するために、庭にあるベンチに腰を掛けてウィンドウを開く。



◆MAIN STATUS


NAME:ヨミ

SPECIES:真祖吸血鬼(魔族)


HP:855

MP:1125

BLOOD:400


STR筋力:41/100(+65) ※AGIはこちらに統合されております

VIT生命力:38/100(+50)※DEFはこちらに統合されております。1に対して5HPが増加。10の倍数で10の位×30のボーナス

MND精神力:60/100(+50)※精神力1に対して3MPが上昇。10の倍数で10の位×20のボーナス

MAG魔力:53/100(+100)※魔術の威力を上昇。1に対して威力が+0.6%上昇する


◆SKILLS


影魔術シャドウアーク:59/100

取得魔術:シャドウアーマメント、シャドウバレット、シャドウバインド、シャドウダイブ、ブラックボックス

血魔術ブラッドアーク:44/100

取得魔術:ブラッドエンハンス、血濡れの殺人姫ブラッディ・マーダー、ブラッドメタルクラッド、ブラッドイグナイト

自己再生オートリジェネ:46/100

疾走:46/100

両手斧:29/100

大鎌:6/100

片手剣:29/100

ナイフ:37/100

投擲:32/100



固有能力1:月夜の死なずの君ノーライフキング

常時発動している自己再生能力。1秒につき体力の2%を回復する。手足を欠損しても、三分ほど時間をかければ修復される。夜中の月が出ている間、特に満月の時はこの再生能力はより高まる。自己再生と効果が重複する


固有能力2:吸血

血液を接種することが可能。HPとMPの急速回復と失った血液の補給が可能となる。一定時間筋力ステータスにバフを自己付与する。噛み付いた対象の血液を全て吸い尽くした場合、命のストックが可能。最大10個。HPを全て消失しても、ストックを所持している場合即蘇生が可能。銀、聖書、十字架で致命の一撃を食らった場合はストック無効となる


◆RESIST


※耐性は装備や装飾品によってのみ変動します


物理:30

火:-100

水:0

土:10

風:10

聖:-100

腐敗:65

雷:15

氷:0

毒:50

◆ATTRIBUTE


×『銀、聖書、十字架に弱い。触れると固定で毎秒30%HPを消失する。聖書に触れた場合、追加で確定スタン+衰弱のバッドステータス付与』


×『日光弱点(最弱):ステータスが最大5%減少』



「おー、結構育ってる」


 あと他にもいくつか、戦闘とは直接かかわりのない日常スキルや採取スキルなどもある。

 不要なスキルのポイントを減衰させて他のものに割り振ることができるので、使い道のないものは他のものにやったほうがいいだろう。


 メインで使っている影魔術と、その特性上たくさん使うMP量に直結する精神力が一番伸びている。

 調べると熟練度やステータスはは60から急に伸びにくくなってくるそうなので、そこを超えると影魔術と精神力値は一旦優先度を下げたほうがいいだろう。

 そうなると次に伸ばすべきなのは、やはりHPの量に繋がるVITと、攻撃力や速度に繋がるSTRだろう。


 やはり対人戦を何度もこなしていたことと、バーンロットとロットヴルムとの戦闘が大きいのだろう。

 格上との戦い、特にグランド関連の場合は熟練度が上がりやすいらしい。

 熟練度上げにいいのならば独占もいいかもと思ったが、レイドボスソロ討伐はもうこりごりだと頭を振る。


「お姉ちゃん!」

「わっ。アリアちゃん、おはよう」

「えへへ、おはよ!」


 ステータスを確認していると、後ろから抱き着かれる。

 いきなりだったので少しだけ驚いたが、それがアリアだと知って笑みを浮かべる。


 初めてアリアを見た時は、セラが血を吐いて意識を失った直後というのもあったのと、アルマが命を捨ててでもロットヴルムに挑もうとしていたのを怒鳴るように止めていたという状況もあって、怯えていたのか大人しかった。

 気絶して次に目を覚ました後にあった時は、セラが無事だと分かっていたからか、最初に見た時よりは明るさを感じられて、そして今日は最初の印象とはまるで違って眩しすぎるくらいの笑顔を浮かべている。


「あら、おはようヨミちゃん。ふふっ、吸血鬼さんなのに早いなんて変な話ね」

「セラさん、おはようございます。もう起きても平気なんですか?」


 膝の上にアリアがちょこんと座ってきたので、頭を撫でて柔らかい髪の毛の感触を味わっていると、後ろからおっとりとした女性の声が聞こえた。

 振り向けばそこには、アルマに支えられて立っているセラがいて、前に見た時よりも顔色がずっとよくなって見るからに回復に向かっているのが分かった。

 ただ寝たきり状態が長かったためか、筋力はかなり落ちているため手を付ける場所がないと、誰かに支えてもらわないといけないようだ。

 こういう時、筋力そのものを増加させる装備はどうなのだろうと思ったが、それだと本人の筋肉が付かないので意味がないだろうと自分で結論に至る。


「えぇ、ヨミちゃんがあのドラゴンを倒してくれたおかげで体調の方はばっちりよ。まあ、体力はそれはもうガタ落ちしているから、前みたいに家事したりするにはまだまだ時間がかかりそうね」

「けどさ、ヨミ姉ちゃんが来るまではそれすら諦めていたんだ。だから本当にありがとう!」

「うん、どういたしまして」


 昨日から何度もお礼を言われてむず痒くなるが、同時に嬉しいという気持ちが胸を満たしていく。


「おう、ここにいたか嬢ちゃん。頼まれていたもの、仕上がったから持って来たぞ。ったく、そこのクソガキが勝手に持ち出したりしなけりゃ、こんな無駄な手間はかからなかったんだがな」

「わ、悪かったよクロム爺。反省してるから……」

「ふん、やっぱりお前はアル坊の息子だな。ガキん頃のあいつそっくりだ」


 今は町長としてその座についているアルベルトが、昔はどんな人だったのかが非常に気になって来た。

 もし機会があるならばクロムに聞こうと思いながら、差し出された布に巻かれた斬赫爪を受け取る。

 ズシリとかなりの重さが腕に伝わり、改めて自分の身体強化系の血魔術がいかにおかしいのかを実感する。


「お姉ちゃん、これ何?」

「……なんて言えばいいかなあ」

「そいつぁ、嬢ちゃんが持ってたバーンロットの左腕を素材に使った大鎌武器、斬赫爪だ。本気ではない、人の姿のものとはいえあの竜王の腕だ。冒険者の言うユニークなんたらって言うのには少し劣るが、それに迫るワシの自慢の一品だ」


 黙っていたのがバカらしくなるほどさらっとばらすクロム。

 アリアはよく理解できていないのか「ばーんろっと?」と首を傾げていたが、知っているアルマ、セラ、遅れて外に出てきたアルベルトがびしりと体を硬直させる。


「……………………クロム、今なんて言った?」


 絞り出す様に聞き返すアルベルト。


「まあ信じられねえよな。だがワシは確かにこの目で見て、触れて、それを加工してそれにしたんだ。間違いない。あれは紛れもなく、赫竜王バーンロットの腕だった」

「り、りりり、竜、王……!? えぇ!? ヨミ姉ちゃん、んなやべーのと戦ってたの!? そりゃロットヴルムにも勝てるわけだ……」


 繰り返し力技で叩きつけまくるという戦法だったが、あの大きな首を落とした昨日の光景を思い出したのか、汗をにじませるアルマ。


「お、思っていたよりもすごい子だったのね、ヨミちゃん」

「すごいなんてもんじゃないだろ、これ。嬢ちゃんは世界で賞賛されるべき大英雄みたいなものだぞ」


 驚いたように右手を頬に当てながら言うセラと、こうしてはいられないとどこかに行こうとするアルベルト。


「『シャドウバインド』。アルベルトさん、このことは本当に他言無用でお願いします。……配信で結構な人に知られているけど、これ以上目立ちたくはないんです」


 実は竜王と戦って生き残っている冒険者だと言いに行こうとしたのだろうが、プレイヤーならともかくNPCにまで囲まれたりするのは勘弁願いたい。

 なので動けないように影で拘束してから、お願いする。

 もっと称えられるべきだと主張してきたが、深く頭を下げることで説得する。


「今まで数多くの兵士や英雄、冒険者が挑んでは尽くを返り討ちにして、女神様の加護を授かっている冒険者以外は帰還することができなかった竜王の一つを相手に、まさか生還することができるとは思いもしなかった。流石は純血の吸血鬼と言ったところか」

「奥の手を使ってもやっとこ腕一本斬り落とせただけなんですけどね。奴からすれば、腕一本くらいは掠り傷みたいで目の前で再生されましたけど」

「その腕一本でも十分未来永劫語られるべき偉業なんだぞ?」

「ボクは別に、誰かに称えられたいわけでもありませんから。それに勝ったわけでもないのにそう言う扱いを受けるのは、なんだか違うと思うので」


 そう言うとアルベルトから変わった女の子だという呟きが聞こえた。


「パパ、女の子はそういう英雄に興味ないと思うの」

「む、そういうものか」

「そういうものだと思うよ。わたしだってそういうの興味ないし。でも白馬の王子様は来てほしい!」

「いつか来てくれるといいねー。アリアちゃん可愛いから、きっとくるよ」

「えっへへー。お姉ちゃんに可愛いって言ってもらえたあ」


 もうすっかり懐かれたようで、ふにゃっと笑みを浮かべるアリア。

 リアルにいる詩月というここのところ暴走気味の妹と違って、まだまだ純心で甘えたい盛りな年下の女の子。NPCだと分かっていてもその可愛さにやられて、斬赫爪をインベントリにしまってから後ろからぎゅっと抱きしめてしまう。


「あはは! お姉ちゃん甘えんぼさんだ!」

「そうかもー。もう、アリアちゃん可愛いなあ、このこのぉ」

「きゃははは! くすぐったいよー」

「もうすっかり仲よしね。ヨミちゃん、もうこのままうちの娘になったら?」

「ん!? セラさん!?」

「な、何言ってんだよ母さん!?」


 とんでもない爆弾の投下に反応してセラを見るが、冗談でもなくわりとガチな目をしていて背筋が震える。

 アルマがその発言に、顔を真っ赤にして食いかかっている。


「だってアリアはすっかり懐いちゃってるし、アルマもヨミちゃんのことが、」

「わああああああああああああああああああ!? 何言ってんだよ母さん!? マジで何言ってんだよお!?」


 もう気絶するのではと思うほど顔を真っ赤に染め上げたアルマが、大声を出してセラの口を手で塞ぐ。

 むぐむぐとそれでも口を動かしていたらしいセラは、そのままアルマに家の中に引きずられるように連れて行かれてしまった。

 おっとりしていてどこかふわふわしている感じがするとは思っていたが、想像以上にふわふわしている人で、何を言うのか全く分からない人でもあった。


 流石にこのアルベルト一家の娘になることはないが、フリーデンに住み着こうとは本気で思っている。

 近くにヤバいのがいるというマイナス点はあるが、それを考慮してもフリーデンはとてもいい町だ。

 魔族だからと差別せず、温かく迎え入れてくれる場所。牧歌的で、あの赤い場所に目を瞑れば景色もよく立地などもいい。

 まだ一週間も経っていないが、ヨミはすっかりこの町のことを気に入ってしまった。


 丁度所有者のない大きめな空き家があるので、そこを拠点に自分のギルドでも立ててしまおうかと考える。

 そのためにはワンスディアに向かって、そこのギルド設立の受付窓口で諸々の申請をしないといけない。

 一応一人でもギルドの設立はできるようになっているので、のえると空が始めるまでは、所属メンバーがギルドマスターである自分だけのぼっちギルドとして活動しようかなと考える。


 今膝の上にちょこんと座って、ぐりぐりと後頭部を胸に押し付けてくるあまりにも可愛すぎるアリアから離れるのはかなり心苦しいが、このままだとずっと彼女の甘えられるのを許し続けてしまいそうなので、ここは少しだけ心を鬼にする。


「アリアちゃん、ボクこれからちょっと行きたい場所があるから、少しだけこの町から離れちゃうけどいい?」


 そう尋ねると、悲壮感たっぷりな顔をして見上げてくる。


 ───あぁ、胸がっ。胸が痛いっ。


「すぐ、帰ってきてくれる……?」

「もちろん、もちろんすぐに帰ってくるよ。どんなに遅くなっても今日の夜には絶対に戻ってこられるようにするから」

「約束、だよ?」

「そうだね、約束だ」


 約束の指切りの概念自体はあるようで、ヨミが右手の小指を立てて差し出すと、アリアも同じように右手の小指を立ててきゅっと絡める。

 これは何があっても、絶対にここに今日中に戻らないとまともに口を利いてくれなくなるだろうなと、リアルでの経験から予測する。

 どんな問題が生じても、それこそ『血濡れの殺人姫』を使ってでも帰ってきてやると決めて、離れたくなさそうに服の裾を掴んでいるアリアに強烈な庇護欲を掻き立てられて、十分ほどそのままの状態でいた。

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