赫の王への挑戦権 3

「ぜぇー、ぜぇー……! や、やっと二本目を削り切った……! ど、どんなもんだこの図体がデカいだけの赤トカゲぇ!」

「グゥオオオオオオオオオオオオオオ!!」

「うひゃあ!? ちょ、タンマタンマ!?」


 肩で激しく呼吸して珠の汗を浮かばせながら、してやったりと笑みを浮かべながら煽るヨミ。

 それに怒ったように咆哮を上げて、その巨体故に一歩一歩が大きくすさまじい速度で突っ込んでくるように見える突進を繰り出してきた。


 もうすでに戦闘を始めてから一時間と十分が過ぎている。

 大量に合ったMPポーションは残り三つまで減っており、ダメージを稼ぐために何度か血魔術を使ったため、血液残量は残り一割を切っている。

 これだけやってまだ二本目を削り切って、三本目に突入しただけ。まだあと三つもあると思うと、せめてクロムが作ってくれていた装備が完成するまで待っていればよかったと後悔するが、後悔先に立たずだ。


 途中で赤刃の戦斧に切り替えてMPの節約をしようと思ったのだが、『シャドウアーマメント』の戦斧よりは長く持たせることはできたが、そもそもがグールからのドロップ武器。

 耐久値は高く、クロムに補修してもらったことで更に高くなったとはいえど、赫竜の鱗の方が遥かに硬く一本で長く持たせることはできたが、つい五分ほど前にびしりと嫌な音が鳴ったのでインベントリに放り込んだ。


「残りのMPは四割で、ポーションは三つ。……できれば、あれ相手にやりたくはなかったんだけどなあ」


 アイテムを使わずにMPを回復させる手段を持つが、可能ならばこんな腐敗の力を持つようなもの相手に使いたくない。

 しかしそれをしないと回復が追い付かないし、それをすることでSTRにバフがかかるため、よりダメージを与えられることが可能かもしれないのだ。


 突進してきたのを回避し、そんなヨミを逃さないと言わんばかりにドリフトをするように向きを変えて、叩き潰そうと叩き付けられてきた翼脚を下がって避けて、覚悟を決める。


「絶対クソマズいだろうけど、やってやるよちくしょうめえ!」


 持っているひび割れている戦斧を全力で右目に向かって投擲して、一瞬だけでもいいから目を閉じさせる。

 投擲すると同時に、非武装状態となったために疾走スキルを発動させて一瞬でトップスピードに達し、接近する。

 投擲された斧は右目の下あたりに衝突して、限界を迎えて砕け散る。だがしっかりと目的は果たし、ロットヴルムに右目を僅かに閉じさせる。


 その瞬間跳躍して、眼窩が見えている左目に手をかけて張り付き、よじ登る。


「うひぇ……。リアルに作られているから怖いしグロいなあ……。こういうのがVRのちょっと嫌なところだよね……。『シャドウアーマメント・クロー』!」


 左手でしっかりと振り落とされないように掴まりながら、右手に影の鉤爪を生成する。

 見えてはいないだろうが何をしようとしているのかを察したらしいロットヴルムが、激しく暴れて振り落とそうとするが、振り落とされまいとしっかりと掴まって、ほんの一瞬だけ止まったのを見計らって右手を眼下に向かって突き出す。

 ぐじゅり、と嫌な音を立てて左目がえぐり出された眼窩が蹂躙され、赤い竜の巨体が大きくびくん! と跳ねる。


「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!?!?」


 超至近距離で特大の悲鳴を浴びたからか、体の芯までびりびりと音が響く。


「ぐぅ……!?」


 顔を歪ませ、思わず左手を放してしまう。

 痛みから逃れようと暴れられているため、顔を大きく左に振られたことでぽーんと放り飛ばされる。

 叩き付けられればダメージを受けること必至なので、どうにか体勢を立て直してから地面に着地して、でも結局バランスを崩してゴロゴロと転がる。


「いたた……」


 もぞりと起き上がり悶えているロットヴルムに目を向けると、現状できている中で一番大きな傷、しかも弱点である眼窩に追撃を入れたからか三本目のHPが一割強も減っている。

 狙ってあそこを狙えればいいが、いかんせん頭の位置が常に高い位置にあるため簡単に狙えないし、一度でもそこに攻撃を入れれば賢すぎるAIが学習して、そう簡単に次を狙わせてはくれないだろう。


「あそこまでダメージを入れられるのはちょっと予想外だったけど、ボクの目的はこっちだからね。……うえぇ」


 右手に目を向けると、べったりと赤黒い血が付着している。

 本当に大丈夫なのかと疑問に思うほどきつい匂いがするし、腐敗の力を有しているドラゴンだから、血液にもその力が色濃く出ているのではないだろうかと不安になるが、仮に腐敗状態になりそうになっても最後の一個の浄化結晶を使えばいいだけだと、左手で皿を作ってそこに血を滴らせて溜める。

 溜まった血はそこまで多くはなく、やはりこうやって武器や手に付いたものを舐めるよりも、牙を突き立てることができるものから直接いただいたほうが効率的だろうなと思いながら、ぐっとその血を啜る。


「ッッッッッッッッッッ!?!?」


 結論から言えば、吐きそうなほど不味い。

 何かが腐っているような激臭が口から鼻に突き抜けていき、どろどろとした血が舌と喉に嫌に絡みつく。

 あまりの臭さと不味さに強烈な吐き気を催すが、ゲームの中では飲み込んだものを吐き出すことはない。


「ぅ、おえぇ……!!」


 とはいえ強烈な吐き気は抑えられず、到底人には聞かせられないほどガチでえづく。

 これはログアウトしたら、リアルの体はその血を味わっていないのにその味が残っていて、本気で吐き出しに行くだろう。


「げほっ……うぷっ、う、ぐっ……! も、もう絶対に、こいつの血は飲まない……! 一滴も、飲んでやるものか……! お゛え゛ぇ……!」


 顔を真っ青にして目尻にたっぷりの涙を浮かべながら、やや掠れた声で小さく叫ぶ。

 止まらない強烈な吐き気を堪えながらMPバーを見ると、きちんと吸血行為とみなされたためぐんぐん回復していっている。

 筋力増加のバフもかかっており、状態異常ゲージも進行していない。

 バッドステータスがかからないと分かったのは重畳だが、分かったところでもう二度としたくない。

 これならまだ、森の中で戦った熊の生き血の方がマシだ。あっちもあっちで恐ろしく獣臭かったが。


「うぅ……HPポーションのほろ苦さが染み渡る……」


 HPは減っていないのだが、口直しのためだけに一本を空にする。それくらい不味いし後味も死ぬほど酷い。

 薬草が原材料なので青っぽさはあるが、ほろ苦くほのかに甘いポーションがまるで、特上の蜜のように美味しく感じる。


 あの嫌な後味が引いていくと、それに比例してふつふつと怒りが沸き上がってくる。

 それは理不尽なものだと分かっているが、それでも怒りを感じざるを得なかった。


「この後夕飯があるってのに、よくもボクにクソマズい血を飲ませてくれたなあ!? 覚悟しろこのクソトカゲぇ!!」


 ちなみに、のえるからお怒りのメッセージが届いており、合間にどうにか返事を打ち込んで事情を説明しておいた。

 あとで甘んじて彼女のお説教と罰を受け入れるつもりだ。どうせ抱き枕にでもされるのだろうが。


 一度解除した『ブラッドエンハンス』を再度使用しながら、右手に『シャドウアーマメント』で両手斧を生成する。

 そしてそのまま怒りに任せて全力で踏み出し、吸血後に得られるバフによって今までとは違う加速を見せて突っ込んでいく。

 ロットヴルムはその違いに素早く気付いて引こうとするが、咄嗟に『シャドウバインド』を使うことで、ほんの一瞬だけその動きを阻害する。


「『ライオットインパクト』ォ!!」


 怒りをありったけ込めた全力の振り下ろし。

 すさまじい衝撃音が響き、一撃で叩きつけられた首の鱗を破壊する代償に、斧も破壊される。


「『ブラッドメタルクラッド』───『ホローアウトネイル』!」


 そこにすかさず、そのままにしている右手の鉤爪の戦技を発動させて、えぐるように突き刺す。

 砕けた箇所は比較的脆く、強い抵抗感を感じつつも肉を抉って食らい込む。

 首にまた張り付いたヨミを振り払おうとするが、戦技はまだ終わっていない。


 引き抜いた右手を、もう一度同じ個所に突き立てては引き抜き、徐々にその肉と鱗を内側から抉っていく。

 鉤爪戦技 バトルアーツ『ホローアウトネイル』。その意味は、「抉り取る爪」だ。こんな怖い名前をしているが、これで最初から使える初期戦技だ。

 その特徴は、自分からキャンセルするか相手に動きを遮られるまで、何度でも同じ場所に攻撃を叩き込み続けると言うもの。

 対人戦ではさほど有効打を与えられないだろうが、ロットヴルムのような巨大なエネミーであれば、振り落とされないようしっかりと張り付いていれば有効打になるまで攻撃を続けられる。


「おおおおおおおおおおおりゃあああああああああああああああああ!!」


 何度も何度も、執拗に首に鉤爪を叩き込んでは内側から鱗を剥がす様に抉って傷を広げていく。

 吸血後の筋力値バフの恩恵もあり、武器の強度と攻撃力を底上げした状態でもあるため、数ドットずつHPが減少していく。

 吸血して回復した分の血液残量がまた減ってしまったが、もうこの際それは気にしない。とにかく今は、一センチでも大きくこの首に傷を作ることが優先だ。


「いっ!? ッ、チィ……!」


 落とされないよう必死にしがみついてずっと鉤爪を抉り込み続けていたが、振り落とされるよりも先に鉤爪が砕けてしまい、素手でロットヴルムの鱗を引っ掻いて爪が剥がれる。

 鋭い痛みが指先から予想外のタイミングで襲いかかり、びくりと体を跳ねさせて動きを止める。

 戦技が中断されたため、張り付いていた首から離れて距離を取る。

 するとロットヴルムが翼脚を力強く羽ばたかせて、ぐっと体を低くして跳躍して高度を稼いで飛翔する。


「やっとドラゴンらしくそのご立派な翼で飛んだね。でも届かないからさっさと降りて来い!」


 そう言っても素直に来てくれるわけがないので、MPの急速回復が切れるまで連続で投げナイフを作っては全力で投擲する。豆鉄砲もいいところだが。


「……おっとぉ? それはちょ~っと、話が違ってくるねえ!?」


 一定の高度でホバリングして何をしているのだろうかと思っていると、どんどん胸部が大きく膨らんでいく。

 それはブレスを放つ前兆なのだが、その膨らみ具合が今までとはけた違いだ。

 これはまずいぞと冷や汗を浮かべ、どこか安全圏はないかと探すと、ロットヴルムの真下から前方五、六メートルのところから真っ赤なAoEArea of Effectが表示される。

 それはつまり、範囲攻撃。


「ここにきて遅延行為からのそれとかマジでふざけんなあああああああああああああああ!! こちとら美味しい夕飯が待ってんだから、さっさとしろやあああああああああああ!!」


 青筋を浮かべながら全力疾走。非武装状態なので疾走スキルの後押しもあり、数秒でロットヴルムの足元まで移動できた。

 その一秒後、啞然と開いた口が塞がらなくなるほどの光景が、AoEの範囲に沿って広がっていった。

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