赫の王への挑戦権 1
フリーデンを駆け抜け、表示されているイベントマップと目的地である光点を頼りに、全力で疾走する。
てっきり赫き腐敗の森に向かうのだと思っていたのだが、その手前の大深緑の森林というフィールドを大きくぐるりと迂回するように誘導されている。
赫竜は腐敗の竜だから、あの赫い森の中にいるのではないのかと思いつつ、道中のほとんどのエネミーを振り切り、無視できないものは反応されるよりも早くその首を落とすことで、足を止めずに最高速度で駆けていく。
そうして全力で進んでいると、正面の地面がなくなっていることに気付いて、地面をブーツの踵で抉る様にして止まる。
それは地面がなくなっているのではなく、強い力で崩されているかあるいは腐らせられることでできたのか。大きな谷となっていた。
「……なるほどね、この下ってわけか」
マップを見ると光点はこの谷を越えた先ではなく、下に降りて進んだところにある。
それに谷をよく見れば、足場はかなり悪いが下に降りていく用の足がかりが存在している。
落下耐性のスキルは獲得していないが、今の自分のステータスによって得ている身体能力なら行けるだろうと、十メートルほど後ろに下がってから再度疾走する。
「『シャドウアーマメント・クロー』!」
谷の縁ギリギリで全力で跳躍し、その途中で影魔術で鋭い爪を両手に生成する。
反対側の側面に足を付けて右手の爪を突き刺し、ごりごりと音を立て岸壁を削り速度を軽減させながら下に降りていく。
ぴしりと右手の爪からひび割れる音が鳴り、耐久値が限界を迎えるギリギリで引き抜いて岸壁を強く蹴り、反対側へと跳躍して左手の爪を突き立て同じように削りながら降りていく。
それを数回繰り返して谷底に到着する。
まだ進む道があり、光点はその先に存在している。
急がなければと少しだけ焦りながら、ぼろぼろになった両手の影の爪を破棄して、走りながらインベントリからMPポーションを取り出して煽る。
ほろ苦い風味が口の中に広がるのを感じながら、空になった瓶を投げ捨てる。
そうして全力で疾走すること一分ほど。周囲に赤い霧が漂い始める。
霧の発生源に向かってより強く地面を蹴って加速すると、大きく開けたエリアに出る。
マップを見て名称を確認すると、『赫竜の巣』と表示された。どうやらここが、ボス戦用のバトルフィールドのようだ。
ざりっと音を立てながら停止し、いきなり奇襲を受けてもすぐに対応できるようにと右手のロングソード、左手にナイフを影で作り、その上に『ブラッドメタルクラッド』を展開して強度と威力を底上げして、油断なく構える。
どこから来るのだと周囲に目を向けて警戒するが、その必要などなかったようだ。
一際濃い霧、というか赤い霧の発生源。その中からシルエットが大きくなり、衝撃波でも発生しているのではないかと錯覚するほどの大音量が響く。
思わず両手で耳を塞ぎ、お腹にびりびりと響く感覚に僅かに顔をしかめる。
ダメージは発生しなかったが、体が若干硬直したのを感じたのでこれは厄介だと舌打ちをする。
直後に突風が吹き、一際濃い霧が吹き飛ばされてフィールド全体に広がる。
「う、わ……!?」
真っ先に視界に入ってきたのは、真紅の鱗に全身を覆っている王道的なその体に、背中から生えている翼脚をした、目測でも全長三十メートル、高さ十五メートルほどのドラゴンだった。
鼻を突き刺すような強烈な腐敗臭。それなんかが一切気にならないレベルの、圧倒的な威圧感。
格の違いをただそこにいるだけで叩き付けられ、無意識のうちに体がぶるりと震えてしまう。
『ENCOUNT GREAT ENEMY【RED DRAGON :ROTWURM】』
『ENEMY NAME:赫竜ロットヴルム
赫竜王バーンロットの血と鱗より生まれた、赫き腐敗の森の守護竜。王の住まう赤い森への侵入者を許さず、王に許しなく謁見しようとする狼藉者を排除する。酷く凶暴であり、王と神の言葉以外の全ては雑音と認識している
強さ:背を向けて逃げることすら不可能』
王と同じく、逃亡すら許されない。背を向けた瞬間、ヨミはあのドラゴンに殺されて借りているアルベルトの家の離れにあるベッドの上で目覚めるだろう。
ロットヴルムが再び咆哮を上げると『BATTLE START!』の文字が表示されると同時に、ヨミのHPバーなどが表示されている場所の下あたりに、『02:00:00』の数字が表示されて、右側の数字が減っていく。
「時間制限付きなのかよ!?」
残されている時間は二時間。
確実にこれはレイドボスであるため、この二時間というのはレイドを組んだうえで二時間という時間が与えられているということで、つまりはそれだけ強大な化け物と言うこと。
やはり一人で挑むような相手ではないのかと歯ぎしりしながらも、あの儚く今にも散ってしまいそうなセラを思い出し、強く武器を握りなおす。
「レイドを組んだうえで与えられる二時間という長い猶予。どう考えても一人で倒せるような相手じゃないけどさ。仲良くなりつつある子供たちから、母親を失わせるわけにはいかないんだ」
左手で胸に触れ、『ブラッドエンハンス』を発動。体の奥から力が沸き上がってくる。
きっとヨミのこの言葉も、ロットヴルムには聞くに堪えない雑音でしかないだろう。
だから、右手に持っているロングソードの切っ先を真っすぐ竜に向けて、口を開く。
「だからお前のその首、叩き落してやるよ。覚悟しろ、空飛ぶトカゲ野郎」
「……グゥルルアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」
果たして今の言葉を理解したのかどうなのか、大気すら震えていそうな大音量で咆哮を上げる。
ぎりっと歯を食いしばりながら耳を塞ぐ動作を取らずに、若干の硬直が解けた瞬間に全力で地面を蹴って接近する。
先手必勝と言わんばかりに、右手のロングソードを弓を引くように構えて戦技を発動。淡いエフェクトの尾を引きながらまっすぐ突きを放つが、金属質な音を響かせるだけで刺さることはなかった。
流石にあの王と比べると鱗の強度は高くないようで僅かに傷を付けるには付けられたが、この程度ではダメージなんて1ドットも通らない。
そのことに舌打ちしつつ後ろに下がり、首を落とすためにはまず頭を下に降ろさせる必要があると、足を集中的に狙う方針で行く。
「あっぶ……!?」
当然黙って足をちくちく攻撃されることはなく、動き出した瞬間に回避行動を取ったので直撃を避けたが、右の前足が地面に叩きつけられた衝撃で若干バランスを崩す。
そこにロットヴルムが翼脚で攻撃を仕掛けてきたので上に跳躍し、落下してくるヨミを丸呑みしようと大きく口を開けて上を向く。
現実と区別が付かないレベルのリアリティで作り込まれており、鋭い牙が生え揃っている大きなドラゴンの口内に怖気を感じつつ、左手に持っている影のナイフを投擲して、空いた左手で銃の形を取る。
「『シャドウバレット』!」
低威力の影の弾丸を放つ魔術を起動。
影の弾丸は真っすぐ口内に吸い込まれて行くが、あまりにも豆鉄砲すぎて数ドット程度HPバーを減少させるだけで、怯みもしない。
ロットヴルムの表示されているHPバーの下には四つのブロック。つまり残存しているHPバーは五本。
「ますます一人で挑む様な敵じゃないねえ!?」
自分がこのゲームを始める時にのえるも一緒に始めるように言えばよかったと、今更ながら後悔する。しかしのえるが自分のチャンネルの視聴者たちから邪な目を向けられると思うと、それはそれでなんだかもやっとする。
「どりゃああああああああああああああああ!!!」
このままだと飲み込まれるので、左手に両手斧を生成してそれに『ブラッドメタルクラッド』をかけて威力を上げ、ギリギリと体を捻ってから思い切り投擲する。
投擲スキルのアシストは、武器が大きすぎるためか乗ることはなかったが下に向かっての投擲なので、それなりの速度で向かって行った。
ロットヴルムは影の斧が自分の口内に向かってきていると認識した途端、バグンッ! と口を閉じて斧を噛み砕いてしまう。
しかしこれで丸呑みされることはないと笑みを浮かべ、ロングソードを掲げて戦技を発動させる。
「『ヴァーチカルフォール』!」
落下の勢いとシステムアシストに便乗して腕を振ることで全力でロングソードを鼻っ面に叩き付けるが、若干刃が食い込んで極微小なダメージを入れるだけに留まり、一撃で耐久限界を迎えた剣が折れてしまう。
そのまま地面に降りて勢いを殺す様に転がって落下ダメージをいなし、非武装状態になったため疾走スキルを発動させながら全力で地面を蹴り、真っすぐ左前脚に向かって行く。
両手斧を形成し、ぐっと体を捻る様に右側に構えて戦技を発動。
「『スパインブレイク』!」
体の捻りを使った強烈な薙ぎ払いの重単発戦技。昨日今日のフリーデンでのお手伝いの中で木の伐採があり、それで両手斧を使っていたことで熟練度が上昇し覚えた新技だ。
重量武器の一撃というのもあり足の鱗を砕いて食い込んだのだが、生成後すぐに攻撃を仕掛けたためか今の一撃でびしりと嫌な音が耳朶を打つ。
「うわあぉ!?」
食い込んだ斧を引き抜こうとすると左前脚を振り上げて、無造作に振り払う動作をされる。
おかげで斧がすぽりと抜けたのだが、そのまま真っすぐ壁に向かって飛ばされる。
「こんのぉ!!」
無理やり空中で向きを変え、斧を壁に叩き付けることで勢いを減衰させる。
完全に止め切ることはできず体を強かに叩き付け、肺の空気を吐き出してしまう。
「げほっ……! こんな無茶なやり方やってたら、命も時間もいくらあっても足りない……!」
二割ほどHPが減るだけで済んだが、じんじんと痛む左腕を右腕で押さえる。
自己回復スキル二つが発動して痛みが引いていきHPも回復していくが、今回はただ運がよかっただけなので食い込んだら即武器を放棄しようと決める。
ロットヴルムのHPを見る。
最初のHPバーを、まだ一割も削れていない。ただの竜でこれなのだから、本当に今現在の奥の手である『血濡れの殺人姫』による火力上昇はすさまじかったのだなと、苦笑する。
「あれを倒すには今のボクじゃ火力不足。やるには『血濡れの殺人姫』じゃないと、あの首も落とせないだろうな」
だがあれは一分だけという時間制限があるし、しかもその一分は血液残量が最大だったらの話しだ。
食事などでリアルのように血液を自分で作って回復することも可能であり、熟練度上げのために森に潜っている間にちまちま血液を接種していたおかげで、六割程度は回復していた。
何度か『ブラッドメタルクラッド』を使っているため現在は五割まで減っており、『血濡れの殺人姫』は現在30秒しか維持できない。
こんなことなら、相手が人外エネミーだからと吸血を避けなければよかったと過去の自分を責めつつ反省し、ひび割れている両手斧を補修するように血魔術で表面を覆う。
「この二時間の間に、その首を叩き落す方法を探し出してやる」
こんな状況だというのに、セラの命が危ないというのに、戦いというこの状況が楽しくて思わず笑みを浮かべてしまう。
何も知らない、情報も何もない、自分だけしか戦った経験がないであろうボスエネミー。その最初の討伐者になってやると意気込み、全力で地面を蹴って駆け出していく。
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イメージ的にはモンハンのムフェトにゴアやシャガルの翼が生えているやつ
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