動き出す

 赫き腐敗の森でひたすら熟練度上げに勤しみつつ素材をかき集めた翌日。

 準備運動がてらバトレイドで対人戦を五回ほどこなしてから、再び熟練度と筋力育成のためにあちこち手伝ったりしてから、クロムのところに足を運んでいた。

 

「こりゃまた随分色々と集めて来たな」


 仕事台の上にどっさりと置かれた大量の素材たちを目の当たりにし、クロムは呆れたような目を向けてくる。


「つい興が乗ってしまって……」

「お前さんのような娘っ子が、そんな耐久力も防御力もくそもないお貴族様の服みてーなもので潜る場所じゃないんだがな。……ま、人間でもエルフでもないんだ。戦いの腕がよけりゃ装備が粗悪でも生き残れるか」


 エルフでもない、というクロムの言葉を聞いて思わず目を瞠る。

 竜が支配している世界ではあるが、その中でも人間と魔族同士の戦争というのは何度かあった記述がある。

 何度もいがみ合い領土を奪い奪われ、数多の血が流れた。

 そんな血みどろの歴史が、人間と魔族との間にあり、それは非常に根深い。


 瞳孔は縦に鋭く牙もあるが、あまり目立たない程度だ。それなのに一体いつ魔族なのだと気付かれたのだろうと考えていると、ふっと小さく鼻で笑われる。


「気にするこたあない。確かに魔族と人間はいがみ合っているが、お前さんはワシらに何か危害を加えたわけじゃないだろ? それどころか、アル坊の妻のセラ嬢を助けようとしている。あいつはこの町で人気が高くてな、いなくなるのは嫌だってみんな言っているさ」


 赤の比率の多い素材の山に手を伸ばし、その中から質のいいものを選別していくクロム。


「ぶっちゃけた話をするがな、お前さんがこの町に来た時点で魔族だってのは知られているぞ」

「えっ!?」

「当たり前だろう。お前さんのその特徴は、魔族の中でも特に力の強い純血の吸血鬼のものだ。銀色の髪、ルビー……いや、血のように赤い瞳、小さくはあるが鋭い牙。ワシらがガキん頃から寝物語に聞かされる吸血鬼の特徴と一致している」

「……吸血鬼と知っているのに、なんで、」

「物語として知っている吸血鬼はもういない。この町にやって来たその末裔の娘っ子は、ワシらの知る吸血鬼でありながらワシらの知らない吸血鬼だ。そして、ここにやって来たヨミという名の娘っ子は、素直で優しく思いやりのある子だともっぱら評判だ。それに、アル坊んとこのアルマクソガキがお前さんと普通に接してんだ。世間知らずなところはあるが、あいつはアル坊に似て人を見る目はある。アル坊に懐かれていて、自分から町の連中を手伝いに回ってりゃおのずとお前さんの評判はよくなる」


 そう締めくくり、クロムはヨミが集めてきた素材の中で上質なものだけを別の作業台に持っていき、残った素材はそのまま同じ台に置いておく。


「昨日今日で全部のことを知れるわけじゃないが、それだけでも多少の人となりを知ることはできる。あんだけ笑顔で人助けしてりゃ、よっぽど人を騙すのが上手くない限りは『素直で優しいとてもいい子』ってハンコは押されるさ。だから吸血鬼だからって気にする必要はない」

「クロムさん……」

「さて、こんだけ上等な素材があるんだ。お前さんたち冒険者の言うユニークなんたらってぇのには流石に行かないが、それに迫るものは作れるだろうよ。希望する武器種はあるか?」


 にかっと笑みを浮かべながら聞いてくるクロム。

 人のふりをしていたことがなんだか馬鹿らしくなり、苦笑をしてから少しだけ悩み、魔族と知った上で接し方を変えずにいてくれるこの手練れの鍛冶師になら、あの素材を渡してもいいだろうとインベントリから取り出す。

 それを見たクロムが酷く驚いたように目を見開き、そんな彼を尻目に吸血鬼ならば……と思いついたものを口にする。


「……ハッハハ! なるほどなあ、そりゃいい」

「お願いできますか?」

「ワシを誰だと思っている。こんだけの素材があるんだ。飛び切りにいいもんを作ってやんよ」


 それだけ言って、早速作業に取り掛かるつもりなのか手を振って作業場から出ていくように促す。

 ぶっきらぼうでやや口は悪いが、なんだかんだでこのお爺ちゃんもいい人なんだなと微笑みを浮かべてから、ぺこりと頭を下げてから店から出る。


 しばらく当てもなくふらふら歩いていると、昨日アルマに案内された広場に着く。

 今日もそこでは昨日と同じ三人の少年が遊んでおり、いい青春を送っているなとまだ十五歳なのにやけに年寄り染みたことを考えてしまう。


「……お? あ! 昨日アルマが連れてたねーちゃんだ!」

「マジだ! おーい!」


 三人のうち一人がヨミに気付き、続けて他二人もこちらに気付いて駆け寄ってくる。

 三人とも今のヨミより数センチ低い程度なので、早ければ一年しないうちに身長を追い越されてしまうだろう。なんせこのゲームはリアル志向すぎるあまり、本当にNPCが成長するのだし。


「なあなあ! 昨日はアルマの奴が彼女じゃないって言ってたけど、マジで違うの?」

「うん、違うよ。ボクは一昨日の深夜くらいにここに来たからね。あ、ボクはヨミ。よろしくね」

「ヨミねーちゃんか、よろしく!」


 にこにこと懐っこい笑みを浮かべる茶髪の少年。

 若干後ろで控えている少年二人も同じような笑みを浮かべつつも、どこか惚けているようにも見える表情をしている。


「なあ、ヨミねーちゃんって冒険者なんだろ!? 何かすげー話とか知ってる!?」

「お、俺も気になる!」

「何かカッコいい冒険譚聞かせてくれよ!」


 ───あぁ、期待の視線が痛い。


 何かすごい話を期待されているようだが、本日がその冒険者三日目なのでこれといった話など持ち合わせていない。

 赫竜王相手に生存したというぶっちぎりのエピソードを持っているが、話したところで信じてもらえないだろう。

 どうしようかと悩んでいる間にも、少年たちの純粋な眼差しがぐさぐさと突き刺さる。


「……その、ここじゃないす……っごく遠い場所でのお話でもいい?」


 この三日間の経験を脚色するだけの語彙力を持ち合わせていないので、卑怯だと思いつつも他ゲームで暴れ回っていた時のエピソードでつなぐことにした。



「───それで、最後にそのエネ……魔物が持っていた巌の大剣を避けて、首を落として勝ったんだ」


 どれを話しても純粋にすごいと褒めてくれることにすっかりと気をよくしたヨミは、BSOで戦った強敵のミノタウロスの話を披露していた。

 できる限り不自然にならないようにほんのりと脚色をしつつ、恐ろしく苦戦したミノタウロスの話を少年たちに語ると、それはもうきらきらと輝くような目を向けられた。

 ミノタウロスはこの世界にもいないこともないそうだが、調べたところによるとエネミーとは別枠の敵対NPCやエネミーではなくプレイヤーが魔族を選択した際に固有種族、つまりレア種族として存在しているらしい。


 大きなジャンルで見れば魔族なので、過去の人間と魔族との争いもあって話し始めた時はちょっと怖がられていたが、話の途中でヨミが勝ったのだと察してからはそれはもう純粋な眼差しを向けられた。

 このゲームでの話ではないのでその視線が非常に痛く罪悪感がすさまじいが、、事前にここではないすごく遠い場所で自分が経験したことだと言っておいたので、全くの間違いではないと自分に言い聞かせる。


「すっげえ! ねーちゃんマジで強い冒険者なんだな!」

「昨日アルマから、赫き腐敗の森を抜けてやってきたって聞いてたけど、マジの話しなんだ!」

「なあなあ! もしかしてあの森の素材とか持ってたりする!?」

「あるよ。えーっと……これ、で証明できるのかな?」


 せがまれてスカーレットリザードの鱗を一つ取り出して見せると、目の輝くが増していく少年たち。


「すげえ!? これドラゴンの!?」

「残念ながら、スカーレットリザードって言うデカいトカゲの鱗。図体デカいのに動き早いししっかりと鱗も固いから、同じところに攻撃を何回か叩き込まないと倒すの難しかったな」

「あ、オレそれ図鑑で見たことある! 確か体の表面に腐敗の力があるんだっけ」

「その通り。ボクは腐敗の耐性が高いから触れても平気だけど、君たちは触っちゃダメだからね」


 とは言いつつもすごく触れたそうな顔をしていたので、さっとインベントリの中にしまう。

 その瞬間「あぁ……」と残念そうな声が聞こえた。


「そうだよなあ。アルマの母ちゃんがロットヴルムの腐敗に少し触れただけであんなになっちまったんだし」

「ヨミねーちゃんは吸血鬼だから、大丈夫なんだろうな」

「え゛!? ねーちゃん魔族なの!?」

「お前、気付いてなかったのかよ。寝る時に読み聞かせてくれるおとぎ話に出てくるのとほぼ一緒じゃんかよ」

「あはは……」


 一人は気付いていなかったようだが、クロムの言った通り種族に関してはほぼ全員にバレているようだ。

 それなのにこうして、自分のことを『ねーちゃん』と慕ってくれて屈託のない笑みを向けてくれているので、本当に彼の言った通りなんだと胸がなんだか温かく感じる。


 ふと、時間が気になったので確認するともうすでに午後五時を回っていた。

 そろそろログアウトして夕飯の支度をしないといけないなと思い立ち上がろうとすると、現実の体が首に付けているNCDと同期しているスマホのメッセージアプリにメッセージが届いたようで、ポンッ、という音を鳴らしながら眼前にウィンドウが表示される。


『どうせ今日もギリギリまでゲームやっているみたいだから、今日はうちに晩御飯を食べに来たら?』


 送り主はのえるのようで、最後にちょっと怒っている時によく使う絵文字が使われていて、くすりと笑う。


『ごめん、もうそろそろログアウトするよ。ご飯のお誘いありがと』

『ゲーム好きなのはいいけど、ほどほどにねー? というか今日は配信しなかったんだね』


 のえるに言われて、そういえば今日はしていなかったなと思い出す。

 SNSの方を起動して確認して見ると、今日は配信がないのを惜しんでいる声がちらほらと見受けられた。

 昨日の配信の終わりには、次の日にも配信をするとは一言も言っていなかったので、それもあってこれといった問題がなかったのだろう。


「さて、ボクはそろそろ行かないといけないところがあるから、今日はここまで」


 すくっと立ち上がって言うと抗議するように「えー」と声を出すが、リアルより若干一日の短いこのゲームの世界では、大分陽が傾いている。

 そろそろ家に帰らないと親に怒られるぞと言ってやろうと小さく息を吸ったところで、ヨミが向いている方角が俄かに騒がしくなっていることに気付く。

 何か問題でも発生したのか怒鳴り声まで聞こえてくる。


「───なんでダメなんだよ!? もうこれしか、母さんを助ける方法はないんだぞ!? 父さんは母さんが死んでもいいってのかよ!!」


 怒りと悲しみがたっぷりと乗った少年の怒声が鼓膜を震わせる。


「アルマ?」


 その声は確かにアルマのものだ。

 何があったのだろうと近付くと、どういうことかアルマは両腕で鞘に収まっている剣を胸に抱いており、正面に立つアルベルトに向かって怒りを発露させて睨み付けながら涙を流していた。


『ショートストーリークエスト:【赫に蝕まれる一人の母】が更新されました』

『グランドキークエスト:【赫の王への挑戦権】が開始されました』


 物々しい雰囲気だというのに、一切空気を読まないでウィンドウが表示される。

 そこに書かれている文字と、少し遅れて表示されたイベントマップを見て、そういうことかと歯噛みする。


「どうか、したんですか」


 事情は察した。だがことを進ませるためには彼らから話を聞かなければいけない。


「ヨミ姉ちゃん!」

「嬢ちゃんか。すまん、こんなところを見せちまって」

「いえ。それで、何かあったんですか」


 短くアルベルトに問いかけると、彼は言いづらそうに顔を逸らす。


「母さんが……母さんが大量に血を吐いて意識を失ったんだ! 今までで一番腐敗が悪化してる! このままじゃ……母さんが死んじまう!」


 アルマの悲痛な叫びに、ギリっと胸の奥が締め付けられる。

 助けたい。助けてあげたい。この気持ちは間違いないのだが、今のヨミ程度の強さなんかで挑んでいい相手ではない。

 だがもうこれ以上は放ってはおけない。しかし、とぐるぐると悩んでしまっていると、小さな影が近寄ってきてぽすっと腰辺りに抱き着く。


「お姉ちゃん……ママを、助けてあげて……!」


 腰に抱き着いてきたのは、アルマの妹のアリアだった。

 ぱっちりと大きな瞳をたっぷりの涙で潤ませ、ぼたぼたと零している。

 手の平が白くなるほど強く服の裾を掴んでおり、それを見て躊躇っているのがバカらしくなった。

 そっと裾を掴んでいる手を放しながら同じ目線になるようにしゃがみ、優しく抱き寄せる。


「大丈夫、安心して。もうこれ以上、君たちのお母さんは苦しまなくなるから」

「お姉ちゃん……?」


 優しい声でなだめるように言ってから離れ、立ち上がる。


「アルベルトさん、誰も森に近寄らないようにしてください」

「嬢ちゃん、まさか!?」

「ロットヴルムは、ボクが殺します」

「一人で無茶だ! 赫竜王の眷属で、軍を単騎で壊滅させるような怪物だぞ!? いくら君が強い冒険者だからって、一人で向かわせるわけには、」

「相手は腐敗の力を有しています。耐性を持たないあなたたちがついてきたところで腐敗でやられるだけです。何より、きつい言い方をするようですが、戦闘経験のない人が近くにいると足手まといです」


 ぴしゃりと言い放つと、ぐっと押し黙ってしまうアルベルト。

 戦う力を持っていないのを自覚しているからこそ、ヨミのそのきつい物言いに反論することができずにいた。


「もう一度言います、誰も近寄らせないでください。いいですね」


 命令するような冷たい口調で言うと、重々しく頷くアルベルト。

 納得はしていなさそうだが、これでいい。


「『ブラッドエンハンス』!」


 右手を胸に当ててぐっと押し込むようにしながら魔術を発動。心臓が激しく暴れ出し、血流が増加する。

 体の奥から力が沸き上がってくるのを感じるよりも早く、表示されているイベントマップを頼りに全力で走り出す。


 できるならばクロムの作ってくれている新しい武器が欲しかったが、ないものねだりをしても仕方がない。

 今持ちうる全ての手段で倒してやろうじゃないかと、集まっている人の隙間を高速で縫うようにすり抜けていき、非武装状態であるため発動した疾走スキルと併用して、すさまじい速度でフリーデンを駆け抜けていき森の中へと突入した。

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