赫の腐敗を癒すための修行
───ボクが必ず、あの竜を倒してみせます。それが、現状残されている唯一の、セラさんを助ける方法だから
「とは言ったものの、ぶっちゃけどうしようもないくらいボクが弱っちいんだよなー」
そう言いつつ、目の前で爆散していったスカーレットリザードの体と、落とされた首。
相変わらず、調べるコマンドで出てくる諦めろと言った旨の文はそのままだが、新しい相棒の一つである赤刃の戦斧のおかげで以前戦った時よりは戦いやすかった。
動きは早いし鱗も固いしで初めて戦った時は大変だったのだが、重量武器であるこの両手斧を手に入れてからはだいぶ楽に倒せるようになった。
そもそもの切れ味や攻撃力が高く、それをクロムによって修繕されたことでより性能が高くなっている。
斬り付けた相手腐敗の状態異常を付ける能力もあるのだが、赤トカゲは腐敗の能力を表面に薄くまとっているので、あまり効果は見られなかった。
腐敗の森の敵をノーダメージで倒せているが、それは初期ステータスに加えて高い補正がかかり、更にブーツを更新したことで更にSTRに補正がかかったことで速度が増し、高い破壊力と切れ味を持った戦斧が相性がめちゃくちゃいいからに他ならない。
ステータスやプレイヤースキルは自分の能力だし、武器を使いこなせばそれもまた自分の能力だが、まだどこか武器に振り回されているような感覚がある。
何より強いのは武器だけで、それ以外は紙もいいところだ。
なのでこうして森に足を運び、グール以外のエネミーを目に付いた端から倒して回り、素材を集めている。
敵が強いおかげで熟練度やステータスも少しずつ伸びてきており、両手斧戦技も新しいのを習得した。
魔術も積極的に使って影・血共に新しい魔術を一つ習得。どちらも直接攻撃に関わるものではなかったが、使いようによってはかなり強力なものになりそうなものだった。
「素材も大分集まっては来た……けど、名前に大体腐敗が入ってるのはどうにかしてほしいなあ。仕方ないのは分かるけども」
目の前に開いている素材獲得を示すウィンドウには、【『腐敗をまとう蜥蜴の鱗』×4】と書かれている。
手に入れるもの全部ではないが、大半にこのように腐敗の文字が入っている。
場所が場所なのでこのような表示になるのは仕方がないとはいえ、インベントリに入っているものの多くがこれなので、まるで腐ったものを集めているヤバい人みたくなってしまっている。
しかしこの素材で作ってもらった武器の性能が高かったので、この辺で集めて回るしかない。
「にしても変だなあ。話によるとロットヴルムはこの森を守護してて、余所者が入ってきたらすぐに襲撃してくるって言ってたのに」
遠くからグールの声が聞こえてきたので、見向きもせず勘で『シャドウアーマメント』で作った投げナイフを投擲して、短い断末魔の後に表示されたウィンドウを見ながら呟く。
アルマから午前中に聞いた話では、ロットヴルムは積極的に人を排除しに来るこの森の守護竜とのことだ。
人を特に積極的に排除しに来るが、それ以外の外部の生き物にも反応して排除しやってくる。
もちろんプレイヤーも例外ではないのだろうけれども、ここに足を踏み入れてから一時間以上経ってもなお、それらしき竜に襲撃されない。
休眠期間というのがあってそれに突入しているのではないかと疑うが、それだとこの森を守るという役割を与えられている意味がなくなってしまうので、違うと自分で否定する。
なら話を聞いた時に思った、自分が吸血鬼の真祖というかなり特殊な種族であるため、生きているものと認識されていないのではないかと推測する。
「でもアルマ曰くボクはちょっと体温が低いくらいで温かいって言ってたし、心臓もちゃんと鼓動しているから生物としては生きている。それなのに襲われない。かといってエネミーに認識されていないわけじゃない」
スカーレットゴブリンが姿を見せ、あちこちからげたげたと笑い声をあげるのが聞こえる。
こうしてしっかりとエネミーから敵として認識されているのに、赫竜からは認識されない。
一体どうしてなのだろうかと首を傾げつつ、小柄で数が多いので斧をしまって両太もものホルスターにあるナイフを抜いて構える。
「ギャッギャッギャ!!」
「ギィッギィッ!」
スカーレットゴブリンが己の得物を掲げ、威嚇するように声を上げる。
向こうから来ないというならばと、ぐっと腰を落とし這うように姿勢を低くして倒れるように駆け出す。
木の上に身を潜めているゴブリンが矢を射ってくるが最小限の動きで回避し、まずはそれを無視する。
一番近くにいるゴブリンに接近し、ガタガタに刃毀れしている剣が脳天に向かって振り下ろされるのに合わせて左の亜竜鱗のナイフでパリィして、くるりと逆手に持ちなおしたそれで殴りつけるように撃ち出して首を落とす。
首を落とされた体がポリゴンとなって霧散する前に、それを隠れ蓑に襲いかかって来た石斧を持ったゴブリンの攻撃を後ろに下がって回避し、順手に持ち直した亜竜鱗のナイフを投擲して心臓に突き立てる。
クリティカルしたかどうかを確認するよりも早く開いた左手に投げナイフを二本作り、まず一本で再び射られた矢を迎撃し、続く二本目のナイフで眉間を撃ち抜いて木から落とす。
どさりという音とポリゴンとなって霧散する音を聞きながらサイド前へ踏み出す。
ギリギリクリティカル判定にはなっていなかったようで、HPをミリ残ししていたゴブリンの胸に刺さっているナイフを、引き抜くのではなく体を切り裂きながら回収して止めを刺し、ガタガタのナイフを突き出してきた三体目の攻撃を紙一重で見切って回避し、体を回転させながら横から喉に突き立てて頸椎を破壊する。
引き抜きながら紅鱗刃を顔の左側に持って行って戦技を発動。昨日始めた時とは比べ物にならない速度で加速し、腰が引けていたスカーレットゴブリンの首を落とす……はずだった。
「うげっ」
それは腰が引けていたからだろう。
ナイフが当たる直前でがくりと力が抜けたように膝を折ったゴブリンは、首を刎ねられることはなく顔に傷を付けられるだけで済んだ。
そのまま慣性の勢いに乗ってすれ違い、踵で地面を小さく抉りながら止まったヨミは即座に反転し、構えなおす。
残るは三体。遠距離系の武器を持っているものはいないが、一体が体に鎖を巻き付けて握っている武器に装着しているので、中距離は警戒したほうがいいだろう。
前に戦った時は連携パターンや行動パターンを把握してから反撃に出たが、今回は自ら速攻で潰しに行った。
このゲームのAIは非常に優秀で、基本行動は同じだが個体が違えば戦い方も多少変化してくる。
なのでこのスカーレットゴブリンたちも、以前と違う動きや連携をしてくるのだろうが、ぶっちゃけ多対一は面倒なので連携される前に数を減らした。
予定では残り二体まで減らすつもりだったのだが、想定外のビビられ方で攻撃が外れてしまった。
だが、そういうこともあるのだなということを把握し、次はもうこのようなことはないようにとしっかりと心のメモに書き留めておく。
「ギ、ギィッギィッ!」
「ギャギャギャギャ!!」
「ギャッギャッギャ!」
顔を斬られたゴブリンが体を震わせへっぴり腰になりながら威嚇の声を上げ、左右に並ぶ二体が続けて声を荒げる。
仲間を呼ぶ声かと思ったが、耳を澄ませて周囲を探っても何かが近付いてくる気配はない。
そう言えば、赫竜王と戦う羽目になったのもこいつらだったよな、と昨日のことを思い出す。
流石にあれは変な乱数を引き当てただけだろうし、そうポンポンボスクラスと当たっても逆に困るだけだ。
「それじゃあとりあえず、新しい魔術の実験体になってもらおうか。『ブラッドメタルクラッド』」
現在のメイン武装の紅鱗刃を対象に、新しく取得した血魔術を使用する。
柄を握っている右手の平から血が流れ、それがナイフに薄くまとわりついて硬質化する。
新しい
自分の血を消費して装備している武器にまとわせて、それを鋼鉄の如く硬質化させることで耐久値と攻撃力を底上げする付与系の魔術。
いい加減他の直接攻撃する系の魔術を覚えたくはあるのだが、戦闘スタイルがバリバリの近接戦特化なのでありがたくはある。
ちなみのこの魔術、『シャドウアーマメント』と併用することが可能なようで、昨日何本も折れてしまい作り直していたので非常にありがたい。
どれくらい威力が上がったのかを確かめるために、全速で飛び出して攻撃を仕掛けさせ、少し無茶を承知でパリィでも何でもない考えなしの力づくで弾く、つもりでいた。
元となっている紅鱗刃の高い攻撃力に、『ブラッドメタルクラッド』による強化が入ったことで、ナイフにあるまじき破壊力を発揮する。
振り下ろされた片手剣に合わせて勢い良く振り上げたナイフを叩き付け、片手剣の方が砕けてしまった。
「へぇ!?」
力で言えば、パリィをしない限りはこの赤ゴブリンたちの方が高いので、よくても少しは拮抗するかなー程度に考えていた。
なので叩きつけたどちらかというとパリィなしで逸らす目的の一撃だったのだが、予想外の破壊に力を入れていたためにバランスを崩しかける。
何度かたたらを踏んでから体勢を立て直し、武器を失い慌てているゴブリンを最優先で排除しようと腰を落とすが、斧を持ったゴブリンが先に攻撃を仕掛けてきたのでそちらを先に排除する。
「ふっ!」
「ギャブッ!?」
飛びかかりながら斧を振りかざすが、踏み込んで急接近してからほぼ真上に向かって右足を蹴り上げて顎を打ち抜く。
強制バク宙させられて地面に落ち、起き上がろうとしているところに左手の亜竜鱗のナイフを投擲して心臓を破壊する。
今度こそ剣を失ったやつをとそちらに目を向けるが、丸腰になったゴブリンは背を向けてすたこらと逃げているのが見えた。
「何逃げてんだコラァ!」
「ギャア!?」
地面に転がった亜竜鱗のナイフを拾い、すぐに投擲。背中に突き刺さってそのままクリティカル判定が出てポリゴンとなって消滅する。
ラスト一体になった石を縄でくくり付けているゴブリンは、あっという間に仲間が減ってしまったことに恐怖を感じているのか、体をぶるぶると震わせている。
目が合うと逃げようと後ろに一歩下がるが、ヨミと戦うこと以上の恐怖を知っているのか、雄たけびを上げて突撃してきた。
「そぉい!」
「ギィ!?」
頭をかち割ろうと振り下ろされてきた棍棒をパリィして、空いている左手で首を掴んで地面に仰向けに叩き付ける。
じたばたと抜け出そうと抵抗するが、素早く逆手に持ったナイフを胸に突き立てると、体をびくりと跳ねさせてからぐたりと力を失ってポリゴンとなって消失する。
パリィを下からした場合、上に腕が弾かれるので自分よりも小柄か同じくらいの体格の相手であれば、力づくで地面に叩き付けることが可能だ。
あとは反撃される前に心臓を破壊するか首に武器を突き立てれば、クリティカルを取ることは容易だ。
「一応格上相手でも、体格が小さければ問題はなしと。……人前で使うのは止そう」
午前中の配信でちらりと見えてしまっていた、あの怖気を感じる正気を疑うようなコメント群。
こんなことをやれば確実に自分にもしてほしいと懇願してくるアホが出てくるので、余程追い詰められているか手段がない時以外で、人前で使うのを控えることにする。
「あんまり奥に行くとまたあれと戦う羽目になるから行かないとして、熟練度上げと素材集めはやっぱりこの辺が一番かな。一個使ってみたい武器もあるし、とりあえずもうしばらくは素材集めをしまくろう」
相変わらずどこかから聞こえてくるグールを直感で探り当て、影の投げナイフでサクッと討伐する。
あまりにもグールがたくさん湧くので、投擲スキルの熟練度がどんどん上がっていく。
本当、それさえなければ強い敵とたくさん戦えるいい場所なのにとため息を吐き、次の獲物を求めるように歩き出しながらインベントリに収納された腐った肉を速攻で廃棄した。
素材を集めた後はフリーデンに戻り、斧の熟練度と筋力ステータス育成のためにあちこちで手伝いをする。
薪割をしたり重いものを運んだりと肉体労働に勤しみ、余所者だからと最初は少し警戒されていたが、それも次第になくなって行った。
ログアウトする頃には最初感じていた僅かな警戒心は微塵も感じられなくなり、色んな人からお菓子やら野菜やらをもらった。
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