不安

SFジャンルで日間週間ともに2位を取ることができました! 皆さんの応援のおかげです! 今後ともFDOの応援をよろしくお願いします! 目指せ1位!


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「今更だけどさ、詩乃ちゃんゲームですんごい注目されてるのに、リアルと違って顔を隠そうとしないね?」


 服やら下着屋ら女性用品やらを買い揃え、ちょっと休憩するためにフードコートに足を運んでそこで注文したクレープを食べていると、のえるがそう聞いてくる。

 配信を始めて、昨日と今日共に万を超える視聴者が集まり、かなりの注目を浴びている。

 今日なんて同接が多いだけでなく、人の数も多いバトレイドにいた。もちろんそこでも、このショッピングモールのようにすれ違う人から視線を向けられたし、観客席から大量の視線の雨が降り注いでいた。


 しかし今の詩乃と違って、ゲームの中ではこんな風に向けられる視線に怯えたり不安を感じたりすることはなかった。

 これにはちゃんと理由があり、もぐもぐと咀嚼していたクレープを飲み込んでから口を開く。


「色々と不本意ではあるけど、今のボクは女の子だから。あのゲームにもちゃんと強力なハラスメント防止機能が付いてるし、こっちの同意もなしにハラスメント行為をしようものなら強制的にゲーム内牢獄送りになるっていう安心感があるから。でもそういうシステムの保護があるのは当然ゲームの中だけ。ここは現実で、嫌がっているのに触られても牢獄送りになるなんて都合のいいことはない。それが分かっているから、ゲームの中と違って現実の視線が怖く感じるんだと思う」


 あとは、あの電子世界の分身である『ヨミ』はあくまで電子データを基に作られているアバターに過ぎないので、いくら本物の人間にしか見えなくてもこの体はデータだと分かっているから、ある程度視線を無視できるというのもあるだろう。

 今日の対人戦の時に、いくらかの情欲の視線というのは向けられてはいたが、やはり現実と比べると『所詮はデータの体だから』という意識もあって不安や恐怖心はかなり薄かった。


「そんなもんなんだ。っていうか、FDOのハラスメント防止機能ってすごいんだね」

「同意のない性的接触、特に未成年へのものはかなり厳しいからね。対人戦中の事故とか、そういうプレイヤーサイドの意思が関わっていない行動の結果のハラスメントの場合だと、女性サイドにウィンドウが表示されて飛ばすかどうかの判断を任されるみたい」

「へー。じゃあさ、盗撮とかもそういうハラスメントになるのかな」

「どうだろう? 盗撮も立派な犯罪行為だからなりそうではあるけど……体には直接触れていないから何も起こらない可能性もあるし」


 もっと詳しく規約を読み込めば、もしかしたらあるかもしれない。

 こうしてのえるとでかけたことで、自分がどうしようもないくらい注目を集める女の子になってしまったのだと自覚したため、帰ったらじっくりとその辺を読み込もうと決める。


「あ、そうだ。空が大会終わったから、四日後くらいに日本に帰ってくるって。優勝したみたいよ」

「相変わらずというかなんというか。今回の大会ってすごくレベルが高いとか言ってなかったっけ?」

「全米一位とか全欧一位とか、そのチームの中のトップ中のトップとかが勢揃いしてて吐きそうって愚痴ってた」

「そんな中で優勝したと。空の奴化け物かなんかじゃないか?」

「人の弟のことをそう言わないの。それに、そんな空に通算勝率で八割の詩乃ちゃんも大概だからね? あの子があそこまでゲーム強くなったの、間違いなく詩乃ちゃんが原因だからね」


 そう言ってから、のえるがアイルミルクティーをストローで吸って飲む。その言葉に詩乃は何も言い返せなかった。

 詩乃は特別、何かしらそういう対人戦訓練用のVRゲームをやって来たとかそんなんじゃない。ただとにかく色んなゲームを遊んで、繰り返し負け続けて行動を覚え、僅かな隙を見つけてそれを突くようなプレイをしてきた。

 ファンタジー色の強いブレードアンドソーサリスオンラインBSOや、システムアシスト? 何それ美味しいの? を地で行くような鬼畜難易度FPSのガンズバレットオンラインGBO。そのほか複数の対人コンテンツがメインのゲームもたくさん遊び、そこでも数多くのプレイヤーと戦うことでとにかく行動をよく観察して、常に数十手から数百手先のことまで推測することを鍛えた。

 その結果が今のヨミとしての戦闘スタイルであり、ヨミというプレイヤーのすさまじい強さの根幹となっている。


 こうした、少し極端とも言える遊び方をして強くなったため、ライバルであるのえるは元々のスピードファイターから防御ごと捻じ伏せる一撃必殺狙いの脳筋に成り果ててしまったし、空は先読みしたことを先読みして、僅かな可能性をも考慮してとんでもない数の罠を張ったり策を講じてくるえげつないくらい姑息な手段を取ってくるようになった。

 のえるは戦い方があまり安定しないので、それこそゲーム内で文字通り「脳筋女騎士」などと呼ばれていてスカウトも来なかったが、空はヨミに対抗するためにランク戦にとにかくのめり込んで安定した成績を出し続けたため、彼にスカウトが行ったという経緯がある。

 その伝手で詩乃にも勧誘が来たが、中学生でそういうことはまだ考えられないのと、プロにはあまり興味がなかったこともあって断っている。


「それでさ、空が返ってきてから私もFDO始めようかなって思ってるんだ」

「四日後か……。いいんじゃない? また三人で遊べるね」


 始めそうな雰囲気ではあったので熟練度上げにそこそこ勤しんでいたので、あと四日もあれば十分この脳筋幼馴染よりもアドバンテージを取れるだろう。

 できればこの四日の間に、レア度の高い装備、それこそ一つしかないユニーク装備というのも手に入れておきたい。


「ところでー、詩乃ちゃんが今食べてるそのチョコバナナクレープが気になるんだけど、いいかな?」

「相変わらず甘いものに目がないね、のえるは」

「むっ、私以上のスイーツ大好きっ子に言われたくないね。なんだかんだで、気後れせずにこういうの食べられるようになったからよかったって思ってるでしょ。ゲームの中でもあのパフェすっごく美味しそうに食べてたし」

「うぐっ!? あ、あれ見てたんだ……」


 冷静に考えれば、大分だらしない顔をしながら食べていた自覚がある。

 そんな表情を配信中に見せて大勢に見られたと思うと、非常に今更ながら顔が熱くなる。


「というわけなのでそのクレープ一口頂戴。私の一口上げるから」

「まあ、別にいいけど……。はい」

「ありがとー」


 嬉しそうな顔をしながらすっと顔を近づけて、さらさらな栗毛が当たらないように指ですくい上げながら、詩乃が差し出したクレープに小さな口でかぶりつく。

 その瞬間、のえるからふわりと漂ってきた甘い香りが鼻腔を刺激し、ちらりと視界に入ったうなじに視線が釘付けになってしまう。

 真っ白でシミ一つなく、肌理が細やかで細い、掴んだらたやすく手折られてしまいそうなその首とうなじから、どうしても目が離せなくなった。


 鼓動が少しずつ早くなり、周りの音が遠ざかっていくような感覚がある。

 そこだけに強く意識を集中させているからか、やけに周りが遅く見えている。その中でのえるが詩乃のクレープから離れ、すくい上げていた髪を下したことで首とうなじが隠れる。


 ───あぁ、残念だ。


「んー! このチョコバナナも美味しいー! ……どうしたの?」


 美味しさに表情を明るく綻ばせながら口元に付いたクリームを指で取ったのえるは、じっと彼女の方を見つめている詩乃に不思議そうな目をして首を傾げる。


「……えっ!? な、なん、でもない……」


 遅れて、一体何を凝視しているのだと動揺しながら何でもないと首を振る。

 それよりも今、彼女が髪を下ろした時になんと思ったのだろうかと記憶をリプレイするが、その前にのえるの齧った跡のあるブルーベリーといちごのミックスベリークレープが差し出される。


「今一口貰ったからお裾分け。はいどーぞ」

「あ、ありがと……」


 齧った跡のある部分の反対側に小さく嚙り付き、いちごとブルーベリーの甘酸っぱさと生クリームの少し控えめな甘みが口いっぱいに広がる。


「……美味しい」

「でしょ!? いやー、こういうフードコートも最近は外れなくなったよねー。これが時代の進歩ってやつかしら」

「のえるはこの時代のしか知らないでしょーが」

「そりゃまあそうだけど、うちの両親が時々昔のフードコートと言ったらー、みたいなことを言うからさ」

「技術が一気に発展するギリギリ前の世代だもんね」


 昔のフードコートはピンキリだったという話は割と有名ではあるが、詩乃たち現代っ子からすれば少し信じられない。

 技術が進んだことによってこうした大衆向けフードコートは大部分が自動化されているため、場所ごとに味が大幅に違うということがなくなった。

 それに伴って、自動調理でもプロの味を完全再現できるようにとさらに研究が進み、流石に本場の料亭やレストランと比べれば一、二段味は劣るが、こうした場所でも非常に美味しい料理を食べられるようになった。


「やー、この時代に生まれてよかったですわ」

「それはそう。今のこの超便利なものがない生活なんて、想像付かないよね」

「ゲームも今はフルダイブが主流だけど、お父さんたちくらいの世代はモニターに映してたって言うしね」

「それでも結構すごいクオリティのはたくさんあったけどね。あの狩猟ゲームなんか、リメイクしてフルダイブにしてもいいんじゃないかって思えるやつあったし」

「それって確か2025年に販売された奴でしょ? あれもすごいよねー。あの時代であんなにグラフィックが綺麗なのができてたなんて」

「ストーリーもアクションもすごかったしね。……やっばい、あのゲーム超やりたくなってきた」

「どうせVRの方でしょー。ゲーム好きなのはいいけどほどほどにね」

「のえるこそゲーマーの癖に」

「最近はゲーム離れ中ですぅー」


 先ほどの謎の衝動は何だったのだろうか。

 あれがまるで嘘かのように、普通に会話ができている。

 今日は色々と変だ。いくら色白だからって外に出た瞬間倒れてしまうし、先ほどの謎の衝動もあって、何か変な病気でもしているのではないかと不安になる。

 数少ないTS現象の被害者の一人なので、できれば週に一回病院に顔を出してほしいと言われているので、明日は午前中は病院に行って診てもらおうかと考える。


 ひとしきり雑談しながらクレープを食べ終えた後、せっかくこうした場所に来ているんだしゲームセンターにも寄って行こうという話になった。

 そこでクレーンゲームで、のえるが大きなサメを、詩乃が抱き枕前提の大きさのハムスターのぬいぐるみをゲットして交換したり、レースゲームに熱中したり、シューティングゲームでホラー要素強めなのを知らずに始めてしまったため、後半は割とガチ目に泣きながら銃を乱射したりと、楽しい時間を過ごした。

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