女の子として初のお出かけ

 ひとしきり宿で発狂した後、外に出てお土産をたくさん買い込んでからログアウトした。

 お昼を食べるのを忘れて一時を過ぎてしまっているので、冷蔵庫の中にあるレンチンチャーハンを一つ開けて、六割ほど食べたところで限界を迎える。

 体が小さくなった分相応に胃も小さくなっており、食事量は前と比べて目に見えて減っている。

 瘦せすぎというわけでもないのだが、くびれているウェストとかぷにっと程よい柔らかさの腕とか、太ももだけ肉付きのいい足とかを見ると、変なところに栄養が偏ってはいないだろうかと心配になる。


 とりあえず残ってしまったチャーハンをラップで包みながら小さなおにぎりにして、小腹が空いた時の間食にして冷蔵庫の中に放り込む。

 そして部屋に戻って休憩がてらタブレットで動画・配信アプリのアワーチューブを開いて何気なくスクロールをして、ある動画を見つけて大量のはてなが頭に湧くとともに顔が熱くなっていくのを感じた。


 詩乃が見つけたもの。それはつい先ほどのアマデウスとの十本勝負の切り抜き動画だった。

 いずれ切り抜き動画が作られるほど人気になる、あるいは自分から切り抜いた動画を自分のアカウントにアップすることを考えていたのだが、先を越されてしまったようだ。


 それは非常にどうでもいい話なのだが、同時に見つけた動画は見過ごせない。

 何しろ、その動画のタイトルには、


『十分で分かる銀髪ロリメスガキ吸血鬼ヨミちゃん』


 と書かれていた。ちなみにサムネイルは、自分の顔なのにものすごくイラっと来るような嘲笑ドアップの画像が使われていて、付け加えられている吹き出しに「ざぁ~こ♡」と書かれている。


「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!?!?!?」


 忘れようと努めていたことを数十分後に黄金のストレートで叩き付けられ、ベッドの上の枕を胸に抱きながらゴロゴロと転がって発狂する。本日三度目の発狂だ。


「なんで……なんでもう動画が上がってるんだよぉ……!? 早すぎでしょ!?」


 いや、この速度でまとめられているとなると思い当たるものがある。

 昨今のAIというのは非常に高性能で、こうした切り抜きなどの動画は今やAIによって作られていると言ってもいいだろう。

 映像内の言葉をきちんと拾って正確に字幕を付けるし、どこが一番の見どころなのかを判断して的確にそれを動画内に納めてくれる。


 一昔前のAIは技術の拙さもあって酷いものだったらしいのだが、時代が進めば当然改善される。

 ゲームのNPCがほぼ人間と変わらないようなゲームが開発されるような世の中だ。動画編集や動画作成に特化したAIが出ていても何ら不思議ではない。


 震える指でサムネイルをタップして動画を開くと、真っ先に自分の「あっはは! なっさけなーい!」という声が鼓膜を震わせて、反射的にタブレットを投げ捨てそうになったのを必死にこらえる。

 最初から地獄を見たが、その後の動画というのは非常に丁寧な切り抜きがされていた。


「この感じ……切り抜き自体は人がやってるっぽい。いや仕事速すぎない?」


 概要欄を開いてみると、アマデウス戦は十本勝負かつ一試合が短いので先に切り抜きを作ったと書かれており、明日くらいにヨミの全十七試合の切り抜きを上げると書いてあった。

 あれも試合時間は短い方だが、十七本も編集するのは骨が折れるのではなかろうかと思ったが、字幕は全てAIでやったようなので不可能ではないのかと納得する。


 慣れないというか初めてのメスガキムーブには一旦目を瞑るとして、こうして自分の戦いを見ると気付くことも多くある。

 VRゲームの感覚というのは、もう八割ほど戻ってきているようだ。武器の使い方や立ち回りは、自分から見てもよくできている。


 ただ反省できる点と言うのも見つけられる。

 今のところはもう少し早く反応できたなとか、この攻撃は回避ではなくパリィのほうがよかったかもしれないとか、その他にもいくつかこっちのほうがよかったかもしれないというのを見つけた。

 そのままコメントの方も見ようとして、やめた。自分の配信にすでにえぐい癖の持ち主が現れ始めているので、きっとこの動画に付けられている百件越えのコメントにも同じようなものが書かれているに違いない。


「二日目にして切り抜きが出る、かあ。ボクも順調に人気配信者への道を進んでいるってことなのかな」


 自分のチャンネルを開けば、登録者数は九万七千人と十万人に迫っておりまだ二つしかないアーカイブは数十万再生と目を疑う数字を叩き出している。

 アワーチューブスタジオという機能を開いて高評価率やコメント数を見ると、どれもかなり高い数字を示している。今のところ初配信のコメント数と高評価数がすさまじいことになっているが、今後これを塗り替える配信をできるのだろうかとちょっぴり心配になってくる。

 コメントを開いて何と書かれているのかを確認したいが、まだそれをするだけの覚悟もなければ達観もしていないので、コメント確認作業は明日の自分に任せることにした。


 順調に進んでいるどころか何か大切な手順をすっ飛ばしていっている気がしなくもないが、まあ人気が出ているのだし気にしなくてもいいだろう。

 とにかく、もう先ほどのような過去最大級の黒歴史になったあれはやらないと決め、眠気を感じたので少しの間過眠を取ろうと瞼を閉じようとする。


「……んん?」


 心地よいまどろみに身を任せようとした瞬間、チャイムが鳴らされる。

 せっかく気持ちよく昼寝できそうだったのにとちょっぴり不機嫌になりつつ、首につけっぱなしのNCDを起動してAR機能を使って、正面にチャイムを押した人物を表示する。


「のえる?」

『あ、詩乃ちゃん。ちょぉーっとお話があるから、開けてもらえるかなぁ?』

「……」


 有無を言わせない圧力を感じた。

 のえるは詩乃の配信を見ているので、もしかしたら先ほどの件のことだろう。

 これはお説教コース決定かとげんなりしながら、電子ロックを解除してノエルを家に招き入れた。



「あ、あ、あの……! こ、これ以上はもう……!」


 顔を真っ赤にし、目じりにたっぷりの涙を浮かべた詩乃がベッドの上で自分の体を抱くように腕を回し、体を震わせる。


「だーめ。詩乃ちゃんは自分の容姿がどれだけ整っているのかよく分かっていないのに、あんなはしたない行動をしたんだから、きっちりとお仕置きをしないと」


 らんらんと獲物を追い詰めているかのように目を輝かせているのえるが、じりじりとにじり寄ってくる。

 彼女の両手はわきわきと動いており、じっくり鑑賞するように全身に視線を這わせる。

 この姿になってから一度も外に出ていないので人の視線というのは、まだ両親と妹、そしてのえるのものしか知らないが、きっと外に出たらこのようなものを向けられるのだろうと想像すると背筋がぶるりと震える。


「い、いやだ……! それは……それだけは……!」

「諦めて受け入れようねー、詩乃ちゃん」

「嫌あああああああああああああああああああああああああああああああ!?」


 激しく抵抗するが、詩乃は手早く着ているだぼだぼのシャツを剥ぎ取られ、あれよあれよといううちに可愛らしいフリル多めの服に着替えさせられた。


「やーん! 詩乃ちゃん可愛いー!」

「う、うぅ……」


 フリルが多めの白ブラウスの上に薄い青色のカーディガン。短くて少し強く風が吹けば捲れて下着が見えそうなスカート、膝の上まで覆う肌触りのいい黒のニーソックスは、今までどれだけ長くてもハイソックスだったので太ももの半ばまで軽くキュッと締め付ける感触には違和感を感じる。

 姿見の前に立たされて見ると、スカートとニーソの間から僅かに見える肉付きのいい太ももがやけに扇情的であるが、顔を真っ赤にし涙を浮かべている自分の姿からは庇護欲を掻き立てる何かを感じる。


 どうしてこうなったのかというと、先ほどのバトレイドでの対人戦配信の際に喧嘩を売って来たアマデウスとの戦いで、慣れていないあんなムーブをかましたことにのえるがお叱りに来たのだ。

 元々ああいうバッドマナープレイヤーや因縁を吹っかけてくるプレイヤーには、詩乃自身割と煽ったりしてあえて怒らせてベストプレイをできなくする、というのはやっていた。

 なので今回も最初はそのつもりでやっていたのだが、普通に考えれば女の子がそんなことをすれば一部の需要にぶっ刺さることくらい分かる。あとになって発狂したのもそういうことを理解したからでもある。

 結果、戦闘中は極力コメントを見ないようにしていたのだが、のえる曰くすさまじい数の変態が湧いていたとのこと。


 配信を一度終わらせて、詩乃が昼食を取っている時に上がった切り抜き動画の方も確認済みで、そこにもあの声で罵ってほしいや後ろから抱き着いてほしい、耳元で優しい声で雑魚とたくさん言ってほしいなど、聞きたくもなかったコメントがたくさんあったそうだ。

 アーカイブの方にも似たコメントが散らばっているため、今後ああいう変態が大量発生するだろうと言われた。


「詩乃ちゃんはもう超絶可愛い美少女なんだから、あまりああいう風に煽るのは禁止。下手に雑魚とか言ったら、余計に酷くなるから。あと戦っている最中でもできるだけスカートの丈を考えること。上手いこと見えることはなかったけど、ギリギリ見えそうになった時はすごくはらはらしたんだから」

「うっ、それは、その……はい……」


 戦闘スタイル的に真っ向から突っ込んだり、攻撃の勢いを上げるために回転することも多いので、スカート装備だとどうしてもチラリズムが発生してしまう。

 昨日に引き続き今日も奇跡的にパンツ(白無地)がチラ見えすらしていないが、いつか必ずやらかしてしまう日が来る。

 ヨミとしての戦闘スタイルとしてああいう戦い方自体、のえるは否定しなかった。今から変えたところで違和感しかないだろうからと。

 だからせめて今後はしっかりと女の子としての意識や恥じらいを持てと、それはもうこんこんと叱られた。


 叱られた後で反省しているしのえるのおかんむりも理解できるので、今の自分にできる範囲であれば何でもすると言ってしまい、その発言にもちょっぴり怒りつつ今のような非常に可愛らしいものを着せられる羽目になった。

 ちなみに意地でも無地のもの以外は着けないと、タンスの奥の方に隠すように突っ込んでいた可愛らしいレース付きのや紐などは、のえるの手によって発掘されて、黒か白のレース付きのどちらかを選べと無言の圧力に負けて白のレース付きを履いている。ブラもセットのものを着用させられた。

 男として大切なものが、爆発して分解され風に吹かされて消え去っていった感じがする。


「ねえ、この後って予定とか入れてる?」


 ベッドの縁に腰を掛けたのえるの膝の上に座らされ、後ろから優しくぎゅっと抱きしめられ、後頭部辺りに感じる同年代と比べてはるかに大きく成長している柔らかな胸の感触にドキドキしつつ意識を逸らそうとしていると、不意にそう質問してくる。


「いや、特には。配信しようかなーとは思ってたけど……今日はなんだかこれ以上配信したら地獄を見そうだからやめようかなとも思ってた」

「うん、多分そのほうがいいと思う。それじゃあさ、一緒にお出かけしない?」

「…………へぇ!?」


 思わず変な声が出てしまう。

 美少女化してから早くも一週間以上が過ぎた現在、詩乃は病院や市役所に行って検査や戸籍変更をするため以外一度も外に出ていない。

 移動する際は、あまりにも髪の毛と目の色が目立つため車で移動していたし、やるべきことを終わらせた後も家の中に引きこもって外に出ることはなかった。


 のえるも今の詩乃がどのような好奇な目線にさらされるのか理解しているはずだが、詩乃もいつまでもそれから逃げているわけにはいかないのも分かっている。

 詩乃ものえるも、数週間もすれば高校生になるのだ。当然通学路を歩いていく必要があり、道中に限らず学校内では必ず視線を向けられる。

 この格好はシンプルにのえるが可愛く着飾りたいと思ったからやったことなのは間違いないが、同時に可愛さを引き立たせておくことであえて視線を集中させることで、特に異性から向けられるものに慣らしておくという意味もある……のかもしれない。


「いつまでもお部屋に引きこもってゲーム三昧って言うのも、健康によくないからね。たまにはお日様に当たっておかないと」

「それはまあ、その通りすぎてぐうの音も出ないです……」

「あとせっかく可愛いんだからもっと可愛いものを直接見て来いっておばさまが言ってたよ」

「お母さんっ……!」


 元とはいえ息子に何を期待しているのだろうかあの母親は。

 仕事が忙しいそうなので帰りが遅かったりして食事のタイミングが合わないことが多いが、それならそれでいくらでもやりようがある。

 次帰ってくる時、母親の苦手なにんにくたっぷり料理をお腹いっぱいになるまで振舞ってやろうと決めて、まだ外に出ると決めていないのに拒否権もなくそのままのえるに外に引っ張り出された。

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