対人戦10本勝負

SFジャンルで月間23位、週間4位、日間で2位にランクインしました。総合日間は79位でした。皆様の応援のおかげです! 今後も精進します!


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「対戦形式はどうするよ? お前の好きなように選んでいいぜ」


 人目のないところで首まで真っ赤に染め上げながらひとしきり発狂した後、エリアが空いたので食いかかって来たプレイヤーと一緒にバトルフィールドに立つ。

 そこで体を伸ばしてほぐしていると、向こうからそう提案してくる。

 大勢の目があればチートは使えないし、自分は八百長も受けていないから負けるはずがないという圧倒的な自信。

 こういう手合いは実に御しやすいのを知っているので、こういう時によく使う手法で行くことにする。


「十本勝負で。お兄さんはボクのことを叩きのめしたいみたいだし、数多い方が気分がいいんじゃない? たっくさん弱い者いじめができて」

「……ぜってえ分からせてやる」


 SAN値が急転直下で大暴落するメスガキムーブをかましたこともあって、対戦者のプレイヤー『アマデウス』は気分的にはメスガキを分からせる立場にいると思っているようだ。

 自分でそういう風に思わせるように仕向けたのだが、笑ってしまいそうなくらい上手く行ったので若干肩透かしを食らったような気分だ。


『プレイヤーアマデウスより【1v1:10本勝負】の申請が届きました。受領しますか? YES/NO』


 ピンッ、とヨミの眼前にウィンドウが表示される。

 もちろん迷いなく『YES』を押し、カウントダウンが始まる。


『観客動員数が一定数を超えましたので、自動解説AIであるこのワタクシ、アンナが実況解説を行わせていただきまーす!』


 30秒のカウントダウンが登場すると同時に、ヨミの頭程度の大きさのデフォルメされた人形みたいなものが出てきた。

 分かりやすく電子音声ではあるが声には起伏があり、一昔前のAIのような無感情さを一切感じさせない。


「へー、動員数が一定を超えるとあんなのが出てくるんだ」


 よく見ればアンナというAIは非常に可愛らしくデフォルメされており、観客がたくさんいる観客席の方から名前を呼ぶ声が聞こえてくる。

 あれだけ可愛く作られているなら確かに人気も出るなと頷き、インベントリから赤刃の戦斧を取り出す。


「ナイフじゃねえのかよ」

「ナイフはボクの本気武器だから。こういう両手斧にはまだ慣れていないから、慣らすのにちょうどいいかなって」

「ああ、そうかい。あんまり調子に乗ってると、痛い目見るぞ!」


 背中に吊るす様にして持っていた大剣を抜いて、両手でしっかりと構える。

 重心がぶれている様子もないので、スピードタイプというよりもパワー重視の方だろう。

 最初に戦ったジンや、何回か当たった装備の強いプレイヤーたちと比べると、アマデウスの持っている武器や着ている防具はいいとは言えない。

 だが初心者や中堅プレイヤーというにはレベルの高そうな感じがするので、中堅と上位の狭間くらいだろう。


 果たして、まあまあいい装備を手に入れたことで強いと錯覚しているタイプか、それともちゃんとプレイヤースキルをほどほどに磨いているから自信を持っているタイプなのか。

 しっかりとその辺を見極めてからどう倒すかを決めようと考えていると、カウントダウンが0になって試合が開始される。


「『メテオフォール』!」


 大剣を上段に構え初動モーションを検知させたアマデウスは、予想していた通り筋力値が高いようですさまじい速度で接近してくる。

 戦技特有のエフェクトを刀身にまとわせて猛ダッシュしてくるアマデウスの目には、明確な殺意が宿り煮え滾っている。

 あの貧相なボキャブラリーで煽られただけでこのようになるなんて、煽り耐性は流石になさすぎやしないだろうかと逆に不安になりつつ、ヨミも前に飛び出して上から振り下ろされてくる大剣をパリィしようと下から戦斧を振るおうとして、直前で行動をキャンセルして大剣の間合いギリギリのところまで下がる。


 振り下ろされた大剣が地面に叩き付けられると、その衝撃で土煙が上がって正面の視界が悪くなる。

 顔の近くに細かい土や砂が飛んできたので、反射的に目を細めると土煙を突っ切るようにアマデウスが飛び出してきて、ヨミから見て右から左への薙ぎ払いを繰り出してくる。

 今度はその攻撃をパリィすることで弾き、武器が重いこともあり思っていたよりも少し威力があったなと認識を改めて、これならまずは三本・・だなと決める。


「オラオラオラ! どうしたあ!? さっきから逃げたり守ったりしてばっかじゃねえか!?」


 最初の戦技を回避、その後の追撃をパリィで防いでから、ヨミは防戦に回り込む。

 基本どれも大振りで放たれてくる大剣の一撃は、武器の重さと遠心力でかなり重く速度が乗り切ればかなり速い。

 一応『シャドウアーマメント』で戦斧を作ることはできるようになっているが、今のヨミの魔力値と熟練度ではすぐに砕けることはないだろうが、少なくともこの一試合をそれだけで耐えきることはできないだろう。

 なので今は、手持ち装備の中で紅鱗刃に次いで耐久値の高い赤刃の戦斧でアマデウスの大剣ラッシュを防ぎ、防御のみに集中する。


「あっ……!?」


 一分ほどそうして耐えていると、下からの振り上げ攻撃のパリィのタイミングを外し、両腕が上にかち上げられてしまい胴体が無防備になる。


「まずは一本!」

「あぐっ!?」


 そこに容赦なく大剣を振り抜かれ、痛覚軽減が働いた鋭い痛みを感じながらHPが全損する。


『おぉーっと!? 第一試合はまさかの三分足らずでヨミ選手のクリティカル負けだー! それにしてもアマデウス選手、あんなに可愛らしい女の子に容赦なく大剣を叩き込むなんて、なんて恐ろしいのでしょう!』

「おいコラクソAI!?」


 AIにすら煽られたアマデウスが怒号を上げるのを聞きながら、全損したHPを全快させられて復活する。

 昨日既に経験していたが、痛覚の軽減が働いている上に一定以上の痛みにはならないようにプロテクトがかかっているとはいえ、やはり痛いものは嫌だなと斬られたところを左手でさする。


 ちらりとコメントを見ると、心配するようなコメントがたくさん書き込まれていたが、中にはあまりにもあっさり負けたためアマデウスの言った通りあの十七連勝は八百長だったのではないか、と疑うものもあった。

 チートはどう頑張っても積むことはできないし、そんなもので楽して強い敵を倒して素材を手に入れたくないので使うつもりなんてない。

 なので一回負けただけで出てきた、ヨミはチーターなのではないかという疑いのコメントに少し辟易とする。


「おうおう、随分あっさりと負けたじゃねえか。やっぱり八百長じゃなきゃ勝てないかあ!?」


 大剣を肩に担ぐようにしながら、挑発的な笑みを浮かべながら言うアマデウス。

 分かりやすく調子に乗ってるなと笑ってしまいそうなのを堪えながら、できるだけ気丈にふるまっている演技をする。


「べ、別に!? 今のはただお兄さんの運がよかっただけ。見てなよ、ここからはボクが勝つから」


 幼い頃に割とガチで俳優になろうと夢見ていて、両親が共働きなのをいいことに部屋で一人演技の練習をしていた経験が、こんなところで活かされるとは思わず、心と精神がゴリゴリと掘削されて行くのを感じる。

 さっさとこんなへたくそな芝居を止めにしてしまいたいという衝動に駆られながらも、相手を調子づかせるためにあと二回は必要なのかと嫌になってくる。


 二本目からはカウントダウンは十秒と短くなり、開幕早々アマデウスが先ほどと同じように大上段に構えた大剣にエフェクトを発生させながら突っ込んでくる。

 両手剣戦技の『メテオフォール』。確か両手剣熟練度を70まで上げると習得できる、上位の単発高威力戦技だったはずだ。

 筋力値を優先的に上げていて高い補正があり初心者にしては大分高い数値を有しているが、それでも始めたのは昨日のルーキー。


 威力や速度にアシストが乗る戦技、それも重量武器の上位技ともなれば自己バフなしでパリィするのは難しい。

 逆に言い換えれば、『ブラッドエンハンス』や『血濡れの殺人鬼』を使えば、初心者でも本気ではない赫竜王の特大剣の攻撃を弾けると思えば、この二つの血魔術がどれだけぶっ壊れなのかが分かる。


「逃がすかよお!!」

「うあぁ!?」


 繰り出された『メテオフォール』を先ほどのように後ろに下がって避けようとするが、それを予測していたアマデウスは戦技が中断されない程度に自ら大きく踏み込んできて間合いを詰める。

 咄嗟に半歩下がって直撃を避けるが、左腕を斬り落とされてHPがぐっと三割ほど減る。


「二本目ぇ!」

「がっ……!?」


 ドズッ、という音を立てて大剣が胸に深々と突き刺さり、心臓を破壊されてクリティカル判定を受ける。

 鉄の塊が体内に侵入してくる不快感を味わいながらHPがなくなり、強引に引き抜かれた勢いで前に倒れる。


”えっ、えっ”

”ヨミちゃん!?”

”うっそ、マジで?”

”もしかして、ヨミちゃんって本当に……”

”八百長ありにしても十七連勝はおかしいだろが”

”チート積めないこのゲームで赫竜王と引き分けたんだから、きっと強いはずだよ”

”でも現に二連敗してますが?”

”実は相手がめちゃくそ強いとか?”

”あの赫竜王相手にあそこまで戦えたヨミちゃんが、たかが中堅程度のプレイヤーを捌けないわけなくない?”


 まさかの二連敗という結果に、コメント欄がより騒然とし始める。

 赫竜王相手に引き分けたことは事実でも、対人戦で連勝していたのは本当にそうなのでは? という憶測が飛び交い始める。

 中には既にヨミの目的に気付いているリスナーもいるようで、鋭い人もいるんだなと感心する。


「なんだよ、やっぱり随分と弱いじゃねえかよ。ほら、今のうちに認めたらどうだ? 『ボクは八百長試合で連勝していましたー』ってよお!?」

「ま、まぐれで勝ったくせによく言うよ!」


 口では強がりつつ、表情は怖がっている風に見せる。

 演技の練習なんてもう何年もやっていないので上手くできているかどうか分からなかったが、アマデウスの表情がまるで自分が優位にいると感じているようなものになって行ったので、上手く行っているんだなと安心しつつ心がズタボロになっていく。


 ついさっきまで連勝していたはずのヨミが二連敗したため、観客席の方がざわめき出す。

 あと一回とはいえ、もう少しの間このような視線を向けられるのは嫌だなと思いつつ、両手でしっかりと斧の柄を握る。


「十本勝負でよかったなあ? 五本だったら今ので俺のリーチだぜ」


 にやにやと意地の悪い笑みを浮かべながら言うアマデウス。

 もう自分の勝利は揺るがないと思っているみたいなので、もうこっちから出てもいいかもしれないが確実に相手を叩きのめすにはあともう一回やったほうがいい。

 あと一回だけだ。次が終われば後はもう、こんな気丈にふるまって強がっている演技なんかしなくていいと言い聞かせながら、三度目のカウントダウンが終了して三試合目が始まる。


「ほら、ほら、ほらぁ!! どうしたどうしたぁ!? ちったあ反撃してきたらどうなんだよ!?」

「う……こ、のお……!」


 雑に振り回されている大剣を強引に弾き、首を目がけて斧を振るう。

 観客席から声が上がるが、すぐに落胆の声が聞こえて来た。


「が、ぁ……!?」

「見え見えなんだよ、お前の攻撃なんかよ」


 強烈な横蹴りがみぞおちに叩きこまれ、膝を突いて体を丸めて咽る。

 こんなことなら痛覚軽減機能を最大まで機能させて、痛みなんか感じないようにしておけばよかったと過去の自分を責める。


「ほおらよ!」

「ぐっ……!?」


 まるでボールでも蹴るように振り上げられた右足で顎を蹴り上げられ、仰向けに倒れる。

 顎を強く蹴られたことでバッドステータスとして『脳震盪』という状態異常が発生し、立ち上がることができなくなる。


 そこにゆっくりとアマデウスが歩いてきて、恐怖心を煽る様に顔面に向かって大剣を勢い良く振り下ろしてきた。

 当然致命の一撃の判定を受け、頭を潰されて反射的に体をびくんっ、と跳ねさせる。


『ヨミ選手に何を言われたのかはワタクシには分かりませんが、あまりにもアマデウス選手の行う行為が非人道的すぎて、流石のワタクシもドン引きします……。あんな可愛い女の子の顔面に向かって重量武器を叩き付けるだなんて、もはや人間とは思えない行為ですね』

「はっ、言ってろ。こいつは規約違反の八百長をやってたんだ。俺はそんな悪いゲーマーに相応しい罰を与えているだけにすぎねえんだよ。なあ、クソ生意気なメスガキ」


 三試合目が終了し、HPを全快にして復活したヨミ。

 八百長をしていたと思っているヨミ相手に三連勝したことで、自分の言っていることは正しいのだと調子付き、更に自分の方がヨミよりも強いと確信しているように不遜な笑みを浮かべている。


「そろそろ、頃合いだね」

「何が頃合いだ? 自分のしてきた過ちを謝罪する頃合いか? 言っとくがただ謝るだけじゃ俺は許さねえからな。バッドマナーなゲーマーであるお前には、もう二度とこのゲームにログインできないようにしてやらないとなあ?」


 非常に下卑た視線を向けながら言う。

 それだけでどのような謝罪をさせようとしているのかを察して、現状まだ三連敗している身だというのに思わずゴミ虫を見るような目を向けてしまう。


「なんだよその目は。バカにしてんのか? 三連敗している雑魚の癖に」


 ヨミの視線に気付いたアマデウスが腹立たしげに凄む。

 コメント欄も、流石に彼がやろうとしていることは色々とマズすぎると言ったものが多く、観客席からも「ロリコン……?」という声がちらほら聞こえて来た。

 確かにヨミは背が低いし、体つきも幼馴染ののえるや他の同級生と比べるとかなり未成熟な方だが、ロリっ子と言われるほどではないと思っているのでロリではない。


 四度目のカウントダウンが始まり、再び斧をしっかりと両手で持って構えるが、アマデウスはヨミのことを雑魚認定したようで舐め腐った態度で構えすら取っていない。

 実にいい兆候だとにやりと笑みを浮かべ、カウントがゼロになる。

 その瞬間、ぐっと姿勢を低くしていつでも飛び出せるようにしていたヨミは、一歩目で急加速して二歩目で最大速度に到達し、ハイブーツと種族による高い補正のかかっている筋力値を最大に活かしたハイスピードで一気に接近する。


「真っすぐ突進とか、勝負を捨てましたって言ってるようなもんだぞ!」


 大剣を振り上げて初動を検知させ、戦技が発動される。

 アマデウスはシステムのアシストを受けて加速し、真っ向からヨミに向かって接近して大剣上級戦技『メテオフォール』を脳天目がけて打ち下ろしてくる。

 一度は間合いギリギリを見切り、二度目は腕を斬り落とされた。二度も見れば威力も速度も十分把握できるので、もうそれが当たることはない。


「はぁ!?」


 アマデウスにとっては最高火力の一つなのであろう戦技を、ヨミは真っ向からジャストパリィを成功させて弾き上げる。

 力の強さは向こうの方が上なので、大剣を弾いた斧が手からすっぽ抜けて地面に減り込むが、弾かれた勢いを利用して体を捻り、右手で左太もものホルスターに収まっている亜竜鱗のナイフを逆手に掴んで引き抜き、戻す勢いで喉に向かって突き出す。

 ギリギリで回避されるが鋭く前に踏み込んで大剣をまともに振るうことができないほど接近し、剣以外の攻撃を誘発させる。


「んのぉ!!」


 上に弾かれている両腕の内右腕を柄から離して鉄槌を脳天に落としてくるが、右に振り抜いたナイフを体を回転させるようにしながら引き戻して落とされた右腕を肘辺りから切り落とし、ナイフの柄に左手を押し当てて体重を乗せて体当たりするように突き出す。

 身にまとっている防具を貫いて深々と突き刺さり、心臓に到達する。


『な、なんとぉ!? ヨミ選手、三試合目までとは打って変わって途端に動きが速くなったぞ!? アマデウス選手、開始数秒で心臓を破壊されてクリティカルされてしまいました!』


 さっきまで一方的に、いじめられるような形で負けていたはずの小柄な少女が、いきなり別人のような動きをして相手を瞬殺した。

 多くの観客たちはもうヨミが一方的に負け続けるだけだと思っていたようで、いきなりそれが覆されてどよめく。


 右手に持っていたナイフを左手に持ち直してからガーターリングホルスターにしまい、地面に減り込んでいる戦斧を引っこ抜きながら、ヨミはこう小さく独り言ちる。


「これで捕らえた。ここからはボクのターンだよ」

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