初めてのPvP

「……なんというか、色々ごめんなさい?」

「いや、気にしなくていいよ。君みたいな可愛い女の子がいるとなると、どうしたって興味を持つからね」


 所持金全てをベットして指定マッチのバトルフィールドに立ったヨミは、すさまじい数となった野次馬達を見上げながら謝罪する。

 最初はただランダムマッチに飽きたから人が増えたのかと思っていたのだが、よくよく野次馬の会話を聞いているとどうにもヨミに釣られてきたようだ。


”ヨミちゃんの配信始まってたから慌てて来たら、いきなりPvP始まりそうになってて草”

”お、相手のいけ好かない爽やかイケメンくん、結構いい装備着てんじゃん”

”最前線組が使ってるってわけじゃないけど、そこにいても違和感ないいい装備だな”

”白銀の騎士鎧と聖紋の大盾か。防御特化の分かりやすいシールダーだな”

”人間族の固有能力の強靭も合わさるとめっちゃメンドそう”

”ヨミちゃん今日は対人戦配信?”

”昨日のあの戦いのおかげで、ヨミちゃんなら大丈夫という安心感がある”

”いきなり美少女とPvPできるなんて、ウラヤマシイ”

”メイン武器ナイフっぽいからめっちゃ近付いてきてくれるという歓喜と一緒に、超正確に首とかを狙ってくるクリティカル戦法をしてくるという恐怖”


 配信を始めるなり、告知など一切していなかったので昨日のように一気に増えて行くということはないが、じわじわと同時視聴者数の数字が増えて行く。

 コメントをチラ見すると、やはりあの鎧と盾は結構いい性能をしているもののようで、これは手ごたえがありそうだと笑みを浮かべる。


「決着はHP全損による完全決着でいい?」

「はい。初撃決着のサドンデスはつまらないですから」

「おっと? 実は結構分かっているタイプ?」

「似たような決闘システムのあるゲームを遊んでいたこともありますから」


 ジンがあまり慣れていない手付きでウィンドウを操作して、ヨミにPvPの申請を送ってくる。

 速攻でそれを承諾して腰を低くして、右太もものホルスターにしまっている紅鱗刃に手をかけると、バトルフィールドの中央上空に30の数字が表れて、カウントダウンが開始される。


「そんなナイフで大丈夫かい?」

「えぇ、大丈夫です。こっちの方が慣れていますから」

「……ナイフ戦法は超近距離だから、正直あまりやりあいたくないタイプだなあ」

「いいこと聞いた。尚更ナイフだけで行こう」

「言わなきゃよかった」


 そう言ってロングソードを抜いて構えるジン。

 他のVRMMORPGの経験があるのか、その構えは少し様になっている。とはいえ、まだ体に硬さを感じられる。これだけの人に見られて戦うことに緊張しているのかもしれない。

 これに関してはヨミも予想外だったので、後で改めて謝罪することにする。


 そうしてお互いが武器を構え、30のカウントが0になり試合開始のブザーが鳴ると同時に、紅軍靴によって高い補正を受けさらに上昇した筋力を最大限駆使した素早い踏み込みで一気に間合いを詰める。

 完全に間合いに入り切る前に攻撃動作を始め、勢いを乗せた一撃を最初から首目がけて突き出す。


「あっぶ……!?」


 咄嗟に大盾を構えてナイフの一撃を防いだジンは、後ろにバックステップをしながら距離を取る。


「き、君、可愛い顔して致命の一撃クリティカル狙いなんだね」

「もちろん。その方が気持ちいいですし、何より早く勝負を付けることもできますから」

「おっかないこと言うねえ……」


 左手に装備している盾をしっかりと構え、正面突破しづらくしながら言うジン。

 使用した素材がいいため耐久値も、初心者が持っていていいものじゃないレベルで高く、ゴリ押しのパワーファイトを行っても折れて破損するなんてことはないだろう。


 ああやって盾を構えられてしまえば、こちらの攻撃はそうそう届くことはない。

 しかし、ああやって亀が身を守るように自分を盾で守ってばかりでいるようでは、ヨミには勝てない。

 盾を持っていれば安心だと思っている時ほど、危険なものはないだろう。


「いきなりすごいのを見せてくれたからね。次はこっちの番!」


 弓を引くようにロングソードを構えると、強い踏み込みからぐんと加速するように突きを放ってくる。片手剣突進戦技の『スラストストライク』だ。

 棒立ちの状態でもシステムのアシストもあって刀身の二、三倍、走っている状態から使えばさらに飛距離が伸びるのを身を以て知っている。

 そして、戦技は特定モーションを取ることで発動するものだと分かってから、いつかやることになるPvPで試してみたいことがあった。


 完全に勢いが乗り切る前にさっと素早く懐に潜り込み、タックルを食らわせて戦技を途中でキャンセルさせる。

 戦技は登録されている初動モーションを検知して発動するため、そこから大きくずらされると初動モーションの検知がキャンセルされて不発となるのではないかと予想していたのだが、当たりだった。

 昨日、片手剣戦技を使おうとした瞬間攻撃され、咄嗟に回避した時に戦技が発動せずにキャンセルされたのみて推測していた。


 のちに知ることだが、これは『戦技中断バトルアーツキャンセル』と呼ばれるシステム外スキルとして、一部対人特化プレイヤーが好んで使っているものだそうだ。

 戦技発動中はシステムのアシストがプレイヤーに入るため、ちょっとやそっとじゃ姿勢を崩すなんてことはない。

 なので基本は発動前にキャンセルさせるのが定石なのだが、流石にタックルを食らって斜めに体を弾かれれば大きく姿勢も崩れるようだ。


「わったった……!? うひぃ!!」


 スラストストライクをキャンセルされてたたらを踏んだジンは、無防備にさらけ出されたその首を刎ね飛ばそうと逆手に持ったナイフから逃げるように、地面を転がる。


「結構上手に避けますね」

「あはは……。恥ずかしい話、こうやって無様に逃げ回るのが得意なんだ」


 慌てて立ち上がって盾を構えたジンは、気恥ずかしそうに苦笑いを浮かべながら返す。


「ボクとしては真っ向から思い切り打ち合いたいんですけど」

「今ので十分君の強さが分かったよ。だから言わせてもらうけど、流石にお断りだね!」


 と言いつつも、自分から突進してきた。


「いや、あれも戦技か」


 盾突進戦技『チャージシールド』。文字通り盾を構えてまっすぐ突進してくるだけのシンプルな戦技だ。この時攻撃を仕掛けても弾かれることが多い。

 弾くことがメインのチャージシールドなのだし、下手に攻撃を仕掛けると無防備を晒してしまうことになる。

 そうなってくると、横に回避してからの致命の一撃か。


「そんなつまらない戦い方は嫌だね」


 にぃ、っと笑みを浮かべてヨミもジンに向かって突進していく。

 左足のナイフをいつでも抜けるように左手を構えて接近し間合いに入ると、首筋にチリっとした嫌な感覚を感じたので咄嗟に体を右に捻って回避行動を取る。

 その直後に、ジンがぐんと加速しながら突きを放ってきた。

 盾で剣を隠しつつ片手剣戦技の初動モーションを検知させたのかと感心しながら、体を捻った勢いのまま回転しながら『シャドウアーマメント』で作った投げナイフを投擲する。


「その程度じゃ届かないよ!」


 やや不安定な姿勢で投げられたナイフは、盾で簡単に防がれてしまう。

 またもや盾で初動モーションを隠しながら戦技が発動され、袈裟懸けに振り下ろす単発戦技の『シャープスラント』が繰り出される。

 冷静にタイミングを計って、左足のナイフを左手で逆手に持って抜き放ちながらジャストパリィを成功させジンの右腕を大きく弾くが、向こうの方が筋力値が高いのかヨミの腕の大きく弾かれて攻撃に出られない体勢になってしまった。

 反撃されてもいいようにといつでも『シャドウバインド』を使えるように息を吸うが、動きを封じてしまえば勝ちが確定してしまうので、そんな無粋な真似はしたくないと行動阻害系の一切は頭の中から除外する。


 体勢を先に立て直したヨミがナイフ戦技を使って首を狙うが、それを素早く構えた盾で防がれる。

 ジンの上からの振り下ろしを半身になってかわし、左のナイフを体を捻るようにしながら水平に首を狙って振るう。

 それを顔を後ろに引くことで回避され、追撃するようにぐっと踏み込んで返す刀でもう一度首を狙う。

 首狙いの突き刺しを回避され、反撃しようとロングソードで攻撃を仕掛けてようとしてくるが、その出始めに紅鱗刃で弾いてそれを許さない。


 それからは一方的に防御に回らせて、反撃させる余裕を失わせる剣戟の檻に閉じ込める。


「この……! 『シールドバッシュ』!」


 反撃に出られずに焦りが生じたのか、ジンはやけになったように盾戦技の『シールドバッシュ』を使ってくるが、それは想定内。

 盾で攻撃をするということは盾の防御を捨てるということであり、ヨミの紅鱗刃は顔の左側に構えられている。

 盾を振り抜いてしまってから己の失態に気付いたのか、小さく「あ」と声を漏らすジン。


「はい、ボクの勝ちー」

「んごっ!?」


 システムアシストの乗った体の発条を使った鋭い一閃がジンの首を捉え、 『CRITICAL!』の文字と同時にHPを一瞬で全損させる。

 そしてなる試合終了のブザーと、いつの間にかさらに増えた観客達の歓声と、これまたいつ増えたのか1000を超える同接と大量のコメント。

 この数分の間にどれだけ増えたんだと若干怯えつつ、PvPに勝利したためその報酬としてジンがベットしていた35000リルと素材アイテムである『ブラックウルフの毛皮』を受け取る。


「いやー、文字通り手も足も出ずに惨敗だー」


 マッチが終わって全損したHPを全回復されて蘇生したジンが、清々しい笑顔で立ち上がる。


「始まった瞬間から思ったけど、君めちゃくちゃ強いね。ステータスはオレの方が高いのに、プレイヤースキルの方で完敗したよ」

「そりゃまあ、結構色んなゲームやってきていますし」


 過去には迷惑プレイヤーばかり集まってできた迷惑ギルドを一人で潰したこともあったなと、すっかりやらなくなったゲームを思い出す。


「ありがとうヨミちゃん。おかげでもっと強くなりたいって言う気持ちに火が付いたよ。いつかリベンジさせてもらうからね」

「その時はボクの全力を持って返り討ちにさせていただきます」

「言ったな? よし、こうしちゃいられない、オレはこのままフィールドに出て熟練度上げに勤しむよ。ヨミちゃんは?」

「もうしばらくここで対人やっていく予定です」

「そっか。それじゃあ、フィールドでまた会ったりするだろうからよろしくね」

「はい。……あ、一応フレ登録しておきましょう」


 立ち去ってしまう前に素早くウィンドウを開いて、フレンドリストから新規申請を選んでジンにフレンド登録申請を送る。

 少しだけ躊躇っていたがすぐに承認ボタンを押してくれて、0だった数字が1に増えてジンの名前が表示される。


「それじゃあ、またどこかで」

「はい。対戦ありがとうございました」

「こちらこそ、対戦ありがとう」


 互いにぺこりと頭を下げてから、それぞれの入退場口に向かって歩いて行った。

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