戦うためだけにある街

 無制限決闘都市バトレイド。

 FDOのどのマップからもワープすることができるエリアで、名前の通り決闘つまりPvPをするためだけに存在している変わった場所だ。

 このゲームはストーリーもかなり緻密、それもあまりにも細かすぎているせいで気持ち悪いとまで言われてしまうほど緻密に設定が作り込まれているのだが、それを押し退けて対人戦をとにかく推している。


 この対人戦というシステムは数多くのプレイヤーの呼び水となっており、ステータスや勝率などの内部レートでマッチするレートマッチ。

 勝率やステータス関係なく完全なランダムで選出されるランダムマッチ。

 プレイヤーが自分で決闘エリアを作って対戦相手を募り、そこにチャレンジャーとして他プレイヤーが入り込むデュエルマッチ。

 プレイヤーにランクが付けられて、その勝敗によってポイントが与えられたり剥奪されることで変動するランクマッチ。

 そしてプレイヤーがプレイヤーを指名する申請マッチが存在する。

 このバトレイドでなくともPvPは可能で、町中やフィールドなどで行う場合は申請マッチとなり1v1のデュエルとなる。


 一番人気なのはランダムマッチで、一年が経った今でもストーリー攻略やエネミーとの戦いを完全に放棄して、ここにずっと籠っているプレイヤーというのも一定数いるらしい。二番目はランクマッチ、三番目にレートマッチが人気となっている。

 なんでもFDOにはプロゲーミングチームというのが存在しているようで、対人戦の成績がいいとそこからスカウトが来るからだそうだ。


 ステータスによってプレイヤーの強さが変わるこのゲームでプロは難しいのではと思ったが、イベントやプレイヤーの強さを競う個人ランク戦やギルド対抗戦はともかく、そういったカスタムや公式大会などではその大会に出ているプレイヤー限定で一度すべてのステータスや熟練度が0になる。

 そこに運営から全ての大会参加者に同じ数のステータスポイントが付与されて、その中で工夫してスキルを取ったり熟練度を上げないといけないらしい。

 もちろん大会終了後は全てのステータスは元通りになるため、運営側の不手際で全てのステータスがなくなってしまう、などという想像するだけで痛ましくなるような事故は起こっていない。

 過去に一度チーターが奇跡的に紛れ込んだことがあったようで、そのチーターはあともう少しで大会優勝するところで全ステータス強制0にされ、あっけなく敗北。その後でデータそのものを削除された挙句、ハードウェアとIPアドレスBANを食らってFDOには戻れなくなったということもあったそうだ。


「さ、流石に人の数多すぎじゃない……!? いや、世界中で大人気だし対人成績いいとスカウト来るかもしれないから、人が多いは分かるけどさ……」


 そんなバトレイドにフリーデンのワープポイントから飛んできて、どうにか半端じゃない人混みを抜けたヨミは、黄色い大文字のMが書かれた看板を掲げる店の外にあるベンチに腰を掛ける。


「これ、アルマを連れて来ていたら即はぐれていただろうなあ」


 無制限にここに人が来られるようになっているため、アルマも一応ここに飛ぶことは可能だそうだ。

 バトレイドに行くと言った時、アルマが「ヨミ姉ちゃんが行くなら俺も行く!」と言っていたのだが、彼の母親の話を聞いた後だったので傍にいてあげたほうがいいと説き伏せた。

 少し不満そうだったが、帰る時にお土産を買って帰るからと言ったらあまり納得した感じではなかったが、とりあえず少しは機嫌を直してくれた。


「さって、クロムさんに作ってもらった新武器と治してもらった新品同然に輝く両手斧、そして筋力に補正をかけてくれるハイブーツのお試し運用しよう。あの森で手に入れた素材だから、補正値も大分高いから期待できそう」


 腰を掛けていたベンチから立ち上がり、多くのプレイヤーが注目している方に向かって歩いていく。

 初心者装備だった鉄のナイフは、スカーレットリザードの素材を使って作られた『紅鱗刃』とブラックベアドラコの素材を使って作られた『亜竜鱗のナイフ』に変更され、攻撃力の高いメインとなり得る紅鱗刃を右足、竜骨のナイフを左足のガーターリングのホルスターに納めている。

 グールの持っていた腐敗していた斧は叩きなおされ、弱くはあるが腐敗効果の着いた『赤刃の戦斧』というものに生まれ変わった。

 素材が少し余ったそうなので、ヨミの今の見た目に合わせて作られたハイブーツ『紅軍靴』も、軽く走った限りでは結構いい筋力補正がかかっている感じがした。

 耐久値の方も問題ないどころか、見た目こそただのハイブーツだが素材が赤トカゲの鱗とかなので、下手な剣よりも硬いそうだ。


 他にも売れそうな素材があったので換金して、投げナイフや他の武器も購入してインベントリの中に突っ込んである。


「おー! すっごい盛り上がっているなー! ……こういうお祭りみたいな雰囲気な場所に来ると、ついつい浮足立って余計なお金使いそうになるんだよね」


 金銭的には少なくない痛手を負うのだが、こういう場所で食べるものはどうしてか普段よりも美味しく感じるのが不思議だ。


「どうすればPvPできるのかな。もう一回その辺のチュートリアルを読んだ方が……ん?」


 手すりから少しだけ身を乗り出しながら下で行われているPvPを見ながら、どこで予約すればいいのだろうかときょろきょろしていると、ふと自分にすさまじい数の視線が向けられているのに気付く。

 少しとはいえ身を乗り出していて危ないからだろうかと思い引っ込めるが、変わらず視線が集中している。


「……可愛い」


 どうしてだと首を傾げると、どこかからそんな言葉が聞こえてきて、ナーヴコネクトデバイスとヘッドギアによって感情がオーバーに出力され、一瞬で顔が真っ赤になるのを感じた。

 誰かが言った可愛いという発言を皮切りに、あちこちからひそひそとヨミの方を見ながら何かを言っているのが聞こえてくる。

 その全てが「髪の色きれー」「背も低くて可愛い」「あんな妹が欲しい」「アイドルか何か?」「ギルド作るからうちに来てほしい」など、ヨミの容姿に関することだった。


 振り返るとお店の窓ガラスがあり、そこに反射するようにヨミの姿が映っている。

 長い銀髪に透明感のある白い肌。髪と同じ銀色のまつ毛は長く、ぷるんとした血色のいい薄桃色の唇のある口元からは、吸血鬼を示す牙が八重歯のように僅かに顔を覗かせている。

 整った鼻梁とその顔立ちは幼さを感じさせ、150センチに行くか行かないかくらいの小柄な体は、ささやかに主張している二つの膨らみも合わせて女性的なラインを描いているのが、服の上でも分かる。

 これら全てが奇跡的な完成度の美少女を作り上げていた。


 驚くことに、この姿というのはキャラクリの時に一切いじっておらず、現実の今の自分と全く同じだ。

 もう一週間もお風呂場や洗面所、着替えた後の姿見で見ているのだが、未だに一瞬「誰だこの美少女は」と思ってしまうくらいには、自分でも恐ろしい程の美少女だという自覚がある。

 日本人離れした容姿に真っ白い肌と赤い瞳は、自分のものだと分かっていてもつい見惚れてしまいそうになってしまう。


 それよりも、注目度がすさまじいのでどうにかしたいので、早足でその場から退散しながら装備ショップを見つける。

 その中に飛び込んで、配信をやっているし非常に今更だが顔を隠せるものはないかと探したが、あいにくの売り切れとなっていたため泣く泣くこのまま顔を晒したままとなった。


「別にいいんだ。どうせPvPでひたすら暴れるんだし、遅かれ早かれ目立つことになるんだから」


 そもそも昨日自分がやったことを考えれば、容姿以外にも未だ不明だった五体目のグランドエネミーと遭遇して生還したということで今以上に目立つのだからと、顔を隠すことを諦める。


「君、PvPしに来たの?」

「ぴぃ!?」


 隠れて移動しようにもできず、髪の色も相まって目立ったまま進みながらぶつぶつ呟いていると、いきなり後ろから話しかけられる。

 あまりにも急だったので思わず変な声を上げ、その場でぴょこんと若干跳び上がってしまった。


 バクバクと激しく暴れ回る心臓の鼓動と、周りから聞こえるくすくすという笑い声に意識を向けないようにしつつ振り向くと、申し訳なさそうな顔をしている青年がいた。

 白銀色の鎧を着ており、背中には背負うようにしているタワーシールドとその裏に収納されているロングソードが装備されている。

 昨日始めたばかりで一目見ただけでどの装備なのかと予想することはできないが、青年の着ている防具が非常にレア度の高いものであるのは見て分かる。


「えっと、ごめん。そんなに驚かれるとは思わなかった」

「い、いえ、こちらこそ。変な驚き方をしてごめんなさい」


 すぐに謝ってきたので、こちらも頭を下げつつ観察する。

 身長はヨミよりもずっと高い。170前後くらいだろう。種族は人間族ヒューマンなので、筋力特化でも魔力特化でもないバランス型。人間族の種族特性の『強靭タフネス』もあるので、装備のこともあって中々に硬いだろう。

 体幹などはゲームの中なので分からないが、立ち居振る舞いから少しは剣を嗜んでいるのかもしれない。


「それで、君も対人戦をしに来たんだよね? オレもそのつもりで来たんだ。もし君がよければだけど、一つ手合わせをお願いできないかな」


 ナンパではなさそうだ。


「いいですよ。向こうの申請マッチの方が空いているっぽいので、そっちに行きましょう」

「ありがとう! あ、オレはジン。よろしくね、えっと……」

「ヨミです。よろしくお願いします、ジンさん。あ、ボク配信をしようかなって思っているんですけど、いいですか?」

「配信者なんだね。オレは構わないよ」


 お互いに自己紹介をしながら、指名マッチエリアに向かって歩いていく。

 その後ろに、結構な数のプレイヤーが好奇心に負けてついてきていることに気付かずに。

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