第一目標

 クロムに装備の作成を頼んで作ってもらっている間、アルマに町を案内してもらった。

 町と呼ぶには少し小さいような気もするが、かといって村と呼ぶには大きすぎる。


「アルマじゃーん。うっわ、マジで知らん女の子と歩いてる」

「なんだよ、遂に彼女でもできたのかー!?」

「ずっと彼女作らないで俺たちの友情は永遠だと約束したのに、この裏切り者ー!」

「バッ!? か、彼女じゃねえよ! ヨミ姉ちゃんは昨日の夜にここに来たばかりの旅人だ!」


 ベンチが設置されている広場に来ると、そこでアルマと同い年くらいの少年達三人が鬼ごっこをして遊んでいた。

 そのうちの一人がこちらに気付いて近付いてきて、他二人も興味津々といった様子でやってくる。


 からかうつもりで変なことを言ったり、それに便乗するように面白い表情をしながら叫ぶ少年に、アルマは顔を赤くして慌てふためきながら否定する。

 この四人のようなことはしたことはないが、ちょっと前まではこうして同級生男子とバカ騒ぎをしていたのが懐かしく感じ、今の自分ではもうこんな風に男子と騒ぐことはできないんだろうなと寂しく感じる。


「ったく、あいつら……。悪いな姉ちゃん、騒がしいやつらに止められちゃって」

「ううん、気にしなくていいよ。……アルマはああいう友達は大切にしなよ」

「? おう」


 なんだかよく分かっていないようなアルマは、首を傾げながらよく分からないまま返事を返してきた。


「とりあえず一通りは案内できたと思うけど、どこか気になることとかはあるか?」

「んー、気になることというかものすごく目を引くものというか。さっきクロムさんのところから出てすぐのところに、ものすごく厳重に施錠されている何かを見かけたんだけど」

「あー、あれか。俺もよく分かってないんだけど、父さん曰く赫竜の鱗を祀っているものなんだと」

「え゛。バーンロットの?」

「いや、赫竜王じゃない。赫竜王は森の奥で引篭っているだけで、自分からは特にこっちに来ることはないんだ。でもあいつが自分の血と鱗から作った眷属の赫竜は、とにかく凶暴で大深緑の森……あの腐ってない普通の方の森の中の動物とか薬草を腐らせて、土壌を汚染してこっちに被害を出してくるんだ」


 もう少し詳しく話しを聞けば、赫竜王が住まう赫き腐敗の森の深奥に余所者が入り込まないようにするために作られた存在が、赫竜ロットヴルムというドラゴンらしい。

 バーンロットが王ならばロットヴルムは人間でいう守護騎士に近い役割を持っているそうで、基本は赫き腐敗の森全域を索敵範囲として、その中に足を踏み入れた外部の生き物、特に人間を積極的に排除しに来るそうだ。


 昨日、転送トラップで飛ばされたため正規の手段ではないにしろ、あの森の中に数時間もいたヨミがどうして襲われなかったのかとアルマも不思議がっていた。

 もしや魔族側の中でもアンデッドに近い吸血鬼、その真祖だから生きているものと認識されずにいたのだろうかと推測するが、心臓はしっかりと動いているしアルマに触れて体温を感じるかと聞いてみたら、少しだけひんやりとしているけど温かいと答えてくれたので、これも違うと結論付ける。


 それで村の中に祀られているものは、三百年ほど前にまだ村だったフリーデンの近くに落ちていたものだそうで、剥がれ落ちた鱗だというのにどれだけ時間が経っても温かさを感じるため、これはいつまでもロットヴルムと繋がっているとして生きた御神体のように扱われて祀られるようになったそうだ。

 ドラゴンは知能が高く人の言葉を理解できる。それは昔からこの世界では常識で、それを上手く利用してロットヴルムと繋がっているであろう鱗を通して畏怖し祀り上げることで、かの竜の矛先をこの町に向けないようにし続けた。

 それでも数十年に一度は、赤く染まっていない正しい生態系が築かれている森に出張ってきては、土壌を荒らし生き物を尽く腐らせて、フリーデンはその影響を強く受けてきた。


「じゃあこの町の人たちにとって、あの森って足を踏み入れちゃいけない禁足地みたいな感じ?」

「そうだな。何があっても絶対にあそこに行っちゃいけないっていうしきたりもあるし、つーかあそこに入ったらまず間違いなく死ぬ。木や土が赤い意外に常に赤い霧がかかってるだろ? あれ自体が腐敗の力があるから、吸い込んだりでもしたら肺から腐って行っちまうんだ」

「うっわ……」


 腐敗耐性がめちゃくちゃ高いからどうにかなっていただけで、耐性がないとあの霧に触れるだけで大分危険らしい。

 肺から腐っていくとか想像もしたくないとぞくりと背筋を震わせる。


「……俺の母さんがさ、半年前に赫き腐敗の森の手前くらいまでキノコや薬草を取りに森に潜ってたんだけど、運悪く数十年に一度の赫竜の森荒らしに巻き込まれちまってさ。命からがら逃げ帰ってこられたんだけど、あいつの腐敗の霧を少し浴びちゃったんだ」


 ゲームの中とは言え、ほぼリアルに五感を再現しているので腐っていくのはどのような苦痛なのだろうかと震えていると、アルマが重く口を開く。

 その瞬間ヨミの目の前に『ショートストーリークエスト:【赫に蝕まれる一人の母】が発生しました』というウィンドウが表示される。

 このショートストーリークエストが何なのかはよく分からないが、このクエストが発生するフラグを踏んだようだ。


 恐らくはそのロットヴルムの鱗を祀っている社の話を、この町のNPCの誰かにすることで発生するものなのだろう。

 ヨミの場合はアルマと一緒にいてアルマにその質問をしたため、彼経由でこのクエストが発生したようだ。


「この町の近くにあるクインディアっていう大きな街の教会で買える浄化の聖水を飲ませたり、僧侶に浄化の術をかけてもらったりすることでこれまではどうにかしてたけど、最近はもう浄化も聖水もあまり効かなくなってきて血を吐くようになって……。赫竜の腐敗が、癒しの効果を上回っているんだ。もうこうなると……奴を倒すしか方法はないんだ……」


 悔しそうに両の拳を強く握るアルマ。

 母親を助けるには赫竜を倒すしかない。しかしただの人間である上に戦う力を持たない子供であるため、自分には何もできない。その無力さが悔しくて仕方がないのだろう。


 涙を浮かべて体を震わせるアルマを見て、助けてあげたいという気持ちが湧き上がってくるのだが、ロットヴルムはバーンロットが自ら作り出した眷属。王ほどではないにしろ、最奥に余所者が来ないように守護を任せられるくらいには強いはずだ。

 赫竜王ほどではなくとも強い赫竜。昨日始めたばかりであったこともないが、確実にレイドボスだろう。

 ヨミは弱い腐敗は完全にレジストでき、強めの腐敗もある程度耐えられることは昨日の地獄で判明している。なので何時間にもわたる泥仕合を続ければ、あるいは倒せるかもしれない。


「もし……もし本当にヨミ姉ちゃんがあの赫き腐敗の森から生きて帰ってこられるだけの強さがあるならさ、ロットヴルムを倒して、俺の母さんを助けられるか?」


 すがるような目を向けられながら見上げられる。

 藁にもすがる思いなのが強く伝わってくるが、今すぐにそれに応えるのは難しいだろう。


「……まだ、分からない。ボクが昨日あそこから生きて帰ってこられたのは、多分運がよかっただけだと思う。ただのエネミーであれば遅れは取らないけど、その赫竜相手となるとどうなるのかはボクにも分からない」


 耐久値の低さは、ひたすら行動パターンを覚えて回避しまくれば補える。HPの低さも同様だ。

 だが攻撃力に直結する筋力値は、今のままではあまりにも不足している。一時的に超大幅に強化を入れることはできるが、それで倒し切れるという保証もない。

 挑むにしても、より多くの魔術を習得して熟練度とステータスをしっかりと上げてからになるだろう。

 仲間もいれば一番なのだが、赫い森を含めたこの周辺にはプレイヤーがいないことが昨日の時点で判明しているので、挑むとしてもソロになってしまう。


「そ……っか。悪い、変なこと聞いちまって」


 期待を少ししていた分、ヨミがした返答に少しだけ失望したような表情をするアルマ。

 それを見て、こんなにも家族のことを思っているこの少年の願いを叶えてあげたいという気持ちが強く湧いてくる。


「ひたすら熟練度上げしないとなあ」


 この町周辺のエネミーは非常に強力だ。

 一部例外がいるが、耐久値が高いので力を込めて武器を振るわないとダメージは通らないし、魔術も生半可なものは通用しない。

 森の中でひたすら熟練度稼ぎをするのも一つの手だが、昨日のえるに抱き枕にされながら寝る前に調べたところ、PvPは下手にエネミー狩りをするよりも熟練度が稼ぎやすいとあった。


 理由としては、上り幅というのは戦う相手によって乱高下するが、超高性能とはいえAIによって制御されているエネミーよりも、その知性の高さから食物連鎖の頂点に立つ人間の方がずっと厄介で、道具を使いこなしている。

 防御を固めていると強い攻撃も弾かれるし、高度の駆け引きによってダメージを負ったり負わせたりを繰り返し、エネミーと戦うよりも魔術を使う回数というのが増える。

 そういった理由からPvPの方が、ピンキリではあるが熟練度やスキルが上がりやすい傾向にある。


 無制限決闘都市バトレイドと呼ばれる中立エリアがあり、そこはFDOの世界の全てのプレイヤーが集まることのできる場所だ。

 PKをしてレッドネームになったプレイヤーも、初心者からトッププレイヤーに至るまで全てのプレイヤーがアクセス可能で、名前の通り何の制限もなしにPvPをすることができる。

 確か配信をしている場合、配信に映り込んでもいいプレイヤーだけとマッチする仕組みになっているようなので、今日の配信はPvPがメインとなりそうだ。


 一通りの案内が終わったので一緒にアルマの家まで戻り、アルマ達に一度ワンスディアに戻ると一言言ってから近くにあるワープポイントを使って、昨日振りの変わらずの賑わいを見せている最初の街に戻った。

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