赫竜王と賞賛

 首目がけてロングソードを振るい、それを大剣で防がれる。

 強引に弾かれて赫の王が左手を首に向かって伸ばしてくるが、くるりと回転しながら横に移動することで回避し、その勢いのまま右へ強烈な薙ぎ払い

 なんてこともないように大剣の柄で防がれてまた弾かれて、振り上げられた大剣が超速で振り下ろされる。


「どぉりゃあ!!!」


 気合と根性、そして勘でパリィを行い、先ほどと違って今回は完璧に受け流す。

 受け流された大剣の肉厚の刀身から衝撃波が発生して地面を抉るのを尻目に、とにかくこいつには攻撃をさせてはダメだとギアをさらに上げる。


「……」


 ゆらり、とバーンロットの頭が揺れた。


「ッッッッッ!?」


 すさまじい悪寒を感じて後ろに下がると、一瞬前までヨミの首があった場所を剣が通過していた。


「あ、あっぶないなあ!」


 残り時間がそんなに残されていないので、すぐにまた踏み込んで斬りかかる。

 繰り返し剣が衝突し、ヨミの剣が何度も砕ける。

 『ブラッドエンハンス』の効果と『血濡れの殺人姫ブラッディマーダー』の効果は重複していて、特大剣で防ぎきれなかった攻撃を食らった赫の王の鱗の鎧に傷を付けていく。

 できれば同じ場所を狙って、砕けたところに一撃叩き込んで大ダメージを出したいのだが、この世界のメインストーリーのボスの一体であるためかそのAIは非常に賢いようで、狙わせてくれない。


 なら仕方がないと、『血濡れの殺人姫』の影響を受けて向上した再生能力によって修復された左手もロングソードの柄を握って、刀とは形状も違うがそれに似た運用をする。

 より回転数を上げてすさまじい連撃を叩き込む。両手で振るい始めたため、得物の衝突音は先ほどとは比べ物にならず、大量の橙色の火花を散らせる。


「『ヴァーチカルフォール』!」


 片手剣熟練度が上がったことで習得していた新しい戦技を、剣を弾かれたのを利用して初動を検知させて無理やり発動させる。

 自分で動くことが難しい体勢だったので威力と速度の加算はできなかったが、システムのアシストを受けて真垂直に振り下ろされた剣は、赫の王の左肩口に当たって食い込んで、数センチ進んだところで中ほどから折れる。


「『シャドウアーマメント・ロングソード』───『スラスト」


 左手に作った剣で初期技の『スラストストライク』を使おうとした瞬間、今まで一歩も動かないでいた王が、自ら一歩前へ踏み込んで来た。


「んのおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」


 発動しそうだった戦技をキャンセルし、かなり無茶な姿勢で真正面からの恐怖すら感じる振り下ろしに対してパリィを行う。

 剣同士が接触した瞬間、これは無理だと悟って体を捻って向こうの特大剣の軌跡から外れる。

 影の片手剣が一撃で粉粉に砕かれて、きっさきが右手首の内側を掠めて行って、それだけでその衝撃で右腕が弾ける。


 痛みで表情を歪ませながらも胴体への直撃を割けたが、地面に叩きつけられた大剣を中心に、ただ叩きつけられただけなのに爆発でも起きたような衝撃を発生させて、体の小さなヨミが吹っ飛ばされる。

 ただの衝撃。今までの攻撃から衝撃も危険だと分かっていたので、発生した瞬間に自分から後ろに跳躍したのだが、それでも七割もHPが消し飛んだ。


「残り効果時間は……31秒!」


 吹っ飛ばされながら体を捻って体勢を立て直し、吹っ飛んだ先にある木の幹に着地してから、その木の幹を砕きながら強く跳躍する。

 これ以上MPを消費すると『ブラッドエンハンス』の効果時間が『血濡れの殺人姫』よりも短くなってしまうので、ただ持っているだけでスキルも習得していない、念のためにと持っていた両手斧を素早いウィンドウ操作で装備する。


「だりゃああああああああああああああ!!」


 腐敗が進んでいるものとはいえ、重量武器だ。手に持っている間は腐敗ゲージが進んでいくというデメリットがあるくせに、装備中は特に恩恵も何もない現状ただのクソ武器だが、腐敗しているのに謎に耐久値が高く威力も申し分ないので、使い慣れていないがこれで行くしかない。

 筋力強化しまくりの今の状態だと、少し重い木の枝程度の重さしか感じず、自分でも思っていた以上の速度で突進の勢いを乗せた薙ぎ払いを繰り出す。


 強烈な金属音を森にこだまさせ、突進の勢いと武器の重さが重なったことでバーンロットを後ろに押し込む。

 十センチ程度押し込んだだけで止まるが、ほんの少しだけ姿勢を崩している。

 チャンスは今しかないと、今まで使ったことのない両手斧を技も何もなくめちゃくちゃに、それでいて正確に首を狙って振り回す。


 右手の修復が終わり、両手でしっかりと柄を持って全身の発条を使って振り回す。

 グールが持っていたものではあるが、流石にこの森の中で入手した武器ではダメージが通るのだろう。鱗の防御に任せて攻撃一筋、という行動を取らない。

 しっかりと特大剣で斧の攻撃を防ぎつつ、そのまま武器ごとヨミのことを仕留めようと強烈な一撃をお見舞いしてくる。


 もう何度も喰らってはいけないものだというのを見ているので、数々のゲームをやってきたおかげで培われた動体視力と反応速度をフルに活用し、ギリギリで回避しながらどうにか攻撃を続ける。


「残り……22秒!」


 鍔迫り合いのような状態になったので一瞬だけ残り時間を見ると、22.38という数字が目に入り、焦りが僅かに生じる。


「……■■───■■■」

「え、ちょ」


 ここにきて、初めて王が言葉を発する。

 なんと言ったのかは全く理解できなかったが、全身を覆っている鱗アーマーのようなものの隙間から、ちろちろと炎が漏れ出てくる。

 フルフェイスヘルムっぽい何かが、口と思しき線から大きく開く。

 ぶわっと嫌な汗が噴き出てくる。


 押し飛ばそうにも力が強すぎるのであえて力を抜いて前につんのめらせ、体を後ろにバク転しながら顎を思い切り蹴り上げることで無理やり上を向かせる。

 その直後に大爆発染みた轟音と全身を焼くような熱風を感じ、口から放たれた真っ赤な炎が赤い森を灼熱地獄に変貌させる。


「あっづう!?」


 顎を蹴り上げた右足に猛烈な熱さと痛みを感じ、地面を転がる。

 見ると膝から下の右足が真っ黒に焼け焦げて炭になっていた。

 使っている血魔術のおかげで爆速で修復されて行くが、利き脚を潰されて動けないのに変わりはないので、この数秒が非常にもどかしい。


「せめて……せめてその右腕だけでも置いていけ!!!! 何だったらその首を寄こせオラアアアアアアアアアアアア!!!!」


 修復が完了すると同時に飛び込んでいき、カウンター気味に振り下ろされてきた特大剣をジャストパリィを成功させて弾く。

 バーンロットの大剣が少し大きく弾かれるが、ヨミの両手斧も弾かれて地面に叩き付けられて減り込んでいる。


「ふん、ぎぎぎぃ……!」


 急いで減り込んだ両手斧を引っこ抜き、弾かれた勢いで大上段に構えられ振り下ろされてきた特大剣を、今度は弾くのではなく受け流す。

 受け流されてギリギリのところを通過していった特大剣の上を滑らせるように斧を振るい、首を狙う。

 ズドッ! という音が鳴るが、首には当たらず特大剣の柄から離された左手で刃をがっしりと掴まれていた。


 ピシッ、という嫌な音が聞こえたので反射的に右手を放して影のナイフを作り、一歩前に踏み込んで素早く首に突き出す。

 魔力値が高いとはいえ竜王の鱗を破壊することはできない。しかし、今の状態なら破壊まではいかずとも浅く刺すことくらいはできるようだ。

 影のナイフはあっという間に折れてしまったが、折れた刃の部分が浅く首に刺さっており、ほんの僅かにダメージを与えていた。

 僅かに怯んでくれたので、軽くその場でジャンプしてから胸に蹴りを入れて蹴り飛ばし、斧から手を放させる。


 ───残り十五秒


「……■■───■■■■■」


 バーンロットの体を、炎が覆う。

 至近距離にいたヨミは、炎に触れていないにも拘らずゴリゴリHPが減って行った。


「ここにきてスリップダメージで止めはつまらないでしょ!」


 炎をまとった鎧で攻撃を防ぐ、のかと思っていたが違ったようだ。

 全身を覆う炎が全て特大剣の方に集中していき、刀身に取り込まれるように消えていく。

 本当に消えてくれていたら嬉しいのだが、刀身の周りが陽炎のように揺らめいているので、炎がないだけで触れちゃいけないことに変わりないのだろう。

 更に追撃で、MPが不足したことにより『ブラッドエンハンス』の効果が切れる。激しく鼓動していた心臓が大人しくなり、いくらか力が弱まるのを感じた。


「おらあああああああああああああ!!」


 残り時間あと僅かとなったので裂帛の気合と共にダッシュして、激しく振り回す。

 強化が一つ切れたのを察しているのか、攻撃を鱗の鎧で防ぐというパワープレイが戻ってきた。


 炎を封じ込んだらしい特大剣が振り下ろされると、刃が地面にぶち当たった瞬間にその先十数メートルが消し飛んだ。

 どんな攻撃だよと目を丸くして冷や汗を流しつつ、くるりと回転しながら右への強烈な薙ぎ払いを繰り出す。

 およそ生き物にぶつかって鳴るようなものではない音を鳴らし、バーンロットが右に十数センチほど押し込まれるが、決定打に欠けてそこで止まる。


 剣が振るわれる前に胸に横蹴りを叩き込んで強引に引き抜き、カウントダウンを見る。

 残りは五秒。

 HPバーを一本も減らすことができていないので、残りのこの時間で倒すなんてことは不可能。それが悔しくて強く歯ぎしりするが、それでも最後の最後まで諦めずに攻撃を仕掛ける。


 跳躍して木の幹を足場にして、そこを砕きながら再び跳躍して思い切り両手斧を振りかざす。

 全くの予想外だったが、この戦いの間にいつの間にか両手斧スキルを習得していたようで、大きく振りかざすのが初期戦技の初動モーションだったようで、ぐっと力が入るのを感じた。


「泣いても笑っても、これで最後!」


 大きく振りかざした両手斧を、システムアシストに便乗して全力で振り下ろす。


「う、ぎっ……!?」


 伸ばしていた右足が振り上げられた剣で焼き切られ、強烈な熱と痛みを感じる。

 それでも発動して行動に移った戦技は止まらず、片口目がけて振るわれる。

 『血濡れの殺人姫』のみの強化は大したことないと思われているのか、防御態勢すら取ろうとしないが、忘れているようだ。


「その左腕貰った!」

「───ッ!?」


 獰猛な笑みを浮かべながら宣言すると、遅れてそこがどうなっているのかを思い出したかのように防御しようとするが、遅かった。

 ロングソードで使った戦技『ヴァーチカルフォール』で付けられていた傷に重量級の両手斧が叩き付けられ、強い抵抗を感じつつも振り抜く。


 斧が地面に叩き付けられて、その衝撃と勢いでヨミが空中で一回転して背中から落下する。

 ほんの少しだけHPが減少し、直後に時間切れとなって血のように赤いドレスが溶けるように消えてHPとMPが全て1になり、すさまじい疲労感と共に指を一歩も動かせない脱力感が襲ってくる。

 その近くに鱗の鎧に覆われたバーンロットの左腕が転がってきたが、もうそっちに意識を向ける余裕もない。


「やっぱ、とてもじゃないけど今戦って勝てるような相手じゃないねこれ」


 やっとの思いで腕を斬り落とすことができたのだが、相手は竜。それも王の称号を与えられている怪物だ。

 腕を肩から落とされたのに血が一滴も出ていない。HPバーを見れば、理不尽なことに最初のゲージを八割削ることはできていたが、それだけだった。


「あーあ、これはもうボクの負けだね。潔く認めるよ。ほら、足を踏み入れただけでなくお前に無謀にも挑んだボクの首でも落としなよ」


 もはや軽く小突くだけで消し飛ぶステータスだ。足蹴にされてそれで死ぬより、あの特大剣で処刑されるように落とされたほうが負けたのだとすっきりする。

 もう一歩も動けないので大人しく処刑を待っていると、がしゃがしゃと音を立てて近くまでやってくる。


「我に傷を付けたのは、貴様が初めてだ」

「……!?」


 人の言葉を発した。

 戦闘開始前に調べるコマンドで、人語は理解はできるが基本どの種族、特に人間を見下しているので会話は成立しない的なことが書かれていたので、心底仰天する。


「その左腕は貴様にくれてやろう。もっとも、我にとってこの程度ただの掠り傷だ」


 言葉通りのようで、落とされた腕が一瞬で再生される。

 あんなに苦労して、初配信なのにいきなり奥の手まで使ったというのに、それが簡単に治されるのを見て眉を寄せる。

 すると今度は眼前にウィンドウが開き、なんと本当に『赫竜王の左腕・人体』を入手出来てしまった。


「我らが創造主たる神と我が同胞以外は有象無象の羽虫と思っていたが、少しは考えを改めたほうがよさそうだ。特に貴様は、強者と認めよう」


 そう言うとバーンロットは背を向ける。


「此度のことは不問とする。更なる強さを身に着けた暁には、今一度この我に挑む権利を与えよう。その時は敬意を以って、我が全力で出迎えてやる」


 それだけ言って赫の王はその場から立ち去っていく。

 一体何がなんだかよく分からないが、どうやら生き残ったらしいというのは理解できた。


「……ぶっちゃけ、助かったっちゃ助かったな」


 せっかくめちゃくちゃ強いエネミーがいる場所に飛ばされたんだし、ここを育成拠点にできるのならしたかった。

 別に武士道的なあれで戦いの中で死にたいとかそんな願望があるわけではないので、思わぬ拾い物にラッキーと感じる。


「問題は、ボクがここから動けないことなんだよね。自己回復スキルと固有スキルの方の自己回復が重複しているからHPは回復していっているけど、他ステータスが軒並み1まで落ちているから動けない」


 のそりと起き上がるが、全然力が入らず頭もぐわんぐわんと揺れている感じがする。

 血液残量を見るとこちらも1だけ残しており、もしこれが完全になくなったらどうなるのだろうかと気になったが、MPもないので魔術も使えない。

 武器も作れない強化もできない。ウィンドウを開いて確認すれば、見事にメインステータス全てが軒並み1まで下がっている。


「この森じゃ頼りなさそうなこのナイフが、今のボクの唯一の生命線かあ。……あん?」


 弱体化が解除されるまで三十分はかかるそうなので、それまではここで大人しくしていようと大の字になるが、倒れ込んで逆さまになった視界に何かが映り込んだ。

 よくよく目を凝らしてみると、それは人の形をしたシルエットをしていた。


「ア゛ァー……」


 グールだった。

 力の入らない体に鞭打って起き上がり、血液がほぼ残っていないため激しい眩暈を感じながらも、遭難すること覚悟で走り出す。STRが1なので、新緑の森にいた時に習得した疾走のスキルが発動しても全く速度が出ない。


「「「「「ア゛ァー」」」」」

「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああ!?!?」


 強力なエネミーが跋扈する赫き腐敗の森の中に、いつも通りのグールの呻き声と、そこに似つかわしくない少女の甲高い事件性の高い悲鳴が響き渡った。

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