竜の王と不死の王

 グランドエネミー。

 始めたばかりのヨミはいまいちこのグランドエネミーとは何なのかを理解できていないが、目の前にいる赤い鱗の甲冑と特大剣を持つ大男が何なのかは理解している。


 赫竜王バーンロット。FDOの世界に降り立った二柱の黒と白の竜神によって生み出された、最初の三原色の竜の内の一体。

 300年間人に代わって世界を支配している九体の化け物の内の一体。炎と腐敗を我が物としている存在。


「ボクとの相性、死ぬほど最悪じゃん……」


 炎と聖属性への耐性がマイナス値カンストしているヨミにとって、ただでさえ炎属性は普通のプレイヤーよりも倍のダメージを受けるのに、正面に立つ赫竜王は炎と腐敗を支配している怪物なので一撃でも食らえば一秒経たずに即死だろう。

 ちらりと地面に目を向けると、ぱっくりと開いているデカい亀裂。筋力値が頭おかしいくらい高いようで、掠めるだけでも致命になりそうだ。

 持っている武器は特大剣。手数を捨てる代わりに一撃一撃が重く、紙装甲+ピンポイントで炎耐性ミジンコなヨミにとって、言った通り死ぬほど相性が悪い。


「えー……っと、赫竜王、さん。そのー、ボクはただここに転送罠で飛ばされただけですので、正しい手段でここに来たわけじゃないので見逃しては、」


 血の気の引くような激しい悪寒を感じて横に跳ぶ。直後に何かが爆ぜるような轟音と、強烈な衝撃波が真っすぐヨミがいた場所を通過する。


「くれるわけないですよねぇ!?」


 人の姿をしているし、竜は知能が高く人の言葉を理解するとどの作品でも書かれていたので、ダメ元で対話による平和的解決を試みたのだが、問答無用だった。

 流石にあんな重量武器相手にナイフはあまりにも心細いし、二刀流だとパリィできても力負けしそうなので片手剣でも少しだけ長めなロングソードを作って、両手で柄を持って構える。


『ENEMY NAME:赫竜王バーンロット

黒と白の竜神によって最初に生み出された、炎と腐敗を統べる赫の竜王。己が領地である赫き腐敗の森の深奥に許可なく足を踏み入れた狼藉者に慈悲はなく、冷酷に、冷徹に奪ってきた。人の言葉自体は理解できるが、赫の王にとって人を含めた全ての種族は虫と同様なので対話は不可能。人の姿を取っているが、人と戦うのに竜の姿となる必要はなく、また創造主たる竜神達にしか見せるつもりがないからである。


強さ:背を向けて逃げることすら不可能』


 調べるコマンドを使ったら、乾いた笑いしか出てこなかった。


「撤退すら許されないんだ……。鬼畜すぎでしょ運営ぃ……!」


 というか人のことを虫と同じに扱っているくせに、竜の姿を見せるのは竜神だけにしたいから人の姿をしているとか、どう考えても舐め腐っている。

 恐らくは人モードの時は本来の強さを出し切れない系だろう。そうだと仮定した場合、こういう手合いは一度HPバーを全て削るか半分削ると第二形態に移行する。

 バーンロットがどっちなのか、そもそも本当に第二形態になるのかは不明だが、そんなことよりもあれとまともに戦える気がしない。


 恐らく、『ブラッドエンハンス』と『シャドウアーマメント』に全てのMPを割り振り、全リソースを割いて全力で戦っても九本あるHPバーを一本減らすことができるのは、せいぜい一割あるかないかくらいだろう。

 それほどまでの強敵。確実に今戦ってはいけない怪物。潔く死んでワンスディアに戻ったほうがいいレベルだ。

 ……だが、


「そんなつまらない選択肢、取るわけないでしょーが」


 冷や汗を流しながら、ニィっと獰猛な笑みを浮かべる。


「逆立ちしても勝てない相手? 弱点属性持ち? 上等ォ! 逃げることすらできないんだから、真っ向から勝負挑んで一発ぶち込んでやる!」


 ロングソードの切っ先を赫の王にピタリと向ける。


「あまり人間舐めるなよ、竜王。倒すまではいけないかもしれないけど、せめてお前を本気モードにさせてやるから覚悟しろ」


 そう宣言すると同時に、王が動く。

 適当に振りかざした特大剣を、技も何もなくただ雑に振り下ろす。それだけで音速を超えた剣から衝撃波が発生し、地面を抉りながら斬撃が飛ばされる。

 見てからでは確実に間に合わない。なら振り下ろされるよりも早く、どの方向からくるのかを予測して先に動いてしまえばいい。


 先に動くことで赫の王の攻撃はヨミがいた場所を通過していき、あの大きな剣だとすぐに攻撃に移れないだろうと全力で地面を蹴って接近する。


「『シャドウバインド』───『スラストストライク』!」


 影魔術シャドウアークを使って影の拘束を行い、片手剣をぐっと引いて戦技を発動。

 地面が爆ぜる勢いで踏み出して真っすぐ矢のように突っ込んでいくが、赫の王は回避行動すら取らずに鱗でできた鎧で受け止める。

 ギィン、という硬質な音だけが響き、ダメージが1ドットも減らない。


「そうかい、ボクの攻撃なんざ避けなくてもいいって?」


 下に下げられている特大剣が振り上げられたのでバックステップで距離を取りつつ、左手にナイフを作って投擲戦技を使って的確に首を狙う。これも回避も防御すらされずに防がれる。


「ぜってーそこから動かしてやる……! いつまでもそっちが優位だと思うなっひゃあっ!?」


 始めたてにしてはステータスが高めなのは自覚しているが、トップ層から見ればプレイヤースキルはあってもステータスが雑魚なのも自覚している。

 なので攻撃がほぼ通じないのも仕方ないことだと受け入れられるのだが、流石に回避すらされないと頭にくる。

 感情が素直に出力されるので額に青筋を浮かべ、ゆっくり振りかざした後のほぼ目視できない振り下ろしを勘で避けて、狙いを付けられないように周りを疾走する。

 分かってはいたが、拘束魔術なんて微塵も通用しない。


 まず現時点で分かっていることは、MPがある限り筋力強化状態が続く『ブラッドエンハンス』を使った状態でも、HPを1ドット減らすどころか鱗に傷すらつけることができないこと。

 次に向こうはこちらのことを見下しているため、恐らくHPを一定以上減らすことができなければ本気は出してこないこと。

 三つ目に、本気じゃないのにヨミの紙装甲もあって、掠るだけでほぼ即死圏内、直撃すれば一撃の可能性があるということ。


「……うん、これ結構な無理ゲーじゃない?」


 手がないわけではない。もう一つの血魔術ブラッドアークである『血濡れの殺人姫ブラッディマーダー』は、血液残量が最大であれば1分間熟練度に応じて超大幅に身体能力と再生能力を上昇させることができる。

 使用中はMPバーの下にある血液残量を示す『BLOOD GAUGE』が減少していき、血液がなくなると強制解除されて一時的に全てのステータスが1になるというデカい反動が来る。

 今のところ使える血魔術が二つだけで、しかも片方はゲージが減らないので『血濡れの殺人姫』は最大の一分間使えるのだが、効果が切れた後が怖すぎる。


 ただ説明文を読むと若干引っかかるものがあり、「血液残量が最大であれば1分」とあるので、もしかしたら戦闘中に血液を補充できるのなら効果時間を延ばすことができるかもしれない。

 しかしそれを確かめようにも相手は一体しかいないし、攻撃が通らないから噛み付いて牙を立てることも、攻撃して剣に付着した血液を接種することもできないだろう。


「うわおう!?」


 追加で分かったこと。狙いを付けられないよう激しい緩急をつけて走っていても、余裕で狙ってくる。


「小手先は効かない。奥の手が通じるかどうかも分からない。……ますます燃えてきた!」


 幸いまだ攻撃頻度はそこまでではないので、とにかく攻める。

 攻撃されたら次が来るまでに突っ込んで戦技をぶち込み、次のモーションを取ったらすぐに離れて回避する。

 ヒット&アウェイ戦法を繰り返し、『シャドウアーマメント』を何度も使い、ひたすら同じ場所を攻撃し続ける。


 全力の突進から体重を乗せた突きも、体の発条を使った全力の薙ぎ払いも、落下と跳躍を重ねた一撃も、尽くが防がれる。


「硬すぎんだろほんまにぃっ!!!!」


 後ろに下がるタイミングをミスり、特大剣の間合いにいる状態で重量武器が薙ぎ払われる。

 ヤケクソ気味にパリィを使ってみたら奇跡的に軌道を若干ずらせたが、武器の方が耐えきれずに砕けてしまい、左の手首から先が斬り飛ばされる。


「ぐぅ……!?」


 標準搭載されている痛覚軽減機能が働き、一定以上の痛みにならないように抑え込まれるが、視覚的に自分の手が斬り飛ばされるのを見て激しい痛みを錯覚する。

 表情を歪め、右手で斬られた左手を抑えながら後ろに下がる。

 直後にバーンロットが袈裟懸けに剣を振り下ろし、斬撃が飛んでくる。


「こなくそぉ!!」


 横っ飛びで回避して地面を転がり斬撃を回避し、再び剣を作って右手で構える。


「よしよし、色々分かって来たね。まずパリィによる受け流しはできないこともないけど、タイミングがずれると武器ごとおしまい。やるとしたら完璧なジャストパリィだけど、あの速度に合わせるのかなりムズイ」


 ちらりとHPを確認すると、三割削られている。

 じわじわと固有能力の『月夜の死なずの君ノーライフキング』のおかげで回復していき、弾け飛んだ左手も少しずつ修復されている。


「あの大剣は、直撃なのか斬撃そのものなのかは不明だけど、攻撃されると腐敗ゲージが進む。耐性高くてこれじゃあ、低かったら三、四回喰らったら即腐敗やられになるね」


 BAD STATUSの欄に、霧を抜けてから消えていた腐敗ゲージが、手を切られたことで一割弱蓄積していた。

 幸い炎属性は付いていなかったようだが、もしそれも付いていたらHPの減りは三割じゃ利かなかっただろう。


「ここで出し渋っても仕方がないかな。……悲鳴が奏でる協奏曲。飾り付けるのは真紅の鮮血。白いドレスを赤く染め、血海けっかいの中で笑いましょう」


 呪文を唱え、その魔術の仕様を宣言する。


「───『血濡れの殺人姫ブラッディマーダー!』


 瞬間、ヨミの全身が赤く染まる。

 着ている服の上に重なるように赤いドレスが現れ、銀色の髪が血の色に染まっていく。

 すさまじい力が湧いてくるのを実感するのと同時に、ものすごい速度で血が減っていくのが分かる。


 ───制限時間は一分。この一分の間に、あいつの鱗をぶっ壊す!


 獰猛な笑みを浮かべ、地面を爆ぜさせるほど強く蹴って一瞬で間合いを食い潰す。

 バーンロットは興味なさそうに、防御も回避もしようとしなかったが、全力で放った斬撃を見た瞬間この戦いで初めて自分の首を守るように、左腕で防御した。


「流石にここまで強化が入ったら、防御せざるを得ないみたいだなあ!?」


 片手剣は防御されて根元から折れてしまったが、刀身は防御した左腕に刺さって残っていた。

 非常に微々たるものだが、初めてHPを削った。


「言ったろ、赫竜王。逃げられないなら真っ向から挑んで、一発強烈なのぶち込んでやるって。『シャドウアーマメント・ロングソード』!」


 そう言いながら漆黒の剣を作り上げ、これ以上言葉は不要だとフルスロットルで首を狙って攻撃を仕掛ける。

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