赫を統べる
進めば進むだけ濃くなっていく赤い霧。森の名前から触れ続けると腐敗状態になりそうなのに、かれこれ一時間以上触れ続けているのに何も起こらない。
一体どうしてなんだとステータスを見たら、しっかりと腐敗耐性があった。しかもやけに高い。
これまたどうしてと思ったが、ヨミの種族は真祖吸血鬼。魔族という括りにはなっているが、元の伝説のことを考えれば吸血鬼はアンデッドだ。その真祖ともなれば、死体すら腐らせる(かもしれない)この霧に触れていても大丈夫なのかもしれない。
「あ゛ー」
「黙れ」
「ア゛ッ」
何メートルか先にぼんやりとシルエットが見え奴らのうめき声が聞こえたので、完全に姿が見えるようになる前にナイフを投擲する。
投擲スキルを取得したことで投げナイフの生成も可能となり、少ないMP消費で効率的に影魔術の熟練度と投擲スキル熟練度が上昇していく。
MPの自然回復量も高い方なので、投げナイフ一本程度の消費なら十秒あれば全快する。
「遂に投擲スキルの戦技まで覚えたよ。……投擲スキルの戦技って何?」
新しく入手できた戦技を確認すると、投げるものによって効果が変わるものだった。
普通のナイフや投げナイフであれば貫通力、チャクラムは切断力、ブーメランは攻撃力に補正がかかるらしい。
今はナイフ系しかないので貫通強化だが、グールは基本固まって行動していることが多いようなので、より効率的に狩ることができそうだ。効率的に奴らの腐肉と骨片も手に入ることになるが。
”ヨミちゃんの腐敗耐性が高いのか、まじでこの霧がただ赤いだけなのか分からんな”
”吸血鬼だから腐敗は効かない系かと思ったけど、グールもアンデッドでぐずぐずだったしな”
”先に腐った死体がグールになった、とかなら分かるけどそうじゃないっぽいし”
”みんなちゃんと考えて見てんだな。俺ずっとヨミちゃん可愛いしか考えずにヨミちゃんだけ見てたわ”
”だんだんグールの処理速度が上がって行ってるのワラタ”
”その内声も聞こえていないシルエットも見えていないのにヘッドショットしそう”
”この濃霧の中をよくずんずん進めるな。ワイだったら怖くてヨミちゃんの十分の一しか進めてないと思う”
”ヨミちゃんは今後誰かとパーティー組んだりするの?”
「パーティーかー。一応ボクの幼馴染がそのうち始めそうな雰囲気だったし、他の友達もやってそうな感じだからそのうち組むかも」
このゲームだって、のえるが二本持っていたから片方を譲り受ける形で始めた。
元々やるつもりでいたと言っていたし、そう遠くないうちに彼女もログインするだろう。
きっと名前をそのままカタカナにした『ノエル』で、ヨミ以上の脳筋スタイルで来るんだろうなとぼんやり思っていると、コメント欄が何やら騒然としていた。
「えーっと……『その幼馴染は男なのか?』。ううん、女の子。あ、でも双子で弟がいるんだよね。というかなんでそんなにそこを気にしたの?」
幼馴染が男なのかどうか、という質問コメントが大量に送られてきて困惑するが、
もしやのえるのことを狙おうとしているのではないかと危惧するが、彼女は自分に向けられる好意に恐ろしく鈍感で、中学の三年間で数多くの男子の繊細なガラスハートを粉微塵にしているので大丈夫だろう。
「その幼馴染の子もゲームはかなり上手でさ、流石にボクの方が強いけど、それでも勝率六、七割とかなんだよね。大抵負ける時メイスとかハンマーで頭かち割られてる」
ヨミが強すぎるのが原因で、元は力と速度を両立させていたのを筋力や攻撃力に全てのスキルポイントを割り振るようになってしまい、あまりにも極端すぎる極振りが基本となってしまったのえる。
動きは遅いし防御力も装備などで補っているがそれを抜けば紙装甲なので、攻撃力の高い武器で攻撃すればすぐに倒すことができる。
ただし、向こうはとにかく一撃に重きを置いている一撃必殺スタイルなので、タイミングを合わされて攻撃されると一撃でHPが持っていかれる。
ヨミはこれまで幾度となく彼女と勝負をしてきたので行動パターンをある程度把握されており、小さい時は勝率ほぼ100%だったのが、受験のために一時引退することになった中学三年の時には七割まで落ち込んだ。
しかもだ、今まではAGIとSTRは別々だったのだが、このゲームはSTRに統合されている。
つまり、のえるがこれまで通りSTR極振りして来たら、一撃がめちゃくちゃ重い一撃必殺スタイルの脳筋が、ものすごい速度で突っ込んでくるという恐怖映像が完成する。
できればヨミのステータスがある程度完成するまでは始めないでほしいなと思いながら、もはや一寸先すら見えなくなってきた霧の中を進む。
「こんだけ濃くなってもなお腐敗しないボク。吸血鬼だからって、腐敗と毒耐性高くしすぎじゃないかな運営」
とはいえ、ここまで来ると全く影響を受けない、というわけでもないらしい。
ようやくというべきか、視界の左端に気にならないように表示されているHPやMP、血液ゲージの下にある『BAD STATUS』の文字の下に、『ROT』という文字と共に本当に少しずつ赤いゲージが溜まっていく。
だがこのペースだと、引き返して全力ダッシュすれば溜まり切る前に森を抜けられるだろう。
「……んお?」
そう思っていたところ、途端に視界がクリアになる。
足を止めて振り返ると、まるで透明な何かにせき止められているかのように霧が止まっている。
「ギッヒヒヒヒヒヒヒ!!」
「ちょわあ!?」
どうなっているんだろうかと霧に手を突っ込んだり、右半身だけ突っ込んで右側だけ真っ赤な視界になったり色々やって遊んでいると、何かが後ろから襲撃してきた。
足音は聞こえていたのですぐに振り返りつつナイフを作って迎撃しようとしたが、誤算だったのは数時間前に戦ったゴブリンと見た目はほぼ一緒だが、緑の肌ではなく緋色の肌にヨミよりも大きな両手斧を持っていたことだった。
咄嗟に横に跳ぶことで真上からの振り下ろしを回避し、叩きつけられた斧の一撃に唖然とする。
もとより被弾しないことを前提とした筋力メインの紙装甲ではあるが、この緋色ゴブリンの今の一撃は紙装甲ではなくとも、専業タンクでさえ致命の一撃でなくともHPを持っていかれるだろう。
叩きつけられた斧からは爆撃のような轟音が鳴っていたし、多分直撃しなくても余波で死ぬ。
「いいね、そういうのは大好物だよ」
こういう時は中距離か遠距離で戦ったほうがいいのだが、ヨミは敢えて近接で挑むことにした。
”あれ見てナイフで勝負挑むのマ?”
”今の一撃、最前線攻略組でも多分防ぐの難しいぞ”
”マジで赫き腐敗の森ってどんだけ先のエリアなんだよ!?”
”ヨミちゃんのステータス絶対適正じゃないから、逃げたほうがいいと思う”
”すでに格上殺しを何度もやってるから、少しは安心してみていられる”
”でもこいつゴブリンなんだよな。ってことは、もしかしなくても……”
「ギィ、ギィ、ギャギャギャギャ!!」
「「「ギャッギャッギャ!!」」」
「ねえそれは卑怯じゃない!?」
緋色ゴブリン……エネミー名『スカーレットゴブリン』は、最初の一撃でヨミのことを仕留めることができなかったこと、そしてヨミが戦闘態勢に入ったことを確認すると、すぐに大きな声を上げた。
そのすぐ後に複数の声が重なって聞こえ、草むらから飛び出てきたり木の枝の上にスカーレットゴブリンが姿を見せる。
全部で四体とチュートリアルと比較すれば一体少ないのだが、あれとは比べ物にならないほど強い。
ヨミはすぐに『ブラッドエンハンス』を発動させて、左手にもナイフを作って構える。
同時に四体の緋色ゴブリンが襲いかかってくる。
直撃を受けるのは論外。掠めるだけでも即死はないだろうが、一気に数割持っていかれるだろう。
一度死んでしまえばワンスディアに飛ばされて、またあの洞窟に潜って転送罠を受けたとしても、同じ場所に飛ばされるとは限らない。
「意地でもワープポイント解放してやる……!」
何が何でもここでは死ねない。その一心で素晴らしい連携による連撃を回避し、パリィで弾きながら凌いでチャンスを窺う。
一撃一撃は重すぎるくらいだが、その分大振りで出が遅いのでパリィのタイミングは掴みやすい。
三分ほど回避に専念するだけで大まかなタイミングを掴めて、回避行動を最小限に連続でパリィを決める。
大まかに掴んでいた行動パターンをブラッシュアップし、精度を上げていく。
そうすることでどのように動けばどう攻撃してくるのかを把握し、不利だった状況がヨミに傾く。
「ついでに同士討ちでもしてろ!」
「「ギャッ!?」」
意識して立ち回り、正面と背後にいるゴブリンが同時に攻撃を仕掛けてくるように誘導する。
見事にその誘導に引っかかった二体は、ヨミがさっと左に回避することでお互いの攻撃が直撃してHPがぐっと減る。
ギリギリで致命にはならなかったようだが、ダメージを、それも仲間から受けたことで動きが硬直する。それを見逃すはずもなく、右手のナイフを投擲しつつ後ろから頭を狙ってきたハンマーを持ったゴブリンに左足で回し蹴りを叩き込む。
ドスッ、という音を立ててナイフが心臓のある左胸に突き刺さり、投擲スキルによる威力の補正もかかって
蹴り飛ばしたゴブリンは、胴体に蹴りを食らったので多少HPが減っただけで大したことはないと起き上がるが、それを無視してもう一体の同士討ちによるダメージを受けた個体に向かって疾走する。
地を這うように姿勢を低くして逆手に持ったナイフの柄頭に手の平を置くと、初動モーションを検知して新しく取得したナイフ
「戦技───『スネークスタブ』!」
ギュン! と一気に加速して喉笛にナイフを突き立てる。少し浅かったようでHPを九割減らすがギリギリで残り、あがくように斧を振り下ろしてくるが、戦技はまだ発動中だ。
首に刺したナイフを素早く引いて、二撃目を心臓に叩きこむ。
今度こそ致命判定となりHPを全損。ポリゴンとなって消滅する。
戦技終了直後の僅かな隙を狙ってハンマー持ちのゴブリンが殴りかかってくるが、振り下ろされる直前に硬直が終わってすぐにパリィを行い、金属音と橙色の火花を巻き散らして弾き上げる。
パリィの動作をすると同時に右手に作った影のナイフを順手に持ち、体を捻るようにして真っすぐ打ち出して喉に突き刺し、ナイフを捻って右に振り抜いてクリティカル。
そこから逆手に持ちなおして、体を右に回転させながらナイフを顔の左側に持っていき、いつでも戦技を発動できるようにする。
残ったスカーレットゴブリンは一体。全て致命の一撃で仕留めたので弱く見えるかもしれないが、恐らく今のヨミのステータスではクリティカル以外を狙うと、まともなダメージも出ないだろう。
立ち回りで自分が有利になるように誘導させたが、数時間やって分かったのだがこのゲームの敵エネミーに搭載されているAIは、正気を疑うレベルで性能が高い。
時間をかければこちらの動きを学習し、対応してくる可能性があった。
今のような一対一ならある程度対応されてもどうにでもなるが、あのように複数体いる状態で対応されたら、最悪袋叩きだ。袋叩きにされるほど耐久がないので、一撃食らったらアウトなのだが。
「さて、残りはお前だけだ。大人しくその首を置いていってもらうよ」
あと数センチ顔に近付ければナイフ戦技が発動する。
取る可能性が高い選択肢は逃走だ。なのでその素振りを見せた瞬間初動モーションを検知させる。
まだ逃げないのか。早くその素振りを見せて見ろと鋭い視線を向けていると、ガシャン、という金属がぶつかり合うような音が鼓膜を震わせた。
その瞬間、その場から空気が消失したと錯覚するほどの大瀑布のようなプレッシャーに、呼吸が一瞬止まる。
一瞬だけ硬直した体が自由を取り戻し、激しく鳴る本能からの警鐘に従って転ぶように左に回避すると、数メートル先の正面で相対していたスカーレットゴブリンが縦に真っ二つに割れた。
その下の地面を何かがえぐりながら飛んで行き、ヨミの後ろにあった赤い霧がそれが通った場所だけモーセの伝説の如く左右に割れた。
一瞬でも回避が遅れていたら、直撃して即死していた。そう思わせるほどの威力があり、嫌な汗が流れる。
乱入してきた何かが姿を見せる。全身を鱗のような甲冑で覆った、特大の剣を持った大男。
少し前に戦った熊竜よりも小さいのに、その体躯から発せられるプレッシャーと存在感は、あれの数十倍もある。
『ENCOUNT GRAND ENEMY【LORD OF RED :BURNROT】』
眼前に表示されたウィンドウは、死刑宣告と同義であった。
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