赫い森のゾンビパニック
「超今更だけど改めて。友達にお勧めされて今日からこのゲームを始めて、そのまま配信者になったヨミです。今日は数ある配信の中から、ボクのチャンネルを見つけてくれてありがとうございます」
森の奥に向かって進み続けること三十分。やけにやせ細ったデカい犬系エネミーの首を処刑人の如く刎ね飛ばした後で、先ほどは戦闘中だったということでおざなりになっていた自己紹介などを行う。
”おかしいな、このフィールドってエネミーがクソ強いって噂なんだけど”
”いまだに最前線攻略組が見つけることができない、幻のフィールドとして都市伝説化されているんだよここ”
”ここにこれたのが一人だけだったからデマじゃないかって言われてたのに、ヨミちゃんが配信しているおかげでマジであることが証明された”
”今考察スレの方でエッグい盛り上がりを見せてて楽しい”
”もうちょっとエネミーと戦って行動パターンとか見せてほしいけど、今のヨミちゃんの耐久だと一撃食らうだけで死んじゃうからね。仕方ないね”
”完全初見のエネミー相手に真っ向から挑んで即首落とせるロr……可愛い子”
”しつもーん! なんでそんな正確に首狙えるんですかー?”
”できれば自己紹介とか配信を始めた頃にしてほしかったっピ”
”初めてすぐにチュートリアル始まったとはいえ、すぐ忘れちゃうのぽんこつポイント高い”
”声もビジュも何もかもが好みなのでチャンネル登録しました”
「チャンネル登録ありが───な、700人……?」
配信画面には1000人を突破した同時視聴者数と高評価、チャンネル登録者数というのが表示されている。
始めたばかりで、しかも初配信。行ってもせいぜい同接10人、登録者は一人増えればいい方だと思っていたのに、予想の七百倍の700人越えの視聴者が登録してくれていた。
今もちょっとずつ伸びていき、もしかしたらこの配信で収益化の条件の一つである登録者1000人以上を達成できるかもしれない。
なんだったら、もう一つの条件の総再生時間4500時間も達成するのも時間の問題かもしれない。
「本当に、本っ当に、ボクのことを応援してくれてありがとうございます! みんなのことを楽しませることができるよう、頑張ります!」
ぱっと笑顔を咲かせながら言うと、コメント欄が全て可愛いで埋め尽くされる。
怒涛の可愛いコメント爆撃によってみるみる顔を赤くし、わたわたと慌てながら画面に映らないように背を向ける。
「こほん……! とりあえず、ここがトップ攻略組でもまだ見つけることができていない、完全な未開拓エリアだってことは分かったし、奥に進めば進むだけエネミーが強くなっていくのも分かった。でも、ゲーマーたる者、そこに面白そうなものがあるのに撤退するなんて、そんな面白くもなんともないことできるわけがない」
ヨミは廃人ゲーマーである。しかも割と隅々まで探索しないと気が済まない性質で、一つのエリアを何日もかけて嘗め回すように探索するなんてざらにある。
幼馴染ののえると一緒に始めたのに、探索に夢中になりすぎて一時向こうの方がステータスや進行度が上、なんてこともよくあった。
今回もその悪癖がしっかり発動して、さっさと霧が薄い方に撤退するより濃い方に向かって進んでみたくなってしまった。
集まっている視聴者達も、撤退してほしいけどせっかくこのフィールドに来たから少しだけでいいから情報が欲しいと葛藤しているようなコメントを送ってくる。
「それにしても、どんどん濃くなっていくなあ。もう五メートル先も見えないくらい」
視界はほぼ赤く染まっており、腐敗臭のような鼻を刺激する匂いはここに飛ばされた時の比ではなくなってきた。
この霧に長いこと触れ続けるとどうなるのだろうか。このフィールドの名前の通り腐敗状態になってしまうのだろうかと思っていると、右斜め前方から何かが向かってくる気配を感じる。
大分使い慣れてきた片手剣を右手に、多くのゲームで使ってきたから非常に馴染むナイフを左手に作って構える。
「……ひっ」
小さく悲鳴を上げた。
姿を見せたのは、いわば人だ。ただし、ただの人ではない。
あちこちが腐って爛れ、周りからする腐敗臭よりもずっと酷い悪臭を放ち、皮と肉が腐り落ちた部分からはぐずぐずに腐りかけている頭蓋が見えて、目玉のなくなった眼窩が見える。
こうしたMMORPGでホラー要因として知られているアンデッド。その代表格ともいえる存在。
ゲームに限らず映画でもよく登場するそれは、グールと呼ばれる動く死体だ。
FDOは現実とほぼ変わらないグラフィックをしており、初めて数時間経った今でも現実にいると一瞬錯覚してしまう。
そんな超美麗グラフィックゲームの中にいる、動く死体代表のグールもまた、見るものに不快感と恐怖、生理的嫌悪と吐き気を催すリアルすぎるものとなっていた。
「ア゛ァ……」
「ひっ、ひぃ……!」
獲物を見つけたら即首を狩りに行っていた戦闘狂はどこへやら。
ずり、ずり、と足を引きずりながらゆっくりと迫ってくるグールを前にしたヨミは、顔を真っ青にしてじりじりと後ろに下がる。
現実の熊よりも大きな熊や、どでかいトカゲ、やせこけたデカい犬。そういったものには嬉々として挑めるのだが、グールは無理だ。
何しろこうしたゾンビ系から幽霊系、つまりホラー系全般は、ヨミの最大の弱点なのだ。
”まさかのホラーダメ系でしたか”
”意外っちゃ意外”
”いや、これは苦手な人多いでしょ”
”顔真っ青にして涙目ヨミちゃん可愛すぎ。庇護欲を掻き立てられる……”
”分かる。今すぐ駆けつけて、大丈夫だよって優しく抱きしめてあげたい”
”わあ、奥から続々出てきた”
”体がスマホのバイブレーション機能並みにぶるぶる震え始めたwww”
”かっこいいから可愛いに移行するのが早い”
姿を見せたグールは一体だけでなく、後ろの方にたくさん控えていたようだ。十や二十じゃ利かないかもしれない。
「く、来るな……!」
「ア゛ァ?」
「お、お願い……! 来ないでください……!」
震えているか細い声で絞り出すように懇願すると、ぴたりとグール達が足を止める。
もしかして言葉が通じるのかと思ったのだが、姿がはっきり見えている七体と、後ろの方に控えている薄っすらと見えている推定十体以上の生気のない腐った目が、真っすぐヨミの方を見つめてきた。
恐怖で喉がひゅっ、と鳴る。
「「「「「「「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!」」」」」」」
一斉に声を上げてヨミに向かって、やけに速い速度で動き出す。
「いやあああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?!?!?!?」
限界を突破し、悲鳴を上げて反転し全力で走り出す。
ヨミは筋力重視で補正も多くかかっているため、ぐんぐんグールとの距離が離れて行く。しかし、どれだけ引き離しても追いかけるのを止める気配がない。
「無理無理無理無理無理無理!!!」
「ア゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛」
「追いかけてくんなあああああああああああああああああああああああああああああああ!?!?!?」
グールに言ったところで止まってくれるわけがないので、霧が薄くなって視界がよくなってきたところで走るのを止めて踵を返し、ナイフをMPを全て使う勢いで連続生成して、地面や木の幹に突き刺して数を確保する。
少ししてからまだ追いかけてきているグールが姿を見せたので、先頭にいるやつに向かってナイフを全力投擲してヘッドショットでクリティカルワンパンする。
それをとにかく連続で繰り返し、最初に倒した個体がいる場所から一メートルも進ませないという固い意志のもと、次々とナイフを投擲する。
”意地でも近付かせねえって言う気迫を感じる”
”ナイフは投擲武器じゃないんだけどなー”
”投げナイフという投擲武器もございますが、きっとヨミちゃんはより威力の高い武器で確実に仕留めたいんでしょ”
”このゲームは急所さえしっかりと潰せば、例えトッププレイヤーでも初期装備で殺せる仕様なんだけどね”
”パニック状態になってるからしょうがないよ”
”気持ち悪いグールに襲われてパニックになり、上げる事件性の高い悲鳴……脳にクるわぁ……”
”こういう子をぼろ泣きさせながら絶望顔させたい”
”歪んだ癖の持ち主がいきなり湧いてくんのやべえな”
何かコメント欄に書き込まれて行くが、そんなものを気にしている余裕はない。
とにかくひたすらナイフを作っては頭を狙って投擲するを繰り返しを二分ほど繰り返し、ようやく追いかけてきていたグールを殲滅する。
この間に影魔術の熟練度が少し伸び、新しく投擲スキルを獲得した。
「うぅ……この先のものがすごく気になるのに、あれがいると分かった途端に行きたくなくなってきた……」
間違いなくすさまじい強敵がいるのは間違いないだろうが、そこに辿り着くまでにあの腐った死体共を相手にしないといけないとなると、気が滅入る。
そんなところにウィンドウが表示される。エネミーを倒したことによる、ドロップアイテムの獲得だ。
【『腐敗した肉片』×20を入手しました】
【『赤く爛れた骨片』×13を入手しました】
【『腐敗が進んだ両手斧』を入手しました】
「こんなもんいらんわ!?」
なんて恐ろしいものをインベントリに突っ込んでくれとんのじゃ!? と入手したばかりのグール素材を即廃棄する。両手斧もグールが持っていたものだから捨てようと思ったが、鍛冶屋に持っていけば治してくれそうな気がするので、念のため取っておく。
正面にアイテム化してどさりと落ちたそれは、正しく肉片と骨片だった。
「こんなもんまでっ、リアルなグラフィックでっ、再現せんでええやろがっ!?」
うがー! と頭を抱えながら叫ぶ。
「というか結局この霧is何!? 見るからに触れ続けたら状態異常になりますよー、的なヤバい色しているのに、なんも起きないじゃん!? ただ色がヤバいだけの普通の霧なのかこれ!?」
森の名前も『赫き腐敗の森』といういかにもな名前なのに、そこに足を踏み入れているプレイヤーには何の影響も及ぼさない。
もしかして土や木が腐っているからそんな名前なのか。じゃあ結局それでもこの霧は何なのだと、脳内でひたすらツッコミを入れる。
「はぁー……。せっかく割と奥の方まで行ったのに、こんなところまで引き返してきちゃったよ。きっと素晴らしいボスがこの奥にいるだろうに」
正直めちゃくちゃボスに会いたいが、グールがいると分かったら途端に歩を進める勇気がなくなってしまった。
だからってここでこのまま引き返してしまうのはゲーマーとしてはよろしくない、いやでもしかしと葛藤すること五分。
「…………………………行くか」
ものすごく嫌そうな顔をしながら、奥に向かうことにした。
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