赫い森のトカゲ

SFジャンルで日間ランキング4位、週間25位、月間69位にランクインしていました。皆様のおかげですマジでありがとうございます!


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 熊竜を倒し、宝箱を開けたらいきなりよく分からない場所に飛ばされた。

 何年か前にやってた死にゲー代表みたいなゲームでも、宝箱を開けたら転送トラップが発動して、どこか別の場所に飛ばされるというギミックはあった。

 だがそういうのはそうそうあるものではなく、大半が普通にアイテムの入ったものだったので、どれに転送トラップが仕掛けられているのか分からない状態でも開けていた。


 このゲームはプレイヤースキル重視の死にゲーではあるが、あの会社とは違う制作会社なのでないだろうと思っていたのだが、しっかりと似たようなものがあった。

 どこかでセーブできるポイントを見つけるか、最悪デスポーンしてワンスディアに戻ってから、このゲームに誰が携わっているのかを確認しようと決める。


「……臭い」


 それよりも、何よりも今いる場所がとにかく臭い。

 視界端に表示されているウィンドウを見ると、ここは『赫き腐敗の森』と呼ばれるエリアらしい。

 名前の通り、土から生えている木、茂る草葉に至るまで何もかもが赤い。

 しゃがんで土を少し取って鼻を近付けて見ると、強烈な腐敗臭が鼻腔を刺激して反射的に投げ捨てる。


「これ、もしかしなくても全部赤く腐っているってこと? だとしたらこのエリア作った人性格悪すぎ。なんか赤い霧みたいなのもあるし、あまり長いこと触れると自分も腐敗状態とかになるんじゃないの?」


 ヨミが今立っている場所はまだましだが、恐らく森の深部であろう方角には赤い霧が充満している。

 反対方向を向くと霧が薄くなっているので、奥に行けば行くほど霧は濃くなるのだろう。

 今のヨミには状態異常を解除するための手段がないので、奥には進まずに一度森の外に出て、どうにかしてワープポイントを見つけるかリスポーン地点の更新をしたほうがいいだろう。


「……そんな時間は与えないって感じ?」


 何かが猛烈な速度でこちらに向かってきているのが聞こえた。

 吸血のおかげでブラックベアドラコ戦で使ったのでMPは全快ではないものの、八割以上残っている。HPも自己再生スキルでじわじわと回復している。

 ブラッドエンハンスの反動なのか気怠さはあるが、大した問題ではない。今の状態で戦うのが厳しい相手だったら、もう一度使って倒してしまえばいい。


 『シャドウアーマメント』で片手剣を二本作り、こちらに向かってきている何かといつ戦闘が始まってもいいように構える。

 そうして待つこと数秒。赤い鱗に覆われた大きなトカゲが、赤く腐っている木を薙ぎ倒しながらやってくる。

 名前が表示されているネームプレートは敵性を示しており、強さによって変色するのだが、今のヨミでは格上過ぎる相手なのか赤黒いを通り越してもはや真っ黒だ。

 距離が開いているので調べるコマンドを使い、頬が少し引き攣るのを感じた。


『ENEMY NAME:スカーレットリザード


赫き腐敗の森に生息する大型エネミー。この森の支配者の影響を受け、体の表面に弱い腐敗の力を宿している。性格は獰猛で凶暴。目に付く生き物を息絶えるまで追い回し、殺してきた。その体の大きさは、今までに喰らってきた獲物の多さの証である。


強さ:推し量れないほど強力。潔く死を受け入れるか逃げたほうがよい』


「メッセージの方から『諦めろ』って言うのはおかしくないかなあ!?」

「シャアアアアアアアアア!!」


 赤トカゲがその巨体を活かした突進でヨミを轢き殺そうとしてくるが、あの大きさであの速度だと急には曲がれないだろうと、右に大きく跳んで回避する。

 予想通りすぐに方向転換はせず、大きな弧を描きながら曲がって追いかけて来る。

 トカゲらしく口から細長い舌をチロチロと出しており、めちゃくちゃデカいのと腐敗臭がするのに目を瞑れば、愛嬌がないわけでもない。


「とはいってもめちゃくちゃ食べようとしてくるから全っ然可愛くないんだけどねえ!?」


 今はまだ馬鹿の一つ覚えのように突進しかしてこないが、その際に繰り出してくる攻撃が全部噛み付きだ。

 地面を抉りながらブルドーザーのように迫ってくるので、その巨体もあって悪い意味で迫力がある。

 あんなものに巻き込まれて食われでもしたら、当面トラウマになってしまうだろう。

 というかゲームとはいえ生きたまま何かに食われて死ぬのなんて嫌なので、徹底的に抵抗する。


「どおりゃあああああああああああああああああああ!!」


 木を足場にして立体的な軌道を描きながら加速していき、赤トカゲの突進の勢いと自分の突進の勢いを重ねて、まずは右の剣を思い切り側面に叩き付ける。

 さっきまで戦っていた熊竜よりも硬い感触が返ってきたが、先ほどの戦いでまた少し筋力や魔力値が伸びたのか、ダメージを入れることができた。

 代償に叩きつけた剣は折れた。


「かっっっっって!? 嘘でしょ、今の折れるの!?」


 ネームプレートがもはやどす黒いこと、調べるコマンドを使用した際の説明にも、これの特性もあって潔く諦めろと書かれていたので予想していたが、それを上回る硬さだ。

 地面に降りると轢き殺されそうな気がしてならないので、常に足場になりそうな木の枝の上に着地する。


「流石に今の折れるのは予想外だったなあ。これどうしよ……う?」


 視界の端に何か丸いものが映り込んだので視線を向けると、レンズをこちらに向けつつ下を爆走しているスカーレットリザードを撮影しているカメラ君がいた。


「───あああああああああああああああああああああああああああああああ!?!?!? そうじゃんボク配信してたんじゃん!? 何忘れてんの!?」


 コメント欄の表示やそのほかの配信中を示すウィンドウを一切開いていないこと、開始してすぐにチュートリアルの開始とテンションの向上、もっと戦いたいという戦闘欲からきれいさっぱり頭の中から吹っ飛んでいた。

 赤トカゲが木に体当たりしてへし折ってきたので別の木の太い枝に向かって跳躍し、着地と当時にウィンドウを開く。


『ヨミチャンネル』

『配信タイトル:【初配信】吸血鬼のエネミー狩り』

 855人が視聴中 182分前に配信開始


”やーっと気付いたかこの銀髪ロリ吸血鬼”

”もうさ、ゲームだからってそんな漫画みたいなことせんでもええでしょwww”

”ヤッホー、ヨミちゃん見ってるぅー?”

”気付いた時の表情よwwwwwwww”

”コメント欄を見るのが配信を始めて三時間過ぎてからかよ笑”

”初心者特有の慣れてなさによるぽん”

”銀髪ちっぱいロリ吸血鬼prpr”


「誰がロリだ誰が!?」


 どう考えでも自分のことではある。分かっているのだが、どうしてもロリと言われるのは勘弁願いたい。確かに小柄だし、お世辞にも胸は大きいとは言えないほどささやかな主張しかしていないが。


「えっと、ものすごく今更だしこんな状況ではあります、けどっ! ぼ、ボクの配信に来てくださりありがとうございます! なんで初配信なのに800人以上もいるのかめちゃくちゃ謎ですけど、これからももっとたくさんのリスナーが来てくれて楽しんでくれるような配信をしていきますのでえええええええええええええ!? ど、どうか応援よろしくお願いします! あとずっと無視していてごめんなさい! 危なっ!?」


”今じゃなくていいってwww”

”赤トカゲめっちゃ下から攻撃して来てんのに挨拶(三時間越し)していくスタイル”

”ぶっちゃけヨミちゃん800人どころかもっと来てもいいと思う”

”トークスキルうんぬんより、ここに残って見ている奴ら全員ヨミちゃんのプレイヤースキルと可愛さと可愛さと可愛さと可愛さに惚れているから”

”ほぼ死角からの攻撃をどうして避けられるんですかねこのロリっ子”

”動体視力と反応速度と判断速度がイカレてる”

”挨拶してくれるのはいいけど、今はそのトカゲをどうにかしてクレメンス”

”ヨミちゃんがんばえー!”


「お、応援ありがとうございます! ぶっちゃけこれ倒したいんですけど、これ倒し方って誰か知りませんかね!?」


 次々と木を薙ぎ倒されて行くので、いい加減大人しくしろと言わんばかりに後ろ足に斬撃を叩き込むが、数ドットHPバーを減らすだけで全然減らない。

 いや、こうしてダメージ自体は入っているんだし、ボスのようにHPバーが複数あるわけでもないので、泥仕合に持ち込めばいずれ倒せるだろう。

 吸血によってMPの回復速度はかなり上がるし、筋力も上がる。繰り返し吸血を行えば、時間はかかるが倒せるだろうけれども、体の表面に腐敗の力をまとっているとあったのでこいつの血はできれば吸いたくない。

 あくまで想像に過ぎないが、絶対に腐った味がするだろうと顔をしかめる。


”教えたいのも山々だけど……”

”実はここ、前にプレイヤーが一人飛ばされて名前とほんの一部のエネミー以外の情報が全くない、ガチ未開拓エリアなんよ”

”どうにかしたくても情報ゼロだから、どうにもできないという”

”頑張って攻撃避けまくって行動パターン覚えちゃえばどうにかなるかも?”

”熊竜のバトルフィールド入った時後ろ見てたから、フ〇ムゲー経験者だろうし行ける行ける”

”熊竜にやったように同じ場所連続攻撃からの首狩りは無理そう?”


 どうやらこの赫き腐敗の森という場所は、情報が全くないと言ってもいいらしい。

 なぜか800人越え、もう一度見たらもうすでに900人を超えたリスナーが集まっているが、彼らからの助けは期待できない。

 使った後の反動がどんなものなのかよく分かっていないので、手段として頭の中に置いておいたが、やはり使った方がよさそうだ。


「『ブラッドエンハンス』!」


 左手で胸を押さえてぐっと押し、魔術を起動させる。

 心臓が激しく鼓動し、血流が加速していくのを感じる。じわじわとMPが減っていくが、先の戦闘でまた少し限界値が増えていたのでブラックベアドラコよりは持つだろう。


「『シャドウアーマメント』、『シャドウバインド』!」


 右手に影の片手剣を作りつつ、左手で拘束魔術を使う。

 武器ができると同時に、スカーレットリザードの影から縄のようなものが出てきて、体に巻き付いてその場に拘束する。

 ずしん、という音を立てて突進を止められて抗議の声を上げるが、中々抜け出せないでいる。


「やっぱボスだからすぐに千切れたんだね。これ効果時間長いし、プレイヤー同士だと解呪前提だね」


 そう分析しながら、足場にした木の枝を破壊する勢いで飛び出し、もう一本の片手剣を作って鋭く振るう。

 先に当てた左手の剣は折れてしまったが、固い鱗を破壊して首の中ほどまで食い込んだ。直後に折れたほうの剣を消すことで遮るものをなくし、すぐ後に振るった右の剣で寸分違わず同じ場所に叩き込み、首を七割ほど斬ったところで食い止められてしまう。

 しかしそこまで斬られて生きていられるはずもなく、CRITICAL表示と共にHPが消し飛び、ポリゴンとなって消滅する。


「よっ、とと。やっぱこの魔術、ボクの戦闘スタイルとすごく相性がいいね。無理やりにでもクリティカルを狙える」


 トカゲが消えたことで地面に落ちた漆黒の剣を拾いながら、満足げな表情を浮かべる。

 魔力値を伸ばすことで威力と耐久が変わる『シャドウアーマメント』と、熟練度で効果が上昇する『ブラッドエンハンス』。どちらもMP消費が少ないのが魅力で、今後はこれがヨミのメイン魔術となるだろう。


”このゲーム始めたての新人が、トッププレイヤーすらまだ見つけていない未開拓エリアのクソ強エネミー倒しちゃったよ……”

”ヨミちゃん強スギィ!”

”最初の鬼ごっこは何だったのかと問いただしたくなるくらいあっさり終わった”

”これまたどんどん新規視聴者増えるだろ”

”可愛いし声いいし可愛いし強いし可愛いし可愛いからチャンネル登録した”

”可愛いしか言ってないやつおって草なんだワ。あ、ワイも登録した”

”間違いなくトップ配信者になれる素質を持ってる”

”このまま成長すれば、現在最強と謳われてるいけ好かないイケメンの『剣聖』超えるんじゃね?”

”プレイヤースキルだけで言えば、多分ほぼ一緒くらいありそうこの銀髪ロリ”


「なあんでロリって呼ぶかなあ? ちゃんとヨミちゃんとかヨミって呼んでくれないと……その首狩り取りに行くよ?」


 ロリとできるなら呼ばれたくないヨミは、にっこりと笑顔を作りながらカメラに向けて片手剣の刃を向ける。


”可愛い笑顔なのにコワイ……”

”ひぇ……”

”冗談って言いきれない凄味がある”

”実際今日ずっと首狩りしまくってるもんね”

”ボスすら首狩ってたから、今のワイらじゃヨミちゃんに勝てない”

”ステータスだけ見れば勝ってるのに……”

”素直に怖い……ヤメテ……ヤメテ……”


 軽い脅しはできたので、これくらいにしておく。やりすぎてリスナーがいなくなったら元の子もない。


「とりあえず、この森を探索しつつどこかでリスポーンしようかなって思っています。マップから登録しているワープポイントに行ければいいのに、不親切なことにそれできないからなあ」


 制作スキルを伸ばせばポケットワープやワンタッチ転送アイテムを作ることができるようになるそうだが、とにかく戦闘をガチりたい廃人兼戦闘狂なので、余計なスキルは入れたくない。

 しばらくは『シャドウアーマメント』で武器を作れるようになる条件を知るために色々試すつもりだが、一通り色んなものを作れるようになったら不要なスキルを引いて余ったスキルポイントを戦闘スキルの方に割り振る予定だ。


「……ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ、森の奥に向かってみよう。大丈夫、ちょっと様子見するだけだから」


 コメント欄に制止するようなコメントが次々と送られてくるが、ヨミはそれをサクッと無視して森の奥の方に向かって歩き始めた。

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