歓喜からの絶望
暴れるブラックベアドラコの攻撃を掻い潜りながら、右手の片手剣で合間合間に足や胴体を斬り付ける。
このボスの鱗は確かに硬いが、そもここは初心者が多くいる森の中にあるダンジョンで、こいつはそこのボス。
硬すぎるあまりに攻撃が通らないなんて理不尽ではないのは挨拶代わりの一撃で分かっているし、バフさえかけることができればダメージを多く入れられる。
魔術で作った武器なので耐久が普通のものと比べると減りが早いかもしれないが、その威力はヨミの高い魔力値によって裏打ちされている。
めちゃくちゃに大暴れしながら、前足での叩き付け、引っ掻き、後ろ足で立ち上がってからのボディプレス、噛みつき、尻尾の薙ぎ払い、両前足での掴み。
激しい猛攻を掻い潜りながら、弾くことは流石に無理だがパリィで攻撃を受け流しつつ、可能な限り同じ個所に攻撃を入れる。
首を狙いたいが、先ほどの斧の一撃で警戒されているのか、中々狙われてくれない。
緩急付けた疾走で姿を見失わせても、もうそれを学習したのか見失ったら途端に尻尾を含めた大暴れをする。
実に賢いAIをしているなと感心しながら、攻撃をとにかく避け続ける。
「『スラストストライク』!」
ダンジョンに潜ってから片手剣を使っていたので片手剣スキルを取得し、そうすることで使えるようになった片手剣の最初から使える突進系
弓を引くように構えた状態で初動を検知させて、元々走っていた時の勢いも乗って一気に加速する。
システムに便乗するように体が自然に動くのに合わせて剣を突き出し、ひびの入っていた胴体の鱗を貫いて深く突き刺さる。
鍔の辺りまで刺さりボスのHPがまたいくらか減るが、こんな戦い方ではMPが尽きるころにこいつを仕留めることができない。
今度は変な刺さり方をしなかったようで、大分力を込めたが引っこ抜くことができた。
危うく後ろ向きに転ぶところだったが気合で堪え、追撃を受ける前に後ろに跳ぶ。
「ドラゴン系のエネミーだけど、特殊能力はない感じなのかな。代名詞であるブレスは使ってくる気配はなし。ボクとしちゃありがたいけどさ」
ふーっと息を吐きながら呟くと、持っている剣から鉄と少しの獣の匂いがした。
なんだとそれに目を向けると、漆黒の片手剣の刀身に赤い血がべったりと付着していた。
全年齢のゲームなのにこの血の表現はどうなんだと頬が引き攣るが、そういえば真祖吸血鬼の固有能力に吸血があったなと思いだす。
その能力は、急速なHPとMPの回復、および一定時間筋力ステータスにバフを自己付与。
せっかく偶然とはいえ手元に血があるのだから試さない手はないと思ったが、真っ当に生きてきた来月高校入学を控えている元男子な美少女だ。
ゲームの中とは言え生き物の血を舐めるなどという行為には激しく抵抗がある。しかし種族の特性を活かすには、これを舐めなければいけない。
「これでしっかり血の味まで再現しているとかだったら、キャラデリして普通に
ボスの攻撃を掻い潜り、後ろの方に回り込んでから左手の人差し指で刀身を撫でて指に血を付着させ、それを舐める。
ほんの僅かな鉄のような味と奥に感じる獣臭さ。それに顔をしかめるよりも先に、口全体にビタースウィートな味が広がり、一瞬だけ意識が惚ける。
なるほど、吸血行為をするのだから血の味をそっくりそのまま再現すると、現代社会に生きる人間ではその血なまぐささにノックアウトされてしまうだろうから、ほんの僅かに味を再現しつつも思わず『もっと欲しい』と思わせるようにしたのだろう。
これなら、積極的にとは行かないが激しい嫌悪感を持つということはないだろう。
「うわ、MPの消費が止まるどころか、むしろ増えて行く」
血を接種したのでMPを見ると、減る速度よりも回復する速度の方が早い。
これがどれくらい維持されるのかは知らないが、この速度から見るにそう長くはないだろう。
筋力にバフがかかったので体からより力が湧き上がってくるのを感じ、MPもどんどん回復していくので最初に想定したのよりも多く使えるだろう。
しかしかといって泥仕合をするつもりもないので、早々に首を落とそうと左手にも追加で作った影の片手剣を装備する。
「二刀流……やっぱりこういうのってロマンだよね」
今のヨミならロマンと戦闘を両立できる。それらが両立できるのに安全を取って戦うなんて、ヨミに言わせれば『ロマンに欠ける』と言う奴だ。
大分強化状態の速度にも慣れてきたので、準備運動は終わりだと気を引き締めて、全力で地面を蹴る。
今までよりもすさまじい加速に自分自身も驚きつつ、無様に転んでしまうことなく見事に制御する。
ブラックベアドラコが上から左前脚を叩き付けようと振り下ろしてくるが、最低限の動作でそれを回避して、先に右手の剣を思い切り叩きつけてから続く左手の剣で寸分違わず同じところを斬り付ける。
血魔術による強化と吸血によるバフ、そして突進の速度と遠心力をたっぷりと乗せた一撃は、鱗を砕いてその下の肉をも斬った。
「ギャアアアアアアアアアアア!?」
下腹部に響くような低い悲鳴を上げた熊竜は、その痛みから更に狂暴化するが、大振りで単調な暴れ回りなどヨミには届かない。
「いい加減、その首落とさせろ!」
こうして動き回る相手を止めるのに最適なのは、動くための足を落としてしまうことだ。
丸太のように太く、硬い筋肉をしている前足とはいえ、全く同じ個所に再び連撃を加えられれば断ち切れる。
体を独楽のように回転させながら遠心力を乗せて傷の部分を斬り付け、太い左前脚を半ばから切り落とす。
巨体を支える足を一本失った熊竜はバランスを崩し、地面にずしりと音を立てて倒れる。
「『シャドウバインド』!」
間髪入れずに、ここに来るまでに影魔術熟練度を40まで上げたことで新しく習得した拘束魔術の『シャドウバインド』を使って、倒れた姿勢のまま拘束する。
これだけの巨体なのでそう長くは続かないだろうが、バフが乗っている今なら十分だ。
「グ、ウゥ……!」
「よしよしいい子だ。それじゃあ残りは、見るからに他よりも分厚そうな鱗に守られているこの首だけだね」
とん、と熊竜の首に立ったヨミは、優しい声とは裏腹に見る人が見ればゾッとするような笑みを浮かべる。
首はかなり太く、鱗の堅牢。なら、既に壊れている部分を狙えばいい。
両手の剣を上に投げて天井に突き刺し、刺さったままの漆黒の斧の柄を両手でしっかりと掴む。
「おんりゃああああああああああああああああああ!!」
それを力いっぱい引っ張ることで食い込むように刺さっていた斧を引き抜く。
引き抜いたのを確認すると同時にそれを投げ捨てて上に跳躍し、刺さっている二本の片手剣の柄を掴んで、天井を蹴って加速する。
ほぼ同時に拘束から抜けた熊竜が、落下してくるヨミを迎撃しようと顔を向ける。
思っているよりも早いと思いつつ、即座に片手剣二本を目に向かって投擲して視界を潰す。
目を潰されてその痛みで暴れようとするが、左前脚がないからかすぐに姿勢を崩して転ぶ。
位置はほとんど変わっていない。斧で着けた傷は十分狙える。
「『シャドウアーマメント』!」
もう一本を作る余裕はなかったので、右手だけに片手剣を生成して装備する。
そしてほぼ同時に空中で体を回転させて更に遠心力を乗せて、全力で傷に片手剣を叩き込む。
すさまじい反動が腕から伝わってきて、それと一緒に硬いものを無理やり切っているような感触も返ってくる。
「へぶっ!?」
一秒とかからずに剣が振り抜けてしまい、勢いは殺されたとはいえしっかりと慣性の法則に従い地面に激突する。
……顔面から。
「ッ、ッ、ッ……!?」
打ち付けた頭を抱えながら、声にならない悲鳴を上げのたうち回る。
今のでごっそりとHPが持っていかれ、初めてのダメージがまさかの落下による自傷という何とも締まらないものとなった。
そんなヨミの視界のど真ん中とフィールド中央には、呑気に『BOSS ENEMY DEFEATED』の文字が表示されていた。
♢
「うぅ……まだ痛い……」
たっぷり数分はのたうち回り、ようやく回復したヨミ。
打ち付けた額は赤くなっており、落下によってまさかの六割も持っていかれたHPは、ゆっくりと保持しているスキル『自己再生』によって回復している。
デフォルトで痛覚軽減機能が50%働いて、一定以上の痛みには行かないようになってはいるのだが、それでも痛い。
現実だったら確実に死ねる顔面強打だったので、よく今のでセルフ
「大分痛み引いてきたなあ。……ボス倒したんだし、戦利品チェックでもしようかな」
もう一分ほどその場に座り込んでいると、徐々に残っていた痛みが引いていく。
やっとかと小さく息を吐いてから、ボスを制したプレイヤーに与えられるドロップアイテムの確認と洒落込む。
「ふんふん、爪に牙、鱗と毛皮か。中々いいんじゃない? これを素材にして新しい装備を作ってもいいけど……、なんかぶっちゃけ武器系は自分の魔術でどうにかできちゃいそうなんだよなあ」
影斧を作れるようになるまでは本物の斧を使っていたが、影斧を作れるようになって以降は全部魔術のみで代用できていた。
武器の熟練度は武器を使えば増えて行くので、エネミーとの戦い以外にも斧の場合は木こり生活をするだけでも伸びそうだ。
まだまだ試したいこともたくさんあるし、戦利品もサクッと確認したのでさっさとこのダンジョンから出てしまおうと立ち上がる。
「……んん? あれって……宝箱!?」
MMORPG特有の、明らかに自然にできた洞窟の中にある宝箱。大体はその中に、一定以上のレア度を持つアイテムが入っている。
ダンジョンの出口に転送するであろう魔法陣の左隣に、やけに古びた宝箱が一つぽつんと鎮座している。
ボスがいたバトルフィールドにあるものだ。さぞレア度の高いアイテムが入っているに違いない。
そんな期待に胸を膨らませて駆け寄り、しゃがみこんで蓋を開ける。
「み゛ゃ゛っ!?」
その瞬間、すさまじい光がヨミの目を刺激して視界を一時的に白く塗りつぶす。
体が何かに吸い込まれて強く引っ張られているような感覚を味わい、それが収まってから二、三秒は視界が白んでいた。
だんだんと視界が色を取り戻していき、しっかりと両目を開くと、絶句して言葉が出なくなる。
「…………………………ドコココ!?」
鬱蒼と木々が生い茂る森。ただし、視界に入るものは全て赤いし、なんだか鼻にツンとくる刺激臭までする。
明らかに新緑の森ではないその光景に、ヨミは思わず若干カタコトになりながら叫んだ。
返って来たのは、どこかから聞こえる鴉のギャアギャアという声だけだった。
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