ダンジョンボス

 ダンジョンに潜ってから一時間ほどが過ぎた。

 中は迷路のように入り組んでいて、行き止まりになっていたり元通った道に戻ってきたりとまさに迷宮だった。

 これは一度引き返したほうがいいかとも思ったが、ここまで来て引き返すわけにはいかないと探索を続行。

 ダンジョンということもあってエネミーはたくさんおり、ナイフと片手剣、影魔術の熟練度上げにステータス上げにもってこいだった。


「VITは後回しとは言ったけど、ここまで伸びないとなるとこれってダメージを受けて回復とかしない限り増えないのかな? 耐久もこっちに含まれているってあるし。……ボク、別にMってわけじゃないんだけど」


 ステータス画面を見ながら、増えた自分のステータスを元にどのようにして数値が増えて行くのかを推測する。

 まずMPに直結するMNDは、ここに入ってから魔術をとにかく連続して使っているため、一番上昇している。それに付随するように、魔術の威力を上げるMAGもMNDほどではないが上っている。

 最優先であげようと思っているSTRの伸びは二つより大分低く、MNDが35から42、MAGが10から22まで上がったのに対して、STRは10から19、HPを決めるVITに関しては増えてすらいない。


 このことからヨミは、メインステータスはそれに応じた行動をしないと上らないと推測する。

 魔術を使いまくっているからMNDとMAGが大きく伸び、ナイフ以外にも片手剣を使ったり、途中でゴブリンが出てきて多少錆は浮いているが鉄製の斧を手に入れたので、それを使って戦ったことで影の武器を使うよりも伸びた。


 MPバーの下にある『BLOOD GAUGE』と書かれているものは増減していないので、恐らく血魔術を使うことで増えるか、あるいは最大値が増えることはないのかもしれない。


「筋力ステータスの上げ方は、重いものを持つ、重いもので戦闘する、とかの行動で伸びる。……これ、もしかして筋トレしたら増えるんじゃない?」


 気になるので、宿に戻ったあたりで試してみることにする。


「さて、とりあえずダンジョンの奥の方までやってきたわけだけど、ちょっと顔を覗かせたら見るからにボスがいそうな広い空間があるんだよなあ」


 名前も知らないダンジョンの最奥。

 迷ったりしたことで隅々まで見敵必殺サーチ&デストロイしたことで、ここが終着点であることは間違いない。

 そこには非常に広い謎の空間があり、奥の方に影になっていてよく見えなかったが何かが鎮座していた。


 初心者も足を踏み入れる森なのでえげつない攻撃をしてくるようなものではないと思いたいが、チュートリアルですらいきなり複数戦を強制してくるようなゲームだ。最悪を想定していたほうがいいだろう。

 とりあえず、全容は確認できなかったが分かったことが一つだけあった。


「なんかでかいんだよなあ、あそこにいるの。これは斧や片手剣がベストか?」


 自分であれこれ試しながら進むのを楽しむ類のプレイヤーなので、事前情報はほとんどない。なのであそこにいるエネミーも、何て名前なのか、どんな姿なのか、どんな攻撃を仕掛けてくるのか、どれくらいHPがあるのかすら知らない。

 このゲームにログインしてから初めてとなる、(恐らく)大型エネミーとの情報なしの状態の戦闘。


「……いいね、燃えて来たじゃないか」


 ニィ、っと笑みを浮かべるヨミ。その表情はまさに、戦闘狂のものだった。


「大きな敵、鱗があるんだったら力を込めて振るわないといけないし、肉が固い系だったとしても同じ。力を込めて戦ったらどれくらい筋力が増えるのか、検証に使わせてもらおうじゃないの」


 そう言って右手に片手剣、左手に途中で拾った斧でひたすらエネミーを狩りまくることで作れるようになった影の片手斧を生成する。

 初めてとなる大型のボスエネミー。果たして今の自分のステータスで倒し切ることができるのかと期待しながら、広間に足を踏み入れる。


 過去にやったゲームで、こうしてボスのエリアに入ったら撤退できなくなるものがあったので、途中で振り返って一応帰れなくはないのだなと確認。

 それから真っすぐ歩いていき、広間の中央まで来たところでずっと薄っすらと見えていたボスが動き出したので足を止める。


「……いやデカくない?」


 そこにいたのは熊だった。現実世界でも大きな熊、ツキノワグマやヒグマは人間にとってすさまじい脅威になるが、姿を見せた熊はそんな生易しいものじゃない。

 黒い毛でおおわれていて、要所要所が同じ色の鱗で守られている。

 世界最大の熊とされている個体が確か3.5メートルだったそうだが、目の前にいるのはその倍を軽く超える。

 丸太のように極太の前足はやや長く、爪はナイフよりもなお鋭そうだ。尻尾も生えているようで、それは隙間なく鱗で覆われている。


 まだ戦闘開始になっていないので調べるコマンドで調べてみると、


『ENEMY NAME:ブラックベアドラコ


かつては新緑の森の主だった熊竜。非常に凶暴な性格で、縄張りに入ってきた余所者の命を奪うまで執拗に追いかけて来る。人の血肉の味を知ってからはより手が付けられなくなり、洞窟の奥に追いやられた現在も再び新緑の森の主に返り咲くのを虎視眈々と狙いつつ、新たな縄張りである洞窟に足を踏み入れた人間を食らっている


強さ:非常に強い。一度撤退し装備を整えることを推奨する』


「わあお」


 鱗とか太い尻尾とかがある時点でなんとなく思っていたが、説明を読んでも熊なのか竜なのかよく分からない。

 ただよく分かったのは、調べるを使って出てきた説明の言う通り、ゴリゴリの初期装備のまま挑んでいいような相手ではないだろう。

 確かにこれは一時撤退して、もっとマシな装備に変えてきた方が得策だ。だが、


「そんなつまらないことやってられない。ここまで来たんだ、撤退するなら死に戻りで町に戻ればいいじゃないか」


 テンションが上がっているヨミの頭の中には、普通に撤退するという選択肢がなかった。


「ガアアアアアアアアアアアアアアアア!!」


 黒い熊の竜が咆哮を上げ、『BATTLE START!』の文字が表示される。

 体が非常に大きいからか一歩一歩が大きく、あっという間に間合いを詰めてくる。


「図体デカいくせに足の動きが早いね!」


 前足の叩きつけを後ろに下がって回避し、追撃をされる前に地面を強く蹴って急接近する。

 まずは挨拶代わりに左手の斧を地面に叩きつけられた右前足に叩きこむ。

 ガィイイイイイン……! という音を立てて、腕にもびっしり生えている鱗で防がれる。


「かっっっった!? 何こいつ、今のボクの魔力値じゃダメージ入らない!?」


 ───あれ、これもしかしてマジで撤退したほうがいい可能性出てきた?


 始まって数秒でまさかのダメージがほぼ通らないという事実に、つーっと冷や汗が流れる。

 ブラックベアドラコのHPバーを見ると、緑色の長いバーの下に同じ色のブロックが二つある。恐らくではあるが、あのブロックは残りのHPバーの残量。つまり、こいつは全部で三本あると考えたほうがいいだろう。

 初心者がソロで挑んでいい相手ではない、さしずめパーティーを組んで倒すような相手だろう。


「いやあ、マズいね。これはちょっとマズい。もしかしたらここで死んじゃうかもなあ」


 冷や汗を浮かばせつつも、口元には笑みが浮かんでいる。

 相手は堅牢な鱗で身を守っており、そう簡単にダメージを入れさせてくれない。一方でヨミはここまで連戦してきたため、自動回復があるとはいえMPは全快ではない。

 不利な状況で始まってしまったが、一つだけいいことも分かっている。


 『シャドウアーマメント』で作った斧は、先ほどの叩きつけで耐久を多少減らしはしたがまだまだ使える。

 よくよく見れば、斧が当たった右前足の鱗には僅かに傷ができているので、何度も繰り返し当てていれば破壊できるだろう。

 今の筋力では弾かれてしまう。なら、ようやく出番が回ってきたということだろう。


「燃えてきた……!」


 左手を心臓のある左胸に当てて、ぐっと強く押し込む。そのモーションがトリガーとなり、ある魔術が起動する。

 血魔術ブラッドアーク『ブラッドエンハンス』。魔力を使って血液を操作する血魔術のデフォルト魔術で、体内の血液の流れを高速化することで身体能力を高める身体強化魔術だ。

 初めて使うのでどれくらい上がるのかは分からないが、それはこの戦いで把握すればいい。


 魔術を発動させた瞬間、ドクン! と心臓が強く拍動し息苦しさを感じる。そこからどんどん鼓動が加速していき、比例して体が熱くなっていく。

 じわりと汗が滲んできて、指先まで血が速く巡っているからか微かに痺れを感じる。

 拍動が安定する頃には、体の奥から力が沸き上がってくるのを感じられた。

 血液ゲージを見ると全く減っていないので、いくらでも使ってもいいものかもしれない。


「なる、ほどね。血液ゲージは消費しないで、体内で完結する自己強化型魔術なんだ。消費する魔力量もそこまで多くないし、使い勝手は大分いいんじゃない?」


 激しい鼓動とそれに伴う苦しさにも少し慣れて来たし、どれくらい筋力ステータスが上がっているのかはウィンドウを開かないと分からないが、今はそんなものを見ている余裕はない。


「この魔術がどれくらい強いのか、お前で試させてもらうよ!」


 『ブラッドエンハンス』を使う前で、斧での一撃で鱗に少しだけ傷を付けることができた。

 なら、筋力を上昇させるこの魔術を使った今ならどれくらいダメージが入るのか。それを確かめてやろうと地面を蹴った瞬間、風が体中を撫でつけ景色が一気に後ろに流れて行ったと思った頃には、ヨミは熊竜の至近距離まで接近していた。


「どえぇ!?」


 顔面から固い鱗に飛び込む直前に急制動をかけてギリギリで停止し、若干遅れて反応した熊竜が左足を振り上げて攻撃を仕掛けてきた。

 それを左に跳んで回避して大きく距離を取り、思っている以上に速度が上昇して驚きうるさく鳴っている心臓を落ち着かせる。


「これ、多分筋力値倍とかそんなんじゃなさそうだな。この上昇率はもしかして、血魔術の熟練度と魔力値によって変わる感じなのかな」


 説明には熟練度に応じて身体能力を上昇させるとしか書かれていなかった。もう一つ最初から入っている血魔術にも似たような書かれ方がされており、明確にこれくらいと示されていない。

 今は確認している余裕はあまりないので、このボスを倒した後で検証することにする。


「元の状態からここまで上がるんだし、これはいいダメージが期待できそうだ!」


 ぐっと姿勢を低くして駆け出す。今度はしっかりと制御できる程度まで抑えているが、それでも魔術を使うよりも速い。

 ブラックベアドラコがヨミの突進に対抗するように自らも突進を仕掛け、大きな顎を開いて食い殺そうとしてくる。

 大きな牙が生え揃い、あんなもので噛み付かれたらさぞ痛いし怖いだろうなと思いつつぐっと加速し、勢いを乗せて斧を右前足に叩き付ける。

 バギリ、と砕けるような音が鳴り、僅かにダメージが入る。


 まだ少し速度を抑えているのだが、それでも鱗を砕けた。ならばと狙う場所を変更し、首を落とすことに集中する。

 相手は体が大きく力も強いため、一撃でも食らえば致命傷。なので狙いを定められないように、緩急を付けながら常に走り回る。


「図体がデカい分小回りも効かないから、こんなに動き回られると中々にウザいんじゃない!?」


 ヨミが今行っている走り方は、動きの中に極端な緩急をつけることで相手からは姿が見えては消えるを繰り返しているように見えるだろう。

 対人戦でもこの戦い方は通用していたがこうしたエネミーには使わずにいたからと試しにやってみたのだが、しっかりと効果はあるようだ。


 激しい緩急によって小柄なヨミの姿を見失ったのか、どこに行ったのだと周りを見回す動作をする。

 その瞬間を狙って地面を強く蹴って跳躍し、天井に足を付けてから足を発条のようにして更に跳躍。落下と跳躍の勢いを乗せて上から首に急接近し、左手の斧を全力で叩き付ける。


「ガアアアアアアアアアアア!?」


 鱗を砕きそのままその下の肉まで届いたのか、HPゲージが少しだけ大きく減る。やはり首や顔周りは弱点になっているようなので、重点的に狙った方がよさそうだ。

 突き刺さった斧を引き抜こうとするが、変な刺さり方をしてしまったようで引っ張っても抜けない。おまけに熊竜も暴れていて足場が安定しないので、即座に斧を手放して地面に降りる。


「MPは残り五割ってところかな。『ブラッドエンハンス』は最初から使える魔術だから、随分と消費が少ないね。とはいえ、使い続けていればいずれなくなってしまう。『シャドウアーマメント』も消費は少ない方だけど、作る武器が大きくなればその分消費も増えて行く。斧や片手剣はナイフよりも火力は高いけど相応に消費も多い。今のボクだと血魔術との併用は必須だから、多くても十本行くくらいが限度かな」


 じわじわと減り続けているMPを見ながら、この数時間の間に把握した影武器生成の消費量と血魔術の減りから、おおよその推測を立てる。

 もちろん武器を作ってその一本だけで行ければ最良だが、あの斧のように抜けなくなってしまうという可能性もある。


「それでも十本使えれば十分。目標は、三本!」


 目標を立てて、暴れるブラックベアドラコの攻撃を掻い潜りながら接近する。


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