初めてのダンジョン
チュートリアルを終え、森に突入してから一時間近くが過ぎた。
いつエネミーから襲撃されてもいいように周りを警戒しつつも、軽い足取りで進んでいく。
すると進んでいる先にある大きな茂みががっさがっさと揺れ、そこに何かがいると雄弁に語る。
素早く太もものホルスターからナイフを取り出して逆手に構える。
「ピギィ!」
現れたのは真っ白な兎だ。赤い瞳に長い耳が特徴で一見すれば可愛らしいのだが、ヨミが構えているナイフよりも大きな前歯に知っている兎の大きさよりも二回りも大きな体躯、そして両手に持つ血まみれの包丁が可愛さを激減させている。
「うわぁ!?」
まずは様子見と行こうとしたが、高い脚力で飛びかかって来たかと思うといきなり首を狙って噛み付こうとしてきた。
咄嗟に後ろに下がり、目の前で閉じた口からガチンッ! という音が鳴る。
どれだけ防御力が高かろうがHPが多かろうが、首を斬られる、心臓を潰される、脊椎を破壊されるなど生命維持に必要な重要器官を破壊されると、問答無用で即死する。
エネミーに対しても有効だし、もちろんプレイヤーにもそれは適応される。
何度かこのゲームの配信や動画投稿をしているプレイヤーのデス集を見たことがあり、結構な確率で首をやられて即死するのを見かける。
ここは最初の町であるワンスディアからそこまで極端に離れていない、初心者が多く集う森だ。
ガチの初心者ならここでデスしてしまっても問題ないかもしれないが、ヨミはかつては別ゲーで常に上位ランクに食らい付いていたし、断ってしまったがプロゲーミングチームからの勧誘すら受けた経験がある。
プレイヤースキルには自信があるので、こんな初心者エリアで首をやられて死ぬのはごめんだ。
「キュキュキュ!」
「めちゃくちゃ首狙ってくるね!?」
兎にしては大きな体を、その大きさに見合わない速度で連続して首を狙ってくる。
攻撃を回避しながらプレイヤーの基本技能である『調べる』コマンドを使って調べると、
くしくも、かつては『黄泉送り』だの『首狩り処刑人』だの色々言われたことのある経験があるので、どっちが真の首狩りか勝負でもしようじゃないかと笑みを浮かべる。
素早い動きで突っ込んで正確に首を狙ってくる右手包丁を、右手のナイフで弾いて防ぐ。
防がれて一瞬だけ驚いたように赤くくりくりとした目を見開くが、すぐに左手の包丁でまた首を狙ってくる。
向こうには手数があり、こちらには現在ナイフ一本。凌ぎきるには少しきついものがあるだろうと、影のナイフを作って左手に持ちすぐさまそれもパリィする。
「首狩り兎っていう割には随分攻撃が軽いねえ! 本当の首狩りって言うのは、こうやってやるんだよ!」
強く前に踏み込んで体を捻るようにしながら左手のナイフを打ち出す。
ヴォーパルバニーは持っている包丁でそれを防ごうとするが、最初から魔力値などが高いヨミの作った影のナイフの威力はとても高く、高い筋力ステータスによって繰り出されたその一撃で防御に使われたナイフを砕く。
包丁を失ったヴォーパルバニーは怒ったように右手の包丁を首目がけて突き出してくるが、真っすぐな攻撃は軽く半身になるだけで回避して、振り抜いた状態の左手のナイフを顔の近くまで持っていき初動を検知させる。
淡いエフェクトが発生してシステムのアシストが乗り、体が自然に動き出す。それに便乗して戦技を発動させているナイフを振るう。
「『サイドスラッシュ』!」
システムのアシストとそれに合わせて自らも動くことで速度と威力の増した一閃は、違わずヴォーパルバニーの首に食らいついて斬り落とす。
見事な致命の一撃となり、ヴォーパルバニーは無数のポリゴンとなって消失する。
「うん、少しはVRゲームの勘も取り戻せて来たかな。いやー、ここまで思った通りに動かせると気分爽快」
ずっと受験勉強でろくに体も動かせていなかったし、この一週間は塞ぎ込んでいて引きこもりになっていたので、ゲームの中とは言えこうして体を動かせて非常に気分がいい。
何か月もゲームから離れていたので案の定勘は鈍っていたが、最初のチュートリアルを含めて今の戦いで、少しだけ戻って来た。
「とはいえ、もう少しリハビリが必要かな。なんだか少し動きがぎこちない」
一時引退する前であれば、今のヴォーパルバニーなどもっと早く倒せていたかもしれない。
あとどれくらい戦えばいいだろうかと思いながら適当に進んでいると、いかにもこの先に何かあるぞと主張している洞窟を見つけた。いわゆるダンジョンと呼ばれるものだろう。
「怪しい……。ものすごく怪しい。こういうところって、絶対たくさん敵がいるよなあ」
始めたばかりのFDOで、装備は初期装備にしてはほんの少し防御力の高いもの。
あらゆるスキルレベルは始める時にもらった100ポイントと、チュートリアルを含めて二回の戦闘でほんの少し伸びただけ。
こういうダンジョンにはもう少し装備やステータスを整えてから挑むべきものかもしれないが、色んなものがめちゃくちゃになった挙句、この素晴らしいゲームに感動してテンションが上がっているのだ。
「こういう時はノリと勢いに任せて突撃! 死んだってどうせワンスディアのあの宿のベッドの上に戻るだけなんだし、命が軽いって最高!」
そんなことをのたまいながら左手に初期装備のナイフ、右手に『シャドウアーマメント』で作った片手剣を持って足を踏み入れる。
ダンジョンの中は大分暗いが、少しすると明るさ調整されたのか月が出ている夜中程度の明るさになる。
こういう明るさ調整も勝手にしてくれるのかと視界がよくなったことに感謝するが、できるなら真っ暗なまま相手の気配だけで位置を把握してみたいという欲もある。
そんな芸当は一度もできた試しはないので、下手に挑戦して無様に死ぬよりはシステムに甘えたほうがいいだろう。
「何かいないか───なあああああああああああああ!?」
「アアアアアアアアアアアア!」
ダンジョンに足を踏み入れて三十秒。岩の陰に隠れていたらしい大きな狼型エネミーが飛びかかってくる。
流石に遭遇するまでが早すぎると、素っ頓狂な悲鳴を上げながら反射的に右手を振り上げる。
「ギャウ!?」
刃で斬り付ける、のではなく腹で顎を叩いたようで、強い衝撃が剣から伝わって来た。
顎を叩かれた狼は地面を転がった後、低い唸り声を上げてから遠吠えを上げる。
恐らく仲間を呼んだのだろうとしっかり構えると、予想通り奥の方から仲間がぞろぞろとやってくる。
数えてみたところ、仲間を呼んだのを含めて全部で七体。
「初心者に優しくなさすぎじゃないかなあ!?」
言葉ではそう言いつつ口元には笑みを浮かべているヨミ。
向こうからやって来るよりも先に踏み出して、自ら間合いを詰めていく。
まず仲間を呼んだ狼と真っ先に合流した狼が我先にと襲いかかってくる。先ほどはあまりにも急な襲撃だったので驚いたが、今回は来ると分かっているので冷静に対処する。
まずは先頭を走る狼、ではなくその後ろにいる二匹目に向かって左手のナイフを投擲する。
ズドッ! という音を立てて眉間に突き刺さり、致命の一撃となって絶命する。
続いて先頭を走っていた狼は、片手剣を弓を引くようにぐっと引いて初動モーションを検知させて、動き出すと同時に自分からも地面を蹴って一気に加速。
ヨミの細い首に噛み付こうと開いた口の中に片手剣を突っ込み、後頭部から刀身が飛び出て脊椎を破壊してクリティカル。
体をポリゴンにして霧散するのを確認するよりも早く、残っている五匹の方に向き直る。
仲間を殺されて怒った五匹が怒りに任せて突進してくるが、動きはてんでバラバラ。連携も何もない。
一匹目を水平に薙いだ片手剣で両断し、振り抜いた勢いのまま回転して遠心力を乗せた追撃で二匹目の顔を縦に斬る。
刀身が地面に当たる直前でぴたりと止めて、返す刀で三匹目。
丁度近くに投げたナイフが転がっていたので素早く回収して、飛びかかってきた四匹目の喉に突き刺してから地面に叩き付ける。
ナイフの柄から手を放し、横から鋭い牙の生え揃った顎を大きく開けた狼を回し蹴りで蹴り飛ばし、辛うじて生きていた四匹目の心臓を剣で潰してからナイフを拾い、右手の片手剣を投擲する。
くるくると回転しながら飛んでいった剣は刃ではなく柄がぶつかっただけで大きなダメージは入らなかったが、その代わりに怯んだ。
その怯み硬直を見逃さず、右手に持ち直したナイフを顔の左側に持って行って戦技を発動。アシストに便乗して加速し、硬直から抜けた狼の首にナイフを突き立てる。
「ガ、ァ……」
小さい断末魔を上げた狼は、だらりと力なく地面に倒れてポリゴンとなって消える。
「うん、一体一体が弱い代わりに集団で襲ってくる系なのかな。いや、でも今のボクの装備じゃ下手に噛み付かれるだけでも危険か」
初期装備、回避前提の紙装甲。
これだけ三重苦が揃っていれば、あの七体に同時に襲われて攻撃されれば瞬く間にHPが消失してしまうことだろう。
「……当面は筋力値を伸ばすのを中心にしようかな。やっぱり脳筋、脳筋ビルドが全てを解決する」
ただ問題は、
今までやってきたゲームは筋力と敏捷を重点的に上げていたので、そうそう制御できなくなって盛大にすっころぶ、なんてことはないだろう。
「とりあえずは様子を見ながら筋力増やしていくか。魔術もガンガン使いたいし、威力が上がるMAGとMP最大値が増えるMND、VITは後回しかな」
優先順位としてはSTR>MAG=MND>VITといった感じだ。
「というか、そろそろ新しい魔術を覚えてもいいんじゃない? それなりに影魔術の熟練度は上がっているはずだけど」
そう言って確認してみるが、熟練度は35で止まっており40には届いていなかった。
ちなみに40に上がると、新しい影魔術『シャドウバインド』といういわゆる影縛り的なものを覚え、かつ『シャドウアーマメント』で作れる武器の幅が少し増える。
「うーん、あんまり熟練度上らないなあ。やっぱ上がればその分だけ上がりづらくなるか。当然か」
スキルツリーを見た感じだと、次に作れるようになる影の武器は片手で扱える斧らしいのだが、どうにもただ熟練度を上げるだけで覚えるものじゃなさそうだ。
お金に余裕が出てきたら武器屋に寄って斧でも買おうかなと計画しながらウィンドウを閉じ、ダンジョンの奥に向かって歩き出す。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます