チュートリアルと配信開始

 白く染まっていた視界が徐々に元通りになっていき、その瞬間ヨミの心を鷲掴みにして放さなかった。

 キャッチコピー通りの、リアルと何一つ変わらない圧倒的な超美麗グラフィックの世界。

 そよそよと吹く風の涼しさと、それに運ばれてくる草や土、人の営みの匂い。

 立っている足の裏からは、ブーツの踵越しとはいえ地面をしっかりと踏んでいるという感触がリアルに伝わってくる。


 手を少しだけ上げて軽く動かす。今まで遊んできたどのVRゲームよりも滑らかに動く。

 上げた手を顔に触れさせる。ほんのりとひんやりとした感触と共に、血の通った温かさを感じる。

 一体どんな狂気的な作業を行えば、ここまでリアルに再現できるのだろうかと、運営がとても心配になる。


『第一都市ワンスディアに転送されました。付近にワープポイントを検知。ワープポイントを登録しました』


 どこにそんなものがあるんだと思い周りを見回すと、すぐ右側に大きな翼を生やした人間の巨像が立っていた。恐らくあれがワープポイントなのだろう。

 分かりやすくていいなと小さく苦笑を浮かべてから街の方に目を向け、更に感動する。

 西洋風の建物が立ち並ぶ大都市。明るい太陽の光に照らされ、活気にあふれて多くの人が大通りを闊歩している。


「うわぁ……! すごい……!」


 まだ入ったばかりだというのにどれだけ感動させてくれるんだと目を輝かせてキョロキョロと見回していると、ふと視線が自分のものすごく集中しているのを感じる。

 何かおかしなところでもあるのだろうかと思ったが、今の自分が自分でも思わずはっと息を呑んでしまうほどの美少女であることを忘れていた。


 あちこちから「可愛い」「髪きれー」「新規プレイヤーだ」「アイドルか何かか?」という声が聞こえてきて、恥ずかしくなってきたので逃げるようにその場からそそくさと足早に去る。

 今のうちに視線などに慣れたほうがいいのかもしれないが、体は女の子になっても心はまだ男なのだ。まるで女装した姿を見られているようで恥ずかしくて仕方がない。


「まずはとにかくセーブポイントだ。どこに行けば───うわぁ!?」

『遥か昔、大陸を支配していた王国が存在していた。』


 とりあえずセーブポイントも開放しておきたいので、ゲームでは定番の宿屋を目指して進もうとした瞬間、いきなり目の前にウィンドウが飛び出てきてナレーションが始まる。

 あまりにもいきなりだったので思わず声を上げてしまい、それでまた周囲からの視線を頂戴してしまう。


「えぇっと、スキップスキップ……これか!」


 人目に付く状態でオープニングを見たくないので、誰にも見られない場所で見ようとスキップを押してオープニングムービーを飛ばす。

 そして視線から逃げるように宿屋を探し、木造の大きな宿を見つけたのでその中に飛び込んで、開いている部屋を一つ取る。


「さっきはびっくりしたなあ。さて、もう一度最初から」


 ベッドに腰を掛け、メニューウィンドウを開いてオープニングを再生する。


『遥か昔、大陸を支配していた王国が存在していた。初代国王は天より授かりし知恵を以って栄華を極めた。初代国王は民から親しまれ愛され、没後も500年続く安寧をもたらしたことで歴代国王達は英雄王と呼ばれた。その王国の名はパラディース。全ての人間にとっての楽園そのものだった。

しかしある日、500年続いた安寧の日々は突如として終わりを告げる。太陽と月が交わった時、黒と白の厄災が舞い降りた。黒の厄災はあらゆる物理的干渉を退け、灼熱の炎を吐き、尽くを燃やし尽くした。白の厄災はあらゆる魔術的干渉を退け、滅びの雷を操り、尽くを破壊し尽くした。たった二つの厄災により世界最大の都市であった王都は一夜にして滅ぼされ、パラディース王国は滅びた。それと同時に、黒と白の厄災は己の血と鱗を用いて七体の子孫を生み出した。

最初に産んだ三つの子孫は、赫、蒼、緑の三原色の王。赫は腐敗と炎を、青は水と氷を、緑は自然と大地を我が物とした。

次に生んだ四つの子孫は、黄、紫、灰、金の四色の王。黄は雷を、紫は毒を、灰は死を、金は空を我が物とした。

滅ぼされたパラディースの王都を根城に、白と黒、そしてその子孫である七色の厄災、竜が人に変わって支配した。始まったのは、いつまでも続く安寧とは真逆の、いつ終わるとも分からない恐怖と絶望。

多くの国が九色の竜を討ち滅ぼさんと挑み、尽くが滅ぼされた。いつしか、七色の竜を竜王と呼び、王を生んだ二色を竜神と呼び恐れた。

竜の支配がはじまり900年の月日が過ぎ、我こそは竜を滅ぼすものと声を上げた者達により多くの国が興っては竜に滅ぼされ、疲弊していった。やがて声を上げる者達がいなくなっていき、竜に挑む者がなくなり、竜に怯えながらも束の間の平穏を手に入れた。その僅かな平穏の中に、異邦の者達がこの地に降り立ち始めたのであった』


「……すんごい壮大な世界じゃん。要は、プレイヤーはその七体の竜王と二体の竜神を倒すことを目標にしろってことなのかな」


 一夜で国を一つ滅ぼすドラゴンが二体いるとか、その二体が全部で七つのドラゴンを生んだとかあるが、オープニングを見て思ったのは一つだけ。


「これ、本当にプレイヤーに倒せる難易度になっているの?」


 いつの時代も、ゲームの主人公というのはその世界の住人よりもはるかに強い存在だ。有名なモンスターを狩猟するゲームでも、一般の狩猟者よりも遥かに強い強さで巨大なモンスターを倒している。

 なのできっとこのゲームでもそうなのだろうけども、そうなのだとしても果たして本当に勝てるのかが不安になってしまう。


「まあいいや。まだ始めたばかりの初心者なんだし、そこは気にしないで行こう。次は……基本説明か。あ、バトル関連の説明もある」


 オープニングを見終わった後は、この世界でも基本的なことの説明などのウィンドウが表示される。

 このゲームはいわゆるプレイヤースキル超重視の死にゲーであり、基本デスペナルティというのは存在しない。またレベル制というのも取り払われており、プレイヤーの強さを決めるのはプレイスキルと取得している武器や魔術スキルなどの熟練度だ。


 すいすいとスクロールをして基本説明を読んだ後、次はバトル関連を読む。

 この世界はストーリーはドラゴンを倒していくというのは間違いないが、公式が一番推しているらしいものはPvP、つまり対人戦だ。

 非推奨ではあるがシステム的には許されているPKプレイヤーキラーもおり、それらを行った場合赤ネームとなって全ての街の衛兵から狙われる。

 また赤ネーム期間が長いと指名手配されて懸賞金が欠けられるようになり、最終的に鬼強い衛兵NPCだけでなく金に飢えたプレイヤーからも狙われる。

 しかもPKがキルされたら、手持ちのアイテム全てがその場所にアイテム化して散らばって所持金も全てPKKプレイヤーキラーキルしたプレイヤーに渡るようになっている。


「うひゃあ、なにこれ……。『残存体力に関係なく生命維持に必要な器官を破壊された場合は致命の一撃クリティカルとなり、問答無用の即死判定となる』。要するにこれって、どれだけ硬い防具とかを着こんで防御力底上げしていても、首切ったり心臓潰したりすれば即死ってことでしょ? あ、これエネミーにも適用されるんだ。……なにこれやっば」


 どれだけ相手が格上でも、首さえ切ることができれば格上殺しジャイアントキリングも可能ということだ。なんて恐ろしいシステムなのだろうか。

 しかし言い換えれば、始めたばかりのヨミでも格上を倒す可能性があるということなので、積極的に使って行こう。

 そもそも一時引退するまでやっていたゲームでも似たようなシステムが導入されていて、狂ったようにひたすら首を狩り続けたこともあったので、むしろ相性がとてもいい。

 特に筋力値が高く、それに統合されている敏捷も高いので、戦っている相手からすれば非常にやりにくいかもしれない。


「かつての戦闘スタイルをそのまま使えるっていいね。やっぱりナイフとかの軽量武器にしてよかったかも。結局その内もっと間合いの長いものになっていくんだろうけど」


 大鎌なんてものもあったし、もしかしたらそのうち使うようになるかもしれない。


「よし、説明も読み終わったし次は実戦チュートリアルと行こうか!」


 ベッドから腰を上げてぐーっと伸びをしてから宿を出る。セーブポイントとしてしっかりと登録したので、仮に死んでも同じ部屋に戻るようになっているから安心だ。

 ようやく戦闘ができると浮足立って、スキップを踏むように軽い足取りで通りを歩く。その姿が大勢に見られて熱い視線を向けられていることに気付かずに。



「えーっと、カメラの設定はこれでよし。登録も完了、っと。チャンネル名……そのまま『ヨミチャンネル』でいいや。タイトルは……『【初配信】吸血鬼のエネミー狩り』でいいや。どうせ初日でそんなに人来ないだろうし」


 町を出て、チュートリアルを行うためのエリアである草原を目指しながら、メニューから配信準備を行う。

 FDOは配信機能が充実で、外部の動画配信アプリなどを通さずともアーカイブを残したり、動画に広告を付けたりすることができる。

 とりあえず、ヨミは適当にタイトルを付けてから配信を開始する。今回はあくまでお試し配信だ。


 配信を始めると、丸っこい機械が出てくる。ファンタジー色強めなのに、どうやら科学もそれなりに発展しているようでカメラや銃器、果てにはロマン砲代表のレールガンすらあるらしい。ぜひとも手に入れたい。


「ほー、これが配信用カメラなんだ。レンズの横っちょが赤く光っているから、もう始まっているのかな?」


 カメラにぐっと近づいてつんつんと突っつく。無機物なので何も反応を見せずに、ただすーっと少しだけ距離を取る。


「もうちょっと何か反応を見せたっていいと思うんだけどなあ。……ん?」


 苦笑しながらいつの間にか到着していた草原を進むと、視界に『チュートリアルクエスト:【ゴブリンを討伐せよ】が発生しました』の文字の書かれたウィンドウが出てくる。

 正面に向き直ると、五体の緑色の肌の小さい何かが姿を見せた。

 百五十センチ行くか行かないかくらいの小柄なヨミよりもなおも小さいそのエネミーは、昨今のゲームでは定番の序盤の雑魚敵であるゴブリンだ。

 中にはゴブリンが地味に強く描かれているダークファンタジーな漫画もあったりするのだが、それはいい。


「チュートリアルなのに五体って多くない?」


 本当にプレイヤースキルを重視しまくっているのか、あるいは一体一体が大した強さをしていないから五体なのか。真相は戦ってみないことには分からない。


「それじゃあ早速、その首を狩り取らせてもらうよ!」


 姿勢を低くしてから、右太もものガーターリングにくっついているナイフホルスターから初期装備のナイフを取り出し、強く地面を蹴って駆け出す。

 ぐんっ、と周りの景色が後ろに流れていき一瞬転びそうになるがすぐに姿勢を制御して、体の動きを最適化させる。


「まずは二つ!」


 間合いに入る少し手前で、より強く地面を蹴って加速する。

 逆手に構えたナイフを引いて、ダッシュの勢いを乗せて打ち出す。

 一番手前にいたゴブリンの首を断ち切り、振り抜いた勢いのまま体を回転させながら首を斬ったゴブリンの後ろにいた個体の首を斬り落とす。


「ギッ! ギャアギャア!!」

「ゲゲゲゲゲゲ!!」

「ギャオオオオオオオ!!」


 仲間を殺されたことに腹を立てたのか、ぼろぼろの石斧や石槍を振りかざしながらばたばたと走ってくる。


「それ!」

「ギャッ!?」


 靴底で地面を削りながら勢いを殺しつつ体の向きを変え、同時に右手のナイフを投擲して頭に突き刺す。

 所持しているナイフはあれ一本だが、ヨミにはまだ武器はいくつもある。


「『シャドウアーマメント・ナイフ』!」


 短い呪文を唱えることで、右手の平に真っ黒なナイフが現れる。影魔術シャドウアークの一つ、『シャドウアーマメント』だ。

 解除するか破壊しない限り永続して残り続ける武装生成魔術であり、強度と威力は精神力と魔力に依存する。

 ヨミの選んだ真祖吸血鬼ノーブルブラッドはその両方が高い補正を受けているため、ワンスディアに売っているそこいらの武器なんかよりもずっと高性能だ。


 しかも、このゲームにはそれぞれの種族の固有能力、一部例外除いて全ての戦技バトルアーツと呼ばれる武器スキルや魔術にリキャストタイムと言うものが存在しないため、魔力が尽きるまで連続して使うことができる。


「『シャドウアーマメント・ナイフ』! ナイフ二刀流ってね」


 もう一本影のナイフを作って左手でキャッチし、右手のナイフを順手、左手のナイフを逆手に握って構える。

 残った二体が、瞬く間に仲間が三体も倒されたことに怖気付いたのか逃げようとしており、腰が引けている。

 戦意を喪失しているのに追い打ちをかけるのは少し気が引けるが、これはチュートリアルクエストで倒さないと先に進めないので、心の中でごめんねと謝っておく。


 左手に持っているナイフを顔の右側に持っていくと、ナイフ戦技の初動モーションが検知されて淡くエフェクトが発生する。

 それに伴ってシステムのアシストを受けたヨミの体は勝手に動き出すが、抵抗することなくあえてそれに便乗することでより加速する。


「『サイドスラッシュ』!」

「ギェッ」


 一番手前にいたゴブリンに急接近し、ナイフ戦技を首に当てる。

 スパンッ、と音を立てて首を刎ねられ、地面に倒れて体をポリゴンにして霧散する。

 残るは一体だが、かなり怯えた表情をしながらも襲いかかってくる。

 流石に少しだけ心が痛みそうになったが、このゲームは諸々の理由があって完全再現とまでには行かないが痛みがある。痛いのは嫌なので、ここで完全に、そして安全に仕留めさせてもらう。


「ギイイイイイイイイ!!」

「───ここ!」

「イィ!?」


 ジャンプして頭目がけて石斧を振り下ろしてきたが、左手のナイフでタイミングを合わせて全ての武器に初期技として登録されているパリィでそれを弾き、胴体をがら空きにさせる。


「ごめんね」


 ぐっと引いた右手のナイフを体の捻りと共に打ち出して、深く首に突き刺す。


「ッ、ッ、ッ……!?」


 喉笛を潰され声を上げられなくなったゴブリンは、大きく目を見開いたのちに力尽きて体をポリゴンにして霧散する。


『チュートリアルクエスト:【ゴブリンを討伐せよ】の達成を確認しました』

『これにてチュートリアルは終了です。お疲れさまでした』


 二つ続けてウィンドウが表示され、チュートリアルが完全に終了する。


「チュートリアルだから反撃はあまりしてこないようにしていた感じかな。おかげでめっちゃ怯えた目で見られて、地味に心が痛んだよ……。それと、やっぱり致命の一撃は必須級だね。積極的に狙って行こう」


 そう言いながら両手のナイフを消して、チュートリアル達成報酬の5000リンとゴブリンの落とした武器を受け取ってウィンドウを消し、投げたナイフを回収して太もものホルスターにしまう。


「よし、それじゃあ次に行こうか。熟練度ももっと上げたいし、今日はもうひたすらエネミーを狩りまくろう」


 戦闘を終了したのでぐーっと伸びをしてから、間違いなくたくさんの敵がいるであろう森の方を向き、そちらに向かって走り出す。

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