最終話 これからも、感情を学んでいく



  ――――――



「まったく……将くんには話すなと言っておいたのに。

 しかし、それはそれで……新たな発見もある。私が作ったのはアンドロイドだが、私が目指しているのは私の言うことにただ従うだけの機械ではない。己の気持ちに向き合い、考え、行動する。そう、まさに"感情"の備わったものだ。その点で言えば、はは……なんと、嬉しい誤算というやつではないか。

 ダメだと言われていても、ダメだとわかっていても、抑えられない想い……気持ちの、そう感情の爆発。理屈じゃないんだ、感情というものは。抑え込もうと思って抑えられるものではない。怒った"ふり"や悲しんだ"ふり"……楽しんだ"ふり"をしろというのならば、そんなものを作るのは簡単だ。感情に似せたものをコントロールしてしまえばいい。しかし、それは感情とは言わない……

 感情とは、今まさに愛が見せてくれた。自分でコントロールすることができず、愛にとって創造主たる私の言葉にも逆らう行為。それこそまさに……だ。

 やはり、間違いではなかった。これからも、どんどん感情を覚え……そして、私の研究をさらなる高みへと押し上げてくれ」



  ――――――



 愛の告白……自身が抱いているのが、特別な好意だと認識した上で、愛は将に一歩近づいた。

 たった一歩踏み出しただけなのに、ドクンと心臓が高鳴る。不思議だ。でも、嫌な感じはしない。


 じっと、将を見つめる。

 起動した際に、邦之助により膨大なデータを入力されている。だから、特別な好意というのが……なにを指すのか、それもわかっているつもりだ。


 将のことを、特別な意味で好き。それは……つまりは、抱きしめたり、口づけをしたり……そういった行為をしたい、ということなのだろうか。

 もしも、そんなことをしてしまったら。そんな光景を想像するだけで、頭の中がショートしてしまいそうになる。


「それを……お、俺に、聞かれてもな」


 視線をそらして、将は言った。

 特別な好意を抱いているのか……それを、まさか本人に聞かれてどう返事をすればいいのかわからないのだ。


「しょ、将さんは、私のことをどう思っていますか!?」


「……はぁっ?」


 まさかの言葉に、将はあんぐりと口を開いた。

 こうして気持ちの正体を教えるだけでも恥ずかしいのに、今度は自分の気持ちまで聞かれるとは。本当に、どんな羞恥プレイだ。


 ただ……愛がこうまでして、自分の気持ちをぶつけてくれたのだ。

 逃げたりすることは、愛に対する不誠実だ。


「俺は……と、特別な好意とかはよくわかんないけど。

 ……愛と一緒にいると、落ち着く、とは思ってる」


「……っ」


 恥ずかしそうに口を開く将の言葉に、愛は心臓がきゅっとなるのを感じた。

 一緒にいるのが、落ち着くと……そう言った。それは、決して悪い意味ではないだろう。


 どうしよう……ただこれだけのことなのに、こんなにも嬉しくなってしまうのは、どこかおかしくなっているのだろうか。


「そ、そうですか……」


 だから愛は、一つの決意をする。


「将さん……私、将さんに特別な好意を抱いてもらえるように、これから頑張ろうと思います」


「……へ?」


 それは、またも予想外の言葉。

 まさかそんなことを言われるなんて、思いもしなかった。開いた口が塞がらないとはこのことだろう。


 これは、告白……なのだろうか?

 自分に特別な好意を抱かせる……つまりは、好きになってもらうということだ。そして、その努力をこれからするということを、堂々と宣言した。


 なんと大胆であろうか。


「あ、愛、それは……」


「二人とも、お待たせー」


 とにかく、なにか言わなくては。そう思いなにか言おうとした将だが、飲み物を買いに行っていた鈴が戻ってきたことで、言葉を飲みこんだ。

 正直、なにを言おうとしていたのか、自分でもわからなかった。


 戻ってきた鈴は、三本の飲み物を抱えて、小走りで駆けてきていた。


「ふぅ。ほい、買ってきたよ。私に感謝してよね」


「お、おう」


「? なんか将、顔赤くない?」


「えっ」


 自分で自分の顔は見れない。とはいえ、この状況では顔が赤くならないわけない。

 それはわかっていたが、見事に鈴にバレてしまった。


 鈴はじいっと、将を見つめた。


「ゆ、夕日のせいじゃないか? あははは」


「そうかなぁ」


「の、飲み物あんがとな!」


「あ!」


 これ以上追及されるのは、まずい。だから将は、鈴の腕の中からひったくるように飲み物を取った。

 ぶしゅっとプルタブを開け、中身を一気に飲みこんでいく。


「まったく、そんなに喉渇いてたの?

 はい、愛もどうぞ」


「ありがとうございます」


 差し出された飲み物を、愛は受け取る。

 それから、手の中にある飲み物を、そして目の前の鈴とを交互に見つめていく。


「な、なに?」


「いえ。

 ……鈴さんには、負けません」


「へ?」


 この想いには、きっと嘘はつけない。だから……多分、自分と同じ気持ちを抱いている鈴に、真正面から言葉をぶつける。

 もちろん、戻ってきたばかりの鈴にはなにがなんだかわからない。


 飲み物をごくごくと飲んでいく将。頭にはてなを浮かべて首をかしげている鈴。

 そんな二人を見て、愛はうっすらと笑みを浮かべて……飲み物を、口へと含んでいく。


 邦之助の言いつけを破ってしまった。だというのに、どうしてか後悔はない。このすっきりした気持ちはなんだろう。


「……おいしいです」


 この先も、愛の知らないいろいろな感情を、覚えていくことだろう。その度に、こうして困惑するのだろう。

 制御できない感情に振り回されて、自分でも思っていなかったことを言ってしまう。でも……悪いことばかりではない。


 だから……愛はこれからも、感情を学んでいく。この二人と一緒なら、たとえなにがあっても楽しいから……



 ―――完―――



 あとがきへ続きます。

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