第43話 特別な意味で……好き、ということなのでしょうか



 ……将は、戸惑っていた。

 それもそのはずだ。目の前にいる一人の女の子が、自分に対して自らの想いを吐露しているのだから。


 しかも、その想いというものは……将にとっては思いもしないものだった。


「教えてくれませんか。これは……この"感情"は、いったいなんなのでしょうか?」


 その問いを受け、将はいったいどう返答するべきなのか。


 正直に話す? いや、そもそも愛が将に抱いている気持ちが"そう"であるかの確証はない。なにせ、これまで異性から、告白というものを受けたことはないのだから。

 嘘の情報を与える? アンドロイドである愛にとって、"感情"とは重要なものだ。それを覚え育むために生まれたのだから。偽の名前を教えるなど、言語道断だ。


 どちらを選んだとしても、正解なのかわからない。

 だが少なくとも、愛は自分の気持ちを正直にぶつけてきている。だとすれば、仮に勘違いだとしても将が思ったことを正直に返すのが、彼女への誠意となるのではないか。


「……愛」


 すぅ、はぁ……と、深呼吸を繰り返す。

 うぬぼれでないのなら、愛が将に抱いている感情は……恋情、つまりは恋心だ。


 将自身、愛に異性として好かれる心当たりなんてない。もしかしたら、一番近くにいる異性が、博士を除いたら将だから……そういった感情を、間違って抱いてしまったのかもしれない。


 よく聞く話だ。卵からかえったひな鳥が、目の前にいる存在を親と認識してしまう。刷り込みというやつだ。

 愛が将に抱いた気持ちも、そうである可能性が高い。だって、自分が愛のような女性に異性として好かれるなんて、そんなのなにかの間違いだろう。


「はい」


 それでも……間違いだとしても。

 少なくとも、今愛がその気持ちを抱いているのは、間違いではないだろう。


 であるならば、その気持ちの正体を教えてやる……これは、間違いではないはずだ。

 それが恋だと知り、その先をどうするかは……愛の自由だ。


 将は、愛の視線をまっすぐ見た。

 思えば、誰かに告白したことも告白されたこともないのに、「あなたが私に抱いている気持ちは恋心です」……と教えるなど、なんだこの羞恥プレイは。


 あぁ恥ずかしい。だから、一度しか言わない。


「それは……多分、その……恋心、って、やつだと、思う」


 聞き逃してしまわないようにしっかりと、それでいてなるべく早く言い切ってしまいたい……

 そう思っていたのに、口を開いた瞬間から恥ずかしくなり、所々言葉に詰まってしまった。


 今自分の顔は、どうなっているだろう。愛と同じように、いやそれ以上に赤くなっていないだろうか。


「……こ、い……」


 愛の顔を、直視できない。

 それでも、愛が将の言葉をしっかり聞き取ったことは、わかった。


 ゆっくりと、噛みしめるようにつぶやいた。

 改めて復唱されると、恥ずかしすぎる。穴があったら入りたい。


「こい……とは、魚の一種であり、主に観賞用として池などで飼う人がいると言われています。そしてもう一つの意味は、人が人に対して……異性が異性に対して、好意を抱くというもの。それも、友達などに対するそれとは、明確に違う……特別な好意」


 ふと、愛が話し出すのは……なぜか、魚の鯉についてだった。

 一瞬フリーズしかけた将。しかし、その直後にもう一つの意味として、正真正銘恋について話し出す。


 どうやら、愛のデータに存在する『こい』という単語を洗い出し、口に出していたらしい。

 そのうえでもし、勘違いをさせてしまっていたら……と、心配になってきたのだが。


「この状況で、魚の鯉の話題を挙げるとは思えません。そもそも、この感情はなんですかという問いに対しての答えが『こい』であるならば、やはり魚の鯉とは結びつきません。

 よって……意味は、後者」


 異性に対しての、好意……と、小さくつぶやいてから将の顔を見つめる。

 その言葉は、しかし将の耳にも届いた。瞬間、顔が熱くなっていくのを感じる。


 その感情が、恋だと知り。そして恋の意味も、愛の中には存在する。

 これを受けて、愛は果たしてどういった結論を出すのか。


 先ほどの愛の言葉は、まさしく告白の言葉に思えた。しかし、よく考えてみれば、だ。

 その感情の名前を、正体を知りたいと言ったのだ。確かにそれが恋である以上、先ほどの言葉は告白と言っても不思議ではない。

 不思議ではないが……告白、されたと言えるだろうか?


「……」


 感情の正体を知り、そのうえで「あなたに恋しています付き合ってください」と言えば告白だろう。

 だが現状、感情の名前を知っただけだ。告白のようで、告白を受けたわけではない。


 つまり、恋心を知った愛がこの先、どういう行動を示すかによって……状況は、変わると言えるだろう。


「あ、愛……」


 いたたまれなくなり、なんとなく将は愛の名前を呼んだ。

 いったい彼女は今、なにを考えているのか。それを確かめるのが、少しだけ怖い。


 将の説明を受けた、愛は……


「……特別な……好意……」


 自分にとって、将が特別であるのかどうかを確認するかのように、何度も同じ言葉をつぶやいていた。

 そして、改めて将を見つめて。


「私は……将さんが、特別な意味で……好き、ということなのでしょうか」


 誰に向けてのものか、将に対してかはたまた自分に対してか。

 はっきりと言葉にして、好きという言葉を口にしたのだ。


 たったそれだけのことが……どうしようもなく、身体を熱くさせる。

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