第42話 この"感情"は、いったいなんなのでしょうか?



 将と出かけて、楽しかった……愛は確かに、そう言った。

 その言葉が聞き違いでないことは、愛の表情が物語っている。


 柔らかな微笑みを浮かべながらも、真剣な目で、将のことを見つめていた。


「えっと……愛?」


 じっと将を見つめる愛の顔は、赤くなっている。

 これが、夕日のせいなのかそれとも……将に、判断はつかない。


 ただ、これを茶化していい場面でないということは、なんとなく理解している。


「あぁ、俺も、愛と出掛けてたのし……」


「変、なんです」


 将の言葉を、遮るように愛は口を開いた。

 本来であれば、それはありえないことだ。愛にとっての最優先は、なにを置いてもまずは邦之助……そして、鈴に将。

 自分のことなど、二の次以下の存在だ。


 そうであるのに。今愛は、将の言葉を遮った。

 たまたま言葉が被ってしまい、遮る形になった。そうではない。そうであれば、真っ先に謝罪をしていただろう。


 意図的に、将の言葉を遮った。

 それは……なによりも先に将に伝えたい言葉が、あるからだ。


「……へ、変? って?」


 しかし、これをうまく言葉にできる自信がない。

 この気持ちの正体も、なにもわからないのだ。ただ、自分が変だという事しかわからない。


 変だとわかっているから、うまく言葉に出来ずともなにが"変"なのかを、伝えるしかない。


「……私は、アンドロイドです。人よりも精巧につくられ、しかし人よりも未熟な存在であると自負しています」


 いくら表情を動かそうと、身体が動こうと、計算が出来ようと、人に近い姿であろうと。それはしょせん、人を真似て作られただけだ。

 いかに人に似ていようと、その中に"感情"はない。ゆえに人以下の存在だ。


 感情を学ぶこと。それこそが、愛の使命だ。


「なので、この気持ちが……いえ、感情が……どういったものであるのか、わからないのです」


 自らの胸を押さえ、服をぎゅっと掴む。

 感情、心……表現する言葉は数あるが、果たしてそれはどこにあるのか。この胸の中なのか、それとも……


 わからないが、胸に手を伸ばしたのは無意識下のことだ。

 なぜだろう。自分で、心臓の動悸を感じて落ち着きたいのだろうか。


「感情……愛は、感情がどういうものか、わかってきたのか?」


「……わかりません。理解はできています。感情というものが、どういったものであるのか。

 ですが、実際に感じて……本当にこれが、そうであるのか。今日の出来事が楽しかったというのも、"そうであればいいな"という想像でしかありません」


 愛は、ふるふると首を振る。

 教えてもらった感情と、自分が感じたなにか。それらを組み合わせて、今感じているのはきっとこういう感情だ……その推測でしかない。


 無論、その日の出来事は邦之助に報告している。

 彼の算出したデータからも、それがなんらかの感情であることは明白だ。


「……でも最近、私は……これまで味わったどの気持ちとも、異なった気持ちを感じているのです」


「異なった、気持ち?」


「はい」


 知らない感情。その正体を知りたいと、切に思う。

 たとえ邦之助の言いつけを破ってでも……と。こんなことを考えてしまうのは、なぜだろう。エラーが出てしまっているのだろうか。


 そもそも、この気持ちを知りたいのに……なぜ、名前も知らないこの気持ちを、将に打ち明けようとしているのだろうか。

 将が答えを知っていると考えているからだろうか。なぜそう考えた? それとも、ただ彼に聞いてほしいからだろうか。


「……身体が、熱くなるんです。それに、目も離せなくなる。将さんと居ると」


「え……俺?」


 今、自分がどんな顔をしているのか、愛にはわからない。当然だ。

 アンドロイドとはいえ、自分で自分の顔を確認する機能などついてはいない。


 だが、熱い。顔が、熱い。言葉を口から出す度に、心臓が張り裂けてしまいそうになる。


「今回の、お出かけも……いえ、それ以前から。いつからかは、わかりませんが……将さんのことを考えると、それだけで胸がいっぱいになるのです」


 抑えられない。止められない。

 なんでか、将本人を前にすると自制が利かなくなる。自分の身体を、常にコントロールできるはずだ……普段ならば。


 だというのに、どうして。


「それに、他にも変なところがあります。将さんが鈴さんと……他の女性と話していると、胸の奥が……なんだか、変な感じになるんです」


「変な……感じ……」


「はい。ちくりと、なにかに刺されたような。胸の奥なので、物理的になにかを刺されたわけではない、はずなのですが」


 ……将はこれまで、異性から告白をされたことがない。それに、将が誰かに告白したこともない。

 だから、クラスメイトが告白したりされたりという話を聞いても、あくまで外野の視点で面白おかしくからかったりもしていた。


 そんな将でも……わかる。これは、愛のこれは、まるで……告白、そのものではないのかと。

 しかし、感情を知らない愛にとって、その気持ちに名前をつけることなどできるはずもない。


「……わからないんです、自分の考えが。行動が。今だって……将さんに言わないほうがいいと言われていたのに、その気持ちを抑えきれずに言ってしまった」


 邦之助の言葉を、破ってしまった。愛にとって、自身を制作した邦之助はいわば神……神の言葉に、背いてしまった。

 胸が張り裂けそうなのは、言いつけを破った罪悪感からだろうか。これが罪悪感ならば、罪悪という感情を感じることができているということになる。

 それとも、将に対する気持ちがめちゃくちゃになっているからだろうか。


 どうしようもなく、止められないこの気持ちを。将は受け止め……愛の疑問に、答えをくれるのだろうか。


「教えてくれませんか。これは……この"感情"は、いったいなんなのでしょうか?」

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