第41話 私は楽しかったんです



 ――――――



「はぁー、今日はなんだかいろいろあったわね」


「はい」


 ショッピングモールを出て、三人は近くの公園にまで歩いてきていた。

 目的地はない。その結果、足が向かった先がこの公園だ。ただ、歩くだけ……それだけの時間が、なんだか心地いい。


 ちょうど空いているベンチがあったため、公園のベンチに座る。近くの遊具では、子供たちが元気に遊んでいる。

 先ほどの女の子のことを思い出しているのか、愛はうっすらと笑顔を浮かべていた。


「ふぅ、なんだか喉乾いちゃった。なんか飲み物買ってこようかな。二人はなにがいい?」


 ふと、近くの自販機を目にして鈴が立ち上がる。

 先ほど迷子センターまで突っ走ったからか、喉が渇いているのだ。


 さらに、自分だけではなく二人の分の飲み物も買ってくるつもりなのか、鈴は振り向き聞いた。


「お、どうしたんだ、買って来てくれるのか」


 その様子に、将が驚いた表情を見せる。

 てっきり、鈴のことだ。ジュースが飲みたいと行って、将に買わせに行くに違いない。そう思っていた。


「なによ、意外そうな顔ね」


 それがわかったからか、鈴は不服そうな表情を浮かべる。それからつんと、唇を尖らせた。


「ふーん。荷物持ちのせめてものお礼にと思ったんだけど、そんな言い方をするなら将のは別に……」


「悪い悪い、謝るから。じゃあ俺はコーラで」


 むすっとする鈴の言葉を聞いて、とっさに将は謝る。どうやら、本当に鈴は厚意で自分の分も買ってきてくれるつもりのようだ。

 ならば、ありがたくそのご厚意に甘えよう。将は改めて、自分の好みを口にする。

 それを聞いて、鈴は「素直にそう言えばいいのよ」とそっぽを向いた。


 きっとこの場に、クラスメイトで友達の芽琉めるがいたら、「素直ってどの口で言うんだ」と鈴にツッコんでいたことだろう。


「それで、愛は?」


「いえ、どうせ買いに行くなら私が、お二人の分を……」


「いいから。愛への労いも兼ねてるんだから」


 次に、愛の好みを聞く。対してここは自分が……と立ち上がろうとする愛だが、それはやんわりと鈴に止められた。

 こういう雑事こそ、自分がやるべきことなのに。そう思ったが、鈴の様子を見るにここは譲りそうにない。


 であれば、鈴の顔を立てるためにここは彼女に甘えるべきだろう。これ以上ごねては、逆に鈴に失礼だ。

 そう思ったからか、愛は顎に手を当て、しばらく考え込むように口を閉じる。


 なにを飲みたいのか。それはつまり好みの問題だ。

 愛は未だに、自分で自分の好みがわからない……飲み物に限らない。食べ物も、雑貨も、本も……異性の好みも。


 だが、ここで長く悩むと迷惑をかけてしまうのは明白だ。なので……


「……アップルジュースで」


 無難だと思われるものを、答えた。そもそも、自販機に売っている飲み物の種類などあまり多くは知らないのだが。

 確か、邦之助がアップルジュースが好きだった。研究の合間にしょっちゅう飲んでいるのを、思い出したのだ。


 愛の要望を聞いた鈴は「オッケー」と答え、自販機に向かって歩いていく。


「……」


「……」


 すると、結果としてまたも愛と将二人だけの状況が作られてしまう。


 それも、先ほどのように人通りの多いモールの中、迷子の女の子と歩いている、といった状況ではない。

 公園には、遊んでいる子供やそれを見守る家族こそいるが……周辺は、誰もいない。本当に、二人きりの状態だ。


 それを意識した瞬間、愛の中でなにかが弾ける感覚があった。

 これは……心臓が、動機しているのだろうか。いや、心臓とは常に動いているものだ……そうではない。


「いやあ、なんかどっと疲れたわ」


 ふと、将の声が聞こえ肩が震える。

 心臓も、一瞬跳ねたような気がした。


 隣の将を見ると、空を見上げて……


「つ、疲れさせてしまい、申し訳……」


「いや、そういう意味じゃなくてさ」


 どこか、さっぱりした表情で。その声には、明るさがあった。


 今日連れ回してしまったせいで、将を疲れさせてしまった。そう受け取った愛は、反射的に謝ろうとした。

 だが、将の言葉と表情を前に、続くはずだった言葉は止まった。


「……どういう意味、でしょうか?」


 将の言った言葉の意味がわからず、愛は首を傾げた。

 その疑念に、将は「ははは」と苦笑いを浮かべて。


「どういう、って言われるとどう答えればいいのかな。疲れは疲れなんだけど、こう、気持ちのいい疲れって言うかさ」


 言葉を選ぶように、将は紡ぐ。しかし、それは愛には理解できないものだ。

 疲れた……疲労とは、苦しいものではないのか。気持ちのいい疲れとは、どういうことだろう。


 そもそも、アンドロイドである愛に疲労は感じない。こうして長時間歩いたが、まったく疲れはない。

 今日だけではない。学校の体育の授業でも、みんなが疲れたと言っている中で、愛だけは平然としていた。


 なので、気持ちが良かろうが良くなかろうが、疲れというものがどんなものかはわからないのだ。

 ただ……


「まあ、要は……楽しかった、ってこと」


「!」


 要点をまとめた、将の言葉に……愛は、目を見開いた。

 楽しかった……なるほど、それならばわかる。


「はい……私も、これはきっと、楽しかったんだと思います」


 だから愛も、自らの胸にそっと手を当てて……今自分が感じていることを、口にした。

 きっとこれが……この"感情"こそが、楽しいというものだ。


「お、そうか! 愛にもそういう感情がわかってきたんだな!」


「……おそらく、ですが。でも、この温かい気持ちがそうなんだと思います。今日、お二人といて……将さんと出かけて、私は楽しかったんです」


「いやぁ、なんか照れるな。俺も愛と出かけて楽しかっ……ん? 俺と?」


 愛がわずかにでも、感情というものを理解してくれたのならば嬉しい。

 これまで彼女を見てきただけあって、自分のことのように嬉しくなってしまう。思わず、笑みを浮かべた。


 そして、自分も改めて、今日は楽しかったということを伝えようとしたのだが……愛の言葉に、引っかかるものがあった。


「……っ」


 視線を向けると……愛の表情は、気のせいだろうが赤くなっていた。

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