第40話 少し三人で歩きたいです



 ――――――



「本当に、ありがとうございました!」


 目の前で何度も頭を下げるのは、愛たちよりもよほど大人の女性だ。

 それも当然、女性は一児の母なのだから。


 彼女が愛たちに頭を下げている理由は、ただ一つ。娘を見つけ、この迷子センターまで連れてきてもらったからだ。


「いえ、お礼を言われるほどのことではありません」


 深々と礼をする母親とは対称的に、愛は冷静だ。

 それは、謙遜などではない。形だけではなく本心から、お礼は必要ないと思っている。


 自分が、お礼を言われるほどたいしたことをしたなどと、思っていないのだ。



『もしもし? 迷子センター着いたんだけど、女の子のお母さんとちょうど会ったの!』



 将の携帯電話に着信があり、出た先は……鈴のもの。

 鈴は口早に、女の子の母親と会うことが出来たと伝えた。


 どうやら、鈴が迷子センターにたどり着いたのと、母親が迷子センターを訪れたのはほぼ同時だったようだ。

 職員に、迷子の我が子の特徴を話していた際、その特徴と女の子の特徴が一致したため、鈴が母親に話しかけたのだ。


「それにしても、ナイスタイミングだったな」


「そうね」


 将と鈴も同じく、母親からお礼を受ける。

 今回、まず女の子を助けようと言い出したのは愛だ。二人も、見てみぬふりはしなかったろうが、それでも最初に言い出したのは愛だ。


 それに、女の子が寂しくないように、愛は何度も話しかけていた。

 おかげで、女の子も安心して心を許してくれたのだ。一番の功労者は愛と言える。


「お姉ちゃん、ありがとね!」


「これからは、もうお母様と離れてはいけませんよ」


 すっかり懐いた女の子だが、母親と再会できたためここでお別れだ。

 愛は女の子……蘭ちゃんの頭を撫で、もうはぐれないようにと念押しする。


 蘭ちゃんは少し寂しそうにしていたが、母親に連れられ去っていった。

 母親は、最後までお礼を言っていた。


「……行ってしまわれましたね」


「そうだな」


 二人の姿が見えなくなるまで見つめていた愛は、そっと声を漏らした。

 その横顔を見つめ、将もまた笑みを浮かべる。


 困っている子に、迷わず手を差し伸べられる。

 あれだけ人がいて、誰も女の子に声をかけようとしなかった中で……愛は、真っ先に行動した。


 そこに、人もアンドロイドもないのだろう。


「将さん、申し訳ありませんでした」


「え?」


 そんな中で、いきなり愛から謝られて将は困惑してしまう。

 いったいどうしたというのだ。謝られることなど、なにもないというのに。


「荷物を、持たせたままだというのに。そのまま、付き合わせてしまいました」


「あぁ……」


 愛が謝罪したその理由は、将が持っている荷物にある。

 将の好意に甘えてとはいえ、荷物を持ってもらっている。それも、二人分。


 そんな状態で、人捜しに付き合わせたのだ。手の自由が利かない中で、連れ回した。申し訳ない気持ちでいっぱいだということだ。

 それを受け、将は首を横に振る。


「気にすることないって。荷物って言っても、服が入ってるだけだから重くないし」


「そうよ、こういうのは男に持たせるもんなのよ」


 とん、と将の肩を叩く感覚があった。それは鈴のもの。

 鈴が、自分の肩で将の肩を叩いたのだ。


 将は、じとっと鈴を見た。


「お前なぁ……」


「なによ? もしかして、荷物持ちくらいでぶつぶつ言わないわよね?」


「……お雨にも、愛の一割でも謙虚さがあればなぁ」


「なによ!」


 近しい、二人の距離感……それは本来微笑ましいもののはずで、実際に愛の心にも温もりが広がっていく。

 であるはずなのに、やっぱり……ちくりとした感覚も、ある。


 嬉しいようで、嬉しいとは程遠い感覚。この矛盾した気持ちは、いったいなんなのだろうか。

 いっそ言葉に出してしまえば楽になるのかもしれない。だが残念ながら、この気持ちを表す言葉を知らない。


「さて、これからどうする? 一応服選びの用事は済んだんだろ」


「そうねえ。愛は、どこか行きたいところとかある?」


「……私、ですか?」


 将が、時計を見る。集合したのは昼前だったが、昼食に服選び……そして迷子の母親捜しで、もう夕方になっている。

 時間としては、もう帰ることにしてもおかしくはない。


 決定権を委ねられ、愛は驚いた表情を浮かべる。

 それは、なにも愛にすべてを丸投げしたわけではない。こういった休日が初めての愛のために、愛がどうしたいかを聞いてくれているのだ。


 だから、投げやりな返答をすることはできない。

 愛はしばし黙りこくり、考える。


「……では、少し三人で歩きたいです」


 その言葉に、将も鈴も目を丸くする。


「歩く……って、それは別にいいけど」


「今まで、散々歩いたと思うけど?」


 二人とも、愛の申し出を嫌だとは言わない。

 しかし、その言葉は……二人にとって、よく理由の分からないものだった。


 歩く……要は散歩だ。それは、いいだろう。

 しかし、今の今まで、ショッピングの過程で歩いていたようなものだ。


「……私にも、よく、わからないのですが……

 ……三人で、歩いてみたくなって」


 それは、愛自身芋よくわからないもの。なぜ、こんなことを言ったのか。

 ただ歩くと言うだけなら、もう何時間も歩いている。


 しかし、愛がしたいのはそうではなくて……

 自分がやりたいことなのに、うまく言葉が出てこない。


「……わかった、じゃあ歩こうか」


「ん、そうね」


 それでも、二人はなにを聞くでもなく、愛の言葉に頷いてくれた。

 それが少しだけ嬉しくて、愛は頬を緩ませた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る